ポンコツ公爵令嬢は変人たちから愛されている

大鳳葵生

文字の大きさ
25 / 102
第2章 公爵令嬢でもできること

9話 本当は君は水浸しだろうと可愛いと言ってあげるんだけどね

しおりを挟む
 朝です。珍しく目が覚めても目の前に誰もいません。いえ、目が覚めたら誰かがいることの方が珍しいのですわ。

 ですが、ここ最近なんとなく、目覚めたらすぐ近くに変質者がいるような瞬間に立ちあっているような気がしてならないのです。その割合も少ないはずなのですが、こう、私が朝と感じ取る瞬間には、高確率でいらっしゃる印象なのです。

 呼び鈴を鳴らし、エレナが入室してきましたわ。朝の支度を済ませ、エレナにサロンに向かうようにと声をかけられましたわ。どうせグレイ様かヨハンネスのどちらかまたは両方がいるのでしょう。いえ、ヨハンネスの場合はサロン待機なんてしませんね。

 おそらく待っていると考えられる人物が王子とわかれば、本来緊張しながら入るものなのでしょうね。ですが、私から見たグレイ様は、幼馴染! 悪友! 悪戯っ子! 鬼畜! 変態! 以上! 閉店!! そんな感じなのですわ。

 はあ、王子様と出会うドキドキは、他国に期待するしかないのでしょうね。デークルーガ帝国には一応ユリエ様以外にもご兄弟がいらっしゃいます。従兄ですので出会うドキドキもあまり感じませんが、まあ良いでしょう。もう一つの隣国ジバジデオ王国は姫のみ。遠くの国の王子にでも思いをはせましょう。

 他にアルデマグラ公国近辺には、小さな国々はございますが、王子達は年が離れすぎていますのよね。若々しいことは良いことなのですが、私が嫁ぐには無理がありますね。

 無駄なことを考えていますと、サロンの扉の前にたどり着いてしまいましたわ。

「お待たせしました」

 相手は王族。悪友だろうが、変態だろうが礼儀は大事。公爵令嬢なのだからそれくらいはわきまえていますわ。

「待っていたよルー。僕の膝の上で良かったかな?」

「そこに花瓶がありますね。あの花瓶の中の水は、王子にかけるものですか?」

「いいえ、失敗してドレスを濡らすための水です」

 私が必ず失敗すると考えていますね。そこまで言われてしまったならば、やってあげましょう。本当に失敗するか良く見ておくことです。

 私は着替えるために一度サロンを退室しましたわ。

「ただいま戻りました」

「おかえり。花は大事にするものだよ? 今回は僕がちゃんと片付けておいたからね」

「王子殿下にこのようなことをさせてしまい、誠に申し訳ありません」

 さすがの私も、今回は自分が悪いって自覚しています。花瓶はもう一度きれいに飾られていましたわ。それグレイ様が飾られたのですか?

 ちょっとセンスください。

「じゃあ、お詫びにデートか婚約でもしてもらおうかな」

「デートでお願いします」

「もっと悩んでもいいんだけどな」

 婚約したらデートさせるでしょ貴方。わかっているのですよ。それにデートくらい何度でもして差し上げますわ。ですが、噂にならないようにしておきたいですわね。グレイ様とデートしているところなんて見られれば最後、それこそ私と婚約してくださる貴族がいなくなってしまいますわ。

「でもルーって中々出会いがないよね。いや、ない訳ではないけど、君が納得いく相手が現れないといえば良いのかな? とにかくルーは男運が悪い」

「そうですわね。さすがに我がベッケンシュタイン家とリンナンコスキ家では対立していますし婚約は難しいでしょう。他にはこちらから一方的に婚約することは簡単なのですが、どうも優良物件はすべて抑えられているような気がするのですよね。やはり他国に嫁ぐしかないのでしょうか」

「他国に行ってもいいけど、時間はほとんどないからね」

 そうでしたわ。あと百九十三日。多く見えなくもありませんがなんだかんだ言って婚活以外に面倒ごとが降りかかってきています。イサアークの件をカウントしてもここ数日間でできた婚活は一日だけ。このペースで上手くいくと考えるのは高望みですわね。もっと婚活できる日にちの頻度を増やさなければいけません。

