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第二章 第二部 宮と神殿
6 説得
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セルマは続ける。
「間違いありません、マユリアのご両親もきっと心待ちになられているはずです」
そうだ、これがもしも自分だったら、自分の両親だったらどれほど羨むことだろうか。
セルマは宮に入る時に別れてきた両親の姿を思い出す。
『セルマ、よくお仕えするのですよ』
『本当に我が家の誉れだ』
両親はそう言って満面の笑みで送り出してくれた。
セルマの家は下級貴族であった。
家柄こそ悪くはないが、経済状態はさほど良いものではない。
収入はそこそこあるが、貴族の付き合いでは出ていくものが驚くほど多いのだ。いつも両親はやりくりに汲々としていた。
表面上は優雅にしながら、水面下で必死に足を動かす水鳥のようだった。
セルマは小さな頃から出来がよく、7歳になった時に宮の募集があると、両親は迷いなくセルマに応募させた。
『もしもセルマがシャンタル宮の侍女に選ばれたら、我が家にとってこれほど名誉なことはない』
父がそう言ってセルマをはげました。
セルマも父の期待に応えねば、そう決意を固めて領地である故郷を出て、両親と共にシャンタリオへとやってきた。
そして合格した。
選ばれた時の両親の喜びようを、セルマは一生忘れるまいと思った。
その姿を頭に浮かべながら、独り言のようにセルマが続ける。
「ええ、そうですとも。不遜ながら、これがもしも私の身に起こったことであったなら、そう思うだけで喜びで体が震えます。私の両親がいかほど喜んでくれるか、それを考えるだけで、親孝行できた喜びで涙が溢れてきます」
マユリアが夢見るようなセルマの姿を無表情にじっと見る。
「在らざるようなこのような光栄な話、それにも神たる御身には届かぬというのでしょうか?だとすれば、それこそ傲慢というもの」
「傲慢」という単語にマユリアが驚いて目を丸くする。
そんな言葉をぶつけられたのは、これまでの人生で初めてのことだ。
「ええ、あえて言わせていただきます。これが、仮に神に対する無礼として天から罰を受けるようなことだとしても、私は、民の、この国の、そしてマユリアとそのご両親、ご家族のためとして申し上げます。マユリアは間違えていらっしゃいます!」
目を丸くしたままのマユリアのその目をじっと見つめて続ける。
「後宮へいらっしゃるとおっしゃってください、それがすべてのものの幸せだとセルマは断言いたします」
言い切った侍女と、それをじっと見ていた女神の視線が交差する。
両者がどちらも何も言わず、しばらくの間お互いを見つめ続けていた。
意外にも、視線を外したのはマユリアが先であった。
横を向き、小さく一つため息をつく。
「おまえの申したいことはよく分かりました」
ぽつりとつぶやく。
「で、では」
「いいえ、それとこれとはまた別の話です」
マユリアが視線を戻してセルマを見る。
「おまえが、心底からそう思って言ってくれていること、この世界の為を思って言ってくれているのだいうこと、それをよく分かったと言っています」
「それでしたら!」
「ですが」
マユリアが勢い込むセルマを遮って言う。
「それでもやはり、わたくしはわたくしの気持ちに正直にいたいのです」
静かに黒い美しい瞳が侍女を見る。
「ですが、おまえの申すことにも理はあります。わたくしは、両親はわたくしがそのもとに戻り、共に暮すことこそ幸せだと考えてくれるとそう思っていましたが、おまえの申すことこそを幸せと考えることもありえる、そこには気づいておりませんでした」
「では」
「いまいちど、そのことも含めて考え直してみます」
「あ、ありがとうございます!」
セルマは床に降りて片膝をつくと平伏した。
「それでは、これで用は終わりですか?」
マユリアが疲れた風に聞く。
「はい」
「ではお下がりなさい」
「はい、失礼いたします」
セルマはもう一度頭を下げると、立ち上がった。
「セルマ」
「はい」
マユリアが呼び止める。
「さきほどわたくしが申したこと、忘れずにいてください」
「さきほど……」
なんのことだっただろう。
正直、今の説得で精一杯で、その前にあったことは薄れてしまっている。
「キリエへの敬意を忘れぬように」
マユリアがはっきりと言う。
「これは、他の者からのおまえへの視線へもつながることです。目上の者、立場が上の者を疎かにする者は己も目下の者、立場が下の者からの敬意を受けられるとは考えぬことです」
キリエの名を出した途端、セルマの目には不服が浮かんだ。
「敬意を受けるべき者には、何があろうと敬意が集まるはずだと私は思います」
浮かんだ心のままをマユリアにぶつける。
「セルマ」
「はい」
「今一つ申したいことがあります」
「はい」
マユリアが少し冷たい目をセルマにぶつける。
「おまえは何者です?そしてわたくしは何者?」
「え?」
言わんとすることが分からずセルマが困惑する。
「では言い方を変えましょう。侍女とは何者です?そしてマユリアとは何者です」
「それは……」
おぼろに意味が分かった気がする。
「わたくしに何かを命ずることができるのはシャンタルだけ、話をできるのは国王だけ。おまえはそのことをよく知っているはずです。下がりなさい」
