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第2章 公爵令嬢でもできること

24話 あなたがどんなに頑張っても私は生き延びます

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 閉じ込められた牢屋の中には、薄汚い毛布を用意して頂きましたわ。とりあえず休み損ねた分は寝てしまいましょう。おやみなさぁい。

 いえいえ、この状況ですよ。クークーとは、眠れませんね。普通はこの状況で眠ろうとは、考えないのでしょうね。高貴だからでしょうか。

 それにしても毛布とバケツのトイレしかない牢屋。見張りもいますし、トイレを利用することはありませんね。可能な限り丁重に扱おうとしてくれてこの環境とは、かなりひどいのですねここ。

 今度の見張りさんは寡黙そうな方ですので、話かけるのはよしておきますわ。待っている間考えを整理しましょう。

 私の目的は、ここから無事に脱出すること。牢屋の外には寡黙そうな監視が一人。牢屋は土壁。おそらく洞穴の中なので壁の薄さは期待できない。天井も高いですし、これはもう牢屋の柵を抜けるしか脱出手段はなさそうですね。

 私があの寡黙そうな看守から逃げ切れる可能性は限りなくゼロに近いでしょう。武器になりそうなものもなさそうですし。そうね、無駄ね。……とりあえず寝ましょう。

 本当にぐっすり眠ってしまいました。あれから何時間たってしまったのでしょう。監視の人がいつの間にか交代しているくらい……全然わかりませんね。

 照明は壁に配置された松明のみ。仕方ありませんね。

「監視さん監視さん? 今は朝かしら?」

 看守の方はやけに綺麗なフード付きのローブで、顔を隠された小柄な方でした。ローブからは長い茶髪の髪が見え隠れしています。

 袖口から見えた手は、グレイトウォール山脈から見て西側の国の人のように白い肌でした。つまり、野盗の皆様とは違う方。

「いいえ、もうお昼ですよ」

「リンナンコスキ家の夜会で私をにらみつけていらしたのは、あなたでしたのね」

「あら? 顔に出ていましたか?」

「マグダレナを私の元に送り込んだのはあなたかしら?」

「ご明察」

「出発当日がバレて襲撃を受けたのも当然ね。私の出発の日を把握していたのだもの」

「ルクレシア様自ら教えてくださりましたので」

「それと、ワインは良く燃えるのね。知識でしか知らなかったわ」

「さすがにワインだけではありませんよ。箱の下の方は完全に油でした」

「やはりあれが燃えだしたのは」

「はい、私の差し金です」

「よくコースを変えたのに発見できたわねと思いましたが。私たちの馬車の場所の特定は容易だったでしょう?」

「はい。どのようなルートであれ、馬車であれば必ず各領地の関所を通られますので。あとはあなた方が通られた関所から狼煙をあげて頂きましたわ。道なき道を走られなくて助かりましたわ」

「あなたの名前の答え合わせは必要かしら?」

「いいえ、あなたとお話するのは虫唾が走ります。私はただ本人確認をしたかっただけですので。ではさようならルクレシア様」

 そういいますと、ローブの女性は洞穴の奥なのか出口なのか。とにかく牢屋の前から消えて行ってしまいましたわ。

 さてさて、彼女が私の前に出てきたということは、私は殺されるのね。そうよね、だって私が生き延びてしまいましたら、彼女の素性がバレてしまいますもの。

 私にとっては最悪の結果発表でしたね。さてと、悔やんでも仕方ありません。ここはしっかり命乞いです。次に来た方に全力で取り入りましょう!

 しばらくしますと、おそらく布魔人こと親分さんがいらっしゃいました。相変わらず顔を隠されていますので、体格で判断しています。

「おーう、気分はどうだ?」

「いらっしゃいませ親分様!」

「うっわ気持ち悪! どうしたあんた?」

 ちょっと? 媚を売りに行った瞬間にそれはないのではなくて? 私が可愛い声を出しましたら、気持ちよすぎてつい領地まで護衛したくなるとかありませんの?

