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学園1年生編

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 次の日。僕が恐れていた…調理実習の時間!!


 不安の種であるロッティとルネちゃんは、和気藹々と準備に取り掛かっている。よきかな。
 とりあえず勝負の展開は防いだが…おっと、ルネちゃんの友人登場だ。

「ルネ様、ご一緒してよろしいですか?」

「もちろん、よろしくてよ」

「あら、よろしくお願いしますわ」

「!?ラサーニュ令嬢もご一緒…ですか?」

 令嬢じゃないほうもご一緒してますわよ。よろしくですわ。
 漫画だったら確か「手出し無用!」的な感じになり、2人は次のページでダークマターとヘドロ(クッキー)を錬成してたっけ…。

 ここは僕が頑張って軌道修正せねば!!!
 僕は前世も今世も料理などほぼした事なかったけど、レシピを見ながらだったら大体の物は作れそう。よっし、頑張るぞ!!


「あ…人数も多いようなので、私達はやはり別行動にしますわ…」

「そうですの?わかりましたわ」


 ルネちゃんの友人達はロッティが苦手なのだ。ロッティが美少女で成績優秀で、公爵令嬢のルネと並んでも遜色ないハイスペックさだから。
 彼女達は全員、ルネちゃんに公爵家という肩書きがあるから側にいる。決して友人になりたいからではなく、その権力にあやかるため。

 そのため常にルネちゃんの太鼓持ち。そこに真の友人であるロッティが現れたら…「ルネの友人」というポジションを失う。

 漫画ではロッティに喧嘩売ってくるんだけど…すでに、ルネちゃんが「ティーちゃんは私のお友達です。以前から言っていますが、今後陰口を叩くようなら…貴女達との付き合いも考え直さなければなりません」と宣言している。
 そうなると下手なことも出来ず、指を咥えて見ているしかない。
 きっとこのまま…いつの間にかただのクラスメイトポジに納まってるんだろうな。



「ルネ、それは片栗粉よ!小麦粉はこっち」

「あら。ありがとうございます」


 ……今回に限っては、巻き込まれたくないから逃げたのかもしれないけど。
 ロッティ、それは重曹だよ。薄力粉はこっちね。


 …調理実習、不安だなあ…。




「ふるいにかける…こうね!?」ボフォッ

「けほっ…ロッティ、1袋全部入れないで!?」

「あら、バター混ざりにくいですわ…」ゴスッ、グッ

「常温バター用意してあるよ!?」

「塩少々…このくらいかしら?」わしっ

「それ砂糖!!!」

「卵を割るのって存外難しいですわ…」グシャ

「殻が!!!」

「切るように混ぜる…ジスラン、剣を貸しなさい」「えっ」

「ヘ・ラ・で!!」

 発想が恐ろしいよ!せめて包丁使おうとして!?




「「ふう…」」

「ううぅ…」


 …なんとか…生地を冷やすとこまで来た…。

 ちなみにこの授業は男女混合。ただ人数が多くなってしまうため、ジスラン達は別グループ。
 向こうは四苦八苦しながらも、バジルがなんとか頑張っている。微笑ましいなあ…。

 ……あれ?ロッティとルネちゃん、分ければよかったんじゃ……もういい!!!


 20分休憩で、お茶にする。ふい~…後半戦、ここからが本番だ…!!!





「生地伸ばしすぎ!何これ餃子の皮!?ある意味すごい!!」

「ロッティ、作業台までくり抜いてるよ!?」

「オーブンあっっっつ!!!170°って書いてあるじゃんかあ!!300°はやり過ぎだよう!!!」

「「料理は火力!!」」

「うわーーーん!!!」


 クラスメイトはおろか、先生すらここの台に近付かない。
 皆2人の才女には疑いの視線を送り、僕には憐憫の眼差しを向ける。助けてくれても、いいんだよ!?



