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2章
カロンとアルフィー
しおりを挟む「あねうえ~」
「カロン!いらっしゃい」
あれから毎日家族や使用人の目を盗み、姉上に会いに行く。今日はおやつにシュークリーム持ってきたんだ。でも僕は苦手なので…顰めっ面にならないよう無心で頬張る。
「…!なにこれ、すっごいおいしいわ!」
姉上は初めて食べるようで…目を輝かせている。
「…あねうえ。ほっぺにクリームついてるよ」
「あ……だれにも、言わないでね…」
え?な、なんで、姉上は顔を青くさせて怯えた表情になってるの。もしかして…マナー違反で怒られると思っている?
僕は何も知らない無邪気な子供、にぱっと笑ってハンカチを取り出す。
「うん!ゼッタイひみつだね。ふいたげる~」
「ありがと…」
僕やカリアなんて、顔面でケーキを食べても怒られないのに。やった事ないけど。クリームが付いているくらい、微笑ましいものじゃないか。
…同じ家にいたのに何も知らず、のほほんと暮らしていた僕が腹立たしい。
「ねえカロン。あなたはこの家の子なのよね?」
「うん、そうだよ」
「…わたしは、よその子なの。なんであなたは、姉上とよぶの?」
「…………」
こんな事を言わせて、困惑させたくないのに…
貴女は他所の子なんかじゃない。僕の姉で、グリースロー公爵令嬢だ。生まれが皇女だろうと平民だろうと関係無い、そうでしょう?
「…もう行かないと」
「あ…またね、カロン」
「ん…」
姉上は毎回、僕が帰ろうとすると悲しげに目を伏せる。ずっと1人で寂しかったのに、やっと出来た話し相手だもんね。でも今は…駄目。
「あしたはおでかけするから、これないんだ。あさっても」
「そうなの?分かったわ」
扉に耳をくっ付けて音を拾う。うん…静かだ。今のうちに!!ばいばい、と手を振って。急いで出る!!そして自分の部屋までダッシュ!
バタン!
「ふー。ミッションクリアー」
いつまで…こんなコソコソしなきゃ駄目なんだろう。
翌日になり、父上と王宮に向かう。用事があるのは父だけで、僕はアルフィー様の遊び相手になるんだけど。記憶が戻ってから…初顔合わせだ。
「アルフィーさま、きましたよー」
「いらっしゃい、カロン」
む…アルフィー様はややシュッとしている。なんでだ…と自分の頬をむにる。ま、まあ、子供の1歳差はデカいよね、うんうん。
彼の部屋で向かい合ってベッドの上に座る。さて、一応確認しとこ。
「ねえアルフィーさま。今、なんかいめですか?」
「……何が?」
「…いいえー」
「???」
やっぱり、彼はただの子供だ。悲しいような、安心したような。
「…?カロン、今日はへんじゃないか?」
「え。そ…そうです、か?」
どくん… と心臓が大きく跳ねる。
記憶が戻って1週間…誰にも怪しまれなかったのに…!
手に汗が滲む…ヒリつく喉に力を入れて、なんでもないように笑う。
「ほら、それ。はなし方がへん」
「あ」
そうだった!!!うっかり、大人の精神が邪魔をしてた!
「えへへ…おとうさまのマネだよ」
「なーんだ、そうだよな。お前はまだまだお子さまなんだから、せのびするなよ」
やんのかコラ。…僕は大人だから!!生意気なお子様なんて、笑ってやり過ごしてやる!
「フッ…」
「(なんかムカつくな…)さて、何するかー」
チェスでもやるかい?なーんてね!本気出したら大人気ないものね。
話し合いの結果。2人で1つの本を囲み、頭を突き合わせる。
「ある日おじいさんがあるいていたら、大きな木の上からこえがしました。ふしぎに思って耳をすませると、子どものなきごえだったのです。『えーん えーん』『こりゃたいへんだ!』」
アルフィー様が一生懸命に…僕に読み聞かせてくれる。今の僕は文字も余裕で読めるし、必要ないんだが…。その真剣な横顔を前にしては、そんな野暮な事は言えないな。
「『よっこいしょ』 おじいさんはまるで、サルのような身のこなし。するする、きように木を上ります」
たどたどしい声を聞きながら…思う。
ループが始まってから、僕らは。こんな風に穏やかな時間を過ごすなど…無かった。今も考える事は多けれど。こんな何気ない日常は、何年振りだろうか。
アルフィー様も…カリアが関わらなければ、素晴らしい人物へと成長しただろうに。
彼と姉上は、出会ったら恋に落ちると思う。だから今度は…全力で祝福しよう。でもカリアもアルフィー様に惚れるだろうし。そしたら…また…
いや。普通は失恋しても、潔く身を引くべきだよね?カリアにはそういった事を教えていくしかないな。
このままでは、誰も幸せになれない未来が待っている。…絶対に、変えてみせる!