「失礼ね。それより私はまだ死にたくありません! どうにかなりませんの? 早く考えなさい!」

「いや、立場わかっている? え? なんで俺が命令されているんだ? 馬鹿なのか? こいつが? 俺が? 世界が? 牢屋の中にいる世間知らずの令嬢が監視に来た野盗に命令してきたぞ?」

 何をぶつぶつ言っていますのでしょう。そんなことより逃げ出す方法を一緒に考えて頂きませんと、いけませんのに。

「お前ついに混乱しているだろ? 敵と味方の判別ついていないぞ」

「……? あら?」

 10秒ほどの間が空き、私は混乱していることに気付きましたわ。何故私は彼が味方になると思ってしまっていたのでしょう。そもそも彼に捕まったからここにいると言いますのに。かなり恥ずかしい命令を出してしまいましたわ。

「恥ずかしいですわ! 牢屋から出られるのなら出たい!」

「いや、はじめからそのつもりだよ。もうしばらく待て」

「待てと言われて、待つわけがないでしょう? 出しなさい」

「まだ混乱していたのか」

 はい、混乱していました。と、言いますか今親分さんはなんと言いましたのでしょうか? 出してくださる? いえ、これはあれですね。処分の準備的なあれですね。どうせなら傷一つなくベッケンシュタイン家にお返し頂きたいところなのですが、コストかかりますよね? 川に流されるとか山に埋められるとかでしょうか?

「ねえ? 私のことどう殺すの?」

「あ? いや、殺さないぞ?」

「……? ……! 私を生かすと言いますのは、あなた方の協力者も把握していらっしゃるのかしら?」

「しているな。それがどうした?」

 ひょっとしなくてもかなりまずい展開になりそうですね。私が生き延びるのであれば、彼女は危険を冒してまでも私の顔を見に来るのはおかしいですわ。彼女が私と会話するのはおかしいですわ。彼女が私に正体を明かすような発言をするのはおかしいですわ。

 つまり、考えられる彼女が行う対処方法は一つしかありませんわ。

「今すぐ逃げ出しましょう! 他のみんなも連れだしなさい!」

「は?」

「あの女は私たち全員を殺します! 逃げますよ!」

 私が叫び声を出したタイミングで轟音が鳴り響きましたわ。何かが燃え広がる音。

「遅かったわ! 親分さん! 私を早く出しなさい! 一人でも多く助け出しましょう!」

「! わかった!」

 私は牢屋から出して頂きますと、すぐ奥の悲鳴が聞こえる通路の方を見ます。まだまだ火が弱く、向こうに向かうことはできそうです。私と親分さんは悲鳴の先に走り出しましたわ。

「あ、私走れませんわ」

「この足手まとい!」

 親分さんが先に奥に走って行ってしまいましたわ。私はとりあえず使えるかもしれないと思い、トイレ用の空バケツを持って親分さんの向かった方向についていきましたわ。余計な荷物にならなければ良いのですが。

 親分さんに追いつきますと、子供を抱えながら、後ろには複数人の方々。負傷者も少なくない様子。

「どちらに逃げれば宜しくて?」

「正面の入り口はダメだ。火矢と油を何発も撃ち込まれえている。それにいつまでも洞窟にいては呼吸もできなくなる。隠し通路から出るぞ」

 私は私より遅く足を引きずっている子供を抱えました。バケツは投げ捨てました。

「生き延びましょう?」

「うん!」

 子供は私に笑顔で答えてくださりましたわ。子供というものは相変わらず可愛らしいものなのですね。私の可愛い可愛い妹のミシェーラもお姉様お姉様と言いましては、いっつも私の後ろにくっついてきまして私が抱っこしてあげると大喜び。一緒に寝ないと暴れ始めます。私が抱きしめますと安心してすぐ眠ってしまいますのよね。おかげで私のお洋服は天使の涎でベトベト。あのシミのついた洋服を落とさないで飾ろうとしましたらさすがにエレナに本気で叱られましたのよね。おっと、今は天使の話をしている時間ではありませんでしたね。

 大人たちは子供を抱えながら逃げ出します。もとは住む場所を追われた村民たちなだけあり、女子供も少なくありませんね。

 むしろ男手が少ない様子。……いえ、男手のほとんどは昨晩私の護衛達と戦ったばかりだから、何人かあるいは全員捕らえられている頃でしょう。

 しばらくしますと、日の光が見えてきましたわ。どうやら出口のようですわね。そう思った瞬間でした。私たちの目の前には十人以上の弓兵。回り込まれていましたのね。

 そして私の動体視力では数えきれないほどの矢が私たちに向かって放たれましたわ。
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