怖がり伯爵令嬢は逃げも隠れもしますので構わないでください!

大鳳葵生

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9話 私の意思じゃないんだけどなぁ

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 ミシェーラ様が徐々に近づいてきます。小さなお体ですが、私には何倍も大きく感じました。

「マリー・コースフェルト?」

「はひ」

「マリー・コースフェルト?」

「は、はひ」

「マ・リ・イ・コ・オ・ス・フェ・ル・ト?」

 なんといえば助かるか全然わかりません。怒っていることも原因も存じています。

 しかし、それは私ではコントロールできないことでして。つまり、私が責められても何も好転しない事実なのです。

 ただ、それを真正面から指摘したら、なおさら不敬なのではと思いますと、今はミシェーラ様が本当に求めているであろうお言葉を考えなくてはなりません。

「えと…………」

「良い? 貴女が今構われているのは、その貴女が小動物みたいだからであって。女として構われているんじゃないわ! いわば今朝の登校は犬の散歩よ!」

「あー! さすがです! ミシェーラ様!!」

 動物の散歩!

 そこに気付かれるとはさすが公爵令嬢です!

 バルツァー様が私の手をつないで登校するだなんて…………いえ、貴族令嬢が一人で登下校することは危険だからと仰っていましたね。

 でも、よく考えれば日中は心配になるようなことなどないのではないでしょうか?

 散歩。確かに腕は掴まれて連れていかれている感じはしました。

「マリー・コースフェルト? あの、そう真っすぐ納得しましたと言うリアクションをされますと…………? 貴女馬鹿なの?」

「馬鹿!?」

 えええ!? そんな変な発言をしてしまったのでしょうか。なぜかミシェーラ様は空回りしたかのような呆れた表情で私を見ています。しかし、先ほどまでのお怒りモードを回避できたことは間違いないでしょう。

「それでそれでそれで? なーぜお二人で登校されてきたかご説明できますでしょうか?」

「え? あー? 散歩?」

「嘘仰い!!!」

「ひぃ!?」

 ミシェーラ様の声が頭の中で反響しています。確かに嘘ですごめんなさい。でも、本当のことを知っているのはバルツァー様自身だと思うんですよね。

 私にはあの人をコントロールすることも、権限もございませんのに。

「えと、あのその今朝我が家にバルツァー様が訪れまして…………えとえと、腕を掴まれて連行されました」

 嘘…………ではありません。しかし、これがもし好きな男性が別の女性の家までお出迎えし、二人で登校してきましたとお伝えして、大丈夫だったのでしょうか?

 これ、ミシェーラ様に「バルツァー様でしたら私のことをお選びになり、今朝自らの足で私を迎えに来て、手を繋いで登校させて頂きました。オーホッホッホッホ!」と、伝わっていないでしょうか。

 目を合わせるのが恐ろしく、先ほどからどこか顔の向きをそむけたり、視線を泳がしていますが、よくよく考えればこれは嘘をつく人間の仕草にも類似していますね。

「貴女がどのようにギルベルト様をたぶらかしたか知りませんが、あの方はすぐにお目覚めになりますわ!」

 仮に私がたぶらかしたとしても、五年間フラれ続けているミシェーラ様の方に振り向くとは思えませんけどね。あ、これ言ったら本当に不敬罪になりそうですね。

 しかし、バルツァー様はミシェーラ様のどこが不満でお断りしているのでしょうか。確かに私から見て怖い方ですけど、バルツァー様から見て怖い方ではないはずです。

「マリー・コースフェルト。今日放課後はお暇ですよね? まさか断るだなんて…………」

「放課後? あ、バルツァー様からお呼び出しを受けて…………」

 ミシェーラ様の表情が、さきほど以上のお怒りモードに突入しました。顔は笑顔なのですが、目が笑っていません。

 ええ、わかっています。墓穴を掘ったのは私です。不用心でした。いくら予定があるとはいえ、バルツァー様のお名前を出すタイミングではありませんでした。

 ミシェーラ様の瞳は、信じられないものを見つめる時の人間の瞳そっくりです。

「あの? そろそろ? 教室? 戻りませんか?」

 なんとかして声を出しましたが、ミシェーラ様はただ頭部を縦に振る以外のことをしませんし、私が歩きだしても彼女はその場から動かずに空を眺めたまま。

 どうしましょう。めちゃくちゃ置いていきやいですけど、この状態のミシェーラ様を放置するのはあとが怖い。残るべきか教室まで連れていくべきか。

 エミリア様に怒られるのは嫌ですので、仕方ありません。

「ミシェーラ様、ほら教室行きますよ?」

 私はミシェーラ様の手を取ります。

 ただただ意気消沈したまま私についてくるミシェーラ様を連れ、教室に入室しました。
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