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森の中
しおりを挟むアリシア・ソーントンは絵を描くのがとても好きだった。
伯爵家の長女として生まれ、良妻賢母となるべく淑女としてのたしなみや教養を幼い頃から教え込まれてきた。同じ年頃の少女たちがよりよい嫁ぎ先を目指して刺繍や音楽鑑賞、化粧やおしゃれに夢中になるなか、その何倍もの熱意で絵筆をとり、さまざまな風景をキャンバスに描いてきた。
その日もあたたかな森の中をアリシアは馬にのって移動していた。薄茶色の長いポニーテールが右に左に軽やかにはねている。
久しぶりのピクニックだ。馬の腰部分には軽めのランチセットと愛用のスケッチ道具がくくりつけてあり、歩調に合わせてゆっさゆっさと揺れていた。
こうしてひとりでのんびりと森のなかを散策し、心惹かれた風景をこころゆくまでスケッチするのが彼女の生き甲斐だった。
しかしそれもままならなくなる。
先月の誕生日で18歳になったからだ。
良家の子女は満18歳の夏にデビュタントをむかえるのが決まりとなっている。正式な社交界デビューを経てはじめて一人前と見なされ、男女ともに婚姻の権利を得るのだ。もう子供ではないということでデビュタント以降は気軽な一人歩きは許されなくなり、かならず年上の親戚(血縁であれば男女は問わない)か、専属の侍女の付き添いが必須となる。アリシアにとって非常に窮屈な生活が始まる。
( 大好きなピクニックに気軽に行けないなんて…… )
思わずため息をついてしまう。
伯爵家の三姉妹の長女として生まれた以上、跡取り娘として家名と爵位存続の義務がある。この国では幸いにも娘も家督を次ぐことができるのだが、それには伴侶と子供をもうけることが必須なのである。
多くは望まない。のんびりとして優しくて、趣味の絵を続けてもいいと言ってさえくれたら、領地管理も屋敷の采配もすべて引き受けてもいい。
( そんなに都合よくはいかないかもしれないけれど…… )
と、物思いに耽っているときだった。キラリと光るものが視界の端をかすめた。
手綱を引き馬を停止させ目を凝らすと、木々の合間に猟銃を構え獲物を狙う狩人の姿が見えた。
( なにを狙っているのかしら……。あっ! )
狩人の目線の先には立派な体格の狼がいた。後ろ足には鉄の罠が食い込んでおり、そのせいで身動きがとれないようだ。銀色に輝く体毛のその部分が血に汚れてしまっている。
銀狼は取り乱すことなく 狩人にひたと視線を合わせ、静かにうなり声を発している。その首に紋章入りの身元を示すメダリオンを下げており、瞳には知性の輝きがあった。
手負いの銀狼の静かな威厳に気圧され、男の手は震え狙いが定まらないようだった。
放っておくわけにはいかない。
アリシアは馬首を反転させると静かな声で狩人に話しかけた。
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