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学園1年生編

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「………で?説明してもらおうか?」

「「はい……」」



 あの後…僕達の悲鳴を聞きつけた他の先生が医務室まで駆け付けてきた。当然だわな。


 ゲルシェ先生は急いで扉を閉めて、咄嗟に言い訳をした。

『…ははははは!どうやら医務室に狼が突撃してきたらしく、大暴れして行ったんですよ!!それで休んでいた女生徒が悲鳴を上げてしまいまして!!!』

『それ笑い事じゃありませんよ!?』

『ははは!!たった今解決しましたから、なあ!?』

 ガチャ

『そそそ、そうですわ!狼は始末しましたのでご安心を!!』

『始末しちゃったんですか!?…うわ、医務室無茶苦茶じゃないですか!』

『おほほほほ!ハッスルしすぎましたわ、責任持って片付けますので!!』

『では、わたしも手伝いま』

『結構ですよ!!俺とヴィヴィエ嬢と…ラサーニュ兄もいますから!』

『ですわ!先生、よろしければ私とラサーニュ様が次の授業を欠席する事、伝言していただけませんこと?』

『それは構いませんが…ラサーニュ君はどこに…?』

『ほほほ、すでに掃除道具を取りに行ってますわ』

『い、いつの間に…』




 …と無理やり先生を追い返した。その間僕は、シーツに丸まって隅に転がってた。

 そしてサラシ…包帯を急いで巻き、体操着を着て…ルネと床に並んで正座待機していました。



 ゲルシェ先生は非常に気まずそうに「…服着たか?」と3回確認してから中に入ってきた。
 そして椅子を起こして腰掛け、僕達にもベッドに座るよう指示して冒頭に至る。


 だが説明しろと言われても…誰も声を発する事なく…この状態で20分経過しております。


 いつまで膠着状態が続くのか…と思いきや、大人の先生が一番に動いた。



「………お前、セレスタン・ラサーニュだよな?シャルロットでなく」

「…………はい…」

「……女、だったのか」


 ……こわい…。僕の意思で始めた事じゃないのに、責められているようで…自然と涙が溢れてくる…。
 どうしよう、先生なんだから学校に報告するよね。
 そしたら社交界全体に広まって…僕は…!


「…は、い……」

 やっぱり教会に住もう。院長じゃなくてもいいから、そこで正社員になろう。
 それか精霊達皆と旅に出よう。友人達には別れを告げて…。
 ……ううぅ…。


「…すまん、泣かせるつもりじゃ…」

 震えながら涙する僕を、隣からルネがぎゅっと抱き締めた。

「先生、何をなさいますの!こんなか弱い女性を泣かせるなど…!」

「99.9%お前のせいだからな!?」

 うん、僕も先生に同意する。
 本当に…なんでこうなったの…?



 先生は僕を落ち着かせようと、ホットミルクを淹れてくれた。はあ…温かい。

 そしてなんか緊張の糸が切れた僕は、開き直って全部話した。
 もうバレちゃってるんだし。隠す必要もあるまい。


 父である伯爵が、なんとしても自分の子供に後を継がせたくて僕を男に仕立て上げた。
 僕自身は周囲にバレようがダメージは無いけど、そうなった場合伯爵家には居られなくなるから…今はまだ、誰にも言うつもりはなかった。
 孤児院の経営も始めたばっかりだし、今の立場は失う訳にいかない。

 でも隠している一番の理由は…

「ロッティとかジスランとか…大事な人達に…打ち明けるのが怖くて…」

 彼らなら絶対に受け入れてくれると分かっている。
 それでも…結果が分かっていようとも、行動出来ない人間っているんだよ。
 今回のように、向こうから無理やり暴かれるのも相当恐怖だったが!!!


「そうか…(ブラジリエは諸手を上げて涙を流しながら喜ぶと思うが…)」

「まあ…!なんて事、娘の人生を狂わせるなんて…!!」

 何故か先生は遠い目を、ルネは僕の横にくっついたまま怒りに燃えている。
 で…なんでルネは僕を襲ったの?