 ※※※



「完成ですわ!」

「ふふ、意外と簡単だったわね!」

 僕はもう何も言わないぞ…その気力も無い…。
 あ…後片付けは…僕がやっとくから…今日皿、何枚割った…?



 クッキー作りを終えたらお茶会だ。男子グループと合流し、互いに作品を出し合う。
 僕に気遣ってか、彼らがバジル主導の元全て準備してくれた。サンクス…。



「ボク達のは少し歪で焦げてしまったぞ」

 どれ…うん、美味しい…甘味が疲れた体と精神に染みるう…。

「そちらは…見た目は綺麗ですね…」

 彼らは僕達のクッキーを凝視し、誰が先に逝くか水面下の争いを始めた。
 ここで一番立場の低いバジルに押し付けないあたり、彼らの人柄が窺い知れるね。

 しかし決まらない。


「いいよう…僕から逝くから…」

 女子2人は早く感想を欲しそうな顔をしているので…僕が…!
 だが僕が女子グループのクッキーに手を伸ばすと、ジスランがその手を掴む。

「まっ、待て!!ならば俺が!!(これ以上セレスに負担を掛ける訳には…!って手首細っ!?)」

 あらそう?じゃあよろしく!
 何故か彼は赤い顔をしているが…覚悟を決めて、クッキーを口に放り込んだ!!!



 おおおおおっっっ!!!



 おや?何やらギャラリーが…。クラスメイト達も固唾を飲んで見守っていたらしい。
 ジスランが男を見せた時、観衆が沸いた。

 さあ、お味は!!?


「むぐ……味は、悪くない…。
 だが食感が……こう、もにょもにょしている…?」

「へっ?」

 確かに、サクッと聞こえなかったけど…。
 どれ、僕も。


「………んんん?こっちはべちょっとしてる…半生??」

 僕とジスランの様子を見た残りのメンバーも、恐る恐る手を伸ばす。


「ボクのは…硬!?噛めない…!」

「グミを食べているようだ…」

「あの、全然溶けません。噛みきれないし…」


「あら…おかしいですわね」

「隠し味がマズかったかしら?」

「………ねえ、何入れた…?」

 そう尋ねると、2人はにっこり笑って目を逸らした。


 お腹…壊れませんように…。




 片付けも終え、今日の授業は終了。後は帰るだけなので、教室に鞄を取りに戻る。
 食べるのにも片付けにも大分時間掛かっちゃったから、もう僕達しか残ってないや。

「坊っちゃん、それは?」

 え?ああ…これ?
 バジルが指しているのは、僕がポケットから取り出した小さい包み。
 今日この後どうする?という会話をしている時だった。

 いつも一緒にいると思われがちな僕らだが、放課後は結構思い思いに過ごしている。
 学園にも部活…サークル活動ってあるんだけど、僕らは誰もやっていない。

 普段僕は図書館だったり部屋に戻ってたり、買い物に行ったり。
 ロッティも似たようなもの。一緒の時もあれば、別々の日もある。
 バジルは大体ロッティについてるが、たまに僕と一緒の時もある。
 ジスランは修業。
 エリゼは魔術の勉強。でも最近は、僕と過ごす事も多い。
 パスカルは勉強、たまに社交、そして僕達とお茶したり。
 ルネちゃんは今までお友達と過ごしてたらしいけど…今後はロッティと過ごす事も増えるだろうな。

 早速今日、何か2人で話があるらしい。僕も用事あるからちょうどいいか。


 
 そしてこの包みは…さっきの騒動の中、こっそり作ったクッキー。2人を見ながら作るの、ほんっとうに大変だった…。だが味も食感も全部確認済みさ!!


