上 下
45 / 102
第3章 ポンコツしかできないこと

1話 公爵令嬢は改めて王都に向かいます

しおりを挟む
 領地での謹慎期間も終わり、これから王都に戻るための荷造りの最中ですわ。勿論私は力仕事など、一切手伝っていませんが。最中ですわ。

「お嬢様、こちらはどうしましょうか?」

「好きにして頂戴」

「お嬢様、食料が多すぎませんか?」

「好きにして頂戴」

「お嬢様!」

「好きにして頂戴」

 とっても忙しいですわ。全く皆さま私がいないとダメね。

 私はエレナが入れてくださった紅茶を口に含みながら、私の為に汗水流している使用人たちを眺め、“的確な指示”を出していますわ。

 ヨハンネス達にはこれから働いてもらうために各々休憩して頂いています。目に見える範囲ですと、同じテーブルを囲っているヨハンネスとマリア。私のすぐ後ろの塀に持たれてじっとこちらの様子を伺っているジェスカ。私何かしてしまいましたのでしょうか?
  
 彼はついていくと申し出てくださってから事あるごとに私のことを見ているような気がしますわ。美しいって罪ですわね。

「そういえばマルッティはどちらに?」

「彼でしたらベッドで眠っていますよ。これから長距離を走る予定ですからね。我々と違って馬車の中で眠る訳にもいきません」

 私の疑問にヨハンネスがすぐに答えてくださりましたわ。さすがに護衛隊長なだけありますね。部下の状況把握はしっかりとしていますわ。しかし、ヨハンネスには一つだけ問題がありますわ。

「お嬢様、本当にジェスカを連れて行くつもりですか?」

「まだジェスカのことが嫌いなのですか?」

「あいつは一度でもお嬢様を攫った賊ですよ!」

 ヨハンネスはどうもジェスカと仲良くできる気配がありませんわ。当然、突っかかられたジェスカもそれに対してすぐに喧嘩を始めます。お二人は極力私のお傍にいらっしゃるため、常にこの喧嘩を聞く羽目にあっている麗しい令嬢がいらっしゃることを把握して頂きたいものですわ。

「姫さん、いい加減こいつと一騎打ちしてもいいか? さすがに煩わしいぜ」

「ダメよ。それをするなら二人とも王都に帰り次第解雇される覚悟でいなさい。いつ私が危険な目に合うかわかりませんのに、鍛錬でもありませんのに仲間内で無駄な浪費は避けてください」

「お嬢様その発言は……」

 私の発言を聞いたとたん、マリアの表情が青くなったように見えました。何か失言でもありましたでしょうか?

「つまり鍛錬でしたら」

「こいつに切りかかっていいんだな?」

 マリア、私もっとあなたとお話して精進します。失言を減らす精進を。鍛錬ならばと聞いた途端、ヨハンネスとジェスカは悪だくみしたような子供のような表情になってしまいましたわ。マリアはこめかみに手を当てながら深くため息を吐いています。ごめんなさい。

「お嬢様、荷造りが終わったようです。直ぐに出発致しましょう」

 エレナがこちらに声をかけて頂き、ひとまずお二人には剣を収めて頂きましたわ。領地内のお屋敷の使用人にマルッティを呼び出して貰い出発の準備を済ませましたわ。

「では皆さん。私はこれからミシェーラ成分を補給してきますので」

「またですか」

 ミシェーラはまだ幼子。可愛い可愛い私だけの妹…………ごめんなさいエリオットお兄様。素で頭から消えていましたわ。私たちの妹。あとオルガお義姉様も。

 エレナは私の発言になれてはいますが、ヨハンネスたちは初めて見た時は何やっているんだこの令嬢って雰囲気でしたね。

「おねーしゃま!」

「ミシェーラ! ああ! もう! 頑張って歩いていますのね。でももう結構でしてよ! お姉様も頑張っちゃう!」

 普段の私ではありえない速さでミシェーラの元に駆け寄り抱き上げる。愛に生きるって素晴らしいですわ。

 しばらくミシェーラとラブラブしていましたが、エレナは無言で馬車に乗り込み、慣れないものを見ている護衛達は固まったまま私をじっと見ています。失礼な方々ですね。

 ミシェーラはまだまだ幼い。領地内であれば馬車も我慢してくださりますが、王都まではまだまだ連れていけませんね。しばらく可愛がって最後のミシェーラ成分を補給し終えますと、私も馬車に乗り込みます。

