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黒沢ゆいなへの刺客
しおりを挟む朝九時。
広尾署に設置された捜査本部で三度目の捜査会議が開かれていた。
「矢沢亜紀は掴まりましたか?」
瀬尾本部長の問いかけに担当捜査員が立ちあがった。
「はい。任意で事情聴取を行いました。場所は都内にある矢沢亜紀の自宅マンションです。相手が有名人ですからマスコミなどに嗅ぎつけられないように気を遣いまして」
「そんな事はどうでもいい。結果は?」
「矢沢亜紀にはアリバイがありません」
会議室がざわめいた。
「西山が飛び降りた時間、その自宅マンションで一人で寝ていたと証言していますが」
「そのことを証明する者はないのだな?」
「はい」
本部長は別の捜査員の名を呼んだ。中年の男性が立ちあがった。どこか気弱そうな男である。
「口紅の特定はできましたか?」
「できません」
会議室全体から溜息が漏れる。
「それどころか鑑識は市販されているすべての口紅を調べましたが西山の唇から検出された口紅と成分が合うものはありませんでした。めぼしい海外の口紅を調べましたが結果は同じだそうです」
「どういう事だ」
本部長は苛立たしげに言った。矢沢亜紀が使っている口紅とも符合するものは見つかっていない。
「犯人が個人で作ったという事ですか?」
「なぜそんな面倒くさい事をするんですか」
「口紅に毒を含ませるためとか」
「自分の唇にも塗ってるんですよ」
若い刑事はスゴスゴと腰を下ろした。
「市販されてない口紅を作っている場所を知ってるぜ」
大曽根が口を開く。
「それは?」
「刑務所だ」
若い刑事が「あっ」と声をあげた。
「あそこなら独自の口紅を作ってる囚人がいるかもしれねえ」
大曽根の隣で井川が頷いていた。
*
湯野陽光は尼ヶ崎優華の部屋に真っ先に赴いて事情を説明した。
優華の部屋には十文字真生子もいて共に説明を聞いた。
「入り口を封鎖しろ」
「わかりました」
「見つけ次第、始末するんだ」
「殺すんですか?」
「当然だ。黒沢ゆいなは森原みらいの存在を知った。さらに逃亡する際、口紅を持っていった」
「口紅を?」
優華が眉根を顰めた。
「ああ。どうして森原みらいの部屋に口紅があったのか」
「わたしがあげたんです」
真生子が言った。
「欲しいって言ったから」
真生子は悪びれた様子もなく告げた。
「広崎にも伝えろ」
天井裏で、その会話をゆいなは聞いていた。
内線を使って連絡をしたのだろうか、広崎レナが部屋に入ってきた。
「獲物は今どこに?」
「バスルームの窓が割れていた。おそらくそこから換気口に入った」
「出口は屋根の上です」
十文字真生子が言った。
「オレが行く」
そう言うとレナは部屋から出ていった。
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