慚愧のリフレイン

雨野

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1章

絶対に 許さない

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「お…お嬢様。殿下からお手紙が届いております」
「寄越しなさい!」

 メイドがおずおずと封筒を差し出してきた。それを奪い取ると、メイドはあからさまに怯えた様子を見せる。ああ、イライラする…!



 わたくしは少し前から、理不尽に屋敷に閉じ込められるようになってしまった。

 確かそれは…あの女を鞭でお仕置きした次の日。打たれている間、痛みに涙を流すアイツの顔は見ていてスッとしたわ!
 大体孤児のくせに生意気なのよ。わたくしはありふれた茶髪なのに、まるで黄昏のように目を惹く髪。エメラルドを閉じ込めたような瞳。王子様に見初められた美しさ…ムカつく!
 両親も「あれは家族じゃない」と言っているもの。家族じゃなければ使用人でしょ?つまり私の所有物、手荒に扱って何がいけないの!



 なのに…あの日。アルフィー様は朝早くお屋敷に来た。

 それはお茶会の日。わたくしの作るお菓子を、待ちきれなくて来てしまったのね!うふふ、可愛い人なんだから!と意外な一面にちょっと笑っちゃった。
 でもアルフィー様は。わたくしでなく、あの女の部屋に向かった!?メイドが焦って報告してきたので、わたくしも支度はそこそこに物置へ走ったの。

「アルフィーさ…」
「誰か!今すぐ医者を手配しなさい!!」
「……っ!」

 う、遅かった。物置から飛び出してきたアルフィー様は、腕にあの女を抱えていた。薄汚いシーツを巻き付けて…そこはわたくしの場所なのに!

 それより、あの怪我がバレちゃったみたいね。わたくしはアルフィー様には「意地悪な義姉にいびられている、健気な女の子」で通してるから…
 わたくしの仕業だと知られたら面倒だわ。
 あっ、そうだ!いつも通り虐められたから、メイドが頼んでもないのに勝手にやったことにしよう。

 よし、完璧な言い訳だわ。そう思い、たまたま通りかかったふりをしてみせた。

「まあ、アルフィー様?それとお姉様…?一体何が」
「カリア…!今お前と話す事は何も無い。邪魔をするな」

 お、お前?え…え?
 アルフィー様はわたくしの顔を見ると、目を吊り上げて睨んできた。向ける相手が違くない?
 呆然としていたら、お兄様が廊下の向こうから走って来るのが見えた。お兄様なら…!

「お兄様ぁ!アルフィー様が、わたくしの事を…」
「姉上っ!!」

 え?わたくしには目もくれず、憔悴しきった様子であの女の顔を覗き込んだ。

「お前も思い出したか。エディットは背中に酷い怪我をしている、今すぐ医者を呼んでくれ!」
「はい!僕の部屋を使ってください、後で行きます!」
「ああ」

 な、にが。起こっているの…?

 わたくしは1人、廊下に取り残されて。暫く立っていたけれど。


 ……そういえば。2人はどうして、あの女の部屋を知っているの…?




 それから1時間くらいして、わたくしと両親は応接室に集められた。
 呼び出したアルフィー様とお兄様は座らず。ソファーに座るわたくし達を鋭い目で見渡してから、アルフィー様が口を開く。
 
「エディットをこれ以上、この家には置いておけない。彼女は今日から私の宮に住まわせる」
「な…!?」

 アルフィー様の居住に!?それって、あの女が王太子妃になるって言いたいの!?

「どうして…?わたくしの事を愛してると言ってくださったじゃありませんか!」

 酷いわ、わたくし達は将来を約束したのに!
 わたくしが涙ながらに訴えると、お父様も声を上げてくれた。

「娘の言う通りでございます。私共は正式発表はまだでも、殿下とカリアの婚約は決まっていると認識しておりましたが…」

 お母様も口は出さずとも、お父様に同調するように頷いている。
 お父様は公爵様だもの、いくら王子様でも無下にはできないわ!そう安心していたら、アルフィー様が両親に問い掛ける。


「……公爵、夫人。貴方達は…エディットの部屋がどこにあるか知っているのか?」
「「え?」」

 ぎく。両親は困ったように顔を見合わせ、「それはもちろん…」と答えた。

「ほう。では案内してもらおうか?」
「何故…?」
「行けば分かる」
「あ、ちょっと…!」

 まずい…!

