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第四章 視据える。
第七話 三日間③
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小燕向葵にハンドルを任せ、助手席に陣取った錆殻光臣は事前に予定していた数名の人間に連絡を取る。だいたいの相手からは色良い返事は得られなかったが、そんなことを気にしていては今の商売を続けることなどできはしない。相手の事情や感情は無視、自分の意見を押し通す。それが錆殻光臣のやり方だ。
「次の出口で降りてくれ」
「ああ、分かった」
光臣の指示に、小燕は素直に従う。助かる。傍らにいる刑事にまでいちいち反発されていては、この先まともに戦える気がしない。
高速道路を降り、蛍川、蛍神社の跡地がある場所からは少し離れた町中に。どこにでもある片田舎の下町といった風情に、思わず悪態のひとつも吐きたくなる。こんな土地に戻ってくるつもりはなかった。甥のことも、戻らせるつもりはなかった。
錆殻家は滅びたのだ。
「ようババア。生きてたか」
「──あんた」
スマートフォンのナビは使わない。自動車に付いている方も同様に。「突き当たりを右に」「その角を左折」と少しも薄らがない記憶を元に小燕に声をかけ、辿り着いた場所はちいさな小料理屋だった。
まだ暖簾も出ていない。だが気にせず引き戸を開けた。店の中には、老婆がひとり、佇んでいた。
「錆殻光臣……?」
「黙ってろ」
訝しげな声を上げる小燕を制し、
「全員くたばってもあんただけはいると思ってた。正解だったな、婆さん」
「あんた──どういうつもりだい。そっちの色男も、こんな男にくっついていたら面倒なことになるよ」
キッと小燕を睨み据える痩せこけた老婆の台詞に、「くっついているわけでは」と小燕が困り果てた様子で応じる。
光臣は、鼻で笑う。
「この色男を死なせないためにこんなところまで連れてきたのさ。それよりババア、最近、この辺りは良くないだろう」
カウンター席の椅子を乱暴に引き、腰を下ろしながら光臣が言う。小燕は小首を傾げている。紫色の和服姿の老婆が、うんざりと溜め息を吐くのが分かった。
「いったい何の用事だい。あんたの言う通り全員くたばった。この土地にはもう、知っている者は私しかいないよ」
「知っててくれればそれでいい。一晩泊めてくれ」
「嫌だよ」
「錆殻……? おい、何を言っているんだ?」
老婆と小燕の声が重なる。光臣は小燕を振り返らない。
「嫌でもなんでもあんたしかいねえんだ、クソババア。他のホテルだの民宿だのに宿泊して、蛍が暴れ出したらあんた責任取れんのか?」
「随分な言い方だね。そんな心配をするのなら、そもそもあんたがこの土地に戻って来なければ良かったんだろうに」
「別に、俺は、誰のことも、何のことも、心配してない」
一枚板のカウンターに頬杖を付き、煙草を咥えながら光臣はうっそりと笑う。
「ただ、もう枯れたと思ってた蛍の川がまだ蠢いていて、俺の後を付いて回るんだ。鬱陶しいったらないぜ。だから──完全に枯らしてやりに来た」
「……」
手拭いを手にした老婆が、無言で光臣を見据える。そうしてスタスタと台所の奥へと足を進め──
「道化の分際で、分かったような口を利く」
とん、と小さな音とともにカウンターの上に置かれたのは、灰青色のおちょこだった。
水が張られている。
中で、虫が死んでいる。
幼虫だ。
僅かに光を放っている。
──蛍の幼虫だ。
「あんたのせいで、もう腐り始めてる」
「別に俺が悪いわけじゃない。あそこはそもそもそういう場所だろ」
「あんた……」
「あの、すみません、お二人とも」
耐えられない、という様子で足を踏み出したのは、小燕だった。光臣の肩を強く掴み、真っ直ぐに老婆の顔を見据える。
