慚愧のリフレイン

雨野

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1章

使節団歓迎パーティー

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 やはり一刻も早く己を鍛えて、あの男の首を捻らなくては。
 ちなみに手紙はさっき、部屋を訪ねてきたカロンに渡した。中身?開けてないから知らない。読む権利も興味も無いもの。

「こちら殿下が、私の、目の前で。落とされました。ふふ、うっかりさん。なのですね♡」にっこり
「(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!なんて、間の悪い人なんだ…!!)あ、はは。姉上…誤解してるみたいだけどね?これはカリアが一方的に送ってるだけで。
 アルフィー様はついさっき「これ以上は自分に届く前に処分する」っていう返事を出したところで」
「あら。乙女の手紙を読まずに処分?へえ」
「(あ、これ僕が何言っても駄目なやつだ)」

 ふーん、そう。へー。
 あ、もしかして。私が殿下に夢中だった頃に送った手紙も、全部燃やしてたのかしら?あーららぁ。
 捻るだけじゃ足りないわ。ビンタとパンチとキックも追加しなきゃ。


 棒立ちのカロンの背を押して、とっとと部屋から追い出す。何事も土台が重要、足腰を鍛えるのよエディット!いざスクワット。ふんっ、ふんっ。


「お嬢様~!あまり張り切っては、明日筋肉痛になってしまいます!」
「あ…それもそうですね」

 パーティーでヘロヘロの姿を、皇国の皆様にお見せする訳にはいかないわね。
 せめてと思い、お肉をいっぱい食べて。早々にベッドに潜った。






「………ん、ぬ…」


『おーーーっほっほっほっほ!!あぁ筋肉って素晴らしい!もう何も怖くないわーーー!!!』
『す、すまないエディット~~~!!』
『きゃーーー!!!わたくしが悪かったです、お許しください~!!』
『『ごめんなさ~~~い!!!』』
『あわわ…姉上ぇ~…』


「…むにゃ…
 人は、人を…裏切るけど…
 筋肉は…裏切らない……んへへへ…」

「(なんて幸せそうな寝顔…!ど、どんな夢を見ていらっしゃるのですか?)おはようございま~す、朝ですよー…」


 むにゃ? ふわぁ…

 私が身長3メートルになって。丸太のような腕でアルフィー殿下、カリア、マーガレット、エミーを締め上げる夢です。カロンはその辺でオロオロしてた。
 ふう…なんて素敵な目覚め。空気がとても美味しいわ、今日はいいことありそう!!





 もう背中の傷はすっかり癒えた。痕は、残っているけど。元々傷だらけだったから、どれが新しいのかすぐ分からなくなるわ。
 この身体は。エディットわたしわたしエディットであることの証明だもの、今更嘆きはしないけど…


「見てください、お嬢様にぴったりお似合いのドレスをご用意しました!」
「ヘアセットもメイクも、気合い入れていきますね」
「会場中の視線を独り占めですよ!皇国の皆様には申し訳ないけど、今日の主役と言っても過言ではありませんね!」


 傷痕には一切触れないよう、みんなが気を使ってくれて…
 それだけはちょっと、心苦しいかな。




「ふう…」
「「「わああ…!」」」

 支度が完全に終わるまで、5時間は掛かった…
 令嬢ならこれくらい普通です!って言われた時は驚いたわ。私騙されて…ないわよね?

 私は身長が高いから、スカートがふんわりと膨らんだドレスは似合わない。
 それを踏まえて、膝から下が広がっている…マーメイドドレスを着せてもらった。思いっきり身体のラインが出るから、ちょっと照れるけど。

「美しいですお嬢様!おとぎ話の人魚みたい…」
「歌声ではなく、美貌で男性を惑わすのですね…!」
「惑わす気はありませんが」

 メイドさん達は、目をキラキラ輝かせて褒め称えてくれる。
 髪も編んでもらって、殿下に贈られたティアラを着けて。ナチュラルメイクを施してもらい、準備万端。



 ソファーで少し休んでいたら、扉がノックされた。どうやら迎えが来たみたいね。

「入るよ、エディッ……」

 ?アルフィー殿下が…私を確認すると固まった。どこか変かしら?我ながら、過去最高の仕上がりだと思っていたけど。
 殿下は目を見開いて、数秒後。徐々に頬を染めて、スッと手を差し出してきた。

