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第395話 それは歴史の1ページだった
しおりを挟む「うひょ~! きもちいいぜ~! デリウス! よくやった!」
甲板上ではしゃぐ「老人」が傍に控える「学者」に言った。
この船、『サン・メストリーデ号』は、レント史上初の大型大陸間巡行船であり、その設計はデリウス・フォン・ゲイルハートが全てを手掛けた。
木造帆船だが、要所要所に金属部品が用いられており、耐用年数が高いとともに、戦闘時耐久度も非常に高くなっている。
3本の帆柱すべてに横帆が張られている型はデリウスの理論に基づくものだ。
エルルートから受け継いだ船でもある、キールの船「レオローラ号」は、2本マストで2本ともが縦帆という帆装である。
「おい! デリウス! この船の性能をあの小僧に見せつけてやろうぜ? 今日は天気もいいし風もそこそこある。少しぐらい離しても見えなくなることはないはずだしな」
「陛下、まだまだ先は長いのですよ? 初日からそんなにはしゃいでては最後までもちませんよ?」
と、デリウスが応じる。が、すぐに、
「――でもまあ、いいのではないでしょうか。最大船足を試すのも大事なことですから」
と、にやりと笑った。
「よおし! ミューゼルに伝えろ! 最大船足だ!」
「ミューゼル」とは、あのミューゼルである。普段はキールの副長として「レオローラ号」に乗っているのだが、今回はこの「サン・メストリーデ号」に副長として乗船している。
一応名目上の船長は『英雄王』リヒャエル・バーンズとなっているが、リヒャエル自身は操船の知識など持ち合わせていない為、いわゆる「お飾り船長」である。
ミューゼルにその指示が伝わったのか、「総帆開け―!」という声が甲板上にも木霊する。
すると、折りたたんであった何枚かの帆がさばぁと音を立てて開き、ばふうと風を孕み弧を描いた。
瞬間、船体が前に大きく揺れ、甲板上でたたらを踏む者も数人みえたが、かまわず船は加速し始める。
「お、おお! 速い! 速いぞ!!」
リヒャエルは並走しているキールの船が少しずつ後方へと下がってゆくのを見て無邪気にはしゃいでいる。
「今は順風ですからね、こちらの方が圧倒的に速くなりますよ!」
と、デリウスも上機嫌だった。
「速いな――。やっぱり2本と3本ってだけでも大きな差があるというのに、この順風で縦帆船のこの船では、あれに追い付くのは不可能だな」
と、キールは唇をかんだ。
「ですね――船長。まあ、でも、もう少ししたら――」
「ああ、風向きが変わる――。そこで一気に差を詰めよう。やられてるだけではさすがに少し苛立ちが募るばかりだ」
キールの言葉に応答したのは「現副長」のオネアムだ。
オネアム・ヒュルク。彼もまた元は『翡翠』の船の乗組員であり、普段は、キールの船の操舵手を務めているが、今回は「副長」が不在ということで、「副長」を兼務してもらっている。
キールは先程から総帆を開いて全速力で帆走りだした「サン・メストリーデ号」の船尾を見つめていた。
順風になった時の横帆船の速度は、縦帆船に比べれば圧倒的に速くなる。簡単なことだ。前に進む力が大きくなるからだ。たくさんの風を受け、前に押し出される力が増幅すれば、自然、速度は上がる。
だが、実は海の上は「平らではない」。「波」があるのだ。
平らな場所を進むのであれば前進する力――推進力――の大きさイコール速度の大きさとなるのだが、海の上はそうはいかない。実はもう一つ必要な性能というものがある。
走破性――。
わかりやすく言えば、波を切る力、だ。海原に無限の凹凸を生み出す存在、「波」。これは天候や海流などによってさまざまに形状を変える。しかしながら、その大小はあれども、無くなることはない。
つまり、船が前進する際には必ず、波にぶつかりながら進むことになるわけだ。
よって、その波の衝撃をうまく流して抵抗を弱める必要が生じる。この抵抗が少なければ少ないほど、推進力が速度に変換されやすくなるというわけだ。
「デリウス教授、すごいな。走破性もかなりのものだ。あの大きさで、あれだけの推進力でありながら、走破性がそれほど落ちないというのは驚愕に値するよ。ただ、風が変われば、状況も変わる。それが海ってものだ。――オネアム! あっちの操船は横帆船に慣れないミューゼルだ! こっちはいつもの船だからね! 負けられないよ!?」
「わかってるよ、船長! 次の風向き変動で一気に詰めてぶっちぎってやるさ!」
クルシュ歴371年11月18日――。
この日、世界で初めて、純レント製帆船と純エルルート性帆船の「レース」がこの南の海上で行われた。
歴史の教科書にはそう記されることになる。
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