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宇田川聖美と浦郡万作の抱擁
しおりを挟む浦郡万作が、あたふたと執務室に駆けこんできた。
部屋の中にいる葉山基紀を見てギョッとする。
「関東放送のレポーターのかたです。インタビューを受けています」
宇田川聖美に説明されると浦郡はハンカチを出して額の汗を噴いた。
「そうですか」
「インタビューは終わりました。どうぞお引き取りください」
聖美が半ば強制的に言うと葉山基紀は立ちがった。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げて部屋を出ていった。
「宇田川さん」
ドアを開けて葉山がいなくなったことを確認すると浦郡は低い声で呼びかけた。
「ペテロ様から指示が出ました」
「もう少し静かに」
宇田川聖美は小声で話す浦郡の声を、さらに抑えようとする。
「どのような指示ですか?」
浦郡はゴクリと唾を飲みこんだ。
「〈喜びの子供たち〉を切れと」
聖美は表情を変えずに浦郡を見つめる。銀縁メガネの奥で瞳がキラリと光った。
「それで選挙に勝てるのですか?」
「いつまでも〈喜びの子供たち〉の援助を受けているのは、かえってマイナスだと」
「そうかもしれません」
聖美は立ちあがった。
「わたしも、そろそろ〈喜びの子供たち〉とは手を切らなくてはいけない時期だと思っていたのです」
「では……」
聖美は頷いた。
「単独でもやってゆける。〈よろこび党〉はそれだけの力を身につけつつあるのです」
「エニグマ叡智保存協会も、わが〈よろこび党〉が政権を奪取すると読んだのでしょうか?」
「その通りです。そしていよいよ〈よろこび党〉がエニグマ叡智保存協会の理念を実現するときがやってきたのです」
聖美はメガネを取った。
「デリラ様」
浦郡が聖美に呼びかけた。
「サムソン」
そう呼びながら宇田川聖美は浦郡を抱きしめた。
*
ゆいなは換気口を開いた。
顔を出すと屋根の上だった。強い風が吹いている。
ゆいなは換気口から這いだして屋根に姿を見せた。
ソロソロと屋根の上に出ると換気口の蓋を閉めた。
屋根の縁近くまで這い進み下を覗き見ると地面は遙か遠くに見える。
ゆいなの体がガクガクと震えてきた。これでは逃げることはできない。
「やっぱり、ここにいたのね」
驚いて振りむくと広崎レナが立っていた。手には日本刀を持っている。
ゆいなは絶望した。
レナは高所に臆するふうもなく強い視線でゆいなを見つめる。やがてスタスタと屋根の上をゆいなに向かって歩いてくる。
「逃がして」
ゆいなは思わず言っていた。レナの足がピタリと止まった。
「お願い。逃がして」
「お前を殺すように言われているんだ。この刀で斬られたら即死だ。飛び降りて避けても、この高さから落ちたらお前は確実に死ぬ」
「あなたはそれでいいの?」
レナは険しい目でゆいなを見ている。
「〈喜びの子供たち〉の理念は何?」
ゆいなは必死に訴える。
「人を殺すことなの?」
「平和を実現するためには多少の犠牲はやむを得ない」
「あたしは今、平和じゃないわ!」
ゆいなは叫んでいた。
「殺されるなんてあたしは悲しい。あたしの親だって」
「お前は死んで天国に行く」
「勝手なことを言わないで!」
ゆいなの目から涙が流れた。
「どこにそんな証拠があるの?」
「陽光様がそう言ったんだ」
「湯野陽光はどうして天国があることを知ってるの?」
「神のお告げだ」
「それが勘違いだったら?」
レナは真剣をゆいなに突きだした。ゆいなは体を反転させて避ける。
レナが真剣を振りあげる。
「あたしが死んだら、あたしや、あたしの親は地獄の悲しみを味わうわ!」
レナの手が止まっている。
「お願い。助けて」
ゆいなはゆっくりと立ちあがった。そこにレナの真剣が突きだされる。
ゆいなは右に避けた。
再び真剣が繰りだされる。真剣を避けているうちにゆいなは屋根の縁にまで追いこまれた。
「お願い」
ゆいなの目から涙が溢れる。
「天国で会おう」
レナが真剣をゆいなの胸目がけて突きだす。ゆいなはその真剣を避けようとして屋根から落ちた。
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