 それとグレイ様。私って女は、女運も悪い自信がありますわ。

「それと一晩悩んだけど、君には騎士二人を王宮から派遣することにした。マルッティ・ガルータとマリア・アハティサーリ。マルッティは近衛騎士団の中でもベテランの凄腕騎士だ。ちなみに既婚者だ。マリアは女性騎士の中で君に一番年の近い女性だ。話も合うだろう」

「ありがとうございます」

 こればっかりは感謝しかありませんね。さり気無く既婚者の騎士を寄こしてきたことに対する文句は、心の中だけで留めておきましょう。

「二人が来るまでは僕が君を守るよ」

 グレイ様は真っすぐ私の瞳を見つめながらそう言ってきましたわ。本当に綺麗な顔をしている王子ですわ。私も綺麗な顔をしている公爵令嬢なので羨ましくもありませんが。

 どうやらマルッティの方は現在北方にある実家に休暇を取っているそうですわ。マリアの方は、ジバジデオ王国との国境警備に行っているそうですわ。忙しいのですね。

 二人に連絡がいくのと、二人がこちらに向かうまで急いでも三日かかるそうです。つまり三日間この悪戯変態鬼畜殿下……ではなく王子殿下と一緒にいるということですね。できるだけエレナやヨハンネスと一緒にいるようにしましょう。王子には常に猫をかぶってもらう環境を作るしかありません。

 私たちはサロンで向かい合いながら座っています。これくらいの距離があったとしても、二人きりであれば、いつ何をされるかわかりません。これでは、心臓がドキドキしてしまいます。こんな状況いつまでも耐えられませんわ。とっとと退室してしまいたいです。良いですよね。大丈夫ですよね。王子を置いていく公爵令嬢くらい何万も……公爵令嬢はそんなにいませんね。

「とりあえず今日は午後からデートだからとびっきり可愛い君を見せてね」

「え? 嫌です」

 何故わざわざグレイ様の為に頑張って可愛い服を着なければならないのですか。それに頑張って着飾っても、ついこの間ヨハンネス相手にやって失敗したばかりですわ。デートは良いでしょう。約束してしまいましたし、早く終わらせておくことに越したことはありませんわ。

「もし、可愛くなかったら……僕が納得いくまで着替え手伝ってあげるね」

「最高に可愛い衣装で臨ませていただきますわ」

 この変態鬼畜王子殿下ぁぁああ。あとで覚えておくといいです。そのような態度をし続けたことで私のような女性をみすみす逃すはめになるのですから。

「楽しみだよ」

 その楽しみと言いますのは、ダメ出しできることが楽しみってことで宜しいのでしょうか。悪寒で体の震えが止まりませんわ。ああ、本当にこの王子は何を考えているのでしょうか。

 私が恐怖の表情を浮かべていると、私の顔を見てはにこやかにしていらっしゃるグレイ様に、また余計に喜ばせてしまった事実に気付き、すぐに顔を背けて差し上げましたわ。小さな声で残念と仰っていた声が聞こえましたわ。やはり楽しまれていたのですね。変態です。イサアークよりは軽い変態です。

 どうやらデートは昼食から始まるそうなのです。それでしたら今から最高に可愛い恰好にならなければいけません。しかし、あの変態が納得行く可愛い恰好とはどのような恰好なのでしょうか?

 いえ、こればっかりは悩んでも仕方ありません。エレナに頑張ってもらいましょう。

 エレナを呼出し、事情を説明しますと、大笑いされてしまいましたわ。屈辱ですわ屈辱ですわ。

 エレナにコーディネートしてもらい、私は白いブラウスに青い薄めのベスト。黒いロングスカートを穿きましたわ。さらに白い髪飾りをつけて貰いましたわ。

「どうかしら?」

 エレナに尋ねますと、エレナは二人きりの時の口調で返事をしてくれましたわ。

「似合っているぜ、ルクレシア。これなら王子もイチコロだ」

 本当にイチコロでしたら、どんなに良かったことでしょうか。とにかく、私にはどうしよもありません。エレナを信じましょう。それに、今の私は十分に可愛いですわ。大丈夫です。私は可愛い。私は可愛い。私は可愛い。さあ、ぎゃふんと言わせて差し上げますわ、グレイ様!

 ……何故でしょう、目的が変わっている気がしますわ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。 幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。 焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。 このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。 エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。 「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」 「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」 「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」 ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。 ※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。 ※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

処理中です...