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学園4年生編

少那の過去

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 少那視点、ちょっとヘビーかもしれませぬ。

 ******



「あら…少那。駄目じゃない、今日は自分のお部屋から出てはいけないと言ってあったでしょう?」

「仕方ないわねえ。さあ、姉上と一緒に帰りましょう?ここには何も無いわ」


「あ…うあ、ぁ…ひ…ぅ…!!」


 母上と姉上が、美しい笑顔と甘い声で…私に手を伸ばしてくる。
 彼女達だけではない。側にいる女中も…こわい…!




 ああ……私は何度、裁きを受けなくてはいけないのだろう。



 先程から繰り返し繰り返し、同じ光景を眺めている。体が動かせない為…目を閉じる事も、耳を塞ぐ事も、逃げる事も……


 そこで血塗れで横たわっている、王妃殿下と兄上を助ける事も出来ない…



 ※※※※※




 私は17年前、箏国にて第三王子として生を受けた。王位継承権は第二位、だった。


 箏においては国王のみ、複数の妃を迎える事が認められている。妃には絶対的な序列があり、私の母は第二妃。第五妃までが正室、それ以上は側室と呼ばれる。

 王位継承権は年齢にかかわらず、正妃である王妃殿下の息子が優先される。
 現国王である凪兄上は元々継承権第三位、彼の母が第四妃だからだ。ちなみ側室の子には男児であろうと継承権は与えられない。

 王太子だったのは…私の2歳上で正妃の子、今は亡き命兄上。
 そう。今私の目の前で横たわっている…大好きだった、兄上…。



 私は優しくて、よく一緒に遊んでくれる命兄上が大好きだった。凪兄上も好きだけど…あの人は刀ばかり。私はどちらかと言うと、静かに本を読んでいるほうが好きだった。

「自分に王位が回ってくる事はあるまい」と凪兄上は勉強もサボり、よく父上である国王陛下に叱られていた。
 それでも懲りる事なく…いつも剣士の鍛錬に混じっていた。


 凪兄上は私の11歳上、この時すでに16歳で成人を迎えている。
 後宮には国王、正室、側室、女官、女中、女性王族、10歳以下の王子しか足を踏み入れる事は出来ない。なので凪兄上もとっくに後宮を出て、剣士として刀を振るっていた。



「そうだ、私に王は務まらん。こうやって刀を振るい腕を磨き、いつの日か命の力となろう!」


 私は凪兄上が、優しい笑顔でそう言う姿が好きだった。それを見て私も…沢山勉強をして、将来命兄上の力になる!と、幼いながらに思っていたんだ。






 あれ…私はここで、何をしているんだっけ?
 確か…セレス、と。学園の魔術祭に参加していたはずだった。

 そこで変な物に手を触れたら…身体中の力が抜けて…気が付けば私の身体は縮んでおり。懐かしい…すでに凪兄上によって解体されたはずの、箏の後宮にいたんだ…。



 これは、私が5歳の出来事。まだ幼かった私に恐怖の記憶トラウマを植え付けた事件だ…。


 
 

 ある秋の日だった。その日は命兄上の7歳の誕生日。箏では7歳になってようやく、一人の人間として認められる。
 その為7歳と成人の15歳の生誕祭は大々的に行われる。未来の国王陛下ともなれば尚更だ。


 この日私は何故か母から、部屋から出ないよう言われていた。理由を聞いても笑顔ではぐらかすのみ…どうしても命兄上の誕生日を祝いたかった私は、王妃殿下の住まいである鳳凰宮にこっそり向かった。


「兄上どこかなー…。おへやにもいない…どこー…?」


 どこを探しても兄上はおろか、王妃殿下もいらっしゃらなかった。
 この鳳凰宮は正妃専用宮。後宮の中でも最も豪華絢爛な場所なのだが…それに反比例して、女中の数は少ない。

 王妃殿下は強力な後ろ盾も無く…父上とは幼馴染で、恋愛結婚らしい。
 他の4人は国の4つの公家から選ばれた娘達。そんな中大した家格でもない正妃を快く思わない者達は沢山いた。
 
