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学園1年生編
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しおりを挟むあの後。皇太子殿下は「こっちで修理の人間を派遣する…」とゲルシェ先生に言っていた。
そして僕に…
「ラサーニュ。明日の昼、ラブレーと共に生徒会室に来てくれ。昼食は用意しておく」
「へ?あ、はい…?」
それだけ告げてさっさと帰ってしまった。昼…何か話でも?
孤児院関係だったら僕とロッティを呼ぶだろうし。他…刻印?まあ、明日になれば分かるか。
先生にもう帰るよう言われ、バジルと共に帰寮する。
ジスランにさっきなんで殿下と乗り込んで来たのか聞いてみたが…彼らは気まずそうな顔で黙り込んでしまった。
よく見ると顔も赤く…2人はこの日、結局僕の目を見ることはなかった。
夜。滝に打たれるジスランの姿が目撃されたとかなんとか。
※※※
「なんの話だろうねえ…」
「見当もつかないな…」
お昼、2度目となる生徒会室訪問である。
初回と違い、この重厚な扉に気後れすることもない。中にいる人達が、怖い人じゃないともう知ってるから。
ノックをし、許可を得てから開ける。そこにはお馴染みの3人と…
「「おお…」」
なんか、やたら豪華なランチが…!
「まずは食事にしましょう。さ、2人とも座ってください」
第二皇子殿下に促され、遠慮なく座ります。
と、思ったのだが………
「ん?どうした。何故座らない?」
いや…ランドール先輩…なんで…
なんで皇族2人を差し置いて、アナタが一番上座に座ってらっしゃる??俗に言う、お誕生日席に。
そこは皇太子殿下の席で、その両側に第二皇子殿下とアナタが座るべきなのでは…?
それを指摘すべきかどうか…僕とエリゼは戸惑ったが…。
「遠慮せずに座りなさい」
と、当の皇太子殿下が気にしていないようなので…僕達も思考を放棄して空いてる席に並んで座った。
いただきまーす!
「「「(………しまったああああーーー!!!いつものクセで……!!!)」」」
??3人の手が止まっている。何か嫌いな物でもあったんだろうか?僕達は遠慮なくいただきますが、よろしいか?
「…こほん。ラサーニュ君、孤児院のほうはどうですか?」
食事中、ちょっとした世間話をする。そうそう、お礼を言わなきゃってずっと思ってたんだよね。
「むぐ…はい、殿下方が人員を派遣してくださったお陰で、なんとか軌道に乗りました!
特にレナートさんが会計を担当してくださって、とっても助かってます!」
「レナート…です、か」
「へ?はい、レナート・グストフさんですが」
あのバジルと意気投合していた、視察団の一員のお兄さんですが。
職員がセージとミントしかおらず困っていたところ…なんと、皇室から男性2人、女性1人を派遣してくれたのだ!!
もちろん彼らは自力で教会に辿り着けないので、外に出る時は子供達の案内が必要だ。その為住み込みで働いてもらっているのだが…。
「最近、皆さんにも目印が見えるようになったんです!ラナ…精霊が言うには、あの土地が彼らを受け入れたから、だそうです」
「それに、ボクとシャルロットにも見えるようになりました。どんな仕組みなのか…いずれじっくり研究してみたいですね。
あ。そういえば…トワの実についてなのですが」
エリゼがトワの実、という単語を口にすると…3人が反応した。
「あの種…ドライアドに回収されてしまいました」
「ドライアド!?まさか召喚したのか!?」
うおっ!相変わらず皇太子殿下声でかいわ!!
「喚んでたまりますか!!…こほん。勝手に顕現したんですよ」
本来精霊に肉体は存在しないらしい。人間が魔力を与えることで形を得て、精霊界から人間界に来る。これが召喚。
ただし最上級は…自力で肉体を得られて、自由に人間界まで来れるらしい。そしてドライアドはやって来た。いやあ、あん時はびっくりした。
「あの皆で植えた場所、そこに急に現れたんですよ」
頭に大きな花を咲かせ、肌の色は緑色で目が爬虫類っぽい女の子だった。
精霊達の通訳によると…「この実は人間界に存在してはならない。回収させてもらう、代わりは用意しよう」だそう。
「次の日…その場所に立派な林檎の木が生えてました…」
「そ、そうでしたか…。君達は、トワの実がなんなのか知っていますか…?」
「ボクがその名前を頼りに調べてみました。とんでもない代物だったんですね…回収してもらえて助かりました…」
エリゼの言葉に、3人は何か安心したようだった。
いや本当、人間辞める実とか恐ろしいわ!!栄養満点だったから惜しいけど…。
その後も近況報告をしながら、食事は終了した。
給仕の人が片付けてくれて…いよいよ本題か?
