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第3章 ポンコツしかできないこと

3話 あのマゾヒストな令嬢が訓練を積んだそうですよ?

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 どうしてこのような状況になってしまったのでしょうか。王都に帰って早一日。グレイ様の生誕祭まで残すところ149日となりましたわ。
  
 夏真っ盛りの今日この頃。王都ではもうすぐ建国記念日のパレードが行われる頃になりましたわ。ですが…………

 私がベッドから足をおろすと、カーペットのように敷かれているエミリアさんがいらっしゃいましたわ。ここは私の私室なのですが。

「エレナ?」

 私がベルを鳴らしますと、すっと現れるエレナ。本当に優秀なメイドですこと。ですが、不法侵入者は許しません。

「新しいカーペットなのですが、さっそく取り換えて頂けますか?」

「廃棄ですか! ありがとうございます!」

「…………?」

 下から声が聞こえましたね? どなたか一階の方で奇声でもあげていらっしゃるのでしょうか?

「こちらを廃棄するのはお嬢様自らでないといけないのですが」

「んー?」

 私自ら廃棄などなるべく避けたいのですが、何故この下品なカーペットに褒美を与える必要があるのかしら? そもそも、彼女はどのようにこの部屋に入られたのかを聞いておくべきだったわね。

「エミリアさん。あとで散歩して差しあげますから。そこで大人しく服従なさい」

「お散歩? お姉様と……お散歩ですか? 私は四つん這いで?」

「それは……その……いつかまたして差し上げますから今回は擬態してくださいませ」

 四つん這いで散歩を要求されたのは初めてですが、その彼女はまた何か危ない扉を……いえ、その前にベッドの横に敷かれていたことが一番ゾッとしたことですわ。

「それで? どのように不法侵入されたのかしら?」

「お姉様は戸締りをちゃんと致しませんので、窓から入らせて頂きましたわ」

 さり気無く私のミスでしたのね。まあ、良いわ。

「二階なのですが?」

「私今まではお姉様を困らせるために失態ばかりこなしていましたが、あれらは全てわざとなのですよ! 本当は私なんでもできるくらい器用なのです! 一応、筋力的にできないことは不可能ですが。投げ縄くらいでしたら」

 私この変態よりできることが少ないとでもいうのですか? 本当は私と五分五分くらいですよね? 投げ縄……挑戦してみようかしら? 彼女にできるなら私にもできるはず。

「どちらにせよ、くせ者が侵入できるくらい護衛に失敗されていますがどういうことなのでしょうか? エレナ、女装癖護衛隊長をお呼びになって」

 ヨハンネス、エミリアさんだからスルーして通しましたわね。マルッティやマリア、ジェスカでしたら彼女が不法侵入を始めたら必ず引き留めるはずですわ。

 しばらくして、なぜか既に女装をしているヨハンネスが現れましたわ。

「何故ラウラなのかしら?」

「えっと……今日はお嬢様をお誘いして丘の上の花畑にでもと…………」

 それ、女装する理由ではないのですよ? 全く、かっこいいかと思った矢先にすぐ女装で現れるのよね。そんなにお好きなら死に装束にして差し上げましょうか?

 ヨハンネスは、自ら着ているメイド服のフリルを愛おしそうに撫でながらかすかにはにかみます。男とはっきりわかった後だと気色悪すぎますわ。

「とにかく、お誘いはお受けしますが、それよりもこの賊を通したのはあなたかしら?」

「ディートリヒ嬢ですか? いえ、私ではありませんよ?」

 つまり、我が家に侵入できるだけの実力をお持ちだというのですか? それとも、我が家の警備緩すぎ? ことの詳細をはっきりさせるためにマルッティとマリアの二人に彼女を尋問して頂くことになりましたわ。ごめんなさいねお二人とも。