 本来この鳳凰宮で働くという事は、全ての女官、女中の憧れであり誇りだ。だというのに今は女官はおらず、4人の女中しかいない。その中でも王妃殿下が信用していたのは、実家から連れて来た眞凛マリンだけだった。
 その眞凛の姿すら見えない…明らかに、おかしい。
 しかし当時の私は、「みんなどこでおひるねしてるのかな?」くらいにしか考えていなかった。

 そこで私は、とある部屋に向かう。


「コハナー、コハナ?いないの?」

「…………………」

「あれ…ぐっすりだ…」

 そこは王妃殿下の娘であり、私の腹違いの妹である木華の部屋。
 布団の上に木華はいたのだが…熟睡しているようで、全く動かない。頬をつねっても起きないので、私は諦めて部屋を出た。



「…………、……」
「~……、」
「!………?…」


 すると…私は一度も足を踏み入れた事の無い裏庭のほうから、複数人の話し声が聞こえてきた。
 私は不安に押し潰されそうになっていたので…満面の笑みでそちらに向かってしまった。


「兄上、こちらでしたか!!おたんじょう日、おめで、と………ぅ……?」


 私がそこで、見たものとは。



「あら…少那。駄目じゃない、今日は自分のお部屋から出てはいけないと言ってあったでしょう?」

「……母上…姉上…?あ、の…そ、その、そこの…」


 いつも穏やかで優しく、美しい私の母と姉がいたのだ。
 ただしその日の2人の目は氷のように冷たく…恐ろし、かった…。
 その他に、鳳凰宮で王妃殿下に仕えている残りの女中3人と、母付きの高級女官が1人。彼女らも同様に…美しい笑みを浮かべてはいるが、その手は、真っ赤に染まっていた…。


 そうだ、何よりも恐ろしかったのは…母上達の足下に、血塗れで倒れている……



「はは、うえ…。そちらは、王妃でんかと、ミコト兄上…と、マリンでは、ありませんか…?」

「え?………あらぁ、気の所為よ?ねえ?」

「そうよ、お母様。少那の気の所為よ。ねえ皆?」

「そうですわ、それはただの生ゴミです」
「ええ、ええ!廃棄物の処分は私達女中のお仕事、妃殿下と王女殿下のお手を煩わせる訳にはいきませんわ!」
「さあ、王子殿下。汚いモノを見てはいけませんよ」
「一緒に紅月宮に帰りましょう?貴方は何も見なかった、そうですよね?」


「もう、皆ったら!可愛い少那に変なモノ見せちゃダメじゃない!
 仕方ないわねえ。さあ、姉上と一緒に帰りましょう?ここには何も無いわ。
 ただ…そうね。今日は王太子殿下の生誕祭で、とっても忙しいでしょう?だからね…変な人が後宮に入ってきてしまったの。
 でも大丈夫、ちゃんと追い払ってあげたから!さ、いつものように姉上と手を繋いで…お家に帰りましょ」




 私は、全身の震えが止まらなかった。
 母も、姉も、女官も、女中も。皆優雅に笑い合っていたのだ。
 王妃殿下の頭を足蹴にしながら…私に向かって、一歩一歩、近付いて来た…。


「…あら、どうして逃げるの?母上ですよ?」

「あ…うあ、ぁ…ひ…ぅ…!!」

 彼女達が近寄る度に…私は、後退りする。だって、だって…!!


「うふふ…」
「ほほ…」
「さあ…こちらにおいで?愛しい子…」


 歯の根が合わず、ガチガチと音がする。恐怖で涙が溢れ急激に私の体温は下がり、恐らく真っ青になっている事だろう。
 
 怖い、怖い、こわい!!!


 皆美しい笑みと甘い囁き声で、私に手を伸ばしてくるのだ。兄上達の血で真っ赤に染まった…白魚のような手を…!!
 