まず姉上を守る!カリアも真っ直ぐ育てる!あとアルフィー様は…うーん…んー……ふわぁ。
「…あれ?カロン?」
「ぐーーー…」
「しかたないなあ、まだ子どもだもんね」
ふわり…薄れゆく意識の中、腹に毛布を掛けられる感覚がする。中身は大人でも体は子供。子供はお昼寝の時間です!!
たっぷり寝た後おやつ。外をちょっと走り、夕飯。子供って遊んでばっか…
夜も更け、父上とアルフィー様の父君…国王陛下に就寝の挨拶をしに行く。
「「おやすみなさーい!」」
「「ああ、お休み」」
「「…………」」
父達は晩酌中だったようで、氷の入ったグラスを傾け、カラン…と音を立てる。うーんダンディズム。僕も…こんな大人になりたかった。
…ループの記憶が戻るまでは。「おとーさまはソンケーする大人!」と信じていたけれど。この人と母上の所為で、エディット姉上は…
いいや!それも紛れもない事実だが、全ての罪を両親に擦りつけては、僕は変われない!!生まれ変わりたい、クズ人間から真人間になりたい!!
改めて決意しながら、部屋まで戻ってきたが。
…ん?なんかこれ覚えてるぞ。確かこの後…
「カロン。父上たち…かっこよかったな…」
「うん…そだね…」
そうそう、こんな風に。アルフィー様のベッドに並んで横になり、真っ暗な部屋でふんすっと興奮してた。
で、翌日。今日も父上はお仕事で、王宮に泊まるのですが。僕らは…
「いいの?おこられちゃうよ!」
「いいの!」
昼間からガチャガチャと、ジュースの入ったビンを布団の中に隠し。お菓子も沢山…完全に思い出した!!
大人の真似をしたかった僕らは、真夜中に2人きりのお菓子パーティーを開催するんだ。そんでめっちゃ怒られるんだった!!
未来を知っている僕からすれば、わざわざ叱責を受ける真似などしたくないが。僕は子供無邪気な子供アホの子…!ならばっ。
「「かんぱーい!!」」
カッチーン! やるっきゃないでしょう!
大人にバレないよう、窓際月明かりの下で。アルフィー様はオレンジジュース、僕はミルクがなみなみ注がれたグラスを、元気よくぶつけ合う。衝撃で半分くらい溢したが。
「ふ…カロン。ボクら、もうオトナだな…」
「うん…今日はひぞうのジュースも出しちゃうぜ」
「今夜はねかさないぜ…」
「キミのひとみにかんぱいだぜ…」
カチン… それっぽい事を言い、大人になりきる。僕はアルフィー様に付き合っているだけです、本当です。
床に座り込み、お菓子のカスが散らばる。いつもなら寝ている時間なので背徳感すごい、でもクセになるうう。
「ごくごく…ぷはっ」
「いいのみっぷりだな。ささ、もう1ぱい」
「こりゃどーも。アルフィーさまも、いかがです?」
「おとと…」
グラスが空になると、互いにすかさず注いでいく。2人共手が小さい上に筋力がないので、震えながらびっしゃびしゃに溢してるんだが。もうカーペットは目も当てられない、明日掃除するであろうメイドに心の中で謝罪する。
それでもひたすらミルクを飲む僕。だって…背を伸ばしたいから!!
15歳の僕は174cm、決して小さくはないけれど。今のうちに…沢山食べて運動して睡眠を取れば、180cm突破も夢じゃないかも!?そうでなくとも176cmには勝ちたい。頑張るぞ!
そんな楽しい宴会も、15分で終わった。何せ子供ですので、眠気には勝てないのです。
「「ふわあぁ…」」
最後の気力を振り絞り、ベッドによじ登る。
「「おやすみー」」
歯磨き…1日くらいいっか。目を閉じれば、すぐに意識が…
いつか僕らも晩酌の似合う大人になって…それぞれ結婚もして。家族ぐるみで…交流出来たらいいなって…おもう、よ……
翌朝。何か…下腹部に違和感を感じて飛び起きる。
「あーーーーーっ!!?」
「んえ?おはよぉ…カロン…あっ」
あ…あああ…!
