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第16章 どうやら金剛は八虐の謀反のようです。

【鍵】

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 鍵…………。錠を開けたり閉めたりするために使われる道具。
それは時に、自らの大切な物を保管する。
それは時に、自らの大切な物を取り出す。
それは時に、部屋から部屋へ移動するために使用される。
人の心にも鍵はかかっている。
誰にも言えない秘密とか、誰にも言えない願望とか。仕舞いこみたい欲望とか。隠さなければならない感情とか。
それらを外に出さないために、心に鍵をかけて、無いように振る舞う。

だが、ここでの【鍵】は違う。
その【鍵】はただ開くだけの物。
心の中にあるたくさんの物を取り出す。
欲望とか、願望とか、感情とか。
その取り出したたくさんの物を使用するために使われる。
鍵の獲得者が最終的にはルイトボルトという神になるのは金剛の説明で理解できた。
その【鍵】はドアを開くための物。

だが、ここでの【ドア】は違う。
その【ドア】は行き先の決まっていない物。
そのドアの先は開ける本人にしか分からず、その本人は想像する。
その想像…………いや、創造。
その創造がドアの先に現れる。
たくさんの物で想像した世界へと、連れていく。
つまり、選ばれた者を創造神として世界を作るために必要な物。
世界を巻き込み、世界規模の願いを叶える物。
願いを叶えるアイテム。
しかし、それはただの願望器ではない。
すでにある世界を見捨てて、旅立つ神の理想とする世界を作成する。
滅びる定めの世界に鍵の獲得争いが起きるなら、最終的に神はその地を見捨てることになる。
その見捨てられた世界には奇跡もない救いもない。
その世界には滅びという運命だけが残り、消えた神は全ての命を見捨てた罪を背負い生きる。
それが例え平行世界であっても…………。
その神だけが別世界の神として、その平行世界を見守る。
その平行世界にいる個人を本物か偽物か考えるかは、そいつ自身の問題である。
その罪をどう考えるかは、そいつ自身の問題である。




 「ようやく理解したようだな。お前が世界を捨てるか。もう1人が世界を捨てるか。
まぁ…………どちらにしろ。罪の意識は変えられんな」

もしも俺なら耐えれるかどうか分からない。
「新しい世界を造るから、今の世界は消えても大丈夫」なんて軽々しい態度ができるか分からない。
滅びゆく世界を見捨てて新しい世界を造ることが果たして正しいことなのだろうか。
新しい世界を造らずに、元の世界を残すという選択肢があることが一番いいこと。
でも、鍵の獲得争いはそもそも世界の危機が起こる前に行われる。
それを「どうせ世界が滅ぶし、自らの欲望に従った世界を造るか~♪」とか、考えれる人もいるだろう。
それが俺にはできないかもしれない。
平行世界にいる知人は知人であるが中身がそのまま知人ではない場合もあるのだ。
簡単に言えば別個体の知人。
俺は別個体の平行世界の知人を知人と思えるだろうか。

「それが鍵の獲得争いの真実だ。ルイトボルトの誕生秘話だ。
平行世界の創造。神への昇格。
それがエベレストの残した呪われし遺産の1つ、救済システム。
奴は『神への昇格・平行世界の創造』を自らの付喪神の能力として残して去った」

それが金剛の語る鍵の獲得候補者の真実。
つまり、俺かもう1人が神になり、この選択肢を選ばなければならない。
いや、それならまだいい。
その鍵を魔王が狙っている。

「はぁ…………」

最悪だ。
異世界らしいチート能力でも身に付けたかった。
そんな風に考えていた初期が懐かしい。
全然平凡じゃなかったんだ。
俺にはそれがなんだか嬉しく。
それ以上に最悪だった。




 改めて真面目な顔をして金剛は俺を見つめる。

「ここまで話して、お前に聞きたいことがある」

「なにを?」なんて野暮なことは聞かない。ここまで鍵について話されたんだ。だいたい質問される内容くらいは理解しているつもりだ。

「ああ、いいよ」

この瞬間に脳を休ませる。あんな壮大な規模の話を聞かされたのだ。脳を一回休ませる時間くらいは与えてもらわないと困る。

「最後に答えてくれ。お前はどんな世界を造りたい?」

金剛からの最後の質問。文字通り最後。
これ以上彼の口から俺たちに教えてくれることはないだろう。
────どんな世界を造るかだって?

