ポンコツ公爵令嬢は変人たちから愛されている

大鳳葵生

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第2章 公爵令嬢でもできること

26話 かつて絵画を見つめるだけで満足していた少女は

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 ジェスカたち野盗グループ改め、新たなベッケンシュタイン領の領民となる方々を引き連れてレークア近くの廃村まで同行することになりましたわ。寛大すぎるかもしれません。彼らがアルデマグラ公国で行ってきたことは間違いなく犯罪です。

 しかし、それを知っているのは我々と彼らに命じていた彼女だけ。であれば彼らの罪の償いは私の裁量で決めさせて頂こうと思います。

 マルッティが御者をし、道案内としてエレナはその隣りに座られます。馬車の中には私とヨハンネスとマルッティ。ジェスカたちも自分たちで持ち合わせている馬車が無事だったようで、そちらで付いて来てもらっていますわ。

「お嬢様、すぐにその手を拭きましょう。どのようなばい菌が付着しているかわかりません」

「え? ええ、そうね。洞穴の中にいましたものね」

 ヨハンネスが丁寧に私の手を清潔なハンカチで拭い始めてきましたが、そこまで私の手は汚れてしまっていたのでしょうか。トイレ用のバケツ? いえ、あれは一応未使用。

 マリアが羨ましそうに見ているように見えますが、何なのでしょうか。

「ちょっと丁寧過ぎませんか? そして手以外は拭かなくても宜しいのですか?」

「え? あ……他の場所はマリアにお願いしてください」

 マリアはじーっと私を見つめながら少し深いため息を吐きながらハンカチを受け取り、汚れている場所がないか確認して頂きましたわ。やはりあまり汚れていなかったのか、適当に済まされたような気がします。よほど手に目立つ汚れがあったのですね。気付きませんでしたわ。

 しばらくしてマリアの仰っていた廃村にたどり着きました。しかし、そこにはまた数人の兵士がたむろっていました。そして綺麗なローブで顔を隠した方がこちらに歩み寄ってきます。

 逃げることなくこちらに向かってくるということは、ここですべての決着をつけるつもりなのですね。

「どうしてここに来るってわかったのかしら?」

「いえ、むしろここは私たちの隠れ家でしたので」


 私の問いかけに、彼女はむしろ私たちが現れたことに驚いている様子でしたわ。どうやら彼女からしても私たちの登場は計算外だったようですね。

 彼女たちの計算外ということは、都合の良いブッキングということでしょうか? しかしここベッケンシュタイン領ですよね? 勝手に隠れ家に使われていましたのね。

 まあ、私は最後にあなたと直接会話できて良かったと思っていますよ。

「勝手に我が領地をね……廃村になったのではなくてされたのかしら?」

「……っ! 本当に都合の悪いことばかり! あなたって人は!」

 彼女は突然これまでとは違い、憎悪をむき出しにしたような声を発しました。まるで河川が決壊するように、彼女の激しさが増していくのがわかりました。

「……何が不満なのですか?」

「不満? それはあなたですよ。ルクレシア様! あなた様は確かに不器用で運動能力も皆無。よく転びよく失敗する。ですが、それは些細なことなのです。あなたは美しい。その白い肌は陶磁器のように滑らかで、その細く柔らかい金糸のような髪は湖に映る朝日より神々しい。そしての桜色の瞳は見るものすべてを魅了する妖艶な輝きがあるじゃないですか。まるで絵画の世界の住人のルクレシア様。あなた様はその美貌を持ち合わせながらも、あの白銀の髪の王子の一心不乱の愛を拒んだ。最初はルクレシア様なら王子殿下と添い遂げても構わないと思いました! ですが、王宮主催の夜会が終わったすぐにレティシア様の屋敷のお茶会でお会いした時にあなた様は言いましたよね! 王子以外の婚約者を探す! と! 私はですね。あなた様が王子殿下のお隣を拒んだと知った時。私にもチャンスがあるのではないかという気持ちが芽生えたのです。ですがその芽生えた気持ちはすぐに摘み取られてしまいましたわ。王子殿下はまだ……ルクレシア様を愛しているではないですか!! あなたが行方不明になった時! 王子殿下はルクレシア様を探すために王都内を駆け巡り! そして見つけ出した! だから私は自分のチャンスが思い違いになる前に! あなたを消そうと思いました。領民をマグダレナと名乗らせ! ベッケンシュタイン家の屋敷に忍び込ませた! だが! それも! 阻まれたようでした! あなた様の死の知らせは届かず! リンナンコスキ家の夜会に現れた! しかし、その時はあなた様の命を奪うのはやめようと思ったのです。あなた様は存じ上げぬ男にエスコートされていたではないですか。ついに王子殿下の愛した芸術品に泥がついた。あなた様が王子殿下意外と添い遂げるのであれば、王子殿下もあなたを諦める! ですが! 王子殿下はエスコートも頼まれていないのにルクレシア様の前に現れ! ダンスを踊り! そして愛おしそうに抱き上げられた! やはり殺そう。王子殿下が! 私の愛する王子殿下を愛してくれない女を愛するのは間違っている!!」

