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第1章

事件の真相

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セレストとシオウが、満身創痍で森に帰ってから数日。
ブロウラン公爵家…夕飯の席にて。


「このブロウラン領にて…第1王子殿下が人探しをしているらしい」

前触れもなく口を開いたのは、エルムの父である公爵だ。
夫人とエルムは食事の手を止めて、顔を見合わせた。

「父上…どういう事ですか?
それに殿下は、その。現在療養中だったのでは…?」

「ああ、表向きはな」



シャンムレイ王国の国王には、3人の子供がいる。
15歳の第1王子アガット。11歳の第2王子オースティン。9歳の第1王女クリスティーナだ。

シャンムレイ王国では王位は長子が継ぐものと決まっていない。
王女であるクリスティーナに継承権は無いが、アガットとオースティン、どちらが王になるかはまだ分からないのだ。
時代によっては王位を巡って殺し合い…となってもおかしくはない話だが。

アガットとオースティンは兄弟仲も良く、どちらが王になっても祝福すると公言している。


だが…アガットには魔力が無く、勉学も精々優秀の域を出ない。
対してオースティンはエルムには及ばないものの、多くの魔力を有し。1度聞いてしまえば忘れないという頭脳を持っていた。
更に責任感が強く心優しく、初代国王と同じ銀髪碧眼。まさに王子様然とした少年なのだ。

その分アガットは武術に関しては他の追随を許さないが…この平和な時代に、王子が強くてどうすると笑う者も少なからずいる。


故にこそ、オースティンを王太子にと強く推す勢力が存在する。
そんな彼らにとって、アガットは邪魔でしかない。


「今回の「療養」…発端は2週間前。殿下が毒を盛られて、一時重篤状態にまで陥った。
聖水と魔法使いの治療により、すぐに回復されたが…手足に若干の痺れが残った。
医師の見立てでは数日で治るそうで、この自然の多いブロウラン領で静養するはずだった」


それは平民はおろか、貴族にも知られていない話。
ブロウラン家でも公爵のみ聞かされており、2人は驚きに目を丸くした。


「だが、静養の最中。殿下が…連れ去られる事件が発生した」

公爵が苦々しく語る。ダイニングに緊張が走り…誰もが言葉を発さず続きを待つ。


「恐らく命を狙ったものではなく、王位継承を放棄させる為だろう。
主犯は第2王子派筆頭の…チェイン侯爵家辺りか。使い捨ての人員を雇い、殿下を操ってでも魔法の誓約書を書かせるつもりで」


魔法で作られた誓約書は、書かれた事を強制的に行使する力を持つ。
誓約を破った者の心臓が止まる…と書いてしまえばその通りに。


「あなた、どうして殿下は攫われてしまったのですか?
静養とはいえ騎士は連れていたでしょうに」

「それが…殿下の言葉では。
泊まっていた宿で…ベッドに横になっていたら突如黒いモヤが周囲に発生し、声を出す間も無く転移させられたらしい。
その手の魔法もあるが…問題は、宿の主人が殿下の情報を漏らしたか、抜き取られたかだ。そちらは調査中だがな」

ふう と息を吐く。
エルムは眉間に皺を寄せて、領地でそのような事件が起きた事を嘆いた。



アガットは連れ去られはしたが、操られる事はなかった。
王族は皆、幼い頃から精神干渉の魔法に耐性をつける為、弱い魔法を日々受ける習慣があった。

それは第2王子派も分かっているはず。それでも人間を追い詰める方法は1つではない。


「厳しい環境に置かれ、サインをすれば助かるという状況。
それに殿下は王位に執着もしていないし…容易に陥落すると踏んでいたのだろう」

すぐに王室に連絡が行き、ロイヤルナイトが派遣された。
公爵家の私兵も投入し、アガットの捜索が始まった。


アガットは位置を知らせる魔導具を常に所持しているが、錯乱する魔法に妨害されていた。
それでも大まかな位置は掴めたので、その周辺を徹底的に探索したのだ。

それが、セレスト達が訪れていた地域。




ここから先は、公爵もアガットから聞いた話だが。

捕まってどのくらい経ったか不明だが、どれ程オースティンの方が王に相応しいかを洗脳のように聞かされ続けて。
椅子に縛り付けられ、食事も満足に与えられず、睡眠も許されず。ただ…。