平和な世界。
仮にきっと金剛ならそう答えるだろう。
自分の正義がいらないくらい平和な世界。
いや、世の中に善も悪もない。言い出したらきりがない。
人が悪だと思えば悪だし、人が善だと思えば善だ。個人の主観でしかない。
でも、実際に平和な世界が作れるとして、メリットだけが残るなんて俺には思えない。
それは実際に見ないと分からない。
だから、それはNG。

不老不死の人間達の世界。
これなら食料争いも、人類が増えることもない。平和。争いなんて永遠に終わらない。
生物的に不老不死は、生きるための食料を増やす必要もないし、人類が増やす必要もない。
ただ、人は死なない。殺せない。人は老いない。
その世界で手に入れられない物は死だ。
おそらくこれは俺の推測でしかないが。
その世界では誰もが死を望む気がする。
長く暇な時を永劫に過ごす。状況に変化を求めて死を求めるのではないか。
でも、死ねない。不老不死だから。
それが永遠に続く。何百年何千年何億年。
でも、死ねない。不老不死だから。
だから、それはNG。

しかし、これは困った。
個人の願いを叶える道具なら、たくさんの願いを叶えることが出来る。
だが、世界全体の願いとして叶えるとなると、それは難しい。
願いが個人に影響するだけではなく、世界に影響するのだ。
例えば、足が速くなりたいという個人の願い。
これが【鍵】を使って世界を造る。
すると、それは結果的に全人類の足が速くなり。
結局、順位は等しい。
ここで重要なのは主語。誰が。
そこを重点的に考えなければ、思い通りの想像とは違った世界へと変貌してしまうかもしれないのだ。

考えろ。考えろ。願望を捻り出せ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。

「あっ!!」

やっぱりこれしかない。初めからそれだった。
それが俺の大切にしていることだ。

「そうだよ。壮大な話しすぎて悩んだけど。そんな願いでも世界は作られるもんな」

「ほぉ、貴様はなにを願う?」

「俺はなら『平穏』だ。あいつらと過ごす平穏な暮らしが出来る世界」

それが俺の変わらない願望だ。
この戦争が終わったら、そうすると決めていた。そのまま、その通りに願う。
俺なら、そうする。

その答えに金剛は圧倒されたような顔つきで数秒固まっていたが、「フッ」と笑い、空を見上げて黄昏るように口を開いた。

「───そうか。俺もその願いにすればよかったな」

そんな彼の表情からは後悔も感じ取れたが、俺はそれ以上彼のことについて詮索したいとは思えなくなった。



 「────さて、これで俺の話は終わりだ」

そう言って一息ついている金剛。すると、金剛はなにかを思い出したようだ。

「そうだ。これを受け取りな」

金剛はポケットをゴソゴソとあさくり始める。
そして、なにかを見つけたように取り上げると、それを俺に向かって投げつけてきた。
その小さな袋は俺の手のひらに着地。
その小さなピンク色の巾着袋の中には何かが入っているように重く、振ってみるとジャラジャラと音がする。

「なんだこれ?」

「お前らへの寄付だ。大事に使え。金は時に命より大事だからな。親と仲間と金は大事にしろ。まぁ、柱1本くらいは建てられる」

その中に入っていたのは小銭。それがいくら分入っているかは数えなければ分からないが、それなりには入っている。

「そうか。ありが……」

「まだだ。そっちの女への慰謝料が残ってる」

「えっ?    私?」

金剛からの黒への慰謝料に黒自身が驚いている。
そういえば、黒は最初に金剛に刺されていた。
目的が俺だったにも関わらず、黒を刺したことを金剛なりに反省しているのだろうか。

