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学園4年生編

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 ふわふわと。僕の意識は消えていく。



 と思ったら。ふいに…誰かの声が、耳に届く。


 懐かし…くは無い。久しぶりだが、もう二度と聞くはずのなかった、聞きたくなかった声。
 その憎たらしい声と同時に、真っ暗だった僕の周囲が一気に開けた。




「………はぁ…ロッティはすでに3桁の四則演算まで可能だというのに。お前は未だ九九も出来ないのか?はあ……」

「……ごめん、なさい…ちちうえ…。あの、でもぼく」

「その舌足らずもどうにかしろ。全く…成長も遅いときた、お前には何か取り柄は無いのか?」

「………う…ひぅ…!」



 …最後に見た姿よりも幾分か年若い…実父、ボリス・ラサーニュ。
 そんな彼を僕は見上げている。これは…確か5歳の記憶。いやロッティが凄すぎない???

 それより。僕は今どうなっている?僕の口から出た舌足らずの声は、幼子のもの。
 ラサーニュ伯爵もやたらデカいし…これは過去の自分に憑依しているような感覚、とでも言おうか。
 15歳の僕の意識はあるけど…体の主導権は5歳の僕。僕の意思とは裏腹に、涙も言葉も溢れて来る。

 
 冷ややかな目で見下ろす伯爵。僕は「ごめんなさい…できがわるくて、ごめんなさい。むのうでごめんなさい…」と謝り続けている。

 ……あぁ、胸糞悪い。ぶん殴りてえ…。



 すると場面が切り替わる。




「あーあ。あたし今日、坊ちゃんの部屋担当よ。面倒くさーい」

「でも掃除と洗濯くらいじゃない。それ以外は自分で全部やってるんだから、ラクなもんよ」

「あたしはずっとお嬢様のお世話をしたいの!にこりとも笑わない薄気味悪い子供の相手なんてしたくないわよ」

「ま、分かるけど。うーん…前はヘラヘラ笑ってた気がするけど…忘れたわ」

「坊ちゃんが当主になったら、この家は終わりよね。ま、あたしはその前に結婚して辞めてるけど!」

「えー、でもそれって坊ちゃんを上手く操れれば、この家を思うがままに出来るって事じゃない?なーんて…」

「…………それイイ!!きーめた、今日から坊ちゃんに超優しくしてあげよっと!!
 旦那様にも奥様にも見捨てられてるんだもん、年上の美人なお姉さんに優しくされたら、コロっといっちゃうわよね!!」

「……冗談なのに…」


 これは、アイシャが辞めた後くらいか…伯爵家のメイドの会話。


「………だれが、おまえなんかを…」


 僕は偶然にも、階段の上で聞いてしまっていた。
 もしも聞いていなかったら…家で唯一僕に優しくしてくれる大人に懐いていたかもしれない。


「坊っちゃーん。一緒におやつにし・ま・しょ?」

「………うるさい。きえろ」

「………へ?」


 僕はこの日、大人の笑顔を信用しないと決めた。



 また切り替わる。





「……ロッティ、これは…セレスに…」もにょり

「ありがとう、ジスラン。私がガーベラを好きだと知って贈ってくれるなんて!」バッ!

「あ、はい」呆然


 あれ、は…8歳頃のロッティとジスラン。彼らの微笑ましい(?)やり取りを、僕は遠くから眺めている。


「…僕も、ガーベラ好きなんだけどなぁ…」


 懐かし~。ジスランはああやって、よくロッティに花なんかを贈っていたなあ。
 それが僕には羨ましかった。妬ましかった…昔はね。
 


 またまた切り替わる。





「あらあら、彼がラサーニュ家のご長男様ですの?」

「は…妹の影に隠れ続け、身分以外取り柄がないと噂のセレスタン?」

「みんなの輪にも入らず…社交性すらも持ち合わせておりませんのね」


 これは、顔を隠し始めた10歳頃。貴族の子供が集まるお茶会での出来事。僕は1人黙々とお菓子を食べていた。


「…いいもん。友達は…ジスランとバジルだけでいいもん。女の子の友達なんて…要らないもん」


 本当は、友達が欲しかった。厳しい剣の修行ばっかり押し付けてくるジスラン以外の友達。
 一緒に本を読んだり、昼寝したり、お菓子を食べたり。そんな事を楽しんでくれるお友達。まあ、出来なかったけど…。

