慚愧のリフレイン

雨野

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2章

カロンとヴィクトル

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 傭兵とは。昔は金で雇われて、世界各国で戦争に参加する人の事を指していたけど。
 今は割と色んな仕事を請け負っている、広義で言えば何でも屋だ。商団の護衛とか害獣駆除なんかもするし、荒事が多いイメージ。


 彼ら傭兵は星の数によってランク分けされる。
 最低は星無し。傭兵ギルドに登録したばかりの新人。
 星1に昇級は簡単。依頼を規定数完遂したら、基本誰でもなれる。
 星2になるには試験が必要。でもそんな難しくないって聞いた。
 星3は実績や試験だけでなく、1年以上活動している事が必須。多くはこの星3止まり、中堅といったところ。
 星4、これはギルドマスターの推薦がなければ試験も受けられない。星4ともなれば、実力は申し分ない人ばかり。全体の10%くらい。

 で、最高ランクが星5。僕にはよく分からないけど、かなりの狭き門を潜った者だけがなれる。王国に10人もいないはず。
 貴族や王族からの指名もあったり、それを蹴る事も出来るレベル。貴族並みの地位はあると思う。



 そして…そこにいるヴィクトル。彼こそが星5傭兵、この界隈ではその名を知らない者はいない。
 鍛え抜かれた体躯、それに見合った実力。性格は豪快かつ思慮深く、彼を慕い憧れる傭兵は数え切れない。自分の気に入った仕事でなければ、どれだけ金を積まれようと決して受けず。…10年後の話だけど。


 僕は彼と…最初の人生で会っている。皇国との戦争に備えて、彼を雇う為にアルフィー様と一緒にな。けどその時は…

『ハア?お前らお貴族様が、1人の女を追い詰めて死なせたのが事の始まりだろ?
 やだね、オレはそんな戦にゃ手ぇ貸さねーよ。テメエのケツはテメエで拭けよ』

 と…すげなくあしらわれたが。
 その後彼は、一般人に被害が及ばないよう尽力していたと、アルフィー様から聞いた。それも無償で。


 …彼が僕らの依頼を断ってくれてよかった。あの時は「ふざけんな!こっちがこんなに頼んでるのに!」と憤ったものだが…
 ヴィクトルが参戦していたら、続いて多くの傭兵が手を貸してくれたかもしれない。そうしたら、王国側の勝利もあり得たかもしれない。

 それは駄目だ。悪い奴らが勝利してのさばる世界なんて、間違っている。そう考える事が出来た切っ掛けであるヴィクトル…いつしか僕は彼に、少々の憧れを抱いたんだ。



 ガラガラガラ…

「くあ…(あー、疲れた。早く宿に戻…)っ!?」
「……………」じーーー…
「(なんだ!?貴族のガキが、窓ガラスに両手と顔面べったり押し付けて…目ぇ合わせんとこ)」

 あっ。ヴィクトルはギョッとした表情の後、上着のフードを被ってしまった。それでも僕は通り過ぎざま…じっと観察。
 追い抜いちゃった…遠去かる。

「(オレを見てた…?いやまさか。なんだったんだ…?)」

 ヴィクトル、格好よかった…また会えるかな?


 キキィッ

 あれ?馬車が止まった。

「(なんで止まるんだよ!!横通りづれえだろうが!?)」

「カロン、私は少し離れるが…お前も来るか?」
「ううん!ぼく、ここでおるすばんする」
「そうか。いい子にしているんだぞ」
「はあい」

 行ってらっしゃーい、と見送って。馬車の扉を閉めて、窓を開けた!大丈夫、護衛の騎士がすぐ横にいるから。

「坊っちゃん、何か気になるものでも?」
「ちょっとねー」

 ぴょこっと顔を出すと、人々は僕から顔を背ける。まあ…見るからに貴族の子供だもんね、関わりたくないし機嫌を損ねたくないんだろう。
 で、その中の1人。ヴィクトルも俯いているけど…逃がさん!!馬車の真横を通った瞬間、声を掛ける。

「ねえねえ」
「……………」すたすた
「そこのフードかぶったお兄さん」
「………………オレ?」
「うん」
「(気の所為じゃなかった…)」

 権力を使うようで申し訳ないが、どうしても話してみたかった。ごめんね、ちょっとだけ付き合って!
 ヴィクトルは観念し、馬車に近寄りフードを取った。騎士を一瞥した後、僕と視線が交わる。

「…なんか用か?」
「お前、このお方は…」
「いいの!」
「っ!し…失礼しました、坊っちゃん」

 全く。騎士はもう口を出さないだろう、これで落ち着いて話が出来そう。
 …ヴィクトル、デカいな。なんで馬車の座席に立ってる僕より、頭が高いの…?