「ああ、お前への慰謝料だ。『買』」

そう言って指をパチンッと鳴らす金剛。
すると、金剛が武器を取り出してきたように異次元から何かが飛び出してきた。
それは武器よりも大きい。
俺が久々に見る。アレである。
さすがにあの異世界でも見なかったあの乗り物である。
数市でもヘリや車や船の技術はあったが、やっぱりこれもあるのか。
先人の転生者はとんでもない技術をこの異世界に残していったものだ。
感心する。いつか会えたら感謝の意を込めてハグしたいくらいだ。
まさか金剛がアレを出してくるとは思わなかった。

「オオオオオオオ!?!?!?」

それを目の当たりにした瞬間、思わず声が出てしまう。
それは飛行機。

「魔王城まではここから遠い。それを使え。彼女の足を煩わせるなよ」

これが金剛からの全ての土産話。
土産にしては充分すぎる施しだが、ありがたく受けとることにしよう。

「─────金剛。ありがとな」

「礼などいらんさ。すべては黒のためだ。これ以降俺はなにもしない。これは決着を見届けるために行ったことだ。八虐として俺はこれ以上はなにもしない。
そして、俺のことは忘れろ。
本来なら俺が八虐になってはいないのだからな」

それでも、これから金剛と出会うことがなくても彼には感謝しかない。

「それでも、ありがとう助かった!!!」

そう言って最後にその金剛の姿を目に焼き付ける。
俺に似ていた男。
正義を信じ正義に酔った男。
信念をぶつけ合った男。
彼とはもう会うこともないだろうが、それでも俺は彼のことを忘れない。

そうして、2度の感謝を述べると、金剛は俺の顔を見ることなく手を振るだけの反応を見せた。
その手を見ながら、俺は飛行機に乗り込む。
続いて黒も飛行機に乗り込もうとしたのだが、金剛が最後に彼女に問う。

「おい、黒帝…………いや、黒。お前何も言わないのか」

なにかを訴えかけるような目付きで黒に問う金剛。
彼女はその表情になにかを感じ取ったのか。
数秒だけ、時間をかけて考えると黒はその最後の質問にこう返した。

「ええ、まだよ。少なくともあなたの目の前じゃない。魔王の時ね。それじゃあ金剛。さようなら」

そう言ってもう黒は金剛の方を振り返ることなく飛行機に乗り込んでいくのであった。



────────────────────

『夢を見た。
荒れた荒野にただ独り。
散らばるのは嘗ての姿。
恐怖のまま兵は死ぬ。
彼には理解も敗北はない。
あるのは勝利ただ1つ。
今日も命を救い命を壊す。
長年戦い続けてきた者に慈悲はなく。
涙も流せぬ肉体と化し。
意味もなく思い出は消え去る。
それでも彼は人であった。
人であろうと手を伸ばす孤独な男であった』




飛行機は飛び立っていく。
荒野に砂を撒き散らしながら、風に乗って魔王城まで飛んでいく。
それを静かに見守る1人の男。
彼はかつて、諸悪を倒し英雄になり、正義を信じ、正義に酔い、全てをその手で壊した男。
その後世は孤独であった。
けれど、彼の正義は見方を変えれば正しかったのだ。
だが、もはや彼がやり直すことはできない。償うこともできない。罪を背負い続けることしかできない。
だからこそ、彼は魔王に協力した。
自らの罪を解放するために彼は正義を封印した。
けれど、その心は再び正義を求めている。
以前のような本当の正義は手に入らない。
後悔だらけの人生だった。
もう以前のような…………あの日々のような生活には届かない。仲間はすでに死別した。
あの日常は…………幸せな日々は過去に消えている。
けれど、彼はそれに気づいた。
────やっと自らの正義に足りない物を見つけた。

だが、そんな男の姿も砂風に呑まれていき、やがて消えていった。
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