「これはプレゼント用のクッキーだよ」

「へえ…どなたに贈るのですか?(お嬢様かな?)」


 バジルの言葉に、それぞれの席にいた面々が反応する。なんというか、すんごい聞き耳立てている…。

「ゲルシェ先生だよ」

「え!?」

 え?って…そんなに驚く事?
 実はルネちゃんにもこっそり渡した。もちろん、お礼さ。
 だが他のメンバーが…「なんで先生に!?」という顔をしている。いいじゃん別に。

 皆に挨拶をして、先に教室を出る。背中に視線めっちゃ感じるけど…無視です。





「……ルネ、悪いけど私急用が」

「はいはい、セレスちゃんは大丈夫ですわよー。行きましょう」

「くっ…!バジル、ジスラン!お兄様を追ってちょうだい!!」

「ええ!?お嬢様、それは…」

「よし!行くぞバジル!!」

「ええー!?」



 バタバタバタ…



「……マクロン、お前は行かないのか?」

「セレスタンにだって付き合いがあるだろう」

「ふーん…(こいつのセレスに対する感情、イマイチ読めないなあ…)
 まあいい。じゃ、また明日な」

「ああ、また明日」




 ※※※




 コンコンコン

「失礼しまーす。お、いた」

「いるわ。…1人か?」

 1人です。…うわ!!

 い、医務室が…豪華になってませんかね!?
 ベッドは4つともパイプの物から木製になってるし、布団モファっとしてる!!仕切りのカーテンも…何これシルク!?
 しかも…何あのスペース…ミニキッチン!?確かに先生はよく飲食してるけどさあ…!

 まさかこれって…。先生に視線を向けると、やや嬉しそうな顔をしている。初めて見たぞ、そんな締まりのない顔。


「いやあ、流石公爵家。仕事が早い。医務室が破壊されるのも悪いことばかりじゃないな。
 午前中には作業は終わったぞ。それとコレ、ヴィヴィエ嬢からだ」

 ほれっと先生が僕に寄越したのは…マグカップ?

「それはラサーニュ姉の、コレは先生の。そしてこっちがヴィヴィエ嬢の分らしい。
 他の連中は、必要なら自分で用意しろとさ」

 …このマグカップ、可愛い…。ペンギンが描かれてる。

「昨日怯えさせたお詫びだと」

 ……ふふ。ありがとう、ルネちゃん。
 僕はクッキーを取り出し、提案する。

「先生、ここに美味しいクッキーがあるんですが…このマグカップで、コーヒーでもどう?」

 すると先生は、「しょうがねえなあ」と準備してくれるのだった。






「しかしこの布団、ふかふかだねえ!寝てもいい?」

「いいが、完全に寝るなよ。ちなみに先生はすでに堪能済みだ」

「えー?僕が初めてじゃないのか!
 うーん、ふわふわー」

「疲れも吹っ飛ぶ柔らかさだろう。ほれ、コーヒー入ったぞ」

 わーい!
 今日は先生と2人でお茶会だ。
 僕の中で先生は、完全に甘えていい大人に分類された。この人がお父さんだったら良かったなー…なんてね。


「へえ、お前の手作りか。中々美味そうじゃないか」

「もう、恥ずかしいからあんまりじろじろ見ないでよ」

「はは、いいじゃないか」

 先生、なんかテンション高いね?医務室が綺麗になったから?それとも…僕が女子だって判明したから?
 僕が知らなかっただけで、先生は女子相手にはこのテンションなのかもしれない。


「…ねえ先生、ありがとう。僕を、女の子扱いしてくれて。
 でも無理しないで?呼び方だって…うっかり人前で間違えたら大変だよ」

「……先生を誰だと思ってる。お前やヴィヴィエ嬢と違って、うっかりミスなんぞしないわ。
 少しは、大人に甘えることを覚えるんだな」


 ……そっか。もう十分、甘えてるけどね。


 そんな風に穏やかな時間を過ごしていたら…。




 ミシ…ミシシ…


「「ん?」」


 変な音と共に…扉が、なんか…ま、曲がって、ませんかね……!?
 僕も先生も、扉を凝視して固まった。


「……さい、せめて、普通に………!」


 んんん?聞き覚えのある声がしたと思ったら……



 バギィッッ!!