 なんて話し掛ければいいのか、分からなかった。向こうが声を掛けてくれても…ほとんどが僕を蔑む為だった。
 

 僕はこの頃から、完全に他人を拒絶するようになった。






 あー、思い出したぞ。漫画での展開を。植物の魔物…カバルカズラに襲われたのは、シャルロットとルシアンだった。
 
 この2人は5年生でタッグを組んで魔術祭に参加した。
 こん時のルシアンは…いつものうざったい俺様キャラじゃなくて、何故かやたらとシャルロットを気遣う紳士だった。

 何せこのルシアンという男。普段はエリゼ達はおろかシャルロットに対しても横柄に接するのだ。それをルネちゃんが諌めるのがいつものパターン。
 その為読者間では、主人公と2人きりになるとヘタレるギャップがウケていたなあ。


 そういえば…漫画の中でシャルロットとルシアンが2人きりになるのって、出会いを除けばこの時だけだったな。優花の知る限りではね。
 魔術祭ではシャルロットもいつもの快活さは無く、どちらかと言うと…セレスタンに近い印象だったなあ。大人しくて自信無さげで、服の裾をぎゅっと掴んでいた。

 ルシアンはその手をそっと取り…魔術祭中は決して離さなかった。なんだあの野郎…?

 
 

 でまあ今みたいに残り時間も少なくなってきた最終局面で、彼らはこの崖の辺りまで宝の捜索に来たんだ。


「……この辺には、反応はありませんね…」

「ハズレか。……もう時間は少ない。どうせ優勝はラブレーとブラジリエのペアだろう、終了までここで休憩しないか?」

「え…。あ、と…」

「…もちろん、無理強いはしない」

「い、いいえ。歩きっぱなしで疲れてしまいましたし…休みましょうか」


 と、2人で手を繋いだまま近くにあった石に腰掛けた。さっき僕が座ったやつだね。

 彼らは会話も少なく動きも無いので、実況中継にも取り上げられず静かに過ごしていた。側から見ると、お似合いの美男美女カップルだった。



「(…どうしてこの人は、今日はこんなにも優しいんだろう。常に気遣ってくれて、妨害やトラップからも守ってくれた。なんで…いつもは…)」


 まあシャルロットは当然そう思うよね。


「……………」


 そんでルシアンは…繋いでいた手を解いたと思ったら、指を絡めて繋ぎ直した。そう、恋人繋ぎである!

 それにビックリしたシャルロットは顔を真っ赤にして…戸惑いながらも、振り払わなかった。
 実はルシアンも赤い顔をしていたが、彼女は顔を下に向けていた為気付かなかった。
 その付き合いたての初々しいカップルのような姿にキュンときたわ~。

 そしてルシアンは徐々にシャルロットに近付き…彼女の頭に頬を寄せた。


「……シャルロット嬢。いや…セ──」


 ──ダンッ

「「!!?」」

 ルシアンが何かを言おうとしたその時…崖の上から、何かが落ちて来た。咄嗟にルシアンはシャルロットを背中に庇い、音がするほうに目を向けると…


「…黒い、卵?こんな所に宝があったのか…?」




 …そうだ、あれは宝じゃなくて…カバルカズラの種だったんだ…。今年僕らが発見しなくても、来年には落ちるはずだったのだろう。
 本来皇宮に並ぶセキュリティを誇る学園。ただしこの種は…学園が設立されるより遥か昔、数千年前からここに存在していた代物である。と、後に判明する。
 種の状態では完全に無害だから、この時まで誰にも気付かれなかったんだ。


 しかし宝だと思ったルシアン達は、その種に触れてしまった。

「「えっ!!?」」


 瞬間。種は2人の魔力を吸い取り、種から大量の蔓を伸ばして…彼らを包み込み捕らえてしまう。あとはゆっくり時間を掛けて、獲物を消化するだけ…ひえ~!!
 外見は10m前後の細い枯れ木で、上のほうに鬼灯のような形をした実を付ける。その中に獲物が入っている訳だ。

 カバルカズラはかな~り厄介魔物である。魔術による攻撃は全て吸収してしまうけれど…物理に非常に弱い。真っ二つにすれば御陀仏さ。
 まあ下手に近付けば、今の僕達みたいに喰われちゃうんだけどね!!精霊もな。それでなくても、攻撃されたら枝や蔓や根を使って抵抗するし。
 それと餌になった僕ら…特に僕の精霊印の魔力は、いい栄養になっているだろう。多分だけど…カバルカズラの抵抗は凄まじいと思う。なんかごめん。