「アルフィー様!あ、あの、どうしてあのおん、お姉様のお部屋に!?」
「行けば分かる、と言っただろう。邪魔をする気か、グリースロー令嬢」

 どうしてそんな他人行儀なの…?
 いえそれより!お父様にアルフィー様を止めて!と訴えたら。「よく分からないが、何かあるのだろう」と取り合ってくれなかった!どうしよう…!


 ゾロゾロと、わたくしの部屋の…2つ隣の部屋までやって来た。わたくしは心臓が冷えて、手の平に汗が滲んでいる…

「この部屋ですが…」
「開けてみなさい」
「はい」

 お父様がハンドルに手を掛けて、ギイィ…と開けた…!


「「えっ…?」」
「「………………」」

 わたくしは怖くて、一番後ろにいたけれど。先に足を踏み入れた両親の、呆けた声が耳に届いた。


 この部屋は、あの女が10歳まで使っていた部屋で。今は手入れも何もされていないから…

「な、なんだこの部屋は!?埃まみれで、蜘蛛が巣を張っている…?」
「けほっ…。家具はあるけれど、布団も…クローゼットには服もありませんわ」
「これが人の住む部屋に見えるのか?失礼ながら、公爵家の使用人は随分と質が悪いようだな」
「こ、これは。わ……使用人の管理は、家令に任せきりでして…」
「では家令をここに呼んでもらおうか。メイド長もだ」

 うぅ…。わたくしには何もできず、ただ騒ぎを眺めているだけ。
 今のうちに逃げようとしたけど、額に青筋を浮かべたお兄様に腕を掴まれてしまった。


 すぐに家令とメイド長が来て、この部屋の現状に驚いてるわ。

「それで?何か言い訳は?」

 アルフィー様の声には、怒気が混じっている…
 なんで、こうなっちゃったの?


「申し訳ございません。私の監督不行届でございます」

 まず、家令が謝罪しながら深く頭を下げた。隣でメイド長も一緒に。
 それでも、アルフィー様の怒りは収まっていないよう。

「私は言い訳を訊いている。謝罪して何か変わるのか?もう部屋の主は、この屋敷には帰らないのだからな」
「「…………」」


 どっ… どく… どくん…

 変な事を…言うんじゃないわよ…

「お前達、殿下が訊ねているだろう。知っている事を話しなさい」

 お父様、余計なマネを…っ!


「……恐れながら。お嬢様方のお世話については、メイド長に一任しております」
「はい。エディットお嬢様は…エミーとマーガレットが担当しております。
 それ以外の使用人は私含め、部屋に近付いてはならない。そうエディットお嬢様より指示を受けてございます」

 ぎり… 無意識に奥歯を噛み締める。
 エミーとマーガレットは、わたくしが手足として使っている2人だけど。表向きは専属ではない、ただのメイド。
 お兄様が家令に、2人を連れて来るよう命じた。その間もアルフィー様はメイド長に質問を続ける。

「エディットの指示と言ったな。それは直接本人から聞いたのか?」
「……いいえ」

 メイド長の視線が…わたくしを捉えた。アルフィー様と両親はそれを辿り、一斉にこちらを向く。やめて…

「………カリアお嬢さ」
「ちょっとっ!!!」

 わたくしが大声を出すと、お母様がビクッと全身を震わせた。

「カリア?どうし…」
「メイド長!!!適当な事を言わないでちょうだい、わたくしは何も知らっ、あ!?」
「静かにしていろ。
 アルフィー様。カリアは部屋に閉じ込めてよろしいですか?」
「ああ。誰も接触できないように、扉の前に騎士を配置するように」

 お兄様が、わたくしの腕を捻って力を込める。痛い、離して!!!


「お前が姉上にした仕打ちは、こんなものではないだろう。大人しくしていろ、殴られたくなかったらな」
「お兄様…!お兄様あああアっ!!!」



 ギイイィ… バタン!!



「いや…誰か!!わたくしの話を聞きなさいっ!!!」






 わたくしが知っているのは、ここまで。
 あの日以降、部屋を訪れるメイドとしか顔も合わせていない…
 ただマーガレットとエミーは、屋敷の地下牢に入れられた…とだけ聞かされた。全てが終わるその時、処罰を決めると。その時って…何よ…

 わたくしは軟禁されてしまった。食事も部屋で、社交活動も禁止。
 部屋を出る時は、必ずお父様の許可を得て、見張りを連れて。もしも脱走しようものなら、問答無用で牢に入れると言われてしまった…
 しかもそう命じたのはアルフィー様。出してと懇願しても、聞き入れてくれない。なんで…?



