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第357話 王女とメストリル王国の人々
しおりを挟む「そう言えば教授……いえ、夫が私を呼んでいると――?」
「ああ、それは本当です。クリストファーさんと私たちは学生時代からの仲間ですから、メストリルのみんなに殿下をご紹介したいと。それで、殿下が部屋を出られるところをお見かけして、追ってきたというわけです。クリストファーさんが会場を離れるわけにはいきませんから――ね」
フランソワの問いかけに、アステリッドが応じた。
ということは、私が院長とあの男のやり取りを盗み聞きしているのを見られていた? フランソワはそのことを確かめる必要があった。
「あ、のぅ、アステリッド……さん? あなたもしかして私の行動をすべてご覧になっておられましたの?」
そう問いかけられたアステリッドの表情が明らかに曇り、困ったという色が滲み出るのが分かる。
「――はい。あ、すぐにお声をかけようか迷ったんですが、殿下の行動がその、なんというか、お声をかけづらかったもので――」
正直な女性だ。なるほど、私が気付かなかったのは、彼女の魔術師レベルが私を圧倒的に凌駕しているからだろう。院長が気付かない程というのだから相当なレベルに違いない。
「なるほど――。それで、あなたも身を隠して様子を覗っていた、ということなのですね?」
「ええ、まあ、そのう、成り行きと言いますか――、でも、そうなります……」
本当に愛らしい――。
フランソワは学院時代にすれ違った時の記憶を呼び起こしてみるが、このような感じではなかったように記憶している。もっと、おとなしくて人見知りな暗いイメージだったように思う。
「ふ、ふふふっ。本当にあなた、正直で可愛い人ね。それから、『殿下』はもうやめてください、私はあなたの御友人クリストファーの妻ですわ。フランソワ・エル・ヴェラーニです。これからもよろしく、アステリッドさん」
そう言ってフランソワはアステリッドの方に向かって右手を差し出した。
「――あ、アステリッド・コルティーレです。こちらこそよろしくです。殿《でん》……、あ、フランソワ――さん?」
「フランソワでいいですわ」
「あ、じゃあ私もリディーでいいですよ? 親しい人たちからはそう呼ばれています!」
「そう? じゃあ、リディー、皆様にご紹介いただいてもよろしいかしら? 私も夫の学生時代のお仲間にご挨拶がしたいわ」
「はい! では、いきましょう、フランソワ」
フランソワはそう言って意気揚々と前を歩くアステリッドに続いて会場の方へと戻った。
会場に戻った後、メストリル王国の人たちと一通り挨拶を交わす。
皆、個性的な人たちばかりだ――。
フランソワはかつて自分が好んで読んだ英雄物語の登場人物たちが目の前に姿を現したかのような高揚感を覚えながら彼らを見る。
なかでも突出した個性を放っていたのは、言うまでもなく、『英雄王』リヒャエル・バーンズだった。齢70を超えるというのに未だに漂う男の香りは、まだ若いフランソワをもってしても魅力を感じるほどだ。血色のいい肌、鍛え上げられた筋肉。式典用の服装であるにもかかわらず、これほどのオーラを醸し出すのは、彼が生粋の貴族ではないことを正確に現している。
――なるほど、ついぞこの間『引退』を宣言されたとは聞いておりましたが、なんの、まだまだ『現役』であると言ってもなんの疑問を持たないですわ。
一応断っておくが、『引退』というのは「男性」のことではなく、「冒険者」のことである。
それから、『氷結の魔術師』ニデリック・ヴァン・ヴュルスト。切れ長の目、オールバックに纏め上げた銀色の長髪。白い肌――。
一見して、まさしく『氷』のような冷たさを感じさせる風貌であるが、その瞳には慈愛の炎が点っているのが窺える。
――この人が世界最高の魔術師――。
フランソワはその瞳の奥に宿るこの人の優しさを見て取った。今は不思議と恐怖は感じないが、明らかに隠しきれない魔術の才覚が彼の体中から沸き起こっているのを感じる。
そばに寄り添うように控えるネインリヒ・ヒューランは『氷結』よりも冷たさを感じるが、それは彼の役目に対する覚悟の表れなのだろう。
――そしてこの女性が、教授の師匠。
エリザベス・ミューラン教授。年齢は30代半ばから後半だと聞いていたが、なんと若々しい女性だろうか。長い黒髪は緩くウェーブが掛かっていて、豊かな分量であるに加えて艶も充分すぎるほどだ。体型は引き締まり、凹凸も素晴らしく、女性の体形美を存分に現している。そのくせ、変に嫌な艶めかしさはなく、すっきりとした清潔感が漂っているのが不思議だ。これはおそらく、彼女の溌溂さと、『竹』を割ったようなきっぱりとした性格に由来するものかもしれない。
普段から遺跡探索も自身で行っていると聞いていたから、冒険者や探検家のような粗野な感じをイメージしていたのだが、完全に裏切られた感じだ。
――それから、もう一人……。『七彩光』ミリア・ハインツフェルト。
彼女こそ、自身の夫が愛してやまない女性……。そして、今や世界中の魔術師が注目する『稀代』の恋人とも噂されている超有望若手魔術師――。
フランソワの彼女に対する第一印象は、ただ一言、
――『七彩光』とは、よく言ったものですわ。まさしく冠名の通りのひとですわ……。
だった。
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