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学園1年生編
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しおりを挟むあのクリスマスの日から2週間ほど経った。
年末年始はどの家も忙しく、あれ以来友人達とは顔を合わせていない。
パスカルの事が気にはなるが…次に顔を合わせた時、さり気なく聞いてみようかな?
でも、もしも勘違いじゃなかったら…そう考えると、怖くなる…。
さて…僕は伯爵家が嫌いとはいえ、まだ貴族の義務を放棄する訳にもいかず。
大嫌いな伯爵と並んで…笑顔の仮面を張り付けて挨拶に回る。
今年は僕が最上級精霊と契約している事もあってか、うちに来る人が多い…疲れた。
改めて考えると…僕の周囲には最上級精霊が2人。彼らに引けを取らない脅威である魔物1匹。世間ではレアである上級精霊が12人…控えめに言って、国レベルを超える軍事力ではなかろうか?
正直なところ。僕が「伯爵は不正をしてる。追放しろ」とか言っちゃったら…証拠など必要無い。
国にとってはなんの実績も無い伯爵より、僕のほうが遥かに価値があるからだ。
でも、ちゃんと正規の手段で追い詰めてやる。そうしないと、僕は…堕落してしまうから。
精霊達は皆、僕の大事な友人で家族だ。利用する真似はしたくない…。頼りにはするけどね!!
そして今日。今年の冬は本当に寒く、ラサーニュ領では昨日から雪が降っている。
大分積もったな…と、自室の窓から外を眺める。
眺めながら…手元の紙に目を落とす。
それは、ゲルシェ先生から送られて来た手紙。
「『調査終了。詳細は会って話す。関係者がいれば連れて来るように』か…。
関係者…ロッティとバジルかな…」
ついに、来たか…。いつでもいいと言ってくれたので、僕は今日聞きに行く事にした。
今この時も…苦しんでいる人もいるかもしれない。行動は早いに越した事はないから、すぐに終わらせる…!
「………………」
「…シャーリィ?」
……なんだろう?なんか…
「……ヨミ。少し出掛けるね」
「え…?うん…」
ロッティ達には、昼に出ると伝えてある。
その前に…なんだか、今は無性に外に行きたい気分だった。
コートを羽織り、完全に防寒をして…僕は雪の降り積もる町に降りた。
何処か行きたい訳ではなかった。でも僕の足は…自然と、とある場所に向いていた。
「ここは…?」
僕が足を止めた場所。そこは…昔、バジルを保護した路地。
特に用事も無いが…どうして僕は、ここにいる?意味もなく…僕はその場に立ち尽くしていた。
「……シャーリィ、寒いよ。帰ろう…」
「そうだ。私の契約者が凍え死ぬなど許さん」
暫くそうしていたら、ヨミとヘラクリスが心配してるみたい。シグニは布団の上で丸くなっていたので置いて来たが。あの子は精霊じゃないからね、僕の影に入れないんだ。
そうだね、帰ろうか…と後ろを向いた瞬間。
「「あ……」」
「?……誰…?」
2人が声を漏らした。振り向くと、そこには…さっきまで誰もいなかったのに…女性が、立っていた。
大きな杖を持つ、美しい女性…。こんなにも寒いというのに、彼女の纏う衣は…神話に出てくる神様みたいな、ゆったりとした物。
その美しさ、神々しさから彼女が人間ではないと分かる。何者…!?
「クロノス…」
「久しいな。お前が人間界に現れるなど…何千年ぶりか?」
「クロノス?…誰?」
ヨミ達は彼女の事を知っているみたい。という事は精霊?
「彼女は…無属性の最上級精霊、クロノス…。
時空間を自在に操り、過去と未来、そして並行世界にも干渉する能力を持つ…。
半神の精霊、国によっては神として崇められているね…」
「…あ!時空の女神クロノス…!?」
無属性の精霊ってなんだ?と思ったが、実はドワーフのように火・水・地・風・植物・光・闇属性のいずれにも属さない精霊が存在する。
ヨミの話によると。クロノス様はそんな無属性はおろか、全ての精霊を統べる存在らしい。まさに精霊王。
しかし…何故ここに?
