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第35話 試験

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「それじゃ行くよ」

 パン!

 短く言い放ったエーゲルさんが消えたように見え、一瞬でプロイの背後に立つ。
 弾けるような音の正体さえ解らない。

「兄ちゃん、手加減してるな! 刃の無いとこで叩いても意味ないじゃん」

「いやいや……私の目的は止める事であって斬りたいわけじゃ無いからね。しかもあっさりと剣を払われてしまったし、少し傷付くなぁ」

 苦笑したエーゲルさんが剣を構え直す。

「……彼は強いですが、あのままならプロイの敵ではありません。あのまま、ならですが」

 ニュクスが真剣な顔で言う。
 あれで本当に手加減しているのなら、エーゲルさんも相当に規格外の強さだと思う。
 ただ……

「じゃあ、今度は俺の番だね!」

 ガン

  金属をぶつけた様な音が鳴り、プロイがその場で足踏みする。
 今度も同じように私には何も見えず、いつの間にかエーゲルさんの前にプロイが居るといった状況だった。

「いったぁ! その剣、すっごく硬いね……」

「折られなくて良かったよ。陛下からの借り物でね、一応国宝の魔法剣だから」

 そう言って、目の前にいるプロイの頭に手を置く。

「それじゃ、君はここまでとして……次は」

 エーゲルさんの顔がこちらを向く。
 視線の先は……

「……僕か」

 ニュクスが溜息を吐いて歩み出た。

「いつでも良いよ。好きに始めて……っと!」

 エーゲルさんが慌てて飛び退いた場所から、まるで槍のような土の棘が生えている。
 
「ええ……好きにやらせて貰います。姉さんが気に病まないよう……死なないようにね」

 ニュクスの前に炎の壁が現れ、そこから拳の大きさ程の火の玉が無数に生まれた。
 そしてまるで横殴りの雨のようにエーゲルさんへと襲い掛かった。

「ニュクス! やりすぎだよ!」

 あれでは避けようが無い。エーゲルさんが怪我を……

「いえ……問題ありません」

「はは、凄いな。魔法が殆ど失われたこの世界にこれ程の魔法使いがいるなんて」

 次々と襲い掛かる火の玉が全て剣で斬られていく。
 違う、剣に触れた魔法が消えている。

「あれは魔法を消す特性を持つ剣のようですから」

 ニュクスが手を下ろすと炎の壁が消えていく。

「ご名答。最初の土魔法で弱点も見抜かれたみたいだし……将来が恐ろしい子だね」

 火の玉を全て消し終えたエーゲルさんは剣を納めた。

「君達が一緒に行くならアイリスさんの身も守れるだろう。商人としての身分証を用意したからこれで国境を越えると良いよ」

「あの、話が全く解らないんですけど……」

「東西南北の首都には代表同士が話し合う為の魔法の鏡があるんだ。遠く離れた場所に居る相手と顔を合わせて会話が出来る優れもので世界に4つしか無い」

「はい」

 ……初めて聞くような顔をしてみせるが、実は前世で見たことも使った事もある。
 本当は5つ有ったけど、1つはとある事情で失われた事になっている。

「陛下がいくら呼び掛けられてもヴォラスの応答は無く、他2国の返答は静観……つまり様子見しようという事だね」

「そんな! それじゃ聖獣が……」

「うん、それは危惧して間違いない。それに北と地続きな西の王国としても看過できる状況じゃ無い。ただ、軍を使うとなると静観を決めた2国と摩擦が起きかねない」

「はい……」

「だから……危険を考えれば申し訳ないけど、アイリスさんが北に行くつもりなのは国としても有難い話なんだ。弟君達の実力も私の予想を上回っていたし、私が一緒に行けない不安も無くなった」

「なんだ、俺達試されてたのかぁ」
「プロイはもう少し……考えて動こうね」

 納得したように手を打つプロイと、少し呆れたように溜息を吐くニュクス。

「任せて下さい。必ず聖獣を解放して来ますから」

 頷くエーゲルさんは鞘に納まった剣を渡して来る。

 (これ……国宝だって……)

「陛下がアイリスさんに持って行って欲しいと。立場に縛られて動けない自分の代わりだって」

 それで国宝の魔法剣を貸してしまうのはあまりに思い切りが良すぎる気もする。
 ただ、信用と気遣いだけが込められている気がして嬉しかった。
 私は受け取った剣をしっかりと胸に抱く。

「お借りします」

「うん。商人に偽装するのだから馬と荷馬車も忘れずにね。農場の方は協力してくれる農夫と荷馬車を用意するから留守の心配はしなくて良いよ」

 私は頷き、プロイとニュクス、ハクを見る。

「危ないけど本当に良いの? 留守番してても良いんだよ?」

 皆に苦笑される。……確かに私が一番弱くて危ないけど。

「それじゃ、今度こそ出発するよ。……目標は北の国、目的は聖獣の解放!」

 
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