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1章
とあるメイドの1日
しおりを挟む私はリーナ・ハイアット。王宮にて上級メイドとしてお仕えしています。
上級といえば一目置かれる立場ではあるけれど…私は要領と運が良く、出世しただけなのです。
子爵家で次女として生まれ。適当に結婚するより、王宮で素敵な騎士様ゲットだぜ!!という下心全開で働き始めました☆
まあメイドの大半は騎士様狙いだし、騎士様もそんな感じの方がちらほらいます。ま、未だ運命の騎士様は見つかっていませんが。
っと…私のプライベートは置いといて。
私は少し前から、とあるお嬢様のお世話係に任命されました。それが、エディット・グリースロー様。彼女の噂は…耳にした事があります。
ですがそんな噂は。彼女と少しでも触れ合えば、とんだ荒唐無稽の作り話だと分かります。
数週間前。私達上級メイド、12人が王太子殿下の執務室に呼ばれた日。
「君達にはこれより、私の婚約者を世話してもらう」
その発言に、内心騒つきました。
何せ殿下がご婚約者様を蔑ろにしているのは、王宮どころか社交界でも有名なお話でしたし。それが突然…
「いいか…もしも彼女を心身共に傷付けてみろ。その時は問答無用で打ち首だと思え」
と…グリースロー公子様も一緒に、ものすごい形相で私達を見渡しましたが。正直…
「「「(いや…どの口が言うか…)」」」
としか思えませんでした。後で同僚にも確認しましたが、みんな同じ感想を抱いたようです。
そして私はエディット様より2つ歳上で、一番年齢が近かったのもあり、専属メイドに決まったのです。
「(あー…とんだ災難だわ。ヒステリックお嬢様だったらどうしよ…あーあ…)」
気が重い…めんど…トボトボと、お嬢様が眠っているというお部屋へ向かいます。
「失礼致しま、す…」
まだお休み中だろう、と分かっていましたので。挨拶もそこそこに入室したのですが。ベッドの上で、小さい寝息を立てていらっしゃるのは…
「……わあ…美人さん…」
天使か?と言わんばかりの可憐な女性がいたのです。寝顔も美しいとか、最早詐欺では?10分くらい見惚れていました…
チリンチリン…
あ、お目覚めね。呼ばれたので行きますか!簡単に挨拶をし、食事の提案をすると。
「えっと…お願い、します」
ひゃ、声も可愛らしい。お嬢様のお腹がきゅるる…と主張していたので、ダッシュで取りに向かいました。すれ違う人達にはギョッとされました。
お食事中、お嬢様は私を気にしておりました。色々お聞きになりたいのでしょう、私も答えられる事は少ないですが。
私も…お嬢様を観察させていただきました。まず、食事の所作が美しい…惚れる…
エディット様は珍しい金髪で、翠の瞳の持ち主。肌は白く、背は女性にしては高めの168cmとのこと。ですがスレンダーで、凛とした美しさと儚げな可憐さが合わさった令嬢です。はわ…完璧すぎて、嫉妬する気も起きない…
いやいや、この人はとんでもない悪女…の…はず…?
「ご馳走様です、ありがとうございました」
彼女は食後、そう言って私に顔を向けました。
…普通だったら。無言か「下げて頂戴」と言われるだけです。私だって、自分に仕える者にはそうしてきましたが…
たった一言。「ありがとう」と言われるのが…こんなにも嬉しいものだったなんて。知りませんでした…
ですが私は、これはエディット様の演技なのでは?と思っていました。殿下の婚約者として、私達メイドに気に入られたいが為に猫を被っている、とか。
今だったらこの時の私を、助走をつけてぶん殴りたいですがね!!
その後入浴のお手伝いを、と思ったら。エディット様は…背中に真新しい傷があり。全身に…傷痕が…
思わず呼吸が止まった程の衝撃でした。こんな、なんで…!一体誰が!?私は激しい怒りを覚えましたが。
エディット様が唇を噛んで、何かを堪えるようなお顔をされていたので。私達は仕事をこなしました。
「「「…………」」」
お嬢様の部屋を出た後。私達は、誰も何も言いませんでした。もうこの時には、お嬢様の悪評など法螺話だと悟っていました。
お嬢様は笑いません。正確にはよく微笑んでいらっしゃいますが、完全に作り笑いです。殿下相手にも、公子様にも、私達メイドにも…
「リーナさん、お聞きしたい事が…」
「はい!…あの。私達に敬語は不要ですし、どうかリーナとお呼びくださいませ!」
「ど……努力、してみます…」
あう…困らせてしまった…
エディット様は眉を下げて、しゅんと肩を落としてしまった。
彼女は「自分は卑しい身分だ」と信じて疑っていません。例え平民であろうとも、卑しいなどという事はありませんが…
誰が。彼女に。そのように。思わせる態度を取ったのでしょうねえ…?