何か言いたそうだが、僕に彼女の言葉は分からない…。
「後悔は、していない?」
「…え?」
今の声は、ヨミ?
「彼女の言葉…そのまま伝えるね」
僕は静かに頷いた。ヘラクリスは何も言わず、その温かい体を僕にくっ付けている。
「貴女は本来、この日この場所で。運命に出会うはずだった。
しかしそれより先に、貴女は自分の運命を変えてしまった。
その事に、後悔はない?」
「運命を…」
それは、僕が前世を思い出し…父親の操り人形を辞め、好きに生きると決めた事だろう。
人間関係だけでもかなり変わったけど…運命も…?
「この冬で、貴女が保護した子供は全て死に絶える運命にあった。
ただ1人を除いて。それが、貴女の運命」
ただ1人…それは恐らく、グラスの事だろう。彼だけは、成長した姿が描かれていたから。
彼が僕の運命?まさか…結ばれるはずだった、とか…!?
「そう。でも変わった。彼が貴女の運命になる可能性はあるけれど、低い。
子供達だけではない。貴女と関わった多くの人が…本来とは違う道を歩んでいる」
「…それ、は。僕のせいで命を落とした人も、いるという事ですよね…?」
「……フェンリルが殺した子供。あの子供は成長しいずれ妻や子に手をあげ、賭博、借金で身を滅ぼした。死ぬのが数年早まっただけとも言える。
他にも貴女がルシアンを変えた事により…彼に近付き甘い汁を吸うはずだった人間達もいる。
彼らからしてみれば、貴女はその機会を奪った悪人とも言える」
それは…特に罪悪感もねえな…。働け、としか言いようがない。
にしても…あの決闘相手、そんなクズに成長したかもしれんのか。だからといって、死んで良かった~!とは言えんけど。
「例えばクレール・バルバストル。例えばランドール・ナハト。
この2人は本来、結ばれる運命に非ず」
「えっ!?」
うっそ、あんなに仲良しなのに!?
もしかしてこの後…別れちゃうの!!?
「クレールはランドールを信じきれずにいた。幾度とない求婚も全て拒んだ。
そしてこれより3年後、父親が持って来た縁談…とある子爵家の後妻に入る。
夫となる子爵も義子達も、彼女を暖かく迎え入れる。これによりクレールは、ランドールを気に掛けながらも、ささやかな幸せを手に入れる。
しかしランドールは違う。本当に、心の底から彼女を愛していたから…彼女の結婚を祝福しつつも、その後長きに渡り独身を貫いた」
………!という事は…僕が手を出した事によって、2人の運命が大きく変わった…。
「クレールはその事を知り悔いた。自分がいなければ、彼はすぐに別の人を選ぶと思っていたから。
そんなにも、他の女性が目に入らないほど自分を想ってくれていたのかと。今自分は幸せだけど、どうしてあの時彼を信じなかったのかと。
やり直せるのなら…絶対に、彼を拒みはしなかった、と」
…ルゥ姉様…。
「そのランドール。親友であるルキウスの娘が5歳になる頃。彼女はランドールに一目惚れをし、追いかけ回すようになる」
おおっとぉ?風向き変わった?
「ランドールは相手にしなかった。しかし彼女は17歳となり、成人しても気持ちを変えなかった。
幾度となく断られても、彼に相手にされてなくても迫り続けた。
そしてランドールは…もしかしてあの時。クレールも同じ気持ちだったのかと気付く。
ランドールは親子ほどの年の差がある事を理由に、皇女を拒み続けた。彼女にはもっと、相応しい相手がいるはずだ、と。
そして悩んだ結果…皇女を受け入れた。父親であるルキウスは、反対などせず歓迎した。むしろずっと応援していた。
その後彼らは子宝にも恵まれ、ランドールは遅くなったが幸せを手にした」
そっか…良かった…のか?
