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熊と鉄罠
しおりを挟む「待って……!」
絶体絶命の状況だった。
人気のない森の中で空腹の熊と遭遇してしまった。しかも熊は撃たれて傷を負っている。撃ったのはアリシアではないが、怒りの矛先がこちらに向けられるかもしれない。いつまでも地面に放り出された姿勢のままでいてはだめだと思った。
アリシアは熊を刺激しないようゆっくり起き上がると、きしむ背中を叱咤しつつ中腰の姿勢になった。
熊は二本足で立ち上がり、しきりに鼻を動かしている。逃げていった狩人を追うかアリシアか銀狼か、三つの選択肢でまよっているようだ。
( なんとかしなくちゃ……! )
狩人たちはともかく銀狼と自分の身を守らなくては。
罠にかかったまま身動きのとれない銀狼をかばうため、アリシアは二頭の間に立ちふさがった。熊から目を離さないままウェストポーチを探り、すぐ下の妹から持たされている魔道具を取り出す。魔力の素養がないアリシアは万が一の時のためにといろんな道具を持たされていた。
手の中に収まる程度の大きさの小瓶にはありとあらゆる香辛料が入っており、どんな猛獣も一発で戦意を喪失させ、なおかつ鼻を効かなくさせるという。使ったことは無いが凝り性の妹が製作し、自信を持って渡してきたのだ。きっと効果はあるはず。
風向きに注意し間合いをはかっていると、背にかばっている銀狼が「ウォンッ」と一声吠えた。すると熊の耳がピッと震え、銀狼に視線を送った。四つ足の体勢になるとすぐにその場で反転し、茂みの中へと消えていった。
にわかには信じられなかった。しばらく息をつめて葉音に注意し、熊の姿を探した。けれども気配はきれいに消えてなくなり、あとにはアリシアと銀狼と小鳥のさえずりが残るのみだ。
( 助かったの……? )
半信半疑のままゆっくり振り返った。緊張に身をこわばらせたままのアリシアを、銀狼がじっと見つめている。透き通るように美しいアイスブルーの瞳には敵意はなく、アリシアを警戒している様子もない。近づいても大丈夫だろうか。
小さく咳払いをし、アリシアは口を開いた。
「ありがとうございます。おかげで命が助かりました」
深く頭を下げて続ける。
「罠を解除するため近づくことをお許しくださいますか……?」
そう言うとゆっくり銀狼に近づいていった。一刻も早く解放してさしあげたいが、急に動いて警戒されては元も子もない。
そっと近づいたのがよかったのか、銀狼はじっと視線を寄越すだけで唸ったり歯をむき出しにしたりはしなかった。その事に勇気づけられ、すぐそばに膝をついた。
「失礼します」と身を乗り出して罠をじっくり観察する。魔道具だった場合解除には魔力が必要だが、いたってシンプルなバネ式の鉄罠だった。挟む部分に肉食獣の牙のような突起がびっしりと施された違法なもので、解除用の板バネもない。ということは力任せに挟む部分をこじ開けなければならない。
身に付けているデイドレスのスカート部分を大きく引き裂いた。
それを両手の平にぐるぐると巻き付けると、アリシアは鉄罠を握りしめた。
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