「あ…うん。オースティンの方が王に相応しいってのは同意するが。
僕は別に…なあ。放棄するのはいいんだが、それはあの子が悲しむ。
自分の所為で兄上が…と。困るな、僕はオースティンを泣かせたくない」

と、キッパリ跳ね除けていた。弟の顔を曇らせたくない…それだけで苦しい状況も耐えられた。


だが、その時。
見張りの1人が、懐よりテレポーターを取り出した。
それを確認したアガットは、考えるより先に身体が動く。

実はとっくに縄は解いていて、すぐ逃げられるようになっていた。
そこからは早業で、縄を投げ捨てテレポーターを奪い。


 どこか安全な場所へ!!


そう念じながら割った。


「…あ?」


ドンッ と背中に衝撃が。見張りの1人が…反射でボウガンを撃ってしまったのだ。
結果アガットは転移が始まる直前に倒れるも、その状態で安全な場所。


セレストのいる、温泉まで飛んだのだ。




「殿下が意識を失う直前に見たものは。
暗い青色の髪の少女が、驚きに目を見開く姿だそうだ」

「………ん?」

エルムの脳内に、1人の少女が浮かんだ。

いや…いやいや。他にも該当する少女はいくらでも…と頭を振った。



「少女の名はセレスト。傭兵の青年を連れているらしい」

「ブーーーッ!!!!」

エルムは盛大に噴き出した。
公爵夫妻は驚きドン引き、肩を軽く跳ねさせる。


「(な…何をしているんだあいつらは!?)げほっ!ごふ…けふっ」

「大丈夫?エルム」

「お前まさか…心当たりが…?」

夫人に背中をさすられ、公爵に疑問の目を向けられ。
エルムは頭をフル回転し、何が正解なのかを模索する。

「(考えろ考えろ…!)そ、その、父上。
ボウガンに撃たれたと仰いましたが…殿下はご無事なのですか!?」

「あ、ああ、そこが一番の疑問でな。
殿下も死を覚悟したらしく…目を覚ました事に自分で信じられなかったそうだ。
すると少女と青年が、少女のお陰で助かった…といった会話をしていたらしく。
結局2人は何故かホウキに乗って空を飛び。満足に礼も言えないまま…去ってしまったそうだ」


ホウキ。これはもう、決定的な証拠だった。
同名の少女までならともかく。ホウキで空を飛ぶとは…世界広しと言えど、セレスト以外おるまい。
エルムはテーブルに突っ伏し、ブルブル震える。


「(ぐ…!まだまだ…!)そ、それでは殿下は。
礼を言う為に、その2人を探しているという事ですね?」

「もちろん。それと憶測だが…どのように殿下を癒したのかも聞きたいのだろう。
ボウガンとなれば、当たりどころによっては即死だ。すぐに意識を失ったというのがそれを物語っている」

ならば…その方法を聞き出したいのかもしれない。
だがもしも、彼女にしか使えない魔法によるものだとしたら?
その時王室は、どんな手を使っても…彼女を連れて行ってしまうのでは…。



 私はただ森で静かに暮らして、たまに町で過ごして。
 あっちこっち旅行に行って。いつか…家族が欲しいだけなんです



いつかの会話を思い出す。
彼女を守る為、エルムが出来る事は…1つだけ!