女神の最後通達であった。
「間違いありません、マユリアのご両親もきっと心待ちになられているはずです」
そうだ、これがもしも自分だったら、自分の両親だったらどれほど羨むことだろうか。
セルマは宮に入る時に別れてきた両親の姿を思い出す。
『セルマ、よくお仕えするのですよ』
『本当に我が家の誉れだ』
両親はそう言って満面の笑みで送り出してくれた。
セルマの家は下級貴族であった。
家柄こそ悪くはないが、経済状態はさほど良いものではない。
収入はそこそこあるが、貴族の付き合いでは出ていくものが驚くほど多いのだ。いつも両親はやりくりに汲々としていた。
表面上は優雅にしながら、水面下で必死に足を動かす水鳥のようだった。
セルマは小さな頃から出来がよく、7歳になった時に宮の募集があると、両親は迷いなくセルマに応募させた。
『もしもセルマがシャンタル宮の侍女に選ばれたら、我が家にとってこれほど名誉なことはない』
父がそう言ってセルマをはげました。
セルマも父の期待に応えねば、そう決意を固めて領地である故郷を出て、両親と共にシャンタリオへとやってきた。
そして合格した。
選ばれた時の両親の喜びようを、セルマは一生忘れるまいと思った。
その姿を頭に浮かべながら、独り言のようにセルマが続ける。
「ええ、そうですとも。不遜ながら、これがもしも私の身に起こったことであったなら、そう思うだけで喜びで体が震えます。私の両親がいかほど喜んでくれるか、それを考えるだけで、親孝行できた喜びで涙が溢れてきます」
マユリアが夢見るようなセルマの姿を無表情にじっと見る。
「在らざるようなこのような光栄な話、それにも神たる御身には届かぬというのでしょうか?だとすれば、それこそ傲慢というもの」
「傲慢」という単語にマユリアが驚いて目を丸くする。
そんな言葉をぶつけられたのは、これまでの人生で初めてのことだ。
「ええ、あえて言わせていただきます。これが、仮に神に対する無礼として天から罰を受けるようなことだとしても、私は、民の、この国の、そしてマユリアとそのご両親、ご家族のためとして申し上げます。マユリアは間違えていらっしゃいます!」
目を丸くしたままのマユリアのその目をじっと見つめて続ける。
「後宮へいらっしゃるとおっしゃってください、それがすべてのものの幸せだとセルマは断言いたします」
言い切った侍女と、それをじっと見ていた女神の視線が交差する。
両者がどちらも何も言わず、しばらくの間お互いを見つめ続けていた。
意外にも、視線を外したのはマユリアが先であった。
横を向き、小さく一つため息をつく。
「おまえの申したいことはよく分かりました」
ぽつりとつぶやく。
「で、では」
「いいえ、それとこれとはまた別の話です」
マユリアが視線を戻してセルマを見る。
「おまえが、心底からそう思って言ってくれていること、この世界の為を思って言ってくれているのだいうこと、それをよく分かったと言っています」
「それでしたら!」
「ですが」
マユリアが勢い込むセルマを遮って言う。
「それでもやはり、わたくしはわたくしの気持ちに正直にいたいのです」
静かに黒い美しい瞳が侍女を見る。
「ですが、おまえの申すことにも理はあります。わたくしは、両親はわたくしがそのもとに戻り、共に暮すことこそ幸せだと考えてくれるとそう思っていましたが、おまえの申すことこそを幸せと考えることもありえる、そこには気づいておりませんでした」
「では」
「いまいちど、そのことも含めて考え直してみます」
「あ、ありがとうございます!」
セルマは床に降りて片膝をつくと平伏した。
「それでは、これで用は終わりですか?」
マユリアが疲れた風に聞く。
「はい」
「ではお下がりなさい」
「はい、失礼いたします」
セルマはもう一度頭を下げると、立ち上がった。
「セルマ」
「はい」
マユリアが呼び止める。
「さきほどわたくしが申したこと、忘れずにいてください」
「さきほど……」
なんのことだっただろう。
正直、今の説得で精一杯で、その前にあったことは薄れてしまっている。
「キリエへの敬意を忘れぬように」
マユリアがはっきりと言う。
「これは、他の者からのおまえへの視線へもつながることです。目上の者、立場が上の者を疎かにする者は己も目下の者、立場が下の者からの敬意を受けられるとは考えぬことです」
キリエの名を出した途端、セルマの目には不服が浮かんだ。
「敬意を受けるべき者には、何があろうと敬意が集まるはずだと私は思います」
浮かんだ心のままをマユリアにぶつける。
「セルマ」
「はい」
「今一つ申したいことがあります」
「はい」
マユリアが少し冷たい目をセルマにぶつける。
「おまえは何者です?そしてわたくしは何者?」
「え?」
言わんとすることが分からずセルマが困惑する。
「では言い方を変えましょう。侍女とは何者です?そしてマユリアとは何者です」
「それは……」
おぼろに意味が分かった気がする。
「わたくしに何かを命ずることができるのはシャンタルだけ、話をできるのは国王だけ。おまえはそのことをよく知っているはずです。下がりなさい」
女神の最後通達であった。
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