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1章
エディットの理想
しおりを挟むバサッ… コツ コツン
「ん…?」
机に向かい書類を手にしている男が、物音に反応し顔を向けると。
窓の外に鷹がいる。男が立ち上がり窓を開け、鷹を招き入れると足に何か括られていた。
男は鷹を労うように撫でながら、運ばれた紙を広げる。
「手紙…ヒューバートから?定時連絡には早いですが……っ!!」
男は手紙を読むと、目を見開いて全身を硬直させた。その数秒後、誰かがノックもせず部屋に入って来る。
「エリオット。今いいかい…あん?」
男…エリオットは、首をぎぎぎ…と動かし訪問者を視認する。
「姉上…」
「なんだい?そのだっらしない顔面は。アンタは皇帝陛下っつー立場であるのを忘れんじゃないよ」
エリオットに姉上と呼ばれた女性は。
髪は短く背は高く、衣服の上からでも分かる程に鍛えられた肉体をしている。
皇国にて総騎士団長という役職を持つ、クローディア・ティーガだ。
クローディアは相手が皇帝であろうとお構いなし。持って来た紙の束(騎士団の予算案まとめ)で、エリオットの頭をべしべし叩く。
叩かれている本人は…目を細めて、手紙をクローディアに差し出した。
「ラウルが昨日…エディットと接触した、と報告が」
「お!さっすがアタシの旦那だね!どれ…」
クローディアは声を弾ませ、手紙をエリオットの手から引ったくる。ラウルが書いたであろう内容は…
『出会ったのは本当に偶然でした。彼女はエリオット様が憂慮していた通り、とても美しく成長されていましたよ。まるで…母君に生き写しの姿に、一目ですぐ分かりましたとも。
王国に広まっている噂は、やはり出鱈目で間違いありません。エディット様は穏やかで儚げで、一緒にいて心が落ち着くお方でした』
「そりゃ当たり前だ!!このアタシの妹が、ちんけな小悪党に成長するワケないだろうに!」
クローディアは「あっははははは!!!」と声を上げて笑った。手紙の続きには…
『話の流れで、クラウちゃん(※クローディアのこと)の話題になりました。エディット様は興味津々で聞いてくださいましたよ』
「おおう…照れるじゃんねえ」
今度は「たはー」と指で頬を掻く。が、その横では…
「何故…僕の話をしてくれないんですか…?妻の弟でも、友人としてでもいいじゃないですか…」
エリオットが、静かに拳を握っていた。
気分良く部屋を出て行くクローディア。1人残されたエリオットは、机に戻り手紙を書こうとペンを持ったが。
「どのような事情があったにせよ。エディットを…妹を1人で異国の地に放り出したのは、紛れもない事実。
もしもあの子が…帰国を拒否したら。僕は…受け入れるべきだ…」
帰って来て欲しい…と願うのは。正しい事なのか。
君の兄です、と今更名乗り出るのは…妹を傷付けるだけなのでは。
約17年も離れ離れになっていたのだ。溝は深かろう…
……でも。
「やはり…会いたい。僕達の妹…エディット」
怖くないと言えば、嘘になるけれど。
諦められない。エリオットは、力強くペンを握る。
そもそも、悪意ある噂が広まっている以上。王国で何かが起きている…本音では今すぐにでも迎えに行きたい!!
