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終章 有史以前から人々が紡いできたこと

12話 オルガ・カレヴィ・ベッケンシュタイン

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 翌朝、グレイ様の生誕祭まであと二十七日。我がベッケンシュタイン家では、とある夜会が急遽開かれることになり、我が家は大忙し。

「久しぶりだなルクレシア」

 私のことを起こしに来たのは何日ぶりかもわからないエレナでした。

「おはよう、おやすみ」

「起きろ」

 エレナに無理やり起こされ、着替えの手伝いのメイドが入ってまいりました。

「マリア?」

「お久しぶりです。大変心配しました」

「ええ、そうね久しぶり。それより、あなたいつからメイドに」

「今日からです。平民なのでパーティには参加できませんとなったら、エリオット様がルクレシアのメイドとして働けばよいと」

「なるほど」

「ジェスカも執事の真似事をしていますが、無理そうですね。空き部屋にうずくまっていてもらうつもりですので、私は慰めに行こうと思います」

「上手くやっているようね」

「それなりに」

「はあ、エレナさんも結婚ですか。お嬢様も王子殿下と結婚目前ですし、私だけ残ってしまいましたね。はぁ。はぁ」

 私がグレイ様と結婚目前?

 あ、そういえばあと二十七日までにお母様を認めさせる婚約者を用意しなければ、グレイ様と結婚するんでした。

 ……まあ、それはなんとかなると思って今は準備準備。私も招待状の宛先の確認など忙しい。

 宛名を書くのはエレナ他メイド達です。ポンコツを脱却しようとしているからといっても、字が書けるわけではありません。

 空き時間見つけて練習しようかしら。

 私の文字の勉強の件はおいておいて、他の皆様の様子を見に行きましょう。

 と思いはしましたが、どうやら元々のベッケンシュタイン家の使用人を除くと、今ここにいるのは、ジェスカとハナちゃんだけみたいです。

 そう思っていましたが、どうやら客室に一匹猛獣が用意されているとかいないとか。私は客室をおそるおそる見に行きますと、そこにはエディータがいらっしゃいました。

「あなた、なぜここに?」

「あなたのいるとこと以外に居場所がありませんので、仕方なくこちらに居座らせて頂いてます」

 なんですかあなた。一緒にいたいなら一緒にいたいと言えば良いじゃないですか。

 そもそも姫なのに居場所がない訳ないでしょ。あ、現女王を不意打ちしたばかりでしたね。

「エディータ、ほらお食べ」

 私はバナナを差し出しますと、エディータがかんかんに怒ってしまいましたので、階段から転がり落ちながら逃げました。

 大けがをする前にそれを予期していたのか近くにいたハナちゃんが受け止めてくださいました。本当にごめんなさい。

「そういえばハナちゃんは普段は漁船に?」

「いえ、私は言語の覚えが良かったため、貿易の際に連れてっていただき、いずれは交渉の場にたてるようにと教育されています」

「へぇ、あああれ漁船じゃなくて貿易船でしたのね」

「わからなかったのですね」

 わかりませんでした。

 そして十日後。ついに夜会の日になりました。今回の夜会の目的は、結婚披露パーティとなっています。

 誰の?

 当然それは次期ベッケンシュタイン公爵閣下と公爵夫人の結婚です。

 公爵家と言うこともあり、国から様々な方々が集まりました。会場は様々な貴族でいっぱいいっぱいです。

 王族。他公爵家当主は勿論。可能な限り集まった貴族当主に夫人。その後継ぎや娘達。

 大体がパイプ作りや嫁探し婿探しでしょうけど、まあいいですわ。

 現宰相もバツイチの為、頑張って令嬢にお声がけしていますが、近くには恋人も婚約者もいない辺境伯。エレナのお兄様ですね。令嬢達は吸い取られるようにそちらに集まっていきました。

 宰相でも公爵閣下でも男側の責任でバツイチになったためか、中々女性が良い顔をしないのは仕方ありません。

 ルイーセ様とバルトローメスが一緒に歩いています。ジバジデオではいいところなしで可哀そうな方でしたが、兄が連れていくくらいには優秀な騎士です。一応。

 よくみるとメイド服のエレナがいらっしゃいましたので私は声をかけました。

「あなた、今日は令嬢として参加しても良かったのですよ?」

「いえ、私は嫁探しの方に声をかけられるのも、婿探しと勘違いされるのは困りますし、嫁ぐ相手は平民ですので」

「いつのまにそこまで発展していたのよ」

 ジェスカとエレナは、もうそこまで発展していたのですか?