「…父上!!その、彼女は…!
お、俺の婚約者なんです!!!」

「「ええええぇぇえぇっ!!?」」

夫妻は絶叫した。何故なら初耳だから。
エルムは顔を真っ赤に染めて、拳を震わせ言葉を続ける。


「だから、殿下が何を言おうとも!絶対に連れて行かせないし、俺が守ります!
ちょっと待っててください、今連絡取ってくるので!!」

扉を体当たり同然で開けて、廊下を爆走する。
残された夫妻と使用人は皆、ぽかんと口を開けて動けずにいた。


「…誰か。シャルル卿を呼んで来い…」


シャルルは非番で部屋で寛いでいたのに、執事に引き摺られるまであと数分。




エルムは部屋に飛び込み鍵をして、誰もいないというのに用心しながら通信機を起動する。


【…はい、エルム様?】

「セレスト…よかった」

【?何がです?】

「あ、いや。こっちの話だ。
…セレスト。今からそっちに行っていいか?」

【え?いいですけど…私今、洞窟ですよ?】

「ああ…構わない」

【(なんか、様子が変…)お待ちください、私が町に行きますから】

「あ、待て!来るな!!」

【へ…?】


咄嗟に断ってしまったが、町ではアガットと出会す可能性がある。


「とにかく待っていろ!」

【エル…】

一方的に通話を切り、暫くの間机に肘を突いて項垂れる。
勢いだけで行動しているが…間違ってはいないだろうか。
もっと…賢い方法は無かったのか。


悩んでも仕方ない…!とクローゼットから上着を引っ張り羽織る。
再び廊下を走り、ダイニングに戻り。

出掛けて来ます!と声高らかに宣言しようとしたところ。



「あー、セレストお嬢さんですか。うーん…(婚約者って言ったんだよな?坊っちゃんの意図は分からないけど…嘘は不味いよな?)
坊っちゃんの一目惚れで、逃がさん!って言って捕まえて。
馬車に連れ込んで…両腕を拘束して口を塞ぎ、抵抗できないようにしてから」

「この馬鹿があーーーっ!!!」

「ぐえええっ!!」

エルムは華麗な飛び蹴りを喰らわせるも、鍛えられた騎士は倒れない。
それより…話を聞いていたメイドは頬を赤らめ。執事は気まずそうに目を逸らし。
公爵夫妻は、右手で顔を覆って天を仰いでいた。

「…エルム。まずそのお嬢さんを私達に紹介してからだな」

「誤解なさらないでくださいっ!!
行くぞシャルル!!」

「え、どこへ?僕私服なんですが…」

いいから!!!と首根っこ掴んで屋敷を飛び出す。
その後ダイニングでは…お坊っちゃんの初恋だー!!と大騒ぎしてたとか。







「セレスト…!」

「エルム様、本当に来るとは…って、どうしたんですか…?」


彼らは洞窟まで、覚えたての飛行魔法でやって来た。
セレストが笑顔で迎える姿に安堵して、正面から抱き締める。
彼女は戸惑うも、そっと背中に腕を回した。

「…エルム様、背伸びました?ちょっと前まで私のが大きかったのに」

「あ…本当だ…」

言われて気付くが、目線がほぼ同じ高さになっている。
その事に若干の喜びを感じつつ、促されるままにソファーに座った。
シオウも離れた所に立っており、何故こいつがいるんだ…と疑問に思いつつも放置。彼も関係者なのは間違いないのだから。


「それで、どうなさったんですか?町に来るなとの事ですが」

シャルルも座らせ、暖かいココアを淹れて差し出される。
マグカップを受け取り、握り締め。意を決して…口を開いた。



「…この国の第1王子殿下がお前を探している」

「「え?」」

これはシャルルも驚き声を出した。
セレストも訳がわからん、といった表情で首を傾げ、全身で困惑を表している。

「あの…何故ですか?私は殿下と面識はございませんが…?」

「……最初から説明する…」


エルムは父親から聞いた話を余さず伝えた。
話が進むにつれて、セレストとシオウの表情が何度も変わる。

納得するように手をポンと叩き、苦しげに顔を歪めて。
両手で顔を覆って俯き、最後は…。



「……あの人、王子様だったんですかぁ…」

「嘘だろ…俺、コイツ呼ばわりしちゃった…」

頭を抱えて絶望の表情をしていた。


エルムはこほんと咳払いし、膝の上で拳を握る。

「だから…どうやって殿下を癒したのか、よければ聞かせて欲しい。
このままではお前は…王都に連れて行かれるかもしれない。
俺が絶対守るから…お前がこの森を離れたくないと言うのなら、あらゆる手を使って叶えるから…!」

「エルム…様…」


少年は精一杯背を伸ばし、今にも泣きそうな顔をしている。
王室に逆らおうなどと…子供だから言えるんだろうな、とセレストは思った。


だけど、彼があまりにも必死そうだから。


「(信じても…いいかなぁ…)実は…


……エリクサーを使ったんです」



セレストも、ついに覚悟を決めた。


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