「…綺麗だ、エディット。きみをエスコートする栄誉を賜り、私は世界一の幸せ者だな」
「ありがとうございます。殿下こそとても素敵ですわ」

 微笑む殿下は、男性ながらに「美しい」以外の形容が見つからない。メイドさん達も、ぽけっと見つめているもの。

「(う…クズだけどお美しいわね…)」
「(着飾った殿下は相変わらずの破壊力…中身はクソだけど…)」
「(ぶん殴りたいほどにイケメンだわ…)」

 こんな素敵で優しい王子様、に愛されている私。もしかしたら私は、世界一恵まれている令嬢なのかしら?
 私は立ち上がってその手を取り、1歩を踏み出す。


「愛してるよ…エディット」
「…ありがとうございます、嬉しいです」


 嬉しい、はずよね?
 きっとカリアならここで、可愛らしく頬を真っ赤に染めて、目を潤ませて胸の前で手を組んで。
「嬉しいです、アルフィー様!カリアも、あなたの事が大好きです!」
 とか言うのだろうな、と容易に想像できる。それが殿下の、男性の求める女性の反応なのかしら。私には無理。



 ねえ、アルフィー様。
 その言葉…どうして昔の私に言ってくれなかったの?貴方を真っ直ぐに愛していた私なら。きっと天にも昇る気持ちだったでしょう。
 ひとりぼっちな人生で…貴方だけでも、私の言葉を聞いてくれていたならば。手を差し伸べておいて、無情にも突き放されなければ。私は…今頃…


 この私には、貴方の言葉は何も響かないの。
 深く、深く貴方を愛していたからこそ。裏切られた苦しみも…奈落のように深いのよ。



「姉上…」

 あら。部屋の外にはカロンもいた。彼は私達の繋がれた手をチラッと見て、にっこりと笑った。

「そのドレスとっても似合ってる。よかったら、後でダンスに誘ってもいい?」
「光栄です、公子様」

 カロンも今日はきっちり正装。ヘアセットもして、いつもの幼さが少し息を潜めているようだわ。


 美しい婚約者と、可愛い義弟を連れて。私は背筋を真っ直ぐ伸ばし、パーティー会場へ向かう。




 全部ぶち壊せたら、いいのになぁ。







 ざわざわ あはは… 

「王太子殿下並びにエディット・グリースロー公爵令嬢。カロン・グリースロー公爵令息のご入場です」

 ぴた… …ざわざわ…

 私達が会場入りすると、一瞬だが周囲が沈黙した。中には驚愕の表情を浮かべた人もいる。
 そうよね。不仲なはずの王子様と婚約者が、愛し合う者のようにくっついて歩いてるんだから。

 殿下とカロンには、令嬢からの熱い視線が。
 私には…嫉妬と侮蔑の目が。令息からは品定めするような、厭らしい目を向けられている。好意的な人は、見る限りではいないかな。


 余談だが私は、こういった場において高確率で男性に声を掛けられる。その理由は至ってシンプル。
 エディット・グリースローは性に奔放で、誘われたら誰とでも寝る(と噂されてる)から。「今夜どう?」「このまま抜け出しちゃおう」「俺、王子よりイイと思うよ?」なんてね。
 まあ普通に断るんだけど、「お高く止まりやがって」と吐き捨てられるのまでがセットよ。
 それでもすぐ諦めるならマシ。強引に腕を引かれたときは全力で逃げたし、3人組に「4人でどう?」と誘われた時はドン引きしちゃったわ。
 今日は流石に無い…と信じたい。腐っても王子様が隣にいるからね。



「(アルフィー様、使節団の方々は…)」
「(ああ、向こうだ)エディット。お客様方に挨拶しに行こうか」

 え、私も?…一応王太子の婚約者として必要な社交か。それに、ラウル様にも会えるしね。カロンは他に挨拶がある、というので一旦別行動。
 好奇の視線を掻い潜り、使節団の皆様が集まる場所へ進む。誰か先客がいたけれど、殿下の登場に頭を下げて切り上げた。


