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第2章 公爵令嬢でもできること
25話 手を差し伸べれば握り返してくれると信じて
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迫りくる矢の雨を、親分さんは腰に帯びていた長剣のような物である程度は防ぎました。
他の野盗グループの女性方も鍋やお玉、物干しざおで身を護っています。物干しざおのお姉さんかっこいいですわね。槍捌きとか得意そうですわ。監視で見かけた寡黙そうなお兄さんや、洞穴に残っていただろう男性陣も負けていません。
ですが、親分さんは片方の腕では子供を抱えたまま。なんとか身をよじらせて子供を庇うようにするものの、得物の先が届きにくい場所。あのままでは子供も親分さんも危ない。
しかし、私の腕の中にも小さな子供がいらっしゃいます。今はこの子を護らなければいけませんね。私はその子を抱きしめ、庇う様に身を縮めました。小さな子は、私をぎゅっと抱きしめ返してきました。え、持ち帰りたい。
しばらくして矢の雨がやみ、男性陣は突撃していきました。親分さんは抱えていた子供を他の女性にあずかってもらおうとして出遅れましたが、他の方々に続こうと走って行こうとしたその時です。
親分さんの前を走って行っていた男性陣たちが、突如声をあげながら姿を消してしまいましたわ。まるで落下するような消え方でした。それから、聞くに堪えない音が響きました。固い物の砕ける音のような、柔らかい物の裂ける音のような。
「親分さん?」
「ここまでするのか」
親分さんは自身の足元を覗き込みますと、表情こそ布で見えませんが、声色からわかる憎悪の色。
彼女は本気で私を殺すつもりなのでしょうね。そう出なければ、私の前に姿を現すなんてできるはずがありません。もしかしたら自らの目で本人確認さえ済めば、私にバレてしまうような真似はしなかったのでしょう。
彼女が何故私を殺したいか全くわかりませんね。お家同士の仲はむしろ良好のはずなのですが……いえ、今はそんなこと考えている場合ではありませんね。
後方からモクモクと黒い煙が広がってきています。いつまでもここにいるわけにはいきませんね。しかし、弓兵たちはまだいらっしゃるはずです。
そんな時でしたわ。大きな声が聞こえました。
「お嬢様!」
あら、良いタイミングでいらっしゃったじゃないですか。私は持っていたベルを鳴らしながら洞穴の入り口から顔を出しましたわ。当然ですが、抱えていた子供はまだ洞穴の中にいた女性にお預けしました。
「お嬢様! 早くその男たちから離れてください! こちらはよくわかりませんが弓兵たちもいらっしゃいます!」
敵味方逆ですわ。……いえ、まあ普通ならば、私を攫った野盗と交戦している方が、私たちの味方だと思いますよね。ヨハンネス達の反応は正しいですわ。さて、この状況をどのように説明すればよろしいでしょうか。あまり敵に隙は作らない方法。ストレートにシンプルが一番ですわね。私は甘いミルクティー派ですけど。
「その弓兵たちは、マグダレナの仲間です!」
「え? ええ!? 了解しました!」
そう聞くと、ヨハンネス達はすぐに弓兵たちに切りかかります。私の言葉の意味が理解できていなかった弓兵たちは最初こそ唖然としていましたが、その言葉の意味が私の敵ですという意味と認識するまでの間に、ヨハンネス達三人に蹂躙されてしまいました。
また、親分さんもそれに紛れ込もうとし落とし穴を飛び越え、近場の方々を次々と切りかかっていきましたわ。腕を怪我していたマリアも両手で槍を抱えています。重傷でない様子を確認できまして安心しましたが、できれば安静にしてほしかったですね。
マルッティとヨハンネスはさすがの実力でした。さすがは王子自ら選んだ私の護衛ですね。まあ、私が捕まってしまった実績は消えませんけどね。
エレナが隙をみて、こちらに近づいてきています。途中で何かに気付いたエレナはその穴を覗き込んでしまいましたわ。かなりショッキングな光景でしたのでしょうね。お顔が真っ青になっています。取り乱すような表情をしたエレナを見たのは初めてですね。あの穴を覗き込むのはそれ相応の覚悟が必要でしょう。
しかし、これから子供を抱えてその穴の横を落ちない様に進む必要があります。でしたら覚悟は必要なのかもしれませんね。
エレナは私の方までたどり着きますと、思いっきり頬をぶたれてしまいました。え? もう少し周囲の状況が安全になったタイミングにやるものではなくて?