「あの、それでは…その皇女様は、どうなるのでしょう?」
「そもそもこの世界。ルキウスの妃が変わる可能性も高い。必然同じ娘は生まれない。
逆にクレールとランドールの間に、本来いないはずの子供が生まれるでしょう。運命が変わるとは、そういう事。
それを知った貴女は。後悔はしない?」
……後悔…。
なんでルキウス殿下の結婚相手が変わる可能性があるのか知らないけど、本来の道筋から大きく外れてしまっている事はよく分かった。
でも……!!
「しません…!!絶対に!セージ、ミント、パセリ、アーティ、セルバ…沢山の子供達を、僕は救った。
もしかしたら、彼らの中に…将来何十人も殺害する凶悪犯になる可能性のある子がいるかもしれない。
逆に、歴史に名を残すような偉人となる子がいるかもしれない。もしもなんて、考えていたらキリがない!!
ラディ兄様とルゥ姉様だってそう!僕は、どう考えても両想いなのに焦ったい2人が放っておけなくて、手を出した。
その結果姉様は素直になってくれて、兄様は本当に幸せそう。どっかの子爵やまだ生まれていない皇女様には…申し訳無いけど。
それを知った上で僕は兄様達を選ぶ、祝福する!
グラスは…まあ、今の彼が僕の事をどう思ってるか知らないけど!
なんか、うん。僕は彼の事をそういう目で見れないしね!他に可愛い子をゲットしてくれ!
だからつまり…僕と関わって不幸になった人もいれば、救われた人もいる。でも、人間なんて皆そんなものでしょう?
僕は身勝手な人間です。僕の大事な人達が目の前で苦しんでいたら。運命なんてどうでもいい、僕はこの手を伸ばす!!
そして、この手で幸せを掴む!だから…!!
僕は、今後も同じように生きて行きます。他人を巻き込んで、転んでも傷付いても。この足で、歩き続けます…!」
それが、僕の答え。
するとクロノス様は…今までずっと無表情だったのだが、僅かに微笑んだ気がした。
「そう。ならいいの。貴女の道を行きなさい。信じるままに進みなさい。私は手を出しはしないけれど…いつでも、見守っています…」
「……はい!」
そしてクロノス様は…姿を消した。
……行こう。きっと今日が僕の、運命の分岐点。
結果がどうあれ、僕はもう伯爵令息ではなくなる。当主になるか平民になるか分からないけど…1人じゃないから、大丈夫。
精霊達も、可愛い妹も、頼りになる執事も一緒だ。
「あーあ。生徒会の話も無しになっちゃうね。パスカルと生徒会…楽しかっただろうなあ。
…僕って本当に、パスカルのこと好きなのかな?ジスランの時みたいに…勘違いじゃないだろうね?
ま…考えても仕方ない、か…」
今度こそ行こう、と歩き出そうとした。
するとずっと黙っていたヘルクリスが乗れと言うので、その背に股がる。
一瞬にして遥か上空に。そこでヘルクリスは、本来の大きさに戻った。
「見ろ!!!この世界の広さを、お前ら人間なんぞちっぽけな存在だ!
この私の翼があれば、行けぬ場所は無い!不可能など存在しない!!
クロノスの言う通りだ、お前は自分の信じた道を進むがいい!この私がついている限り、お前の道行は明るいものとなろう!」
…まさか、励まそうとしてくれている?
「……うん!頼りにしてるよ、ヘルクリス!もちろん、他の皆もね!!」
僕は決意を新たに、伯爵家へと向かう。ロッティとバジルを連れて、家を出るんだ。
待ってろよクソ親父。残り少ない毛を、全て毟り取ってやる…!!
その後は…その時考える!
応援ありがとうございます!
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