黒のシャンタル 第二話 「新しい嵐の中へ」<完結>

小椋夏己

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第一章 第二部 船上にて

 5 尋ね人

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 芝居を見た観客たちが満足し、それを伝え聞いた他の者たちも「見たかった」と言いながらも、特別扱いの不思議な乗客のことは納得をしたらしい。その後からはトーヤとアランに対する視線から、不審な者を見る光は薄くなっていた。

 翌日、出港から6日目もまた穏やかな日であった。

 午後の一時ひととき、アランと交代してまた甲板で海を眺めていたトーヤに、いつものようにディレンが近ついてくるのが見えた。

 聞こえる距離まで近づくのを待ち、聞こえよがしに大きく舌打ちしてから、背中で手すりにもたれ、いかにも不機嫌な顔で出迎える。

「ご機嫌斜めだな、用心棒」
「当たり前だろ」

 対照的にうれしそうに近づいてくるディレンに対し、吐き捨てるように言う。

「あんたもな、俺の話聞きたいと思うなら、べっぴんの一人でも連れてくるぐらいのこと、できねえもんかね。毎日毎日、むさい野郎に話しかけられたって、全然うれしくもなんともねえんだよ」

 さらにうれしそうに笑ってから、

「残念ながら、人魚でも出てきてくれねえ限りはそりゃ無理ってもんだ」

 ディレンがそう言う。

 嫌そうにするトーヤに遠慮なく並んで手すりにもたれる。
 もう一度舌打ちするトーヤを気にする風もなく、ごく普通に話しかけてくる。

「今日もいい天気でよかったな、おかげで安全に航海できる」
「そりゃよかったな」

 興味がなさそうにそう言って、ディレンを睨みつけていた顔を、また海の方に向き直す。

「穏やかなのはいいが、どこまでいってもこれじゃあ飽きないこともないけどな」

 穏やかな海を見ながら、トーヤがそう言う。

「いいじゃねえか、世の中、おまえみたいに嵐が吹き荒れてる方が好きって人間ばっかじゃねえからな」
「どういう意味だよ」
「さて、今日は何の話すっかな。話のついでなら色々話してくれるんだろ?」

 昨日の朝、トーヤが言ったことに引っ掛けてそう言ってくる。

「いっつも聞いてばっかりじゃ、あれだし、今日は俺の話でもするか」
 
 トーヤは何も答えないが、気にせずディレンが話を始める。

「ミーヤがああなった後な」

 あえて死んだという言葉を使わずにディレンが言う。

「俺は仕事があったんで海に出たわけだが、戻ってすぐおまえの様子を見にいった。そうしたら、船でシャンタルの神域へ向かったって言うじゃないか、そりゃ驚いた」
「へえ」
「しかも聞くところによると乗った船が『例の船』だ、心配した」
「まあ、あんたはそれですってんてんになったわけだしな」

 嫌味ったらしくトーヤが言う。

「そうだ、普通でも航海には危険がつきものなのに、それがあれだ。どうなったか気になった」
「そりゃありがたい」

 特にありがたくもなさそうにトーヤが言う。

「それで俺も東に向かった」
「なに?」

 今度はトーヤも驚いた。

「ミーヤに頼まれてたからな」

 ディレンが固い表情になって言う。

「ディレン、あの子、トーヤ、心配なの。あたしがいなくなった後も面倒見てやってくれる? 大事な子なのよ、息子なの。俺の手を握ってな、そう言ってた」

 トーヤは言葉がなかった。
 ミーヤのことを持ち出されると弱い。

「だから探しにいった」
「は?」
「おまえは東へ行ったことが分かってたからな、どこぞの港で追いつけるんじゃないかと思った。だが見つからなかった。東の港、ダーナスへ着いたらちょうど東へ行く船があったんで、雇ってくれって飛び乗ってあっちに行ったが、やっぱり見つからない。戻ってきたら会えるかも知れん、そう思ってここにいたら、一年ほどしておまえを見つけた」
「ああ」

 シャンタルを背負ってダーナスで出会った時のことだろう。

「無事だったとホッとした。ミーヤとの約束を守れねえんじゃないかと思い始めてた頃だったしな。どこぞで、海の藻屑と消え失せてるんじゃねえかとも考えた」

 実際、そうなりかけていたのだが、そのことは言わない。

「それでホッとしたものの、ちょうどあの時、またシャンタルの神域へ行く船に乗る時でな、それで追いかけられなかった。行き違いにはなったが、無事に帰ってきたことが分かったんで、まあいいかとそのままになった」
「それで?」
「それだけだ」

 あっさりと話を打ち切る。

「そうやってこのへんうろうろしてるうちに、ある船主に見込まれてな、そんであっち行く船の船長任されるようになって、見た通り、今は船長としてあっちとこっちを行き来するようになってる。気がつけばダーナスに根を下ろしてこんな生活してるってわけだ。つまり、おまえのせいでこうなってる」

 そう言って、なんとなくうれしそうに笑ったように見えた。

「人のせいにすんなよな……」
 
 それだけをなんとか口にする。

 まさか、自分を探している人がいたなんて思ったこともなかった。
 自分は天涯孤独、特に気にかける人間もいないと思っていたからこそ、あの時あの船に乗ったのだ。

「生きてくれててよかったよ」
「その後は探さなかったのか?」

 ふと聞いてみる気になった。

「ああ」
「なんでだ?」
「なんとなくだ」

 ディレンがすっきりした顔でそう言う。

「なんとなくだがな、おまえとはここでまた会える気がした。下手にあっちこっち探すよりここにいりゃいい、そんな気がした」

 ニヤッと笑いながらそう言った。
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