「えっと…初めて貴女を見かけた時から違和感がありまして…。
 ごめんなさい、私気になってしまうととことん追求したい性質でして。
 どうして貴女が男性の振りをしているのか、趣味なのか強制なのか。苦しんでいるのなら、なんとか力になれないか、と…思いましたの…」

 理由を語り始めたルネは、段々と小声になっていった。
 体も縮こませて…まるで悪戯がバレて飼い主に叱られている犬のよう。

 ……はあ、この子は暴走するけど、基本的に正義感が強くて優しい女の子なんだよなあ…。
 多分、本当に僕の事を心配して助けてくれようとしたんだろう。


 そんなん…怒れないじゃんか。


「…ありがとう」

 少し彼女にもたれ掛かって礼を言うと、ルネは穏やかに笑った。



「それで、ラサーニュ嬢のどの辺が違和感だったんだ?
 先生は男にしちゃ線が細いな、くらいにしか思っていなかったぞ。
 ラブレーも似たようなモンだが」

 ゲルシェ先生はミルクを口に運びながらルネに尋ねる。
 さり気なく女の子扱いされているのが…ちょっぴり嬉しい。

「っと、僕も気になる。他にも気付いている人がいるかもしれないし」

「そうですわね…まずは、手」

 手?自分の手を見つめてみるけど…ほら、ルネと比べたら剣ダコとかあってゴツくない?

「先生と比べてみなさいな…と言っても、大人の方と比べても意味はありませんわね。
 私と比べても、大きさはほぼ一緒でしょう?むしろ私のほうが大きいですわ」

 あー…確かに。一応先生とも比べてみるけど…うわ、全然違う。
 それじゃあ、顔だけ隠しても意味ないかな…?


「そうですわね…今はともかく、成長するにつれて男女の違いは顕著になりますわ。
 私以外に不審な動きをしている者はいませんけど、今後は分かりませんわ」


 自分が不審者だって自覚あるんだ…。
 僕は喉元まで出かかった言葉をミルクと共に飲み込んだ。


「腕や足は服で隠されていますけど、ほら!少々筋肉は付いているようですが、まだまだ柔らかいですわ!」

「ごふっ…!ごほっ、うん、分かったから見せないでくれるか…」

 ルネは僕の右足を持ち上げて自分の膝にのせ、ズボンを捲ってむにむに揉んだ。
 先生はいきなり僕の足を見せられ、咽せながら目を逸らす。別に僕は恥ずかしくもないけどね。この学園、女子の制服は膝丈スカートだし。

「最後は喉ですわね。私達くらいの年齢になると、男性は喉仏が目立ってくるものです。でも貴女は全然、首も細いですし」

 ルネは先生の後ろに回り、喉を突きながら言った。そこ、一応急所だからやめてあげてね。

 …しかし、ここはどうしようもないなあ…。
 そしてさっきも名前が出ていたエリゼと頭の中で比べてみると…確かに彼は、手足とか男性のものだよねえ。
 手も僕よりずっと大きいし、首だってやや太い。………はあ…。




「あの…この事は、秘密にしてもらえませんか…?
 僕はまだ、今の立場を失う訳にはいかないんです…」


 2人の反応からして…僕を非難する気は無さそうだけど…。
 かといって秘匿するメリットも2人には無い。特に先生は。

 先生はルネの頭を鷲掴みながら、ルネは先生の指の隙間から僕を見る。…いや、どういう状況??


「もう、淑女に何をなさいますの!
 …こほん。さっきも言いましたが、私は周囲に触れ回るつもりはありません」

「だったら淑女として振る舞え!!
 で、あー…と。先生はともかく…お前は辛くないのか?」

 辛い?僕が?

「男として振る舞うの、キツいだろう。
 寮だって、男ばかりだ。一応セキュリティは万全だからそこは心配していないが…。女の子なんだから、危機感を持ちなさい。
 それと、他に知っている奴はいるのか?」

「他…学校にはいません。母も妹も僕が男だって思ってるし。
 父と伯爵家の専属医。現在この2人だけです」

「家族もか…」

 先生は難しい顔をした。どうするべきか…迷っているんだろう。
 もし先生が学園に報告すると言ったら…僕に止める術は無い。その時は、大人しく学園を去ろう…。


「大丈夫ですわ。いざとなったらここで先生の記憶を…いえ、いっそ亡き者に…!」

「その振り上げたパイプをどうするつもりだ!!…ん?パイプ?
 あ!!!ベッド壊れてんじゃねえか!!!」

「簡単に折れましたわ」

「折るな!!ヴィヴィエ家に請求しておくからな!!!」

「どうぞなさいませ!!もっと高級なベッドにして差し上げますわ!!
 そもそも先生は、養護教諭としてセレスちゃんの違和感に気付かないとか…医師失格ですわよ!」

「医者とは違うわ!大体怪我人病人でもないのに、そんなジロジロ観察してたまるか。
 ラサーニュ嬢がここに来るのは、大体寝不足かサボりだからな」

「そうだとしてもですね!…」





「あのー…結局、黙っていてくれるんですか…?」

 何やら言い争いを始めた2人。後にしてくれませんかね?
 ルネは黙っていてくれるとして…先生は?
 僕が口を挟むと、彼らは争いをやめた。そして先生は天を仰ぎ…


「(本来は、報告するべきなんだろうが…そんな顔をされると…)


 ………………もし、問題が起きたら……いや、起きそうになったら…。
 ……いざとなったら、学長に報告するからな…!!」


 …!!


