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第386話 そんな理由で
しおりを挟む「小僧――。この仕事はここまでじゃ」
『翡翠』が静かにそう言った。
「な? どういうことだよ?」
キールは今の言葉を受け入れ難かったため、その理由を知りたいとそう思った。
「――そうじゃな。事ここに至っては、リューデスの行動を止めることは出来ないであろう。局面はもうすでに「次の段階に入った」とみてよい」
『翡翠』のいうことはこうだ。
リューデスが恐らくやろうとしているのは、『魔界招来』術式であろう。
この術式を執り行う『材料』はすでに揃っている。
あとはリューデスの魔法力の問題だ。出来るか出来ないか、それはリューデスの素質次第ということになる。
残念であるが、現在のキールやミリア、アステリッドなどではリューデスの術式の儀式を阻止することは不可能であろう。いや、それはたとえこの世界の魔術師が束になってかかったとしても止めることは出来ないと思われる。
「――それはわしでも同じじゃ。それほどにあやつの行動を察知するのが遅れたということじゃ。こうなれば、リューデスが術式の執行を失敗するのを願うしかないが、もしその願いが届かなかったときのことを考えて準備を進めてゆく必要がある、そういう事じゃ」
「『魔界招来』とは、どのような術式なのですか?」
と、聞いたのは『氷結』だった。
「まさしくその名の通りの術式じゃ。この世界と異世界を結び付け、そこから異形のものを呼び寄せる。今の『ポータル』のように、そこからは魔物がこの世界に現れるじゃろう。そこから現れる物がどういうものかは術者の魔術レベルによると言われておる。つまり、何が来るかは全くの不明じゃ」
「――じゃ、じゃあ、僕たちはどうするべきだというのさ? 今止めないでただ願うだけって――」
あまりにも無力すぎる、とキールは歯噛みする。
「――小僧、これは『必要な』選択じゃ。この遅れは取り戻すことはもうできん。じゃから、今度はこちらが先んじて、越されないよう『準備』を行うのじゃ。リューデスの考えていることは実はそう複雑なものではない。簡単に言えば、『戦争』の誘引じゃ。あやつはこの世界に戦争を巻き起こそうと考えておるのじゃろう。たとえ魔物を引き込んだとしてもそうそう易々と蹂躙されるものではない。この世界には冒険者も魔術師も数多くいる。そしてその者たちの実力は現在の魔物たちを押し留めていることからも明らかじゃ。じゃが、いつまでもつかという問題でもある。世界中に戦火が広がれば、各国とも自国の防衛のため、自国民を守るために戦わざるを得なくなる。そうなれば、魔術師たちも冒険者たちも協力して魔物を討伐してまわるなどということに時間や戦力を割くことは出来なくなるじゃろう。それがやつの目論見でもある――」
『翡翠』が何を言いたいのか、キールは未だに掴めないでいた。
どうして戦争を起こす必要があるというのか? リューデスは何をしようとしているのか? 全くと言っていいほど理解ができない。
「すいません――。良く分かりません。この自由経済主義の世の中の何が不満だというのですか……。現にリューデスはおそらくエルレアとこの北の大陸の間で「密輸品」によって莫大な富を得ているのでしょう? それだけの財産があれば、何も不自由などないはずなのに、どうしてわざわざ世界を混乱に陥れようとするのですか?」
これに対して『翡翠』の表情は冴えない。だが、『翡翠』はこの問いに答えねばならない。でなければ、そもそもレントとエルルートの相互理解など夢のまた夢になるだろう。
「――小僧、それはじゃな……」
「暇つぶし、だよ。小僧。こいつらエルルートはとにかく時間がありすぎるのさ……」
『翡翠』の言葉を遮って声を発した人物がいた。その人物は、今しがた、医務室の扉から入ってきたばかりだ。
「よう、小僧。思ったより元気そうで何よりだ。なんだかんだと難題を押し付けて悩ませちまってるのは悪いと思ってるぜ」
「『英雄王』――さま?」
キールは目を疑った。まさかこんな医務室にまで足を運んでくれるとは、さすがに思いもしなかった。
「――こんなところまで……。ご心配をおかけして申し訳ありません」
キールは驚きを隠さず、ただ『英雄王』の心配りに謝礼をのべる。
「何を言ってやがる。お前は俺の『パーティメンバー』だぜ? 仲間の心配をしない冒険者など居ないだろうが?」
そう言って、『英雄王』はキールの頭をぐわしと掴み、髪をくしゃくしゃにする。
「――ありがとうございます。あ、それより、『暇つぶし』って――?」
「キールよ、こいつらエルルートが何年生きるか知ってるか? こいつらの平均寿命は800年とも1000年とも言われている。いくらこいつらが俺らレントより欲に薄くて変化を好まない性質だとは言ってもさすがに長すぎる寿命なのはなんとなく理解できるだろう? エルルートにも様々な生き方、性格のものがいるってことさ。それは俺らレントと何も変わらない。もちろん、だからと言って、リューデスがやろうとしていることを認めるわけにはいかねえ。俺らはこいつらの10分の1もいきられねぇからな。だから、せいぜい一泡吹かしてやって、刻み込んでやるんだよ、俺らレントの生きざまってやつをよ?」
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