「今はそれで結構です」
「今はって……まだ叩くつもりですか? いえ、貴方の気持ちはわからなくもないのですが公爵令嬢でしてよ?」
「先ほどのビンタは旦那様の分。あとは奥様の分とエリオット様の分とミシェーラ様の分そして私の分が十発です」
「……顔の形は変えないでね」
観念しましょう。そこまで思われていますなら、謹んでお受けしましょう。でも、エレナの分は二回までしお受けしませんからね。
私が微笑みかけると、エレナは飛びつくように抱き着いてきましたわ。しばらくして弓兵たちが片付いたのでしょう。私とエレナはそれぞれ一人ずつ子供を抱えながら他の女性の方々と一緒に洞穴を脱出しましたわ。
その時、足元を注意しながら歩いた光景はしっかりと目に焼き付いてしまいました。どのような形であれ、私が巻き込んだことに変わりないのですよね。
穴の脇を通り過ぎますと、私たちは全員で協力しあいながらその穴を埋め、マルッティと親分さんに大きめの石を運んできてもらい、全員で一つのお墓を作られましたわ。
「親分さん?」
「ん?」
「あなた方の国では、どのように供養するのかしら?」
親分さんの国のやり方で彼らを供養し、それからやっとヨハンネスたちに状況説明を行いましたわ。親分さんたちが私と協力して麻薬栽培の依頼者を探すこと。それから私を殺そうとした真犯人。さらに彼女から今も命を狙らわれていること。
「彼女がですか」
ヨハンネスとエレナは当然面識があり、マルッティはピンと来ていない様子。マリアに至っては独身の女性? はて? と言った感じでした。
「とにかく、今は親分さんたちの住む場所を用意しましょう」
「本当に協力されるのですか? 勿論、他国のこととはいえ、麻薬栽培の依頼者は放っておけません。しかし、彼らはお嬢様を誘拐したのですよ!」
ヨハンネスは納得していない様子ですわ。マルッティやマリアも頷いています。エレナもあまりいい顔をしていませんが、口出しはしない様子。
「協力しますわ。彼らは私を生かすことにしたから、彼女に仲間を殺されることになったのですよ。ヨハンネス達と戦った方々はどうなったのかしら?」
「彼らなら気絶させて縛り上げていますよ」
命は取っていませんのね。それを聞いて安心しましたわ。
「あの、お嬢様。一ついいですか?」
「何ですかマリア」
マリアは今回の件で怪我をさせてしまいましたね。そしてその隙をつかれそうになって殺されかけたのですね。彼らに温情をかけるのは、お嫌なのでしょうね。
「えっと、私の住んでいたレークアの近くに廃村があるのですが、まだ民家などは補修すれば数十人は住めると思います。場所はベッケンシュタイン領ですので、領主様の許可が必要かと思いますが」
「マリア!」
どうやらマリアは私の意見に賛同してくださるそうです。その発言を聞いたヨハンネスは深いため息を吐き、マルッティは豪快に笑いましたわ。エレナはビンタの素振りをやめてください。
「良かったわね。これからは親分さんじゃなくて村長さんかしら? お父様には私の方からお話しておきますわ」
私がそう声をかけますと、親分さんは顔を隠していた布を取りました。決して白い肌とは言い難い肌の色に、黒い髪は後ろに束ねた男性。瞳は黒。本当に見た目の印象がガラッと変わりますのね。
「親分さんでも村長さんでもねえ。ジンスケだ」
「ジョスコですね」
「……ジンスケだ」
「まあ、すみません。以後気をつけますわ」
少し発音が伝わりにくいお名前のようですが、ジェスカだと思います。
私はジェスカに手を差し出し、ジェスカは私の手の甲に口づけをしましたわ。異国の文化かしら? 友好の握手だったのですけど。
他の野盗グループの女性方も鍋やお玉、物干しざおで身を護っています。物干しざおのお姉さんかっこいいですわね。槍捌きとか得意そうですわ。監視で見かけた寡黙そうなお兄さんや、洞穴に残っていただろう男性陣も負けていません。