 優しい両親に、ちょっと意地悪だけど頼りになるお兄様。
 わたくしの事が大好きな使用人、騎士達。ストレス発散用の小間使い。
 何より…愛する人が側にいてくれて。わたくしの日常は、あんなにもキラキラ輝いていたのに…!

「あの女…何をしやがった…!」

 許さない、絶対に!!!アルフィー様とお兄様を惑わすなんて、あの顔と身体でも使って籠絡したのかしら?男狂いの噂が本当になっちゃったみたいね、いやらしい!!




 わたくしは有り余る時間を使い、ずっと考えていた。

 今…まるで罪人のような屈辱を受けているけど。罰を受けるような事は、何もしていないわ?
 吐き気がするけど、わたくしとあの女は戸籍上姉妹だ。なら、わたくしがあの女に暴行を加えたのだって、精々姉妹喧嘩で片がつくわよね?
 これで他家の令嬢だったら面倒だけど。

「ええ、そうよ。別に殺した訳でもないし…なあんだ、よかった!」

 それと、平民を殺しても貴族は罪に問われない。あの女は平民みたいなモノだもの、心配はないわね。

 問題は。アルフィー様に…わたくしが「姉をいじめる悪い子」と誤解されてしまったかもしれない!
 急いで手紙を出さなきゃ。ああもう、字を書くのって面倒!あの女が今までやっていたから…どう書き始めればいいのかしら?


 苦労しながら書き上げ、アルフィー様に届けるようメイドに渡す。
 内容はお兄様が確認してから、とか言うけど。ええ、むしろお兄様にも読んで欲しいくらいよ!!!





『アルフィー様へ♡
 わたくしは何もしてません!どうして部屋に閉じ込めるんですか?お姉様が何を言ったか知らないけど、全部ウソです!もしかしてお姉様のケガのことで怒ってます?あれはわたくしは無関係です。メイドが勝手にやったんです、むしろわたくしのお姉様にひどいことしないで!と止めました。お姉様が何を言ったのか知りませんが、姉には虚言癖があります。わたくしはあなたを愛しています。どうか、わたくしの話を聞いてください。今度はいつ会いに来てくれますか?わたくしの大切なお姉様を返してください。またお茶会をしましょう。アルフィー様の好きなお菓子をたくさん作ります!早く助けに来てください。お姉様は悪辣な魔女です!
 あなたのカリアより♡』



「「………………」」




 お返事はまだかしら?と待つこと数日。
 封筒にも入っていない、ただ2つ折りにされた紙が届いた。開いてみると…え、お兄様から?


『お前の手紙は読みにくい。
 挨拶を入れろ。
 内容が支離滅裂。
 字が下手すぎて解読が困難。
 もう一度手紙の書き方を学べ』


 ……はあああああああっ!!?






 それから毎日手紙を送り続けて。やっと、アルフィー様からお返事が!メイドは逃げるように出て行ったけど、どうでもいいわ。封筒を破いて、胸を弾ませながら目を通す。
 けど。そこに書かれていたのは…わたくしを絶望させる。


『挨拶は省略する。
 私の婚約者はエディット・グリースローだ。貴女はただ、彼女の義妹だというだけだ。
 故にこれ以上、親しげにするのはやめてもらおうか。

 確かに一時期は、貴女に好意を寄せていた時期もあった。それは認めよう。ただそれは…貴女がエディットの悪印象を、私に植え付けていたからだ。私はもう惑わされない。

 今後はいくら手紙を送ろうと、私に届く前に処分する。大人しく沙汰を待て。
 私の愛するエディットを苦しめた貴女を、私は絶対に許さない。

 アルフィー・サイラヴェール』


 なに、これ。
 どういうこと?


「…………………」


 ビリッ ビリ…ビリ… パラパラ…

 手紙を縦に裂き、細かく千切り。
 窓を開けて手を離せば、風に乗って全て消えた。




 許さない。わたくしのアルフィー様を惑わした、卑しい女が。
 高貴なる公爵令嬢たるわたくしを…こけにしてくれたわね。



 絶対に、許さない。
 どんな手を使っても……お前の全てを奪ってやる。


「……ふふ。うふふふふふ」


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