溺愛のしとね ~銀狼は伯爵令嬢に恋い焦がれる~

日下部りおん

文字の大きさ
4 / 5

熊と鉄罠

しおりを挟む

「待って……!」

 絶体絶命の状況だった。
 人気のない森の中で空腹の熊と遭遇してしまった。しかも熊は撃たれて傷を負っている。撃ったのはアリシアではないが、怒りの矛先がこちらに向けられるかもしれない。いつまでも地面に放り出された姿勢のままでいてはだめだと思った。
 アリシアは熊を刺激しないようゆっくり起き上がると、きしむ背中を叱咤しつつ中腰の姿勢になった。

 熊は二本足で立ち上がり、しきりに鼻を動かしている。逃げていった狩人を追うかアリシアか銀狼か、三つの選択肢でまよっているようだ。

( なんとかしなくちゃ……! ) 

 狩人たちはともかく銀狼と自分の身を守らなくては。
 罠にかかったまま身動きのとれない銀狼をかばうため、アリシアは二頭の間に立ちふさがった。熊から目を離さないままウェストポーチを探り、すぐ下の妹から持たされている魔道具を取り出す。魔力の素養がないアリシアは万が一の時のためにといろんな道具を持たされていた。
 手の中に収まる程度の大きさの小瓶にはありとあらゆる香辛料が入っており、どんな猛獣も一発で戦意を喪失させ、なおかつ鼻を効かなくさせるという。使ったことは無いが凝り性の妹が製作し、自信を持って渡してきたのだ。きっと効果はあるはず。
 風向きに注意し間合いをはかっていると、背にかばっている銀狼が「ウォンッ」と一声吠えた。すると熊の耳がピッと震え、銀狼に視線を送った。四つ足の体勢になるとすぐにその場で反転し、茂みの中へと消えていった。

 にわかには信じられなかった。しばらく息をつめて葉音に注意し、熊の姿を探した。けれども気配はきれいに消えてなくなり、あとにはアリシアと銀狼と小鳥のさえずりが残るのみだ。

( 助かったの……? )

 半信半疑のままゆっくり振り返った。緊張に身をこわばらせたままのアリシアを、銀狼がじっと見つめている。透き通るように美しいアイスブルーの瞳には敵意はなく、アリシアを警戒している様子もない。近づいても大丈夫だろうか。
 小さく咳払いをし、アリシアは口を開いた。

「ありがとうございます。おかげで命が助かりました」

 深く頭を下げて続ける。

「罠を解除するため近づくことをお許しくださいますか……?」

 そう言うとゆっくり銀狼に近づいていった。一刻も早く解放してさしあげたいが、急に動いて警戒されては元も子もない。
 そっと近づいたのがよかったのか、銀狼はじっと視線を寄越すだけで唸ったり歯をむき出しにしたりはしなかった。その事に勇気づけられ、すぐそばに膝をついた。
「失礼します」と身を乗り出して罠をじっくり観察する。魔道具だった場合解除には魔力が必要だが、いたってシンプルなバネ式の鉄罠だった。挟む部分に肉食獣の牙のような突起がびっしりと施された違法なもので、解除用の板バネもない。ということは力任せに挟む部分をこじ開けなければならない。
 身に付けているデイドレスのスカート部分を大きく引き裂いた。
 それを両手の平にぐるぐると巻き付けると、アリシアは鉄罠を握りしめた。





    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

続・ド派手な髪の男にナンパされたらそのまま溺愛されました

かほなみり
恋愛
『ド派手な髪の男にナンパされたらそのまま溺愛されました』、『ド派手な髪の男がナンパしたら愛する女を手に入れました』の続編です。こちらをお読みいただいた方が分かりやすくなっています。ついに新婚生活を送ることになった二人の、思うようにいかない日々のお話です。

英雄騎士様の褒賞になりました

マチバリ
恋愛
ドラゴンを倒した騎士リュートが願ったのは、王女セレンとの一夜だった。 騎士×王女の短いお話です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

処理中です...