 ものすっっっごい悩んだ末に、そう言ってくれた…!


「あ…ありがとう、ございます…!!」


 先生の答えに安心した僕は、すっかり安心して…また涙が溢れてしまうのであった。




 ※※※




「あ!!ルネちゃん、そろそろお昼だよ!ロッティとランチの約束してたでしょ?」

「まあ、本当ですわ。では私達は戻りましょうか」

「ううん、まだ終わってないし。僕片付けしてるから」

「駄目よ!ゲルシェ先生もこれで独身男性なのよ。セレスちゃんの裸体を見て興奮して襲いかかってくるかもしれませんわ!
 男は皆狼なのよ!」

「見てないし子供に欲情するほど苦労してないわ!
 というか今この学園で一番狼なのはヴィヴィエ嬢だからな!
 残りは先生がやっておくから、お前らは早く飯食ってこい」

「「はーい」」



 あの後2人共秘密にすると約束してくれて、困った時はいつでも頼るように言ってくれた。
 ルネは何故かちゃん付けで呼んでほしいというので、本人の希望通りにしている。僕も、こっちのほうが仲良しっぽくていいかも。
 どうして彼女は僕に、こんなに優しくしてくれるんだろう?直接本人に聞いてみたら…

「私が、セレスちゃんとお友達になりたいからですわ!本当はもうちょっと時間を掛けて仲良くなりたいと思っていたのですけれど…まあ結果オーライですわよね」

 と返ってきた。僕、ルネちゃんに好かれるような何かしたっけ…?まあいっか。
 そうして晴れて、僕達はお友達になったのである!


 そして3人で後片付けをしていたのだが…あーらら、ベッドの1つは完全に壊れてら。ルネちゃんが下に忍んでたやつだ…。
 きっとあの開いてた窓から侵入したんだろうな。令嬢がなんつー事を…。


 だがもうお昼。先生の好意に甘え、片付けもそこそこに僕達は昼食に。


「じゃあまた来るね!」

「……お前、先生に敬語使えよ…」

「大丈夫、ゲルシェ先生以外にはちゃんとしてるから」

「そもそも教師らしからぬ言葉使いの先生に言われたくありませんわよね。ではご機嫌よう!」

 ヴィヴィエ嬢はもう来んな!という先生の言葉を背に僕達は医務室を出た。
 なんかこのノリ…女子高生っぽい!



 授業が終わるまであと5分ほどあり、教室近くの階段で少しルネちゃんと話をした。


「セレスちゃんも一緒に食べません?」

「ううん、2人の約束でしょ?

 ……それで、ね?ルネちゃんにお願いというか…よかったら、なんだけど。聞いてほしい事が…」

「?なんですの?なんでも言ってくださいまし!」


 僕のお願いは…ロッティと仲良くして欲しいって事。
 放っておいても2人は親友になるけど、無駄な争いをしなくて済むならそれでいいじゃない。

 具体的に言うと、明日の調理実習。2人は勝負の為誰の手も借りずにクッキーを作り上げる。結果的に産業廃棄物を生み出すのだ…。
 誰かが手伝ったら、少しはマシになるかもしれないじゃない?回避出来るならそのほうがいい。
 まあ、流石にそんな事まで言えないけど。


「ロッティともね…お友達になって欲しいなーって…。
 きっと2人、気が合うと思うの。あの子も女の子の友達で、心を許せる人がいないし。
 すぐには無理でも、徐々にでいいから…だめ?」

 尊い犠牲を出さない為にも、2人にはなるべく早く仲良くなってもらいたい。
 そういう思いも込めて、ルネちゃんに提案する。どうかな…?

 するとルネちゃんは僕の手をガシッと掴み、真剣な目になった。


「もちろんですわ。私、あの方ともお友達になりたいと思っていましたもの!
 今日のお昼で何かの切っ掛けになればいいなと考えていましたが…早速申請してみますわ!」

 申請て…ゲームのフレンドじゃないんだから…。
 でも良かった…!えへへ、ランチ後が楽しみだなあ!

 その時ちょうどチャイムも鳴ったので、教室に行こうとしたら…


「セレスちゃん。私以外にそんな可愛いおねだりしては駄目よ?
 すぐに女の子だとバレてしまいますわ!」

 …と、ルネちゃんは人差し指を立ててウインクしながら言った。
 ???可愛い…おねだり?ロッティと仲良くなってっていうのが?

