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第2章 公爵令嬢でもできること

28話 ルクレシアだからできること

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 レークア近くの元廃村に、私たち一行とジェスカたちで集まりましたわ。

 私たちはジェスカたちの監視を兼ねて新たな村の立ち上げにお力添えしています。ジェスカたちは家の補修や立て直しを行い、女性陣は炊飯や洗濯などを行いながら少しずつですが小さな村ができあがっているところなのです。マルッティやマリアは体を動かしたいらしく積極的に彼らのお手伝いをしてくれていますわ。
  
  はい! そこ求婚しない!

 メイドであり、炊事洗濯なども得意なエレナはと言いますと、相変わらず私のみお世話してくださるようです。

 ルーツィアはあの後、王宮の牢獄に幽閉されることになり、ダンマーク男爵家は爵位剥奪されましたわ。今は思い出となる民家に軟禁して頂いています。

 王家所有の地として返還されたダンマーク領に、新たな領主を探すことになりましたが、それもすぐに決定しましたわ。

 これまでの経歴から、新たなに男爵の爵位を王家から謹呈されたのはユーハン・フランスワ男爵でしたわ。正確には、フランスワ家が準男爵から男爵に昇格し、ユーハンは長男ではありませんが、フランスワ家の正式な当主になられました。

 ユーハンは元平民であり、当然様々な貴族が爵位贈与に対して批判的な声を上げましたが、王家のグレイ様や現宰相のリンナンコスキ家当主マックス様より、ユーハン・フランスワの祖母、ローラ・シャロデア・アルデマグラが元王族であり、ユーハン自身に高貴な血と王位継承権があることまで公表されました。

 そのように言われてしまえば、革新派も保守派も反対できず、ユーハンは男爵の爵位につき、ダンマーク男爵領は新たに、フランスワ男爵領に変わりましたわ。

 そしてジェスカたちの身元は、私とエレナとマルッティとユーハンの名の下に正式にアルデマグラ王国の国民として迎え入れることになりましたわ。これに関しましてはベッケンシュタイン領のことであり、他家が口出しすることもなく、つつがなく話が進みましたわ。

「悪いな、姫さん。俺たちみてーな、身元もわからねー無法者を受け入れて貰ってよ!」

「ジェスカ? 私は姫ではないわ。それに受け入れて貰ったのではなく、拾ったのよ。おこがましい」

「ははは。小さいこと気にしないでくれって。あと俺もジェスカじゃない」

 まあ、領民である彼らからすれば父が王で私はその娘だから姫。そういう認識にしておきましょう。あくまでベッケンシュタイン領の姫ですよ?

 私は他の方々と一緒に作業しているヨハンネスの元に歩み寄り、声をかけましたわ。

「ごめんなさいね、ヨハンネス。ご自分の領地経営の仕事もあるのに大変でしょう?」

「いえ、その辺りはつつがなく進んでおります。お嬢様が気にされることはありません」

「それから貴方って本当に男でしたのね。ヨハンネスもラウラも偽名なのは存じてましたが」

「さすがにバレてしまいますよね」

 爵位を正式に与えられる際に、正式な彼の名前ユーハンという男性名を聞きはじめて私の護衛隊長様が男性と確信が持てましたわ。

「今後はユーハンとお呼びした方がいいかしら?」

「いいえ、できればあなたの騎士である間は是非ヨハンネスでお願い致します」

「そうですか、ではヨハンネス。この新たな村の名前なのですがパウルスというのはどうでしょうか?」

 色々考えましたが、これが一番いいかと思いました。いかがでしょうかルーツィア。彼の名前をこの新たな村に贈呈することを、どうかお許しください。

 ヨハンネスは、微笑みながら素敵なお名前だと思います。と答えてくださりましたわ。

 ジェスカたちを新たな領民に加えて頂くのに、お父様を説得するのがとても大変でしたが、こんな無茶なわがままが通りましたのも、私だからできたことですよね。

 あの事件から数日経過してしまいましたわ。グレイ様の生誕祭まで後160日しかありません。そういえば、ちょうど目の前には爵位があり婚約者のいらっしゃらない男性がいらっしゃいますね。

「ねえ? もし宜しければ、私と……」

「お嬢様? お嬢様は、愛してくれるだけの相手が良いのですか? 違いますよね?」

「……? えっと」

 そうね、私って自分の気持ちを一切考えていませんでした。愛してくれる人が良いっていうのは、あくまで最低限の条件でして、私が愛している相手を選ぶべきなのでしたね。

「そうね! でも覚悟してなさい! 私、貴方のこととっても気に入っているのよ!」

 そういわれたヨハンネスは目を丸くてして驚いているのがわかります。今この瞬間だけ表情フェチ変態鬼畜王子の気持ちに多少の共感を持てました。少しばかり可愛らしい表情をされますのね。ドキッとしましたわ。

 そうよね。いくらあの変態と結婚する気がないからって、何も愛し合えない相手と結婚する理由もないじゃない!
  
