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第三章 第二部 侍女たちの行方
19 悪人と善人
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「中の国の御一行にお会いになられたそうですね」
「ええ、お参りに来られましたから」
神官長がセルマとお茶を飲みながら話す。
ここは神官長の執務室、前日のエリス様御一行のお参りが話題に出ている。
陶器のカップには、淡い緑と茶が混じったような良い香りのするお茶が上品に入り、ゆるゆると湯気が立っている。その横に添えられた陶器の小皿の上に、しっかりと焼き締められ、しっとりシロップがしみこんだスポンジのような菓子が乗っていた。
神官長は親指と人差指でつまめるような大きさの菓子を一つ、フォークで刺して口に入れ、ゆっくりと口の中で溶ける食感を楽しんでいた。
以前の神殿ではこのような贅沢は考えられなかった。
お茶の時間には薄い茶色のお茶に固く焼かれたクッキーのような菓子が出ていた。
もちろんそれもそれなりには美味で、食べることに贅沢ではない神殿生活の中では贅沢な一瞬ではあったのだが、神殿の力が増し、宮の上層部と同じぐらいの力を持つようになってからというもの、このような菓子を献上されることが当然のようになっていた。
長年の神殿生活で質素な生活に慣れていた神官長にとって、このことがもしかすると一番計算外に喜ばしい出来事であったかも知れない。
「それで、どう思われました」
「どう、とは?」
「いえ、何か妙なところ、油断できないところなどは」
「ありませんでしたね」
神官長が思い出すようにする。
「話にもおかしいところはないようでした。それに衛士も取り調べを行ったのでしょう? 何かあれば黙って置いておくとは思えません」
「そうです、ですが」
セルマが少しだけ身を乗り出して話す。
「あの一行はキリエ殿の肝いりでここに滞在しています。もしも、あの者たちに何か疵でもあればその責任を問えるかと思います」
「キリエ殿は不調で大人しくしているのではないのですか?」
「ええ、それはそうです」
そのために、キリエの力を削ぐために薬を飲ませ、毒の花で体調不良の状態にしているのだ。
少なくとも、今もまだその状態が続いているとセルマはそう信じていた。
「ですが、それだけではなく、実際にキリエ殿が信頼を失うようなことでもあれば、もっと話は早いかと思います」
「ふうむ」
神官長はヤギのようなひげが濡れないように撫でつけてから、陶器のカップの取っ手を持って口に近づけ、良い香りのあまり熱くはないお茶でゆっくりと口を潤した。
「実は、そのために少しばかり布石を打っております」
「ほう」
「この宮に不穏な事柄を持ち込んだ一行、そのような印象をつけようと、月虹隊の本部に文を投げ入れさせております。あの者たちに悪意がなくとも、リュセルスの民が聖なる宮を穢す者たちと受け止めるようになれば、預かっているキリエ殿へ向けられる目は厳しくなるだろうと」
あの手紙を出した犯人はセルマだった。
「そのようなことをしているのですか」
「はい。あくまで印象を悪くするだけ、そのぐらいの目的です」
セルマは投げ文の内容を説明する。
中の国の一行を襲った犯人を知っている、なぜ早く捕まえないのか、そんな危険な者たちを聖なるシャンタル宮に置いていていいのか、主にそのような内容であった。
悪意を持って行動しようとしても、元が侍女として宮に仕えているセルマである。元々の悪人ではない、できることはそれで精一杯であった。
「それで衛士が取り調べにきたのだと思います」
セルマは知らない。
その後でトーヤたちが主にラーラ様を守る目的で、宮の中に犯人がいるかのように追加の手紙を出していること、そしてその追加の手紙と、ダルの進言こそが衛士を、ルギを動かしたのだということを。
「そのことで奥宮の警備が厳しくなったということは?」
「あると思います」
「衛士が警備を厳しくしたのは、宮に外からの侵入者が入らないように、そういうことでしょうか」
「はい、そうだと思います。今では警護の者の数を増やし、奥宮への出入りも厳しくなっておりますし」
「奥宮への?」
「はい」
それはおかしいではないか。
もしも警備を厳しくするというのなら、中の国の者たちがいる前の宮をこそ見張るはず。そうではなく、なぜ奥宮への出入りが厳しくなっているのか。
神官長のそんな疑問に気づかぬように、セルマが話を続ける。
「今は、その衛士の目が、もっと厳重に中の国の方に向くようにできないかと思っています」
「ふむ」
神官長はもう一度お茶を口にしながら、少しだけセルマに失望を感じていた。
あまりにも善人過ぎる。そんな投げ文だけで衛士が動くと、動かせたと思っているのだろうか。第一、奥宮への警備が厳しくなるとラーラ様に対して圧力をかけにくくなるではないか。
もしくは、キリエへの対抗心、反感が強いあまり、そちらにばかり目が向いているのか。
神官長とて神に仕える身、根っからの悪人ではない。
だが、長年生きてきて、宮や神殿の外の人間、王宮や貴族、他に権力を持つ者などとも接触して、それなりの悪意にも触れてきている。自分がその悪意をどうこうしようという気は、それなりに権力を手にしてきた今でも好んでやりたいとは思ってはいない。