ですが、親分さんは片方の腕では子供を抱えたまま。なんとか身をよじらせて子供を庇うようにするものの、得物の先が届きにくい場所。あのままでは子供も親分さんも危ない。
しかし、私の腕の中にも小さな子供がいらっしゃいます。今はこの子を護らなければいけませんね。私はその子を抱きしめ、庇う様に身を縮めました。小さな子は、私をぎゅっと抱きしめ返してきました。え、持ち帰りたい。
しばらくして矢の雨がやみ、男性陣は突撃していきました。親分さんは抱えていた子供を他の女性にあずかってもらおうとして出遅れましたが、他の方々に続こうと走って行こうとしたその時です。
親分さんの前を走って行っていた男性陣たちが、突如声をあげながら姿を消してしまいましたわ。まるで落下するような消え方でした。それから、聞くに堪えない音が響きました。固い物の砕ける音のような、柔らかい物の裂ける音のような。
「親分さん?」
「ここまでするのか」
親分さんは自身の足元を覗き込みますと、表情こそ布で見えませんが、声色からわかる憎悪の色。
彼女は本気で私を殺すつもりなのでしょうね。そう出なければ、私の前に姿を現すなんてできるはずがありません。もしかしたら自らの目で本人確認さえ済めば、私にバレてしまうような真似はしなかったのでしょう。
彼女が何故私を殺したいか全くわかりませんね。お家同士の仲はむしろ良好のはずなのですが……いえ、今はそんなこと考えている場合ではありませんね。
後方からモクモクと黒い煙が広がってきています。いつまでもここにいるわけにはいきませんね。しかし、弓兵たちはまだいらっしゃるはずです。
そんな時でしたわ。大きな声が聞こえました。
「お嬢様!」
あら、良いタイミングでいらっしゃったじゃないですか。私は持っていたベルを鳴らしながら洞穴の入り口から顔を出しましたわ。当然ですが、抱えていた子供はまだ洞穴の中にいた女性にお預けしました。
「お嬢様! 早くその男たちから離れてください! こちらはよくわかりませんが弓兵たちもいらっしゃいます!」
敵味方逆ですわ。……いえ、まあ普通ならば、私を攫った野盗と交戦している方が、私たちの味方だと思いますよね。ヨハンネス達の反応は正しいですわ。さて、この状況をどのように説明すればよろしいでしょうか。あまり敵に隙は作らない方法。ストレートにシンプルが一番ですわね。私は甘いミルクティー派ですけど。
「その弓兵たちは、マグダレナの仲間です!」
「え? ええ!? 了解しました!」
そう聞くと、ヨハンネス達はすぐに弓兵たちに切りかかります。私の言葉の意味が理解できていなかった弓兵たちは最初こそ唖然としていましたが、その言葉の意味が私の敵ですという意味と認識するまでの間に、ヨハンネス達三人に蹂躙されてしまいました。
また、親分さんもそれに紛れ込もうとし落とし穴を飛び越え、近場の方々を次々と切りかかっていきましたわ。腕を怪我していたマリアも両手で槍を抱えています。重傷でない様子を確認できまして安心しましたが、できれば安静にしてほしかったですね。
マルッティとヨハンネスはさすがの実力でした。さすがは王子自ら選んだ私の護衛ですね。まあ、私が捕まってしまった実績は消えませんけどね。
エレナが隙をみて、こちらに近づいてきています。途中で何かに気付いたエレナはその穴を覗き込んでしまいましたわ。かなりショッキングな光景でしたのでしょうね。お顔が真っ青になっています。取り乱すような表情をしたエレナを見たのは初めてですね。あの穴を覗き込むのはそれ相応の覚悟が必要でしょう。
しかし、これから子供を抱えてその穴の横を落ちない様に進む必要があります。でしたら覚悟は必要なのかもしれませんね。
エレナは私の方までたどり着きますと、思いっきり頬をぶたれてしまいました。え? もう少し周囲の状況が安全になったタイミングにやるものではなくて?