「エディット。これを受け取ってもらえるかい?」
「…ありがとうございます、殿下」
おうこら、元凶の1人。どのツラ下げて、お嬢様に近付いてんですか?
殿下は見目麗しく、メイド達からは「目の保養~」と人気でしたが。今は2股クソ野郎として憎悪の対象となっております。コイツがエディット様の妹様と浮気してたのは、公然の事実なので!!
…いや。噂に踊らされて…「はよ妹に乗り換えろ」なんて煽っていた私達貴族も、無関係ではありませんね…
散々酷い目に遭わされて、今更信用などできないでしょう。私には想像もつかない人生を、歩んできたんだろうな…
公子様もよくいらっしゃいますが。その…えっと。
彼の、お嬢様を見つめる姿は。誰がどう見ても…熱を帯びているのです。恐らくご本人も自覚しておりませんが。
あれを恋心といわなければ、私には恋愛など一生理解できませんよ。
でまあ、メイド間では2つの派閥ができていました。
「やっぱこのまま殿下とご結婚じゃない?クソ男だけど、今は反省していらっしゃるし」
「そうよね。何より…このまま王太子妃になってもらって、ずっとお世話したい!!」
「わかる!!」
という、王太子派と。
「いえいえ、グリースロー様でしょ。自然と応援したい、って思っちゃうもの」
「確かに。エディット様を誰より慮っていらっしゃるのは公子様よね」
「お嬢様も、殿下相手よりも態度が軟化していらっしゃるし!弟だからかもしれないけど」
という公子様派で。
私は…お嬢様を心から笑わせてくれる人がいいと思います。多分それは、殿下ではないのでしょうが。
お嬢様のお世話は、私がメインで他の人は日替わりです。毎朝争奪戦になってますよ。
「今日は私が行くわ!!」
「あなた一昨日もお世話したでしょ!今日は私!!」
「ここはクジで決めるのよ!」
「貴女達!!シフト通りに動きなさい!!!」
「「「はい…」」」
ふ…っ。私、高みの見物。
メイド長に一喝され、すごすごと散る者達。私に怨みの視線を寄越してからね…おーっほっほっほっほ!!これが専・属・メイド!!の特典!!!
お嬢様は誰に対しても、常に「ありがとう」と言ってくれて、丁寧に接してくださる。メイドだろうと騎士だろうと、馬丁や下働きだろうと分け隔てなく。
だから、みんなお嬢様の事が大好きなのです。もちろん、私も!!
さーて、今日もお嬢様のとこに行こう。明日は使節団を迎えるパーティーが予定されています。ふふ、どんなドレスにしようかしら!
想像するだけで幸せ、だけど。
傷痕を…隠せるものでないと…
「おはようござ…へ?」
「あ、リーナさん。おはようございます」
少々暗い気持ちでお部屋に入ると。お嬢様はもう起きていらした、けど。
長い髪を一纏めにして縛り、動きやすい乗馬服を着ている…?
「少し外を走ってきます!」
「え、お食事は!?」
「後でいただきます!!」
ま、待ってーーー!!意外と足速い…!
「えっほ、えっほ」
何かしらこの状況…。お嬢様は練武場をランニング、私は見物。騎士達も集まり、何事だとざわざわ。
「ひい…はへ…っ」
ああ、足がもつれそう!私達はハラハラと見守ります。何故急に運動を?お嬢様は10分程走り、終わる頃には大量の汗をかいて、肩で息をしています。
「く…ダンスの猛特訓で、体力はあると思ってたのに…!」
真っ直ぐ歩けないようなので、私が肩を貸してお部屋に戻ります。
汗を流して朝食にして。少し休まれたら…
「リーナさん。足を押さえていただけますか?」
「へ?あ、はい」
なぜ床で仰向けに?せめてカーペットの上に移動してもらって…あ、腹筋か。
「いーち。にー…ぃ…!さ…さ、さ……ん…っ!
…………キツ…」
えー?お嬢様は3回目でダウン。腕立て伏せは1回も出来ませんでした。何がお嬢様を駆り立てるのですか?
本当に分からないけど。お嬢様はどこか…生き生きとしている、ような。
それなら私は。貴女の思うままに過ごせるよう、尽力します。だって私は…貴女の専属メイドですから!!
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