そんな逸る心を抑え、まずヒューバートに様子見をしてもらう。
「ヒューバート、報告ありがとう。エディットが元気そうで、僕も安堵しました。
ラウルは王宮のパーティーで、エディットと再会の約束をしたそうですね。ヒューバートも失礼のないようお願いします。
………ところで。エディットと、世間話でも出来たら。僕を話題にしても、いいんですよ?と…」さらさら…
※※※※※
同時刻、王宮にて。
じーーーーー…
ざわざわ…
じいぃーーーーー…
「……あの。エディット嬢…?」
「はい、なんでしょうか?」
「堂々と見学されてはいかがですか…?」
「結構です。私の事は、空気だとお思いください」
「いや、えっと…………はい……」
こっそりと騎士の鍛練を観察していたら、そのうちの1人に声を掛けられた。すぐにいなくなったけど。
うーん、ナイス筋肉。私もムキムキなら…殿下くらい一捻りに出来そうよね。そう思い、彼らの筋肉の秘訣を探る為見物中。見てるだけじゃ何もわからないわね。
「お嬢様ー…寒いのでお部屋に戻りません…?」
「すみませんリーナさん、私は1人で大丈夫ですので。どうぞお仕事に戻ってください」
「そういう訳にはいきません!」
こうしてリーナさんも巻き込み、2人で隠れて座り込んでいる。…私も剣を習ってみようかな?そうカロンにさり気なく言ってみたら。
『(僕やアルフィー様、カリアを始末する気で!?いやっ、僕らには逃げる資格も無いけど!)うーん…誰か、騎士を専属の護衛にする…?』
『…いえ。それでは意味が無いので』
『(己の手で成し遂げるぜってこと!?)』
カロンは蒼白になるだけで、許可はくれなかった。なのでこうして、見学ついでに直談判に来たのだ。
「すみません、どなたか私に剣を教えてくださいませんか?」
休憩中の騎士にそう言ったら。
「いやいやいや、お嬢様の細腕では無理ですって!!」
「怪我をされるだけです、いけません!」
「何か不安がありましたら、どうぞ自分を護衛にしてください!!」
「あっ!テメ抜け駆け!!俺です俺、腕っ節には自信アリっす!!」
「貴女の全てをお守りします」
「……結構です」
何故か、取っ組み合いが始まった。
よく考えたら。あまり男性と関わると…「男狂いのエディット」の噂話が加速する恐れがあるわね。
やっぱやめとこう。私はリーナさんを連れて、賑やかな練武場を後にした。
「(はわわ、お嬢様を巡って男の争いが。騎士様って…思ってたより高潔って感じしないわよね…)」
ふう…部屋で一休み。少し、収穫はあったわ。
騎士様は私に「怪我をする」と言った。つまり…運動&筋力が不足している。やはり基礎からしっかりと!
今日から毎日、走り込みと筋トレをしよう。他は…
「しゅっ!ふんっ!しゅしゅっ!」
「(お嬢様…何故急にシャドーボクシングを。へなちょこで可愛い…)」
ふっ、ほっ!しゃっ!!
憎くきアルフィー殿下とカリアを相手してる気分で、私は拳を突き出す。ついでに公爵夫妻も、エイヤッ!!最後にポーズをビシィッ!!決まった…
ふう、いい汗かいた。次は……本で調べよう。
己の知識に限界を感じ、王宮の誰でも使える図書館に足を運んだ。が…
「うーん…体作りに関する本が無いわね…」
「誰も読みませんからね…」
ここに読みたい人がいるのに。
街の本屋さん…は無理か。昨日も外出したばかりだし、明日の準備で忙しいだろうし。
「…リーナさん。筋肉って、どうやったら付くかご存知ですか?」
一縷の望みをかけて聞いてみた。
「え?えーと…あっ、タンパク質?」
「タンパク質?」
「はい。お肉を召し上がるとよいのでは?」
なるほど…食事の改善は盲点だった。ならばっ。
「今夜から、私の食事をお肉多めにできますか…?」
「はい!伝えておきますね!」
やった!これで私も、クローディア殿下やラウル様の奥方のように、強い女になるぞっ!
「(ふふ。少食のお嬢様が増量を希望されるとは。意図は不明だけど、いい傾向だわ)」
自分がムキムキになった姿を想像しながら、足取り軽く部屋に戻る。途中…殿下に会った…
「あ、エディッ…!」
「?ごきげんよう、殿下」
「ああ、ごきげんよう。じゃあ、私はこれで!」
「「?」」
アルフィー殿下は、焦ったように早歩きで遠ざかる。
…ん?何か落として行ったわ、何を…
手紙?差出人は…カリア・グリースロー…
「「…………………」」
……やっぱり、あの男。最近私にやたらと愛を囁いていながら。
カリアとも切れてないんじゃないのよ…!
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