「今はそれで結構です」
「今はって……まだ叩くつもりですか? いえ、貴方の気持ちはわからなくもないのですが公爵令嬢でしてよ?」
「先ほどのビンタは旦那様の分。あとは奥様の分とエリオット様の分とミシェーラ様の分そして私の分が十発です」
「……顔の形は変えないでね」
観念しましょう。そこまで思われていますなら、謹んでお受けしましょう。でも、エレナの分は二回までしお受けしませんからね。
私が微笑みかけると、エレナは飛びつくように抱き着いてきましたわ。しばらくして弓兵たちが片付いたのでしょう。私とエレナはそれぞれ一人ずつ子供を抱えながら他の女性の方々と一緒に洞穴を脱出しましたわ。
その時、足元を注意しながら歩いた光景はしっかりと目に焼き付いてしまいました。どのような形であれ、私が巻き込んだことに変わりないのですよね。
穴の脇を通り過ぎますと、私たちは全員で協力しあいながらその穴を埋め、マルッティと親分さんに大きめの石を運んできてもらい、全員で一つのお墓を作られましたわ。
「親分さん?」
「ん?」
「あなた方の国では、どのように供養するのかしら?」
親分さんの国のやり方で彼らを供養し、それからやっとヨハンネスたちに状況説明を行いましたわ。親分さんたちが私と協力して麻薬栽培の依頼者を探すこと。それから私を殺そうとした真犯人。さらに彼女から今も命を狙らわれていること。
「彼女がですか」
ヨハンネスとエレナは当然面識があり、マルッティはピンと来ていない様子。マリアに至っては独身の女性? はて? と言った感じでした。
「とにかく、今は親分さんたちの住む場所を用意しましょう」
「本当に協力されるのですか? 勿論、他国のこととはいえ、麻薬栽培の依頼者は放っておけません。しかし、彼らはお嬢様を誘拐したのですよ!」
ヨハンネスは納得していない様子ですわ。マルッティやマリアも頷いています。エレナもあまりいい顔をしていませんが、口出しはしない様子。
「協力しますわ。彼らは私を生かすことにしたから、彼女に仲間を殺されることになったのですよ。ヨハンネス達と戦った方々はどうなったのかしら?」
「彼らなら気絶させて縛り上げていますよ」
命は取っていませんのね。それを聞いて安心しましたわ。
「あの、お嬢様。一ついいですか?」
「何ですかマリア」
マリアは今回の件で怪我をさせてしまいましたね。そしてその隙をつかれそうになって殺されかけたのですね。彼らに温情をかけるのは、お嫌なのでしょうね。
「えっと、私の住んでいたレークアの近くに廃村があるのですが、まだ民家などは補修すれば数十人は住めると思います。場所はベッケンシュタイン領ですので、領主様の許可が必要かと思いますが」
「マリア!」
どうやらマリアは私の意見に賛同してくださるそうです。その発言を聞いたヨハンネスは深いため息を吐き、マルッティは豪快に笑いましたわ。エレナはビンタの素振りをやめてください。
「良かったわね。これからは親分さんじゃなくて村長さんかしら? お父様には私の方からお話しておきますわ」
私がそう声をかけますと、親分さんは顔を隠していた布を取りました。決して白い肌とは言い難い肌の色に、黒い髪は後ろに束ねた男性。瞳は黒。本当に見た目の印象がガラッと変わりますのね。
「親分さんでも村長さんでもねえ。ジンスケだ」
「ジョスコですね」
「……ジンスケだ」
「まあ、すみません。以後気をつけますわ」
少し発音が伝わりにくいお名前のようですが、ジェスカだと思います。
私はジェスカに手を差し出し、ジェスカは私の手の甲に口づけをしましたわ。異国の文化かしら? 友好の握手だったのですけど。
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