 私の背中は塀にぶつかってしまい…もう、逃げ場は無かった。


「つーかまーえたっ♡」

「ああ…あ、ああぁ…!」


 姉上がその両手でふわりと私を包み込む。いつも好きだった姉上の香水の匂いが…まるで血の匂いを隠そうとしているようで、堪らなく恐ろしかった。


「…ぁ、げえ、うげえっ!!…ごほ…ぉ…!」

「きゃっ!まあ大変、風邪でも引いてしまったのかしら!?早く少那を連れて行って!!」

「か、畏まりました!!」

 
 私はついに吐いてしまった。
 彼女らの匂いが…蕩けるような笑顔が…甘い猫撫で声が…女性が、恐ろしくてたまらなかった……


 フッ…と意識が消える直前…


「…あら、眞凛がいないわ!?」


 という…女中の焦った声が耳に届いたが…もう私は、限界だった。
 






 私が目を覚ましたのは、それから1週間後の事であった。
 その時には王妃殿下、命兄上の葬儀は終了しており…父上も凪兄上も、誰もが哀しげな表情をしていた。

 2人を殺害した犯人は、逃走した眞凛という事に落ち着いた。事件から2日後…港町付近で、眞凛の遺体が発見されたらしい。


「うぅ…陛下、申し訳ございません…!わたくしは、彼女の残虐な行いを止められませんでした…!!」


 私の母上は、大粒の涙を流しながら父上にそう訴えたらしい。

 どうやらあの日、母上と姉上は命兄上の誕生祝いに鳳凰宮に向かった。そこで眞凛の犯行を偶然目撃してしまい…逃げられてしまった。
 そこには見るも無残な姿になった王妃殿下と兄上だけが残されていた…というシナリオのようだ…。



「少那…」

「凪、兄上…」

 私は暫く布団から降りる事が出来なかった。ただしあれ以来、女性というモノが恐ろしくて仕方なくて……私は、後宮にはいられなくなってしまった。
 その為今は、凪兄上の屋敷でお世話になっている。凪兄上も辛かっただろうに…優しく私の頭を撫でて、抱き締めてくれた。


「………苦しいだろうが、命がいない今…お前が王太子になる。大丈夫だ、私が必ず守るからな」

「あに…うえぇ…!!あああ、うあああああああああん!!!」


 私は兄上にしがみ付き、声を上げて泣いた。兄上の衣をぐしょぐしょにしてしまったが、彼は私が落ち着くまで……ずっと背中をさすってくれていた。


「……う、ひっく…う、く…」

「もっと泣いてもいいんだぞ?これから忙しくな…」

「…いいえ、兄上。聞いてほしいことがあります」

「え?少那…?」


 私は…恐ろしかったが、逃げないと決めた。王妃殿下、命兄上、眞凛の仇を。母上達を…許す訳にはいかない!!


「あの日後宮で、ぼくが見たものの全てをお話しします。どうか…信じてください…!」


 私は母上達が、3人を殺害した現場を見た訳ではない。だが、それでも…絶対に、真実を闇に葬らせはしない!!!



 私は一生懸命に説明し、兄上に訴えた。兄上は子供の戯言だと言うでもなく…真剣に聞いてくれた。
 そして話し終えると兄上主導のもと、秘密裏に調査が開始された。






 それにより母上の計画は、すぐに暴かれる事となった。


「少那…少那ァ!!!どうして母上を裏切るの、全ては貴方の為なのにぃ!!?」


 事件より数ヶ月後…母は処刑台の上で髪を振り乱し、血走った目で私を見下ろした。
 何が私の為だ…自分が、王の母になりたかっただけだろうが!

 
 そう…母は私を王太子、延いては国王にする為に、彼らを殺害したのだ。王太子である命兄上を。そして……当時お腹に新しい生命を宿していた王妃殿下を…!!
 命兄上だけ殺しても、王妃殿下が男児を産んでしまったら意味が無い。そう考えて…纏めて殺す事にしたのだという。

 木華は女の子であり、継承権は無い。故に薬で眠らせるに留めていたようだが…彼女は母と兄、生まれてくるはずだった弟妹を喪ってしまった。


「スクナ…あにうえ…」

「コハナ…」

 木華はまだ幼く、何より…私にとっては、王妃殿下達の忘れ形見だ。
 私はこの子を守ろう。いつか愛する人と出会い、結ばれ、幸せになるその日まで…必ず、誰にも傷付けさせない!幼い私は、そう決意した。