布団が…僕のズボンが…パンツが……濡れ……
「あーあ。やっちゃったか」
「……………」
隣で寝ていたアルフィー様には、幸いにも被害が及ばなかったが。嘘でしょ…?精神は大人なのに、おね……
僕のプライドが…ガラガラと音を立てながら崩れていく…
ガチャッ
「公子様、どうなさいましたか?」
「!!」
頭が真っ白になり茫然自失状態、すると絶叫を聞いたメイドが入ってきた…!僕は咄嗟にアルフィー様を指差し。
「あっ、アルフィーさまがオネショしたっ!!!」
「ほあああああっ!!?」
「あらあら…」チラッ
メイドは僕らを見比べ。はい、明らかに漏らしたのは僕です!!僕の馬鹿!!メイドは苦笑し、お2人共お着替えしましょうね~と近寄って来た。
「まあ!これは一体…!」
「「あっ」」
視線はベッドの奥に…そこには。片付けていない、宴会の残骸。
はい、お分かりですね?報告を聞いて飛んで来たそれぞれの父に、めっちゃ怒られました。
内容は夜中に飲食&ノー歯磨き。更に僕は…アルフィー様に罪を着せようとしたのも怒られた。
「やってしまったものは仕方がない…が!!それを殿下の所為にするなど何事だ!!」
「ううぅ…」
ぐすん… 父上には言われたくない!という反発心や羞恥、罪悪感、色々混じって泣けてしまった。
「ぐす…うええぇん…ひっく、えっく」
「よーしよし」
一通り怒られ、父達は仕事に戻って行った。アルフィー様は自分も叱られたというのに、僕の頭を撫でてくれる…クズですいません。
「ボクがのもうって言いだしたからな。つきあわせてゴメンな、カロン」
「……ぼく、こそ。オネショおしつけて、ゴメンなさい~…!」
「うん。じゃあ、おたがいさまだな」
アルフィー様はにっこり笑った。うう…子供に慰められる大人…
罰として、メイドと一緒にお片付けをする。その途中…
「…ねえアルフィーさま。おかし、もらってっていい?」
「?買ってもらえばいいじゃないか?」
「んとね…カリアに分けてあげたくて」
「ああ、妹か。好きなだけもってっていいぞ」
やった。僕は手を付けていないお菓子を、手当たり次第袋に詰める。さて…片付けが終わる頃には帰る時間だ。その前に、と。
「ねえねえ」
「はい。いかがなさいましたか、公子様?」
アルフィー様のお世話係のスカートを引っ張ると、しゃがんで目線を合わせてくれた。なので耳を貸してもらって内緒話。
「あのね。よういしてほしいご本があるの」
「(絵本かしら?ふふ、可愛らしいわね)どのようなご本ですか?」
「えっとねー。フリンとかウワキの本」
「………………はい?」ぴしっ…
僕は考えた。アルフィー様に、徹底的に浮気は駄目!!だと教え込もうと!
ポカンとするメイドに、僕は続ける。
「できればねー、さいごはハメツするおはなしがいい」
「は…はあ…」
「ドロドロのあいぞうげきとか、リアリティのあるご本ね。それをアルフィーさまによませて」
「えっ!?殿下に!?」
「?ボクをよんだか?」
「よんでないよー。じゃ、おねがいね!」
「え、え、えぇ…?」
任せたぞ!どうかアルフィー様に、浮気男の悲惨な末路を教えてあげて!!
またねー と挨拶をして父と合流、馬車に乗る。街中はゆっくり走るので…僕は靴を脱いで座席に立ち、外を眺める。
ふむ…10年後と街並みはあまり変わらない。そりゃ多少の変化はあるけれど、驚愕する程じゃないな。変わったのは…僕ら人間だけ、か。
「………ん?」
「どうした?カロン」
「う…ううん、なんでも…」
走っていくうちに、気付いた。この通りは…姉上、リーナ、騎士と一緒に歩いた場所だと。そしてラウルさんと遭遇して…あそこのケーキ屋に入ったんだ。
「……………」
僕にとってはつい先日の事だから、鮮明に思い出してしまった。あの時は…本当に楽しかったな…
唇を噛み、込み上げてくる涙を呑む。もう1度…みんなでお出掛けしたいな。
前回は僕が先に死んだけど。姉上は悲しんでしまったかな…それとも「どうでもいい、関係無い」とか思ったかな。泣くくらいなら、そっちのが全然いい。
僕の事なんて忘れて、皇国に帰って…幸せになってくれてたらいいな。
「ふぅ……ん?」
そろそろ座ろう…と窓を離れかけた時、何かに気付く。
雑踏の中、頭1つ飛び出している男がいる。あの青い短髪…右の頬にある大きな傷。気だるげに欠伸をし、歩いているのは…間違いない!!
過去に1度だけ顔を合わせた事がある…傭兵ヴィクトルだ!
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