「あなた大きいねえ」
「(親戚のおばちゃんかよ…)まあ、203cmあるし…」
「すっすごい…!ねえなまえおしえて、今いくつ?というか、よび止めちゃったけどヒマ?」
「(オレもしかして、ナンパされてる?)オレはヴィクトル、23歳。まあ…ヒマっちゃヒマだ」
「わかーい!10年ごは33さいかー!」
「お、おう(ガキが何言ってんだ?)」
「よーへーだよね?ほしいくつ?」
「(傭兵を、ランク制度を理解してんのか…)4だ」

 まだ5じゃないんだ。でもすごい、この若さで4だなんて!益々憧れる~、サイン欲しい。
 でもこの時点で頬の傷はあるんだ。いつ怪我したんだろ…?

「(め、めっちゃ目ぇキラキラさせてねえか…?)」
「…なんかやせた?ちゃんとゴハンたべてる?」
「お前さんは1人暮らしの息子を訪ねた母親か?どう見ても痩せてはいねえだろ」

 ヴィクトルは呆れた顔で、ほれっと両手を広げる。えー、そうかな。確かにそこの騎士と変わらない体格だけど。僕の知ってるヴィクトルはもっと……そっか!
 この後も鍛錬を欠かさないから、10年後は今よりも筋肉が付いて逞しくなるんだ!

「しょうらい楽しみだねえ…」しみじみ…
「孫の成長を願うジジイか?」

 話していくうちに、少しずつヴィクトルの表情が柔らかくなる。警戒していたのが薄れてきたかな、嬉しいな。


「んで?結局なんでオレを呼び止めたんだ?」
「んっとねー…(えーと、なんて言い訳しよう…)あ、おとうさま…」

 用事が済んだのか、父上が戻って来た。ヴィクトルは僕の視線を追い、スッと馬車から1歩離れた。

「君は?」
「は。少々御子息の話し相手をさせていただきました」
「ぼくが話しかけたの!」

 父上は騎士に視線を投げ、騎士も頷いたので納得したようだ。

「そうか…ご苦労だった。もう行っていい」
「はい。失礼します」

 ヴィクトルは父上が馬車に乗るまで、軽く頭を下げた状態で待っていた。動き出したので、僕は引っ込む前に声を上げる。

「ヴィクトル!ぼくはカロン・グリースロー…またねっ!」
「(また…か)はい、坊っちゃん」

 右手をブンブン振れば、ヴィクトルもニカッと笑って小さく振り返してくれた。本当に…また会いたいな。


 父上はヴィクトルの事に触れるでもなく、領地に帰る。子供の気紛れとしか思っていないのだろう、願ったりだが。




 屋敷に帰った頃には、もう夕暮れだった。僕は部屋で休むと言い1人になり…貰ったお菓子をベッドの上に広げる。

 サクサククッキー 甘いキャラメル カラフルキャンディ 濃厚チョコレート。
 鼻歌を歌いながら、キッチリ2等分。余ったチョコはパクッとな。これは…姉上とカリアにあげるんだ。姉上、喜んでくれるかな?彼女の笑顔を思い浮かべるだけで、胸が高鳴り頬が緩む。丁寧にラッピングして…と。


 すぐに夕飯の時間だったので、カリアにはダイニングで渡す。

「はい、カリア」
「おかし?ありがとう!」
「夜遅くに食べちゃいけませんよ」
「ああ。カロンなんて、昨夜は殿下と一緒に…」
「わー!わーーー!!言わないでっ!!」
「はっはっはっ!」
「え、なになに!?」
「なんでもない!」

 僕とカリアはぎゃあぎゃあ騒ぎ、両親や使用人は微笑ましく見守る。10年後も変わらない…家族の風景。




 …姉上は。どんな思いでこの光景を眺めていたのだろうか。目の前に在るのに、決して手の届かない…家族団欒を。





 物悲しい感情を抱え、姉上の部屋を目指す。遅くなっちゃったけど…会いたい。

 コンコン…

「あねうえ~」ぼそっ

 姉上の部屋は、カリアの2つ隣。小さくノックをするのが僕の合図、すると姉上が内側から開けてくれるんだ。
 鍵は基本的に開いている。何せ僕とカリアは…ハンドルに手が届かないからね!最近は背伸びすれば、かろうじていける。

 でもおかしいな。いつもならノックをすれば、すぐに開けてくれるのに。
 5分経っても返事がない。時間は夜8時…もう寝ちゃった?誰がいつ廊下を通るかわからない、女性の寝室に無断で入るのも憚られる。諦めて戻るか…と足を上げたら。



 ─けほっ か…ろん…─

「え…?」

 今のは…空耳?いいや、確かに聞こえた!