 用意された朝食を頂いていますと、起きたばかりの様子のジェスカが入室してきましたわ。大きなあくびをされ、寝癖の目立つ髪。身だしなみくらい整えて頂きたいですわ。

「エレナ、ゴー!」

「仰せのままに」

 エレナがとびかかりものの数分でジェスカの髪が綺麗に整いましたわ。

「お? おお、あんがとよメイドちゃん」

 ジェスカは二カっと笑いながらエレナの頭を撫でようとしますが、エレナはすすすっとスライドするように後退し、それを躱しましたわ。

「あらら? 嫌われちゃった?」

「ジェスカは女性の頭を軽々しく触りすぎなのです。いえ、頭以外は問題ない訳ではないのですが」

「あー、西側の国ってなんか厳粛って感じだよな」

 異文化交流なら他所でやって頂きたいですわ。仮にもここは公爵家の屋敷内。例え東の人間でもそこのところは守っていただきましょう。

 暫くしてエミリアさんがこちらに戻されましたわ。いえ、追い出して頂きたいのですが?

 マリアからの報告を聞けばどうも我が家の庭の木々の枝を飛び越えながら誰の視界にも入らない様に私の部屋のベランダまで訪れたそうですわ。ちょっとその話嘘つかれたのではなくて?

 半信半疑などではなく、根底から否定を入れたくなるお話ですが、一応彼女に実演して頂いたところ、ほぼ音もなくそれをこなしてしまいました。

「密偵なの貴方?」

「こんなの序の口ですよ。お姉様に蔑まれるために日夜努力をした様々な技術! そう! 今私はドン引きの的!」

「おかしいですわね。認識が一致しましたわ。それが喜ばれることではないことは確かなはずなのですが…………?」

 私にドン引きされるのが目的なのでしたら、それはもう十分に達成できてましてよ? そもそもその音もなく木々の枝上を移動する技術は私にどのように蔑んでもらうつもりで習得したのかしら? もしかして、今朝の為だけに習得されましたの?

「はぁ…………こちらの負けです。次回からはエミリアさん級の密偵が来ても大丈夫なように警備してください」

「え?」

 何ですか? 皆さんその無理ですよ? みたいな表情。変態小娘が力をつけ始めたのですよ? どう考えても身の危険です。彼女曰く、私がいない間にベッケンシュタイン家にいつでも侵入できるようにと体を鍛え始めたそうです。普通の発想ではありませんね。普通の発想の方ではありませんでしたね。

「エミリアさん、何も忍び込まなくても、正面玄関からいらしてください」

「え? ですが、私はお姉様に嫌われているのでは?」

「そうね、貴方はとっても気色悪い変わり者よ? ですが、あなたは私利私欲で私の自由を奪おうとする方ではありませんもの。いい?」

「うーん、蔑みが足りませんね。これではお姉様とは呼べません」

「何が不満だといいますか!!」

「そ! れ! で! す! わ!」

 エミリアさんは目を輝かせながら、私にすがり寄ってきましたわ。ええ、そうでしたわね。あなたは称賛よりも軽薄が欲しい令嬢でしたわね。

「では、エミリアさん? 私の元に伺いたいのでしたら、人目に付く道のりで四つん這いになっておいでなさい? そしたら服従の姿勢をすることを許して差し上げますわ」

「ありがとうございます! 毎朝伺います!」

 毎朝《それ》は嫌ですわ。ですが彼女はまだ友好的な部類で助かっています。今までおかしくなった方々は一々不穏な方々ばかりでしたからね。イサアークやルーツィアは一体なぜあの様になられてしまったのでしょうか。

「そういえば…………」

 突然帰国を宣言した彼女は…………いえ、深く考えないことにしましょう。

「ヨハンネス! …………いえ、ラウラでしたね。丘の上でしたよね? 行ってあげても宜しくてよ」

「本当ですかお嬢様! 誠心誠意エスコートさせて頂きます」

 エスコートする気はあるのですね。メイド服に袖を通していますが、見間違いなのでしょうか?

 エミリアさんには適当にほっぺを引っ張って差し上げましたらうへへと笑いながら満足されて帰宅されましたわ。そのまま一生分満足して頂けたら良いのですが。

「しかしあの変わった嬢ちゃん。夜目が利く俺ですら見落としちまったんだよな。いっそ雇ったらどうだ?」

「報酬は何とかなりそうですね。ブツとか」

 ジェスカとマリアが冗談でもよしてほしいことを仰っていますが、…………いえ、もしかして使えるのかしら?
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