結局ランドール先輩は上座に座ったまま、僕達の向かいには皇子2人。なんだか、緊張してる?
重要な話かもしれない…自然と背筋が伸びる。
「…今日はわざわざ足を運ばせてしまい、すまない」
「いえいえ」
「それより、皇太子殿下自らボクらを探してくださったそうで…」
そうそう。誰かに伝言を頼めばいいのに。
「個人的な話だからな…私が出向くべきだと思ったのだ。
これから話すことは、皇族とか一切関係無く…ただのルキウス・グランツからの、頼みだ。
嫌なら断ってくれて構わない。強制はしたくない」
「僕もです。ルクトル個人からのお願いです」
…頼み…?僕達に、個人的に…?
エリゼと顔を見合わせる。断ってもいいって…そんなん言われても…まずは聞いてみない事にはなんとも。
「私達の弟、ルシアンは知っているな?」
「はいもちろん…会話をした事はありませんけど」
知らぬはずがなかろう、彼らの弟にして皇国第三皇子ルシアン殿下を。名前と顔くらいならね…。
漫画のキャラとしてならよく知っているが。俺様系で、ぶっちゃけ顔以外取り柄が無い印象だ。
一言で表すと…抑止力のないジャイ◯ンだ。ただしこの世界に劇場版は無いので、格好いいジャ◯アンは存在しません。
横暴で短気、自己中。なんでこのキャラ作った?とすら思ったほど。
シャルロットとの出会いは16歳、5年生に上がったばかりのこと。
その日の彼は荒れていた。確か…御父上(皇帝陛下)に「もっと皇族としての自覚を持つように」とか言われちゃったんだっけ。
そりゃね、成人も間近になって…真面目に学園に通わない、親の言うことは聞かない、問題行動ばかりの馬鹿皇子。いくら可愛い末っ子でも限度がある。
そこでいつもより厳しく叱責され…逆ギレしていた訳だ。
「くそう、父上め…いつも私と兄上達を比べてばかり、私の事など何も知らないくせに!!」
「……あら、殿下…?」
そこに偶然現れたのがシャルロット。ルシアンは虫の居所が悪いため、彼女に八つ当たりする。
「ふん、君達女性はいいご身分だな!!男に媚びていればいいのだから!
親からいらぬ重責を背負わされる事も無く、ただ笑って茶でも飲んでいれば良い!!」
「…あらあら?随分とご立腹のようですが…?」
そこからルシアンの暴走は止まらない。自分がいかに優れているのか、他人は自分のそういう所を知らない、女は黙って男を立てれば良い、等々…。
そこでシャルロットはこう言った。
「まあ…そのような事を思われていたのですね…。確かに人間は千差万別、様々な方がおりますわ。
殿下はどこにも属さない…飛躍した思想をお持ちのようですね。それだけはお兄様方にも無い、特別な才能だと思いますわ」
と。いつものエンジェルスマイルで。
今なら分かる。その言葉の真意が。
訳:世界には色んな人間がいるけれど、お前のようにぶっ飛んだ人間は少数だ。
だろうね。いい加減現実見ろってことなんだろうけど…この言葉を聞いたルシアンは、自分を完全肯定してくれた!と大はしゃぎ。
終いにゃ「こいつ私の事好きなんじゃねーの!?」てな結論に至り、シャルロットに付き纏うようになる。
ただまあ、シャルロットや仲間達と過ごすうち、少しずつマトモになっていくようだけど…。
どうか漫画版シャルロットが、こいつとだけは結ばれませんように…!
「そう、そのルシアンについてなのだが」
え、あ?いかん、思考が飛んでた…。
「最近のあいつは反抗期なのか…授業はサボる、家族と顔を合わせようとしない」
「根は良い子なんですが…少し我儘に育ってしまったようで…」
「あいつもやれば出来るはずなんだが、その…人付き合いも下手で…」
出たぞ問題児の代名詞。「根はいい子」「やれば出来る子」
「その…あの子は友人が少ないのです」
「…つまり…僕達に、第三皇子殿下の友人になって欲しい…と?」
まさかと思いそう尋ねると…2人は控えめに、確かに頷いた。
マジかー…あの皇子と…?