「申し訳ない、会話の邪魔をしてしまったでしょうか」
「いいえ、丁度終わったところでしたので」
「それはよかったです。
 改めまして、私は第1王子のアルフィー・サイラヴェールと申します。皇国の皆様を歓迎致します、どうぞパーティーをお楽しみください」

 殿下がにこやかに手を差し出した。その手を取り、握手しているお相手は…

「ご丁寧にありがとうございます。私は此度の代表を務めさせていただく、ヒューバート・ベルベットです。熱烈な歓迎、痛み入ります」

 隣国の皇弟・ヒューバート殿下か…
 柔和な笑みを浮かべている、穏やかそうなお方だわ。実は…もっと怖い人だと思ってた。悪の参謀、的な?
 それと、とても背が高くていらっしゃるのね。ハイヒールを履いた私よりも大きい人って、体格のいい騎士様ばっかりなのよね。

「………」にこっ

 ?ヒューバート殿下が、アルフィー殿下の隣…私に顔を向けて。一瞬、僅かにだけど目を見開いて。満面の笑みを見せてくれた…

 なんだろう。この人の笑顔は…胸が温かくなって、緊張していた心が落ち着く。私も愛想笑いではなく、本心からの笑顔を返した。
 すると、ぺかー!と顔を輝かせた。可愛い人だった。


「王太子殿下。そちらのレディをご紹介いただけますか?」
「はい。彼女は私の婚約者であり、グリースロー公爵家の令嬢です」

 アルフィー殿下が、スッと手で私を示した。
 ふぅ…ちょっとドキドキするな。私の悪評を知らない人相手、だからかな?

「ご機嫌よう、レディ。私はヒューバート・ベルベット。以後お見知り置きを」
「お初にお目にかかります。私はグリースロー公爵家の娘、エディットと申します。お会いできて光栄です」
「…失礼でなければ。エディットさんとお呼びしてもよろしいですか?」

 え、随分フレンドリーね?
 まあ…いい、けど。

「はい、どうぞご随意に」
「ありがとう。よかったら私の事も、名前で呼んで欲しいな」
「…ヒューバート様?」
「うん(できればお兄様って呼んで欲しいな~。まだ早いかな~)。そうだ、私達…瞳の色がお揃いですね」

 ヒューバート様が、自分の目尻を撫でた。
 あ…本当だ。彼は黒髪に翠の瞳。お揃い…お揃い、か。

「本当ですね…嬉しいです」
「こちらこそ」

 今度はこの言葉が自然と口を突いて出た。それはきっと、この人の穏やかな性質のお陰。


 一通りの挨拶が終わった後…他の使節団メンバーも紹介してもらった。その中には、当然。

「2日ぶりですね、エディット様!」
「はい。再会を心待ちにしておりました、ラウル様」

 これまたニコニコのラウル様。後で奥様のお話を聞かせてくださいませ。
 他の皆様と…ついでと言って、同行された2人の騎士様も挨拶していただいた。

 うん、それはいいんだけど…


「「「……………………」」」うる…
「………………」たじ…

 ヒューバート様の後ろにいる方々が。私のほうを見て目を潤ませている。なんで?悪意は感じないけど、なんだか居心地が悪いわ…



 その時音楽が変わり、ダンスの開始を知らせる。
 同時にアルフィー殿下が私の手を取り、皇国の皆様に顔を向けた。

「私達は一度失礼致します。また後ほどお会いしましょう」
「ええ。よろしければその時、エディットさんをダンスにお誘いしても?」

 パートナーがいる女性をダンスに誘うには、お相手の男性に許可を求めるのがマナーだ。
 なのでヒューバート様が形式通り、アルフィー殿下に訊ねる。彼の答えはもちろんオッケー、次に踊る約束をした。



「では皆様、ご歓談をお楽しみください」

 私が去り際にそう声を掛けると。


「「「はーい!!」」」


 元気いっぱいな返事が揃った。
 皇国の女性は強い人が多くて。男性は陽気な人が多いのだろうか…?

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