江戸心理療法士(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 動かないと斬られる、戦慄とともに伊兵衛は思う。
 生きることへの希求が薄いはずだというのに、圧倒的な“死”を前にしたことで生存本能を強制的に目覚めさせられていた。
 閃、正面に刀身を走らせる。同じ軌道で光芒が駆けた。
 一瞬裡のうちに熾烈な攻防が起きる。
 戌亥流と同じく一刀流にも鎬を使って相手の斬撃を制す『切り落とし』という技術がある。
 双方がそれをこころみたのだ。
 結果、正面で二本の刀身が停止する。せめぎ合う刃が異音を立てた。
 刹那、渋川は得物を引いて距離を置く。
 全力で対抗していたために伊兵衛は一瞬たたらを踏んだ。
 それをあざ笑い渋川は間髪いれずに斬り込んでくる。
 伊兵衛は切り落としを警戒しななめ前に踏み出しながら、頭上に柄を持ち上げ切先がななめ後ろに向く形に大刀をとって斬撃を受け流した。
 転瞬、伊兵衛は相手の小手を狙う。
 が、あっけなく峰を打たれて防がれた。
 電光の速度で伊兵衛は斬撃をくり出す。だが、打ち落とされた。
 三撃目の攻撃は許されない。小手へと剣尖が走った。
 伊兵衛はなんとか躱そうと動く。甲にしびれに似た痛みが生じた。感触からして深手ではないはずだ。しかし、痛みに奥歯を強く噛む。
「そこまでだ」
 そこに女性の声がひびいた。
 伊兵衛は瞬時に渋川からはなれる。息を乱しながら、声のほうに目だけを向けた。
 ふたつの人影、徳兵衛とみきが駆け寄ってくるのが見える。
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