 事件の全てが明るみになり。王太子及び正妃殿下の殺人容疑で、母上、姉上、共犯の4人。そして母の実家である公家の者全員が処刑された。

 免れたのは…幼子であり、真相を語った私だけ…。しかし私は自分が王になるのは嫌だ、こんな穢れた血の私は相応しくない!!王太子になるくらいなら自害する!!と、父上に訴えた。
 何より…罪人の子である私が裁かれもせず、のうのうと生きているなんて…自分で、許せなかった。


 父は「お前まで喪いたくない…!」と、私の言葉を聞いてくださり、第三王子である私は王位継承権を永久に剥奪された。
 自動的に凪兄上が王太子になってしまったが…兄上はいつものように優しく、大きな手で私の頭を撫でてくれた。

「なあに、なんとでもなるさ!政務は全て優秀な臣下に任せる。私は今まで通り、自由に刀を振って暮らすとも!」

 凪兄上はそう言っていたが…それ以来、真面目に勉強をして政務に携わっている事を知っている。
「自分は王には向かん」と言っていた兄上が、立派に王太子の務めを果たしているのを…王宮の皆が、知っているのだ…。




 数年後…父上と凪兄上の母君である第四妃が、流行り病で崩御した。
 兄上はそれにより、19歳という若さで玉座に座った。そして同じような事件が繰り返されぬよう、国王の一夫多妻制を真っ向から否定、兄上はたった1人の女性だけを妻に迎えた。
 これから先長い時間を掛けて、一夫多妻の法律を改定すると言っていた。私も、それがいいと思う。

 後宮も解体し、残された妃達は実家に帰ったり、臣下の妻になったり…王子・王女もそれぞれの道を歩いて行く。
 ただし…頼れる親族のいない私と、正妃の子である木華のみ王族籍のままで暮らす事となった。私も自立すると言ったのだが…凪兄上は許してくれなかった。


「そうだなあ…お前の女性恐怖症が癒えるまで、それまでは自立は危ないな。世に出れば、否応無しに女性と関わる事になる。お前には耐えられまい?
 はあ…お前にも心から愛する女性が出来れば…あっという間に治りそうなものだがな」

「むー…分かりました」


 兄上はいつも皮肉っぽく言うが…それは私を案じての言葉だと知っている。それが…何よりも、嬉しいのだ…。








「……あの時…どうして母上達は、私が黙っていると思ったのだろうか…。
 もしかして…私が何を言おうと、子供の虚言だと相手にされないと思っていたのだろうか?」


 月日は流れ、私は…以前より興味のあった、グランツ皇国に木華と共に留学する事が決まった。箏の文化に詳しいという少年と、年の近い皇子がいる皇国に。
 グランツ語の勉強をしながら…私はあの日を思い出していた。

 母上の計画は、恐らく完璧だった。私というイレギュラーが無ければ、最初の計画通り…後宮に侵入した不審者の犯行として捜査は終了していただろう。

 それに私が何も言わなければ…あのまま眞凛は犯人とされ、彼女の家族親戚皆が処刑された事だろう。それだけは免れて…本当によかった…。




 そして…もしも今頃命兄上が生きていたら…一緒に、グランツに行ってく………


 ……いや、考えても仕方あるまい。勉強は一時中断し、布団の上に仰向けに倒れ込んだ。


「この赤髪がセレスタン殿で、黒髪がルシアン殿下だよな?私とも…こういった喧嘩をしてくれるだろうか?」

 私はグランツより送られてきた、2人の写真とセレスの手紙を眺めながら、命兄上を思い出していた。
 


『この国じゃ、おれたちのねがいはかなわない。たいとうな友だちがほしかったら、国をでるしかないな』


 そう語ったのは、王太子でありながら…幼いながらも王族の暮らしを窮屈そうにしていた命兄上。
 それでも命兄上は、いずれ王になる運命を受け入れていた。ただ…『つまは1人でいいや…。ははうえたちのけんか、見たことあるか?すっごいぞ、ことばの刃でざっくざくだぞ』と言っていた。