  いいわ! 私と愛し合える相手を探して見せますとも!

  新たな目標のせいで多少ハードルがあがってしまいましたが、私が愛するのですから、お相手も私のことをお相手様も私のことを愛してくださるに決まっていますわ。

 でもですよ、ヨハンネス? 貴方が今言ったお言葉、絶対に取り消しさせませんからね。貴方ってば今、貴方をお誘いしようとした時に“愛してくれるだけの相手”と仰いましたよね? 私、そちらの方が先ほどの表情よりもずっとドキッとしましたのよ。

 何もできなかったと悔やんでいたのが数日前。少しは変わることができたのでしょうか。ふと風が吹き、金糸の波がたなびきましたわ。ふいにそちらの方に顔を向けますと、皆さんがこちらを見ていらっしゃいましたわ。

 何故か赤面する男性陣。そうでしょうね。私がそちらを向くだけで照れてしまってもおかしくありませんものね。

 そしてエレナが大きな声で私に呼びかけましたわ。

「お嬢様―、あと少しで全部見えてしまいますよー」

 ……? はい?

 私は視線をおろしますと、髪と一緒にたなびくスカート。私はハッとしてスカートの裾を抑え込みながらしゃがみ込みましたわ。

「キャァァァァァァァァァ!!」

 足? 見られました!? 足? 太腿? 足? 太腿? ふくらはぎ? 膝? くるぶし? 脛? 踵? って踵は見えないわよ! 嘘? 嫌! 恥ずかしい! ダメ! 恥ずかしい! もうだめですわ!

 私はダンゴムシの体制を取り、真っ赤な顔を隠し込みましたが、すぐそばからヨハンネスが私の耳元に囁いてきました。

「その姿勢、今となっては愛着があるのですよね。とても可愛らしいです。“ルクレシア様”」

 余計に顔から熱が発しましたが、この男はあとで罰を与える必要がありますね。そしてそちらの呼び方ということは、貴方は今ユーハン・フランスワのおつもりでの発言ということで宜しいのですね。

 そもそも、私の足を見た下手人たちは全員あとでこっぴどくお叱りしてあげますわ。

 そして村に移住される方々がひとまず住める環境が整いましたところで、私たちはパウルスから離れることになりましたわ。

 馬車に荷物を詰め、私とエレナとマリアとヨハンネスが馬車に乗り込み、マルッティが御者を務めようとするときでした。ジェスカがこちらにやってきたのです。

「別れの挨拶ならお済ですよ?」

「あーいや、そのさ? 俺を一緒に連れて行ってくれないか?」

「……そうね、この国で少しでも多く貢献なさい。その為に私の行く先々についてきてもらいますわ。そ・れ・に・どんなに優秀な護衛でも人海戦術には弱いのよね。わかってはいましたが、引き連れている時の初めての奇襲で見事防衛失敗されるとは思いませんでしたわ。少しでも多くの戦力は大歓迎よ」

 ヨハンネス達はバツの悪そうな表情をされましたが、事実は事実です。今回の失態、お咎めなしであるだけありがたがって欲しいものです。

「さてと……後はあの変態王子よね。ねえグレイ様……ルーツィア様仰っていたことは本当なのかしら? あなたのあれは本当に愛だったのですか?」 

 私にできること。公爵令嬢であるルクレシア・ボレアリス・ベッケンシュタインにできる些細なこと。
  
  友の過ちを止めることができるのはルクレシア。
  
  領民を受け入れるために父に口添えできるのは公爵令嬢《わたくし》。
  
  そして、友の過ちで廃村になった村を復興できるのは、公爵令嬢ルクレシア・ボレアリス・ベッケンシュタインが一人の人間であり、一人の貴族であるからこそできたこと。

 受け継がれてきたこの爵位と、私自身が今までの人生を紡いできたからこそ得た私の人格。二つを併せ持っているからこそ、今の私がいるのです。


--第2章 公爵令嬢でもできること Fin
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