「あの…何故ボク達なんでしょう?」
僕も気になる。もっと家柄も良くて社交的な人いっぱいいるよ?パスカルとか。
ちゃんと皇子を立ててくれて、正しい道に導いてくれるような…そんな人が。
僕達が困惑していると、それまで黙っていたランドール先輩が口を開いた。
「ハッキリ言ってやれ。皇族に物怖じもせず、1人の人間として接してくれそうなお前達に…大事な弟の友人となって欲しいとな。
そうだろう?ルキウス、ルクトル」
「おま…っ!!」
「事実だろうが。
いいか、セレスタン、エリゼ。ルシアン殿下を主君と思うな。コイツらの望みはそれだけだ」
殿下2人も、僕とエリゼも呆然だ。
え、ランドール先輩…あ!上座に座ったのって、そういう…?
「先輩達…普段はそんなんなんですか…?」
「そうだ。あと、お前達もコイツら名前で呼んでやれ。
さっきセレスタンがグストフの事を「レナートさん」呼びした時ショック受けてたぞ。
…コイツらは皇族だ。生まれ持った立場がある。民衆の上に立ち、象徴となり導き守る責務がある。
それは仕方のない事、だが…それでも人間だ。
だから…1人2人でいい、こいつらを個人として見てくれる友。そんな奴が必要だ。
コイツらにとっては俺がそうだという話だ。もしもコイツらが人として過ちを犯そうとしたら、俺はぶん殴ってでも止めるぞ。
それで俺を処刑すると言うのならそれでいい。道連れにするから」
「処刑なぞするかっ!!
大体お前、さっきの昼食で私がエビ好きだと知っておきながらエビばかり食べおって!!
遠慮はいらんとはいえ、少しは分け合おうとは思わんのか!!?」
「いやだ俺だってエビ大好き!!!
この2人相手ならともかく、何故俺より図体のデカい男に好物を譲らねばならん!?」
おおう。ランドール先輩がこっちをビシッと指差した。やたらエビばっか減るなと思ったら…そういう。
「大体それを言うならこないだのルクトルなんて…」
「待ってこの状況で僕を巻き込まないでください!!」
そのまま2人は第二皇子殿下も巻き込み、言い争いを始めてしまった。しかもかなり低レベルの。
僕達はそれを眺めるしかない。
「なあ…お前どうする?
正直なところ、ボクは乗り気じゃない」
「まあ僕も。あの殿下だしね…」
ルシアン殿下は顔は良いのでモテるし、皇子という地位もあり擦り寄る者は後を絶たない。
だが「今日から友人でーす!」なんて近付いたところで…邪険にされるかパシリ扱いされるかだろう。
それでも…なんだろう。
「エリゼ、僕ね…あの人嫌いなんだ」
「え。珍しいな、お前がそんなハッキリ断言するなんて…」
エリゼにだけ聞こえるように小声で会話する。
でも、本当になんか…嫌い。漫画版の彼を知っているからじゃなく、今の彼を見てそう思うんだ。
クラスでも威張り散らす、苦言を呈するのはルネちゃんくらい。そのルネちゃんの言葉も「やかましい!」で一蹴する。一応聞いてるけど。
普通に関わりたくないと思ってもおかしくないでしょう?彼の機嫌を損ねると退学させられる、なんて噂もあるほどだ。
なのに…嫌いなんだけど…放っておけない。なんでだろう…?
…よし。
「皇太…ルキウス殿下、ルクトル殿下」
僕が声を発すると、取っ組み合い一歩手前まで争っていた3人が一斉にこっちを見た。
「そのお話…お受けします。エリゼは?」
「はあ…ボクもお受けします」
「ほ、本当ですか…!」
ルクトル様は喜色満面の笑みだ。ルキウス様は眉間の皺が深まり、よく見ると口角がわずかに上がっている。その顔怖いよ。
「ただし…ルキウス様の紹介という事にしてください」
「何故だ?そうしたら、お前達は私の命で友人をさせられている、と思われないか?」
「そう思うでしょうね。でも…その。失礼ながら、彼は思い込みが激しく繊細な方のようなので…」
「…後になって真実を知ると、絶望するかもしれない、という事か?」
エリゼの言葉に頷く。
もしも、もしも本当に友人になれたとして。何かのきっかけで真実を知ってしまったら。
「友人だと思っていたのに…お前達は、ただ兄上に命じられて私に近付いたんだな…!」
となりかねない。それなら最初から言ったほうがマシだ、隠すのも面倒だし。
「ふむ…ならば何か考えておこう。また明日の昼、来てもらえるか?」
「「はい」」
僕達が返事をすると、ルキウス殿下は「…ありがとう」と呟いた。
ルクトル殿下もランドール先輩も微笑んでいる。
まだ分かりませんよ、向こうがどう出るか…。
それでも…根は良い子ってのは本当かもしれないし。全てを否定して、拒絶して…僕はそんな生き方はしたくない。
あ…そうだ。なんだか空気が湿っぽいので、話題を変えてしまおう。
「ルキウス殿下、昨日は…むぐ!!?」
「そそそその話は、待ってくれ…!!」
僕が軽い口調で発言したら、向かいに座っていたルキウス殿下がテーブル越しに手を伸ばし僕の口を封じた…!