「あねうえっ!」

 ふんっ!全力ジャンプからの、お邪魔します!
 明かりは点いていなくて、真っ暗な部屋。照明の紐に届かない僕は、カーテンを開けた。すると…

「か…カロン…カロン…」
「…!」

 月明かりに照らされる姉上は…ベッドに横たわり酷く汗をかいていて。はあ はあ… と荒い呼吸を繰り返し、僕の名を呼ぶ。
 急いで額に手を当てると、燃えるように熱い…!

 バッ!とサイドテーブルに目をやると。そこにはとても病人向けではない、普通の食事が置かれていた。水も、薬もなく。汗を拭くタオルも何も無い!

「なんで…っ!だれか!!だれかいないの!?」
「だ…だめ…カロ…ン…」
「だめじゃない!!おーーーい!!!」

 おかしいだろう、こんな病人を放置するなんて!?いくら姉上が嫌いだからって…子供にこんな仕打ちが出来るのか!?僕の両親は、公爵家の使用人は…ここまでだったのか!!

 僕の叫びに真っ先に反応したのは、近くの部屋にいたカリア。メイドを1人連れて、恐る恐る様子を見に来た。

「お、おにいさま…?」
「カロン様!いけません、どうしてこのお部屋にいらっしゃるのですか!」
「うるさい!!!今すぐ医者をよべ、すぐにだ!!」
「で…ですが…」
「…あら、その子だあれ?」
「話はあと!!」

 騒ぎを聞き付け、両親が走ってきた。父上は姉上の部屋が開かれた様子に、「ここで何をしている!!」と声を荒げた。

「カリアじゃないもん、おにいさまが…!」
「カロン!?お前…知って、いたのか?」
「父上!この子、ねつ出してるよ!なんでほっとくの!!」
「(エディットの事は知らない…?)大丈夫だ、寝てれば治るからね」

 無責任な発言に頭に血が昇る…感情が制御出来ない!!

「ああそう…!もういい、どいて!!」
「なっ!?」

 何を言っても無駄だと、これまでの繰り返しで分かっていたはずなのに。心のどこかでは…僅かに期待していた。
 両親が心を入れ替え、姉上に少しでも優しくしてくれると!!!僕の馬鹿、現実を見ろカロン!


「カロン!!どこに行くつもりだ!おい、誰か追いなさい!!」
「はいっ!」

 背中で父上の焦ったような声を弾き、走る。

「坊っちゃん、いけません!」
「はなしてっ!」
「あっ!?」

 メイドに肩を掴まれたので、子供の全力で振り払う。廊下を走る、階段を駆け降りる!外に飛び出すと、門を守っている騎士がこっちに気付いた。

「坊っちゃんを止めてください!」
「は、はい!坊っちゃ…」
「がうっ!!!」
「あたっ!?」

 横を通ろうとしたら抱き上げられたので。腕を思いっきり噛んでやると、顔を顰めて手を離した。
 子供のダッシュなど、大人じゃ余裕で追い付けるだろうけど。彼らは見守る選択をしたようで、後ろをついて来る。目的地は、病院!!!



「すいませーん!!おーしん、おねがいしまーす!!!」
「往診…?ええと…(騎士様とメイドさんを連れている…貴族のご子息ね。この近くといったら…まさか公子様?)」

 受付の看護師がすぐに医者を呼んでくれて。家に患者がいる、すぐ来て!と訴えると動いてくれて…




 結果…姉上はただの風邪だったけど。

「風邪は万病のもと、と言いますから。今はなんともなくても、放っておいたら悪化する恐れがありました。教えてくれてありがとうございました、坊っちゃん」
「んへへ」

 医者は僕の頭を撫でて、薬は後で届けますと告げて帰っていった。よかった…穏やかに眠る姉上の姿に、安堵からか力が抜ける。



 けれど、まだ終わっていない。先程から様子を窺っている両親と……話す事は、沢山ありそうだ。
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