 ? えーっと? そうね? 何? え? 勘違いで命を狙われているのでしょうか? いえ、一部は間違いありませんね。私は美しい、私は神々しい、私は見るものすべてを魅了する輝きがある。そうね、あなたの認識通りです。

 ですが、グレイ様が私を一心不乱に愛している? 兄弟愛のようなものではないでしょうか? うちの兄は私の為なら死ぬ気で頑張りますし、きっとお義姉様も私の為なら本気になってくださります。私だってミシェーラの為でしたら……きっとグレイ様が私を大切にされるのは一人っ子故に幼馴染の私を妹のように大事にされているのですよ。

 はたから見たら一心不乱の愛に見えるのですね。なるほど、確かに私たちは血縁ではありません。そう勘違いされる覚悟で回った王家主催の夜会。そうでしたのね。あなたはグレイ様のことをずっとお慕いして、そしてお慕いしていたからこそ、私相手ならと身を引かれていたところ。私の婚約者探す宣言。

 それはきっと彼女にとってのグレイ様と愛し合えるかもしれない一筋の光だったのでしょう。しかし、グレイ様は彼女の目から見て私を一心不乱に愛している。

 そこで彼女は、自分に芽生えた一筋の光を護ろうとしてしまった。私を殺すための刺客を送り出したのですね。それも失敗に終わりましたけどね。

 さらにリンナンコスキ家の夜会の日も、一度は別の方と一緒に訪れた私を見て、彼女に芽生えた光はまた強く輝きだしたのでしょう。

 ですが、ここでもグレイ様は私と踊り、私を抱えた。そして彼女は私を必ず殺すと誓ったのでしょう。それからはここ最近の出来事ですね。馬車を燃やされ、野盗に襲われ火矢に襲われましたね。

「あなたの言い分はわかりましたわ。半分ほど。少々思い違いもあるようですが、つまり自分にもチャンスがあるのではという浅ましい欲望が芽生えた瞬間から、例え私相手だろうとも本気でグレイ様からの愛をもらおうとするために、自らを磨くのではなく愛されたものを消そうと考えたのですね」

「それの何が悪いのです! 極限まで自分を磨いた結果がこの私なのです! これが! ルーツィア・ダンマークの限界なのです! 絵画から生まれたような容姿の方にはわかりませんよね! わかってほしくもないです! そして思い違いはあなた様の方だと思いますが、そこはお互いの主張がかみ合わないでしょう」

 彼女は彼女の兵士たちの中に紛れ、敵兵たちは剣や弓を構え始めましたわ。ルーツィア様はこの廃村で必ず私たちを殺そうとするのでしょう。ついに名乗ってしまいましたわ。少なくとも発言力のある私とエレナとマルッティ。ヨハンネスとマリアもグレイ様が信頼していらっしゃる騎士ですので例外ではないでしょう。

 ジェスカたちはいくら発言しても信用ないでしょうから、私たち中心で狙われるハズですわね。であれば私たちはジェスカたちから離れるべきですね。

「これ以上は巻き込めません。あなた方はお逃げなさい。住む場所を与える約束を守れなくてごめんなさいね。もし、もう一度会えましたら、今度こそあなた方に住む場所を正式にお与えします」

 ジェスカ以外の面々は女子供。それから昨晩私の騎士達にコテンパンにやられてしまった男ども。ジェスカ以外負傷者ばかり。一度逃げて頂きましょう。

「俺は残るぜ? まだ戦える」

 ジェスカは腰にさげた得物を引き抜き、こちらに加わってくださりましたわ。

 元野盗たちの馬車はどこかに走っていきましたが、敵兵たちはそれを取るに足らないと判断し、弓兵たちが矢を放ちましたわ。

 私を覆う様に抱きしめるエレナに、全ての矢をそれぞれが払い落とすヨハンネス達。相手の弓兵たちは残り少なくったようで、矢の雨も先ほどの洞穴ほどではなく、たいしたことなかったようでしたわ。そしてすぐさま剣を持った敵兵たちがこちらに奇襲をしかけてきましたわ。

「さて、ルーツィア様。最後《いんたい》の戦場《ぶとうかい》です。廃村《ぶたい》はお気に召しましたか?」

 しかし、不安定すぎるのですよね。私とグレイ様が愛し合ってればいいとか、ご自分にもチャンスがあるとか、グレイ様を愛さないなら私を殺すとか。愛とはここまで人を狂わせるものなのでしょうか? それに、男爵令嬢如きが揃えられる兵士の数かしら?
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