僕の隣に座っているエリゼは、殿下の早業に拍手を送っている。そして残る2人は…
「なんだ?なんの話だ?」
「なんですか?聞いてませんが?」
…あら?もしかして2人はご存じない…?
殿下はこっちに回り込み、僕を抱えて部屋の隅に移動した。そして座り込み、超小声で耳打ちしてきた。くすぐったい!!
「昨日のアレは、誰にも言わないでくれ…!特にあの2人には!!」
「ええ…それは構いませんが、なんでああなったんですか?淫行教師って…」
「「淫行?」」
ルキウス殿下がすんごいビクッッッ!!とした。ゆっくり後ろを振り向き…顔を上げると…
面白い物を見つけたような、わっる~い顔で笑うルクトル殿下とランドール先輩が…!!
「兄上え~…まさか…ラサーニュ君に手え出しました…?」
「違うわ!!!」
「では淫行とはなんの話だ?通常の話題では、そんな単語出て来まい」
「そ、れは…!!」
いやこっち見ないで、僕に助けを求めないで!?咄嗟に言い訳なんて…ひい!!!
「ラサーニュ君、知っている事は全部吐いてしまいましょう?」
「そうだぞ、とっとと楽になってしまえ」
ぎええええ!!!2人が両側から僕の肩を掴み、後ろに引っ張るうう!!
それをルキウス殿下が阻止する為、僕の脇腹をガシっと掴んで引き寄せる!?
「なんでもない!!ラサーニュ、今日はもう帰りなさい!!」
「いやいや、まだ昼休みはあるぞ」
「そうですよ。ねえラブレー君?」
「へ!?あ、そうですね…?」
おいこら!!!そこは「いえ、もう時間無いんでボク達は失礼します」って言うとこでしょー!?
やめてやめて、僕の身体で綱引きしないでー!!前もあったな、こんなん!大岡裁きなら、早く離してー!!
「ほらほら、早く…ん?」
え?ルクトル殿下の動きが止まった…?今だ!!秘技!すり抜け!!
「とう!!!」
「あ!おいルクトル何をしている!!」
「…………あ…えーと…無理強いは良くありませんよね、うん。君達、もう戻っていいですよ。話は兄上に聞いておきますから…」
「は?」
ん…?急に態度変わったな…?僕は助かるけど。
ソファーに座るエリゼを引っ張り、扉に向かう。退散じゃーい!
「失礼しましたー!!!あ、実は僕もエビ大好きでーす!」
「えーと、ボクはローストビーフが好きです!!失礼しました!!」
巻き込まれたくないのでバタバタと走って逃げる。
捨て台詞?でちゃっかり好物を主張しておいたので…明日のランチ、楽しみにしてまっす!!
※
「お前、急にどうした?」
「いえ…。なんでも…」
後輩2人が去った後の生徒会室にて。いきなり態度を変えたルクトルを、ルキウスとランドールは不思議そうに見ている。
「あの、兄上…」
「なんだ?」
「ラサーニュ君…軽いですか?」
「は?…まあ軽いな。あとさっき腰の辺りを掴んだ時、やたら細かった」
「そう…ですか…」
「「?」」
実はルクトル、さっきの騒動で…セレスタンの服の下に隠された、サラシを見てしまった。
以前も巻いていた為まだ怪我が治っていないのか、と焦り力を抜いたのだが…どうにも痛がっている風には見えなかった。
「(……まさか、いや…そんな…。でも…しかし…?)」
自分の中に生まれた疑問を上手く処理できない。
ありえない。…いや、でももしそうだとしたら…。
「兄上…あまりラサーニュ君にスキンシップをとらないほうがいいかも…」
「「???」」
まさか…本当に女性だったら………と。
「(まさか、ね)」
「それよりルキウス。さっきの話の続きだが」
「おっと時間だ教室に戻るぞ!!!!」
「あ、コラ!!!」
ドタバタと走って生徒会室から逃げるルキウスをランドールが追い掛ける。
そんな2人を見送りながら、残されたルクトルはしっかり戸締りをして部屋を出る。
「一応…調べてみよう…」
そんな事を呟きながら、彼はゆっくりと歩き出すのであった。
応援ありがとうございます!
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