 うーん…よく分かんないなあ。




 ロッティ達は、急に僕が授業を欠席した事を心配していたらしい。
 教室に入ると他の生徒達にも注目されたが…真っ直ぐにロッティの元に向かった。
 ルネちゃんにも友人がいるからね、また後でと一旦別れる。


「お兄様、大丈夫だった?なんだかお兄様とヴィヴィエ令嬢が狼に襲われて、ゲルシェ先生が撃退して3人で医務室の掃除をしてるって聞いたのだけど。
 どういう事?何かの比喩?」

「は、はは…」

 うん、僕は狼に襲われたね…。



 2人は予定通り一緒にランチをする。僕達5人は少し離れた席に座ったけど…。
 ふー、ちゃんと仲良くなれるかな?お兄ちゃんは心配ですよ。


「セレスタン、ヴィヴィエ嬢と親しくなったのか?」

「へ?ああ、うん!友達になったよ」

 僕がソワソワと2人のほうを気にしていたら、パスカルが話しかけてきた。
 そうだ、明日からルネちゃんも一緒に食べないかな?あ、でも…彼女の友人4人も来ちゃうかな…。
 あの子達も、ロッティの事を悪く言わないでくれるんなら一緒でも全然嬉しいのに…もっと女の子の友達欲しいし。

 ………ん?待てよ。僕が男である限り、側から見たら僕ハーレム状態?
 …やっぱ今は、ルネちゃんだけでいいや…。


「友達…セ、セレス。それは…男女の仲ではなく…?」

 んん?ジスランの顔がいつになく真面目だ。え、まさか。

「ジスラン、ルネちゃん狙ってた!?」

「そっちじゃないっ!!…あ。
 じゃなくて…って、ルネ!?」

「お前、公爵令嬢をちゃん付けしてるのか!?」

「そうだよ、エリゼ。向こうも僕の事セレスちゃんって呼んでくれるんだー」

「「「「セレスちゃん!!?」」」」

 男4人は揃って驚愕した。何、羨ましい?君らもちゃん付けされたい?僕が呼んであげよっか??


「……なんだか今の坊ちゃん…」

「ん?なあに?」

「………なんか、ノリが女っぽくないか?」



 ピシ……



「は、はは…少し、ルネちゃんに引っ張られたかな…?
 彼女、結構可愛らしいからさ…」


 …あ、あっぶなー!!!ヤバい、さっきまで今世初の女子トークしてたから…!!
 初の女友達にテンションが上がっている僕は、普段より女子寄りになっていたみたいだ。

 落ち着け、僕は男…気を抜くなよ…!


「可愛らしい、か…。
 セレスタンは、ああいう女性が好みなのか?」

 へっ?パスカルがそういう話題を切り出すの意外だね?
 全員食事の手を止め、視線が僕に集まる。なんだ、恋バナか!!?


「んー…まあ、ぐいぐい引っ張ってくれる人に惹かれるかも?」

 相手に甘えて依存したくはないけど!


「まあ僕は、好きになった人が好みだよ。
 で?パスカルは?」

 人に聞いたんだから、当然答えてくれるよね??こうなったら全員の好みを聞いてみよう。

「そう来たか…。俺は…傷付いた動物を見捨てられない人かな」

 ……こっち見ながら言うなよう。拗らせてんねー、君も…。
 じゃあ次、ジスラン。

「な…!?お、俺は………感情が豊かな人、だ」

 んー?それ、貴族の女性じゃ難しいんじゃない?
 常に微笑みを張り付けて、感情を表に出さないのが貴族には求められるからね。
 次、エリゼ!

「ボクも特に無いが…聡明な人だな」

 十分好みあるじゃんか。見栄張るなや。
 よし、バジル。

「……怖くない人です…」

「「「「……………」」」」


 この話題は速やかに終了し、仲良く明日の天気について語り合いました。





 昼食後。


「あ、お兄様!皆も、待っててくれたの?」

 先に教室に戻ろうかとも思ったが、気になりすぎて食堂で待っていた。
 他の皆を付き合わすのは忍びない…って言ったのに、全員残ってくれたよ。

 さあ、結果は……!?


「ふふ、安心してセレスちゃん!私とティーちゃんも今日からお友達ですわ!」

「そうよ。とっても有意義な時間だったわね、ルネ!」


 …よ、よかった~!
 僕に気遣っての演技じゃなさそう、これで少なくとも明日の惨事は免れた!!!
 しかしティーちゃんて。シャルロット→ロッティ→ティーて。最早原型留めてないけど…いっか!!


 何故か男4人は固まっているが、僕は2人と一緒に喜び合うのだった。




「「「「(女帝と女王が手を組んだ……)」」」」


 
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