「こんの…淫交教師があああーーー!!!!!
 ……………あ?」



「「……………」」



 
 僕達は穏やかなお茶会を楽しんでいたはずなのに…いきなり扉がぶっ壊れて…。
 現れたのは………皇太子殿下……?後ろにはジスランとバジルも…?


 ていうか、淫交教師て……誰が?




 ※※※




 時は少し遡り。セレスタンが医務室に入ってすぐ。


「く…なんとか会話が聞こえないものか…!」

「ジスラン様、せめて堂々と中に入りましょう!?」

「だが…!!」

 シャルロットの命により、セレスタンを尾行していたジスランとバジル。
 ジスランは医務室の扉に耳を押し付け、中の様子を探ろうとしている。

 本来の彼であればこのような真似はしないのだが…現在少々混乱しているようだ。

「(俺もクッキー欲しかった…が、それは今はどうでもいい。
 セレスがロッティにもあげていないクッキーを…何故ゲルシェ教諭に…!?
 あの、誰よりも妹を可愛がっているセレスが…!)」


 ちなみに現在、シャルロットはルネと共にクッキーを食べている。
 ちゃんとセレスタンが「2人で食べてね」と言っておいたのだ。

 そんな事、ジスランが知る由もないが。



「……何をしている?」

「「え…で、殿下!?」」(小声)


 そこに現れたのが、皇太子であるルキウスだ。
 彼は礼を執ろうとする2人に、「今はただの学生だ」と主張し普段通りにするよう言った。



「しかし殿下、何故ここへ…」(小声)

「いや…ラサーニュとラブレーに用があり探していた。医務室にラサーニュがいると聞いて来たのだが…」(小声)

 ルキウスもつられて小声になる。

 その時。



『……いい…寝る、よ…堪能…』

『…僕、初めて……ん、ふわ…』

『柔らか……ほれ、入った…』


「「「!!!!!??」」」


 中からセレスタンとゲルシェの会話が途切れ途切れ聞こえてきて…今度は3人揃って扉に貼り付いた。


『……お前…美味そう…』

『もう、恥ずかし……見ないで…
 先生、ありがと…僕を、女の子…してく……。でも………変だよ…』

『……を、だと思って……甘え…だな』


 ミシミシミシ……


「ひいいいい!!落ち着いてください、お2人共!!きっと勘違いで……!!」


 バジルの叫びは2人には届かない。
 哀れ扉は、怒り狂う2人の力により形を変える。


「おやめください、せめて普通に扉を開けてくださいいい!!鍵閉まってませんからあああー!!!」


 バギィッッ!!


 バジルの絶叫と共に、扉は破壊された。


「こんの…淫交教師があああーーー!!!!!
 ……………あ?」



 だが…3人の目の前には、目を丸くしながらただ座ってコーヒーを飲んでいる2人の姿が。




「「……………」」



「「「………………」」」


 クルッ

「………では、私はこれで………」

「おう……なんて、言うと思ったか……?」


 皇族相手にも怯まないゲルシェは、立ち去ろうとするルキウスの肩を掴む。同時にこっそり帰ろうとしていたジスランの頭も。

 状況は理解できないが、彼らが何か勘違いを起こしたということは察したのだ。
 以前片手でセレスタンをも持ち上げた彼は、意外にも握力がある。鍛えているルキウスとジスランでも容易には振り解けない。




「なあ………先生は、この扉の修理費…ドコに請求すりゃあいいんだ……?」


 先程までセレスタンと談笑していたゲルシェは、静かに怒っている。
 壊された扉のせいか、淫交教師という不名誉な呼び名のせいか…お茶会を邪魔されたからか。全てかもしれないし、どれも違うかもしれない。

 一方ルキウスは、自分が酷い勘違いを起こしたと瞬時に理解した。
 そして頭に血が昇り物に当たった事を後悔し…一旦帰って落ち着こうと考えた。


「修理費か…。…………皇室に請求してくれ」

「出来るかあーーー!!!!」


 その間セレスタンは、開いた口が塞がらないのであった…。


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