 その為、遠くから火を放ったり矢を飛ばして倒すのがセオリーだ。僕の場合、真体のヘルクリスが踏み潰したりヨミが命を奪う事も出来るだろう。
 
 ただし…今カバルカズラに捕まっている僕達も連鎖して死ぬ。なので先に僕達が入っている実を斬り落とすか…中から自力で脱出するしかない。

 
 


 問題は今、魔力枯渇状態で…全身に力が入らないのですが。
 カバルカズラは万が一にも捕食中の獲物が逃げないよう、記憶を読み取り悪夢を見せて無力化させてくるのだ。
 その人の…苦しい、辛い、悲しい…負の記憶。僕の場合…そっか。




 それが、どうした?


 ちょくちょく胸糞悪いモノを見せられているけど…だから何?としか言いようがない。





「ははは、よく逃げずに来たな!!」

「こっちの台詞だよ」


 あれ、考え事してたら…また場面が変わってた。これ、は…決闘した時の…。
 ちなみにこの事件以降、決闘は全面的に廃止になった。当然だわな。

 今僕の目の前には、えーと…名前なんだっけ?セレネに殺された先輩。
 その後ろに…見覚えのある顔。あれって…


 あ!!!さっきまで散々妨害してきた男女ペア!!
 そうか、どこかで見た事あると思ったら…エリゼと2人で教室でお昼にしていたら、乗り込んできたルシアンの元取り巻き!の中にいたわ。

 …つまり、あれか。僕の事を勝手に恨んでいて…でも僕は今公爵令息で最上級精霊持ち。
 普通には手を出せないから…イベントでの妨害という形をとって、嫌がらせしてきただけか!暇人か!!


 

「──か、ふっ…ごぼ…」


 あ、イタタタ…くはないが、見た目が痛い。僕が大剣に貫かれ…ここの記憶は終了。次、は…。





「さようなら…お父様。わたしは確かに貴方を、愛していました…」



 ………これは、記憶だ。現に僕は指一本動かせない…動かな…


 いいや。これが夢幻でも。僕は1つだけ…やり残した事がある!!!
 動けや、僕の、からだあああっ!!!


「こんの…クソ親父がああああーーー!!!!」


 僕は傍聴席を飛び出して、父上の顔面に拳を叩き込んだ。もう一発!!

 そうだ、一度…全力でぶん殴っておきたかったんだよ!!!


 父上は吹っ飛んだが…顔色は一切変わっていない。あの時のように、目を見開いているだけ。まあ、映像を再生してるだけみたいなモンだし。
 ただ…口の拘束が、今の衝撃で外れている。…何も聞きたくない、僕は背を向けた。



「…何故、お前が、私の為に…涙を流す…?」

「……………」


 何も聞こえない。聞こえないから…早く、切り替わって…!!


「…何故だ…。私はお前を、娘だと思った事はない。ただの道具だ。道具が…何故…」

「…………それ、で、も。認めたくないけれど。貴方はわたしの…血の繋がった、お父さんだったから、だよ…」

「……っ!」


 後ろで息を呑む音が気配がしたが…気のせいだ。今の僕と映像の伯爵が、会話出来る訳無いのだから。
 今この頬を濡らす涙も…数年前の僕が流したものだ。血が滲む程に握る拳も、胸の痛みも過去のものだ…!!


 その時、法廷の景色が揺らいだ。やっとか…。
 僕は負の記憶と違う行動をした。これで…カバルカズラの能力から逃れたはず。漫画のシャルロットもそうだった。
 後は…そうだ、少那!同じように、辛い夢を見させられているはず。ここは夢の世界だから…強く念じれば、きっと見つけられる…!!


 徐々に景色が溶けて、真っ暗な空間に戻ってきた。すると…



「………もし、も…私が…間違えていなければ。違った未来が…あったのだろうか…」



 それは幻聴。あの伯爵が間違いに気付き、悔やむなんて…幻に違いない。

 その証拠に振り向けば、もう跡形も残っていないもの。



「…行こう。今は…少那を助けに行こう」


 失ってしまった過去よりも。今を生きる友人を…僕は大事にしたい。

 そうして僕は涙を拭い、少那を探しに…走り出すのであった。

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