だがセルマのやり方は少しばかり方向が違う、そう思っていた。
「ええ、お参りに来られましたから」
神官長がセルマとお茶を飲みながら話す。
ここは神官長の執務室、前日のエリス様御一行のお参りが話題に出ている。
陶器のカップには、淡い緑と茶が混じったような良い香りのするお茶が上品に入り、ゆるゆると湯気が立っている。その横に添えられた陶器の小皿の上に、しっかりと焼き締められ、しっとりシロップがしみこんだスポンジのような菓子が乗っていた。
神官長は親指と人差指でつまめるような大きさの菓子を一つ、フォークで刺して口に入れ、ゆっくりと口の中で溶ける食感を楽しんでいた。
以前の神殿ではこのような贅沢は考えられなかった。
お茶の時間には薄い茶色のお茶に固く焼かれたクッキーのような菓子が出ていた。
もちろんそれもそれなりには美味で、食べることに贅沢ではない神殿生活の中では贅沢な一瞬ではあったのだが、神殿の力が増し、宮の上層部と同じぐらいの力を持つようになってからというもの、このような菓子を献上されることが当然のようになっていた。
長年の神殿生活で質素な生活に慣れていた神官長にとって、このことがもしかすると一番計算外に喜ばしい出来事であったかも知れない。
「それで、どう思われました」
「どう、とは?」
「いえ、何か妙なところ、油断できないところなどは」
「ありませんでしたね」
神官長が思い出すようにする。
「話にもおかしいところはないようでした。それに衛士も取り調べを行ったのでしょう? 何かあれば黙って置いておくとは思えません」
「そうです、ですが」
セルマが少しだけ身を乗り出して話す。
「あの一行はキリエ殿の肝いりでここに滞在しています。もしも、あの者たちに何か疵でもあればその責任を問えるかと思います」
「キリエ殿は不調で大人しくしているのではないのですか?」
「ええ、それはそうです」
そのために、キリエの力を削ぐために薬を飲ませ、毒の花で体調不良の状態にしているのだ。
少なくとも、今もまだその状態が続いているとセルマはそう信じていた。
「ですが、それだけではなく、実際にキリエ殿が信頼を失うようなことでもあれば、もっと話は早いかと思います」
「ふうむ」
神官長はヤギのようなひげが濡れないように撫でつけてから、陶器のカップの取っ手を持って口に近づけ、良い香りのあまり熱くはないお茶でゆっくりと口を潤した。
「実は、そのために少しばかり布石を打っております」
「ほう」
「この宮に不穏な事柄を持ち込んだ一行、そのような印象をつけようと、月虹隊の本部に文を投げ入れさせております。あの者たちに悪意がなくとも、リュセルスの民が聖なる宮を穢す者たちと受け止めるようになれば、預かっているキリエ殿へ向けられる目は厳しくなるだろうと」
あの手紙を出した犯人はセルマだった。
「そのようなことをしているのですか」
「はい。あくまで印象を悪くするだけ、そのぐらいの目的です」
セルマは投げ文の内容を説明する。
中の国の一行を襲った犯人を知っている、なぜ早く捕まえないのか、そんな危険な者たちを聖なるシャンタル宮に置いていていいのか、主にそのような内容であった。
悪意を持って行動しようとしても、元が侍女として宮に仕えているセルマである。元々の悪人ではない、できることはそれで精一杯であった。
「それで衛士が取り調べにきたのだと思います」
セルマは知らない。
その後でトーヤたちが主にラーラ様を守る目的で、宮の中に犯人がいるかのように追加の手紙を出していること、そしてその追加の手紙と、ダルの進言こそが衛士を、ルギを動かしたのだということを。
「そのことで奥宮の警備が厳しくなったということは?」
「あると思います」
「衛士が警備を厳しくしたのは、宮に外からの侵入者が入らないように、そういうことでしょうか」
「はい、そうだと思います。今では警護の者の数を増やし、奥宮への出入りも厳しくなっておりますし」
「奥宮への?」
「はい」
それはおかしいではないか。
もしも警備を厳しくするというのなら、中の国の者たちがいる前の宮をこそ見張るはず。そうではなく、なぜ奥宮への出入りが厳しくなっているのか。
神官長のそんな疑問に気づかぬように、セルマが話を続ける。
「今は、その衛士の目が、もっと厳重に中の国の方に向くようにできないかと思っています」
「ふむ」
神官長はもう一度お茶を口にしながら、少しだけセルマに失望を感じていた。
あまりにも善人過ぎる。そんな投げ文だけで衛士が動くと、動かせたと思っているのだろうか。第一、奥宮への警備が厳しくなるとラーラ様に対して圧力をかけにくくなるではないか。
もしくは、キリエへの対抗心、反感が強いあまり、そちらにばかり目が向いているのか。
神官長とて神に仕える身、根っからの悪人ではない。
だが、長年生きてきて、宮や神殿の外の人間、王宮や貴族、他に権力を持つ者などとも接触して、それなりの悪意にも触れてきている。自分がその悪意をどうこうしようという気は、それなりに権力を手にしてきた今でも好んでやりたいとは思ってはいない。
だがセルマのやり方は少しばかり方向が違う、そう思っていた。
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