 妻、か…。こんな私にもいつか、愛する女性が現れるだろうか?穢れた私を受け入れてくれる、そんな女性が…いるのだろうか?
 ……今は、それはいいや。それよりも。


「……兄上…私も、やっと…対等な友達が、出来るかもしれません。命、兄上…」


 私は窓の外、星空を見上げて…兄上を思い出し、少しだけ涙を零したのだった。




 ※※※※※




 という過去に想いを馳せる事で…私は心の平穏を保とうとした。でも、そろそろ限界かもしれない……。




「つーかまーえたっ♡」

「ああ…あ、ああぁ…!」


 もう何度、同じ場面を再生しているのだろう。


 命兄上の誕生日…私達の人生を変えてしまった事件。
 気が付くと私は鳳凰宮を歩き回るところから意識を失うまでの、一連の流れを繰り返している。

 これはきっと、罰なのだろう。ついに裁かれる時が来た…それだけなのだろう。


何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も


 目の前に兄上達が倒れているというのに…助けたいと、思っているのに。私の身体は決まった動きしかしてくれない。ああ、また最初から…。
 あと何度、兄上達の死を見送ればいいのだろう。もう………わたし、は……………


 ああ…また、母上の手が、私に伸ばされている…。
 この後私は塀に追い込まれ、姉上に捕まる。そしてまた最初に戻るのだ。



 やめて欲しいなど、私に言う資格などありはしない。もう心は凍りついてしまったのか…大丈夫、何も感じない。さあ、また初めから……


 姉上の手が、私に触れそうになった瞬間。






 ──ヒュッ、ドゴオォン!!!


「──…ん、だーーーぁっ!!!こぉんの妖怪マゼンタくちびる女がああっ!!!少那に触れんじゃねえええーーーっぞおおん!!!!?」



 え。



 何か…いや、誰かが。弾丸のようなスピードで突っ込んで来て…姉上の顔面を蹴っ飛ばした…!!?
 しかし姉上は壁に叩きつけられ、首と頭がひしゃげても…私に折れた手を伸ばし続ける…!!さっきまでとは別の意味で怖いい!!!


「ぎゃあああああ!!ゾンビかおめーは!!?
 少那、遅くなってごめん!もう大丈夫、大丈夫だから!」


 その正体は。この赤髪の少女は…?



 セレス…だ…!!
 彼は男性であるはずだが、今は装いと後宮という場所も相まって、本当に女性にしか見えない。だが、一切の恐怖心は湧いてこなかった。むしろ…その姿を確認した瞬間、安堵したくらいだ。
 彼は私をぎゅうっと抱き締めた。力強く、それでいて優しく…。



 温かい…凍りついた心が…溶かされていくようだ…!



「せ、セレス…セレス…!!」

「うん…少那」


 小さな身体の私は、彼の腕の中にすっぽりと収まる。
 ああ…凪兄上よりも小さいけれど、セレスは柔らかくていい匂いがする…。私も彼の背中に手を回し…ずっと、こうしていたい…。


「セレス…こ、こわ、怖かっ、た…!!」

「うん。大丈夫、君も悪夢から解放されたから。ほら、見てご覧。景色が溶けていく、現実に帰れるよ。
 …そこに倒れている人達を助ける時間は無くて…ごめんね…。君にとって、大切な人達なんでしょう?女性の1人は、なんか大きな袋を持って走って行ったけど…。

 大丈夫。これから先は…僕が一緒にいるからね。ルシアンも、他の皆も。君は1人じゃない、安心してね。少那」


 
 そう、微笑んで…私の名を呼び、優しい言葉をくれるセレスに対して…私は、自分の胸が高鳴るのを感じた…。
 これがなんの感情なのか、分からない。分からないけれど……。



 私は衝動のままに、彼の腕の中から抜け出し…その美しい顔を自分の小さな手で包み。
 きょとんと私の目を見る彼の表情が…可愛くて、愛おしくて仕方がない…。



 
 私は、吸い込まれるように彼の唇に…そっと、自分のを重ねてしまったのだった…。


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