黒のシャンタル 第二話 「新しい嵐の中へ」<完結>

小椋夏己

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第一章 第二部 船上にて

 6 嵐

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「まあ、今日はここまでだ。なんとなく雲行きも怪しくなってきたしな」
 
 言われて空を見ると、進行方向に黒い雲が見えてきた。

 気がつけばディレンの姿はない。

「なんだったんだ」

 そうつぶやいて船室へと戻った。



 その後、今日もまた奥様のお供で、トーヤも甲板へ一緒に出てきた。
 昨日、せっかくの見ものを見逃した者たちも、急いで甲板に出て「中の国の上流婦人」の姿を満足そうに見ていた。

「定例にしてもらやあ、船客たちの気晴らしにもなるな」

 ディレンがニヤッと笑ってトーヤにそう言う。

「見物料別料金な」

 そう言っておいて一行は部屋へと戻った。
 そのすぐ後、海が、空が一変し、翌日の朝から船は縦に、横に、かき回されるような状態になった。



「おえええええ、なんだよ、これ、うっぷ、きもぢわる……」

 そう言ってベルがまた手洗い場へと走る。

 「手洗い場」と言ってはいるが、仕切った穴の下すぐは海だ。口から入ったものは出口からそのまま海に直行する仕組みになっている。

 他の船客たち、船員にはそれぞれ別に場所を設けているが、この船長室には専用の手洗い場があった。おそらく、船を造った時の船長の要望であったのだろう。おかげで後任の船長たちにも重宝されることとなった。

「落ちないとは思うが、気をつけろよ」

 人が落ちるような穴ではないが、揺れの中では気をつけるにこしたことはない。
 アランが様子を見に行くが、ベルは戻ってこられそうにない。

「大丈夫かなあ、ベル」

 シャンタルも心配そうに言うが、

「おまえは全然なんともないのか?」
「うん」

 知らん顔でゆったりと寝台に寝転んでいる。

「おい、おまえも神様ならちょっと揺れるの止めてくれよ、ベルがへろへろんなってるんだ!」
「そんなこと言われても」
 
 そもそもシャンタルにそこまでの力があるはずもなかろうが、アランも分かっていて何か言わずにはいられない。

「まあ、嵐といってもこのぐらいなら大したことない」

 トーヤが形だけ慰める、という風に言う。

「これでか!」
「俺が放り出された嵐に比べたらな」
「安心できねえー!!」

 そんなことを言っていると、船長室の扉が叩かれた。
 急いでシャンタルが頭からストールをかぶり、トーヤが気をつけて扉に近づく。

「はい」
「俺だ」

 ディレンの声であった。
 部屋の内側に吊るしてある布をめくり、扉を開ける。これで部屋の中は見渡せない。

「どうした」
「お嬢さんたちはどうしてる」
「ああ、奥様はなんともないが、侍女のほうがな、ちょっときてる」
「そうか、気の毒だが我慢してもらうしかないな」
「一応、俺とアランも中にいて付いてはいるんだがな、何かできるわけでもねえ」
「若いのは平気なのか」
「今のところはな」
「そんじゃ置いといても大丈夫か。ちょっと来いよ」
「なんだ」
「昨日の続きだ」

 トーヤが嫌そうに眉を寄せた。

「こんな大変な時に船長がのんびり昔話かよ、そんなことしてていいのか?」
「大丈夫だ、このぐらいの嵐、なんてこたあねえ。おまえだって分かってるだろうが」
「まあな」
「まあいいから顔貸せって。本当に俺が必要になったら誰か呼びに来るだろうさ」

 トーヤは嫌な顔をしたものの、なんとなく話の続きが気になって行くことにした。

 一度中に入り、シャンタルとアランにディレンに呼ばれたことを伝えて出てくる。
 アランが心配そうな顔をするが、目で大丈夫だと制して出てきた。



「それで、今度はどんな泣き言聞かせようってんだ?」
「いや、今度はそっちの番だ」
「何?」
「言っただろうが、話の流れなら話すって」
「それかよ」
「そうだ、さあ、話してもらおうか。おまえ、あっちで何してきた?」
「あのなあ」

 げんなりした風にトーヤが言う。

「なんでそうまで俺のことを知りたがるんだ?」
「言っただろうが、ミーヤに頼まれたって」
「それだけとは思えねえ」

 じろりとディレンをめつける。

「昔の女に頼まれたからって、そこまで律儀にするこたねえだろう」

 言われてディレンがふっと陰を含んだ笑みを浮かべる。

「多分、おまえと一緒だ」
「は?」
「おまえ、ミーヤがいなくなった後、なんもかんも嫌になってあの町から逃げ出しただろうが」

 トーヤは無言で答える。

「俺もな、なんか、何もかもなくしちまったように感じた。必死で仕事してごまかそうとしたが、だめだった」

 吐き出すように言って笑う。

「それで、何か自分の中に残ってねえかと思って探してたら、おまえが浮かんだ。あいつが残したたった一つのもん、それがおまえだった、ってだけだ」
「迷惑な話だな……」
「そんでな、もしも、おまえがまともな生活してたらな、多分それで気が済んだと思う。ところが、だ」

 ディレンがぐいっと身を乗り出した。

「おまえってやつは、自分から嵐の中に突っ込んでいくようなやつだとは思っていたが、見つけたらいつも、ろくでもないことしか、してやがらねえ」
「悪かったな……」

 トーヤが精一杯にらみつけてそう答える。

「そんなやつ、気にするなって方が無理じゃないか? え?」

 ふっと笑って、後ろに体重を移動するように座り直し、ディレンが続ける。

「で、あっちでは一体どんなろくでもないこと仕出かしてきたんだ、え? 聞かせてもらおうか。ミーヤの代わりに聞いてやるよ」
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