「私は、東京で刑事をやっている者です。諸般の事情があり、この男とともにここまで来ました。あなたとこの男のあいだにどういう因縁があるのかは分かりませんが──頼みます。一泊だけで良い。泊めてもらえませんか」
「……あんた」
死ぬよ、と老婆が言った。
老婆は、小燕向葵の目をじっと覗き込んでいた。
「次の出口で降りてくれ」
「ああ、分かった」
光臣の指示に、小燕は素直に従う。助かる。傍らにいる刑事にまでいちいち反発されていては、この先まともに戦える気がしない。
高速道路を降り、蛍川、蛍神社の跡地がある場所からは少し離れた町中に。どこにでもある片田舎の下町といった風情に、思わず悪態のひとつも吐きたくなる。こんな土地に戻ってくるつもりはなかった。甥のことも、戻らせるつもりはなかった。
錆殻家は滅びたのだ。
「ようババア。生きてたか」
「──あんた」
スマートフォンのナビは使わない。自動車に付いている方も同様に。「突き当たりを右に」「その角を左折」と少しも薄らがない記憶を元に小燕に声をかけ、辿り着いた場所はちいさな小料理屋だった。
まだ暖簾も出ていない。だが気にせず引き戸を開けた。店の中には、老婆がひとり、佇んでいた。
「錆殻光臣……?」
「黙ってろ」
訝しげな声を上げる小燕を制し、
「全員くたばってもあんただけはいると思ってた。正解だったな、婆さん」
「あんた──どういうつもりだい。そっちの色男も、こんな男にくっついていたら面倒なことになるよ」
キッと小燕を睨み据える痩せこけた老婆の台詞に、「くっついているわけでは」と小燕が困り果てた様子で応じる。
光臣は、鼻で笑う。
「この色男を死なせないためにこんなところまで連れてきたのさ。それよりババア、最近、この辺りは良くないだろう」
カウンター席の椅子を乱暴に引き、腰を下ろしながら光臣が言う。小燕は小首を傾げている。紫色の和服姿の老婆が、うんざりと溜め息を吐くのが分かった。
「いったい何の用事だい。あんたの言う通り全員くたばった。この土地にはもう、知っている者は私しかいないよ」
「知っててくれればそれでいい。一晩泊めてくれ」
「嫌だよ」
「錆殻……? おい、何を言っているんだ?」
老婆と小燕の声が重なる。光臣は小燕を振り返らない。
「嫌でもなんでもあんたしかいねえんだ、クソババア。他のホテルだの民宿だのに宿泊して、蛍が暴れ出したらあんた責任取れんのか?」
「随分な言い方だね。そんな心配をするのなら、そもそもあんたがこの土地に戻って来なければ良かったんだろうに」
「別に、俺は、誰のことも、何のことも、心配してない」
一枚板のカウンターに頬杖を付き、煙草を咥えながら光臣はうっそりと笑う。
「ただ、もう枯れたと思ってた蛍の川がまだ蠢いていて、俺の後を付いて回るんだ。鬱陶しいったらないぜ。だから──完全に枯らしてやりに来た」
「……」
手拭いを手にした老婆が、無言で光臣を見据える。そうしてスタスタと台所の奥へと足を進め──
「道化の分際で、分かったような口を利く」
とん、と小さな音とともにカウンターの上に置かれたのは、灰青色のおちょこだった。
水が張られている。
中で、虫が死んでいる。
幼虫だ。
僅かに光を放っている。
──蛍の幼虫だ。
「あんたのせいで、もう腐り始めてる」
「別に俺が悪いわけじゃない。あそこはそもそもそういう場所だろ」
「あんた……」
「あの、すみません、お二人とも」
耐えられない、という様子で足を踏み出したのは、小燕だった。光臣の肩を強く掴み、真っ直ぐに老婆の顔を見据える。
「私は、東京で刑事をやっている者です。諸般の事情があり、この男とともにここまで来ました。あなたとこの男のあいだにどういう因縁があるのかは分かりませんが──頼みます。一泊だけで良い。泊めてもらえませんか」
「……あんた」
死ぬよ、と老婆が言った。
老婆は、小燕向葵の目をじっと覗き込んでいた。
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