 ジェスカからは何も報告を受けていません。メイドさんを僕にくださいって挨拶があるでしょ?

「いえ、正式にはまだですが、現段階で私無しでは生きていけないところまで育てました」

「ほどほどにしなさい」

 あとでジェスカに謝りに行きましょう。何故かわかりませんが、そうしろと私の脳が訴えかけてくるのです。

 途中、マルッティのご家族の方々ともお会いしました。一言、彼らにありがとうございましたとだけ伝えますと、奥様から主人らしい最後だったと思います。それだけ言い残し、ご家族の皆様は会場のどこかに向かわれてしまいました。

「ルクレシア様」

 ふと後ろから声をかけられ、振り返りますと、メルヒオール様がいらっしゃいました。

「踊って頂けますか?」

「やめておくわ。今日は足をくじきたくないの」

「それは残念。私もルクレシア様と踊りたかったんですけどね。何せ王子は毎回、メルヒオールは一度踊っていますから」

 その隣にいらっしゃったユーハン様。今日は騎士じゃありませんので、ヨハンネスではなく本名でお呼びしましょう。

「本当にごめんなさい。足を怪我せず踊れるのは一人だけみたいなの」

 そういって二人を振ったら、突然手を取られました。まさか!?

「私ですよねお姉様!」

「ふざけんな」

 なんでしょう。エミリアさんを壁に打ち付けたいんですがどうしよもないし、お兄様の結婚披露パーティも兼ねた夜会で騒ぎは本当に無理です。

 お二方と珍獣の群れは騒ぎになりそうなので早めにどこかに移りましょうか。

 ほんとうにごめんなさい。

 しばらく歩いていますと、エディータとアンジェリカがいらっしゃいます。もう見ただけでおなか一杯なので察知される前に逃げましょう。

 そう思ったのですが、気がつけばお二人に両腕をしっかりホールドされて会場に隣接したテラスに移動させられました。

「何故友好国でもないジバジデオ王国の王族がこちらに?」

「まあそういうなでごぜぇますよ。それよりエディータから聞いたでごぜぇますが、どんどん面白い方向に転がってきたでごぜぇますね」

「戦闘狂のあなたにはそう見えますでしょうね」

 あんな状況を楽しそうだなんて言えるのはある意味才能よね。

 周囲を探しましたが、さすがにレティシア様もオスカル・ベルトラーゾ侯爵もいらっしゃいません。当然よね。

 ここで手出しできなくても、帰り道はいくらでも襲える。おそらく領地に籠っていると考えるべきでしょう。

 本当に残念ですレティシア様。あなただけは生涯の友達だと思っていた時期もあるくらいでしたのに。

 伯爵家では守備も甘いでしょう。となると決戦の地はベルトラーゾ侯爵領。そしておそらく最も防衛に適したあの都市。防衛都市グルヴィーラでしょう。

 ベルトラーゾ侯爵は元々辺境伯の家系でしたが、先代から侯爵家に家格が変わりましたのよね。

 先代辺境伯がジバジデオ王国の国境は我が家だけに任せるのは無理がある。国で管理すべきだと提言。それを当時の陛下が認可し、辺境伯から侯爵家になられたはず。

 もし、それが私兵のことを隠すことを、目的としていたらどうでしょうか。辺境伯の場合、私兵たちが本当に国境を護れるものか定期的に試験を行う必要があります。

 しかし、侯爵家や公爵家が独自で雇う私兵は別です。せいぜい武装は護衛ができる程度までしか認められませんし、人数も制限されますが国が人物を把握する必要は御座いません。

 ごまかそうと思えば人数もごまかせますし、その可能性は捨てきれませんね。一体いつからこんなおぞましいことをしてきていたのでしょうか。

 ふとアンジェリカと目が合う。彼女も戦争さえなければもっと幼い頃から親密になれていたのかしら。

 四十年前の戦争。事の発端は、ジバジデオ王国ではやっていた麻薬が、アルデマグラ公国内で売買され始めたことからなのよね。

 麻薬?

 いけません。お兄様の夜会の最中、暗い顔をし続けることはありませんね。

 私はルクレシア・ボレアリス・ベッケンシュタイン。王子が惚れた女よ。

 ふと目線を広場に向けますと、グレイ様が他の女性と踊っています。さすがに断りませんね。

 まあ、私はその男とほぼゼロ距離で何日も寝食を共にしたんですけどね!

 そしてタイムリミットもあと十七日です。

 私は少しドクドクとしてきた心臓を抑えながら、会場の人ごみの中に溶け込みました。
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