 御者の席にはマルッティとヨハンネス。そして馬車内には私とマリアとエレナの三人。さらに荷馬車を一つ追加し、それをジェスカにお願いしています。

 本当はジェスカの荷馬車にも誰か置いてあげたかったのですが、大所帯にする訳にも行きませんしね。あと、ジェスカも独身男性。マリアのターゲット内のようですのよね。こないだも求婚していましたし。よくあの一件の直後で求婚できましたよね。それにマリアの腕の傷は彼の仲間がつけたものですし。絶対に私が先に婚約者を見つけますわ。

「さてと、また婚活の再開ですね」

「お嬢様、まだ頑張られるのですか?」

「そうですわ。お嬢様には王子様もヨハンネス様、いえこの場合はユーハン様にメルヒオール様までいらっしゃいますよね? 今更新しい出会いを見つける必要はないかと? お三方の中からお嬢様が愛せる方を絞った方が確実ですよ?」

 ふむ…………確かにそうですわね。あと、グレイ様は私のこと愛していますの? 最近、周りの方々がやけにその勘違いをされますから私まで錯覚してしまいそうですわ。ですが、マリアの仰る通りなのですよね。

 既にユーハン様からはそのような意味として受け取れるお言葉を頂いています。そしてメルヒオール様の私に相応しい男になると言いますのも確信を持ってしまっても良いでしょう。

「となると最初のターゲットは…………」

 私はマルッティの隣りに腰をおろして景色を眺めているヨハンネスに目を向けました。メルヒオール様はどちらにいらっしゃいますかわかりませんし、グレイ様は王都に戻るまで確認のしようがありませんもの。
  
  どちらにせよしばらく会えないのは二人とも一緒ですわ。であれば時間を無駄にしない方法として、まずはユーハン様からお話をしましょう。

「マルッティ! 馬車を停めて頂戴」

「ん? おうよ!」

 すぐに馬車を停めて頂き、マルッティをジェスカの隣りに移動してもらい、私たちの馬車の御者の仕事をヨハンネスにお願いし、私はその隣に腰をおろしましたわ。

「お嬢様!? えっと、何用ですか?」

「今はユーハン様でお願いします」

「そうですか。ではルクレシア様と呼ばせて頂きますね」

「別に普段からそちらでも……いえ、なんでもありませんわ」

 何を仰っているのでしょうか私は。いえ、名前で呼ばれた方が嬉しいと感じるのは普通だと思いますわ。普通なのです。

「ルクレシア様自らこちらに来てくださるとは身に余る光栄です。仕事中でなければ、二人で一緒に綺麗なドレスを着て街を歩けましたのに」

「ねえ! やっぱり女装《それ》趣味ですの?」

 何故私とデートしようってお話で貴方も綺麗なドレスを着ようって発想になるのですか? かっこいい服装ができない訳でもないのですよ?

 領地にいる間にユーハンから聞いた女装していた本当の理由。それは性別があいまいなままでしたら、王位継承争いに名前が上がらないと判断した上での行いだったそうです。そういう理由だったとお聞きしましたのに、なぜまだ女装する気満々なのでしょうか?

「ユーハン様。女装……ご趣味ですよね?」

「え? いやそんなことは、つい」

「ついで、殿方から二人で一緒に綺麗なドレスを着てなんて言葉は出てきませんわ!」

「うっ! いいじゃないですか! 綺麗なドレス着たいんですよ! そしてルクレシア様にも綺麗なドレスを着て欲しい! 二人で一緒に!!」

「……まあ、私に綺麗なドレスを着て欲しいのはわかりました。ありがとうございます」

 さて、とりあえず当面の目標は、やはり私自らが愛せる相手を探すことですわ。私を愛してくれる相手なんて私が愛してしまえばイチコロなはずです。……はずです。

「では行きましょうか。いざ婚活会場《おうと》へ!!」

「何か違う意味に変換されていませんか?」

 今後、きっとまた何か大きなことが起きる気がしてなりませんが、もう後戻りができる気がしませんわ。でしたら、その状況ごとの最善を尽くさせて頂きます。見ていてくださいませグレイ様。
  
  ルクレシアにしかできないことを。
しおりを挟む

処理中です...