お帰り転生―素質だけは世界最高の素人魔術師、前々世の復讐をする。

永礼 経

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第262話 夏が始まるころ

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 クルシュ暦368年7月下旬が始まる頃――。

「ったく! 今回はどうして王国の保障がないんだよ!? この間の英雄王パーティの時は試験免除だったじゃないかあ~!」
キールが叫んだ。

「そんなこと私に言っても知らないわよ。バレリアにつときにはわかってたことでしょう? あらかじめ準備をしておけば、何も問題ないはずよ? 授業の大方は終わってた時期だったし」
とミリアは涼しい顔で応える。

「うへぇ~。やばい、やばいですよぉ~。ミリアさ~ん、助けてくださいよぉ~」
と、ミリアの隣の席でもう一人がうなっている、アステリッドだ。

 学生にとっては一番憂鬱な時期である。
 毎年7月の終わりごろには前期試験があるというのは決まっていることだ。
 どうやら、この二人は学校を休んでいるのをいいことに、授業の復習を放置していたらしい。

「ミリアは大丈夫――だよね?」
と、キールが伺いを立てる。
「私はもう4年だからね。ほとんどの講義はあくまでも追加で取ってるだけだから。単位的には全く問題ないわよ? でも、だからと言って、試験を放棄したりはしないわよ? ちゃんと準備は済ませておいたから、問題ないけどね」

 そうだった。
 この才色兼備なスーパーエリートの貴族令嬢が、必要な単位取得が終わっているからと言って、手を抜くような真似をするわけがなかった。
 聞いたキールが馬鹿だったと言うしかない。

「絶対ずるいです! ミリアさんはどうしてそんなに頭がいいんですかぁ? 神様! あなたは不公平ですぅ!」
とアステリッドが立ち上がって天をにらんで叫んだ。

――今の言葉、ボウンさん、どんな顔してるだろう?

 と、キールはふと思った。


 メストリルへ予定通りに帰ってきた一同は、またそれぞれの元の生活に戻っていた。
 エリザベスは次回の探索への準備をすでに始めている。
 『翡翠』とハルはキューエルとティット、そして近衛兵長のクリュシュナと共に、諸国見分に出かけている。戻ってくるのはおそらく一月ぐらい向こうになりそうだ。今回の見分の第一の目的は、シェーランネル王国、つまり、『疾風リシャール』との面会だと聞いている。

 クリュシュナさんとは結局それ程話をする機会がなかったなと、キールは思っていたが、英雄王の口ぶりからは、ハルの国への長期遠征時にはまた行動を共にすることになりそうだから、その機会にでも話せればいいかと思うことにした。


「ところで、ミリアさん、クリストファーさんからその後、何か連絡ってありました?」

 本当にこの子はいつも唐突だ。アステリッドの頭の中に、「文脈」や「会話の流れ」というワードはインプットされていないのか?

「え? なに、急に。クリスから――は、何もないわ……」
「そうですか――。はどうなんでしょうね? こちらは深層には行けましたが、結局何か新しい発見があったとは言えませんでしたし――」

 アステリッドの言う「向こう」というのはヘラルドカッツのジュール遺跡のことを言っているのだろう。つまり、クリストファーの方には進展があったのだろうかと、そう聞いているのだ。

「どう、なんでしょうね。でも、エリザベス教授とも少し話していたのだけど、クリストファーなら何もないところからでもすぐにメストリルの今の技術には追いつくだろうって――。まずはそこから始めるんじゃないかな」

 ミリアが言っているのは、「発電機」と「電球」のことだろう。
 エリザベス教授と共に「自発式発電機」の開発を行っていたクリストファーのことだ。そこまでの技術はすべて頭に入っていることだろう。それにヘラルドカッツのカインズベルク大図書館の蔵書数は世界一である。
 まさしく「鬼に金棒」とはこのことだ。

 有能な「ラアナの神童クリストファー」のことだ。あっという間にカインズベルク大図書館のありとあらゆる書物を洗い出して、遺跡探索やレーゲンの研究に関して記されたものや、未だ解き明かされていない古代文献などを網羅するに違いない。

「優秀な弟子が巣立つのは、師としては至上の喜びでしょうけど、それが今や、最大の脅威ともなる。エリザベス教授の心のうちはわたしにもわからないわ」
ミリアはそう言いながら、ふと思った。

 ――院長がもし私のことをそんな風にお考えになっていて、それで私が魔術院に行かないと決意したことを申し出たとしたら、同じようにお考えになるのかしら?

 もちろん、エリザベスとニデリックの性格は全く違うだろう。考え方も違うかもしれない。

 この間、ギリャの旅籠でアステリッドに進路の話を振られた時には、思わず適当に答えてしまったが、ミリアの決意はすでに固まっている。

 ――卒業したら、私もしばらくここを離れることになる。キールと違う時間を過ごすって、私に耐えられるのか? クリストファーは強い男だと思ったのはそれが「彼にはできた」からだ。だから、私も強くならなければと、決意した。

 試験が終われば夏季休暇に入る。
 ミリアにとっては、キールと過ごすことができる最後の学生時代の夏だ。
 この夏が終われば、おそらく、異国への遠征が待っている。
 そうなるとゆっくりとキールと時間を過ごすことはもうできないかもしれない。

 ミリアはこの夏、一歩でも前進したいとそう考えていた。
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