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第三章 第二部 侍女たちの行方
20 良心と覚悟
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「取次役殿」
「は、はい」
セルマが少し構えながら答える。
神官長はいつもは「セルマ」と親しげに名前を呼んでくれている。それがわざわざ役職名で呼ぶのは、何か思うところがあるからであろう。
「少し違うように思います」
神官長がはっきりと言う。
「今、やらねばならないことはなんでしょう?」
「え?」
言われてセルマが考える。
「マユリアからキリエ殿とラーラ様を引き離すこと、そうして不安になられてあなたを頼りにするようにする、そうでしたよね」
「は、はい」
「それはなによりも、マユリアに後宮入りをご納得いただくため。それが一番でしたよね」
「はい」
「その投げ文はその役に立っているとは思えません」
きっぱりと切り捨てられた。
セルマは言葉もなくうなだれるしかない。
「ですが」
神官長は続ける。
「もうやってしまったことは仕方がありません、では、それを活かす方向で考えましょう」
「申し訳ありません」
神官長がどこをダメだと言っているのか、まだセルマは理解できなかったが、そう言われてしまえばもうどうしようもない。
「あなたが申す通り、中の国の御一行に不審の目を向けさせてキリエ殿に責任を問う、そうしてそれをラーラ様やラーラ様に付く古い侍女たちにもつなげられればよいのですが」
神官長は知っている。
セルマは善人である。だからこそ、考えが甘く、どの方向に動けばいいかを見極める目がやや甘い。それは、何よりも人を傷つけたくない、そう思っているからだ。
だが、その方向性を定めてやれば、そちらの方向に向かって動く能力は高い。それを見抜いたからこそ、セルマを取り込むことに決めたのだ。
「いっそ、ネイやタリア、その他に誰か邪魔になるような、思い浮かぶ侍女がいるなら、まとめて引き離す手を考えるということもあるかと思います。誰かいますか?」
「あ、はい」
とっさに頭に浮かんだ侍女がいる。
『私は目の前に見えること、自分が大事だと思うこと、そう思うことのために生きていますからね。そんなあるかないか分からないようなことのために、自分の信念を曲げ、何度も何度も頭に血を上らせ、そうして自分自身を追い詰め、周囲を傷つけて回るようなことをしている時間などないのですよ』
『眼前のことをうまく片付けられぬ者が、世界の行く末をどうこうできるように私には思えないのですけどねえ』
フウだ。
セルマの天敵と呼んでもいいほど考えの、動きの読めない侍女が一人いる。
思い出すだけでカッと血が逆流するのを感じる。
「はい、おります。フウと申しまして、わたくしよりやや年長で、キリエ殿を崇拝するようにしております」
「ほう」
神官長がヤギひげを撫でながら考える。
「では、その者に責任をかぶってもらいましょう」
「は?」
「キリエ殿の体調不良、その犯人がその侍女ということにして、同じくその共犯の疑いをラーラ様、ネイ、タリアに向けましょう」
「え!」
セルマには思ってもみないことであった。
「あの、そのようなことを」
「できませんか?」
「いえ、あの……」
セルマは返答に詰まる。
確かにフウは邪魔だ、そう思った。
だが、何もやっていない人間にない罪をかぶせ、しかも関係のない者まで巻き込んで、悪人に仕立て上げようとする。そんな、そんなことを……
(そんな恐ろしいことをやらねばならないのだろうか)
セルマの良心がそう訴えかけてくる。
「どうしました、できませんか?」
「いえ……」
セルマは困り、それだけ言うと黙って俯いてしまった。
「中の国の方たち」
言われてセルマが伏せた顔を上げる。
「憲兵や衛士に疑いの目を向けさせよう、そうしてましたよね」
「はい……」
「どこが違うのですか?」
「どこが……」
「違いがありますか?」
「違いが……」
「同じでしょう?」
「同じ……」
言われるたび、セルマの心には神官長の言う通りだという声が大きく広がっていく。
そうだ、すでに自分は同じことをしている。
相手が中の国の方であるか、それとも同じ侍女であるかの違いだけだ。
「同じです、同じことをすでにわたくしはやっております」
神官長が満足したような笑顔をセルマに向ける。
「ならば、あなたのやることは、やるべきことは何か、分かりますね?」
「はい」
セルマが決意を決めた目を神官長に向けた。
「はい、この国のため、世界のため、そのためにわたくしはなんでもやる、そう決めたのですから」
「よく言いましたね」
神官長が心底感心をした声音で言う。
「何か助けることがあればまた声をかけなさい」
「はい」
つまりセルマに丸投げということか。
「私はあなたを信じていますからね」
ダメ押しだった。
「はい、おまかせください。そしてまたお力をお借りするかも知れません」
セルマはそれだけ言うと神官長の執務室を後にした。
良心には封印をする。
その覚悟を自分はとっくに決めたのだ。
それが、どれだけ非道なことだとしても、この国のため、この世界のため、正義のためなのだ。
そう自分に言い聞かせながら自室へと戻る。
頭の中ではすでにどうすればいいかをまとめ始めていた。
「は、はい」
セルマが少し構えながら答える。
神官長はいつもは「セルマ」と親しげに名前を呼んでくれている。それがわざわざ役職名で呼ぶのは、何か思うところがあるからであろう。
「少し違うように思います」
神官長がはっきりと言う。
「今、やらねばならないことはなんでしょう?」
「え?」
言われてセルマが考える。
「マユリアからキリエ殿とラーラ様を引き離すこと、そうして不安になられてあなたを頼りにするようにする、そうでしたよね」
「は、はい」
「それはなによりも、マユリアに後宮入りをご納得いただくため。それが一番でしたよね」
「はい」
「その投げ文はその役に立っているとは思えません」
きっぱりと切り捨てられた。
セルマは言葉もなくうなだれるしかない。
「ですが」
神官長は続ける。
「もうやってしまったことは仕方がありません、では、それを活かす方向で考えましょう」
「申し訳ありません」
神官長がどこをダメだと言っているのか、まだセルマは理解できなかったが、そう言われてしまえばもうどうしようもない。
「あなたが申す通り、中の国の御一行に不審の目を向けさせてキリエ殿に責任を問う、そうしてそれをラーラ様やラーラ様に付く古い侍女たちにもつなげられればよいのですが」
神官長は知っている。
セルマは善人である。だからこそ、考えが甘く、どの方向に動けばいいかを見極める目がやや甘い。それは、何よりも人を傷つけたくない、そう思っているからだ。
だが、その方向性を定めてやれば、そちらの方向に向かって動く能力は高い。それを見抜いたからこそ、セルマを取り込むことに決めたのだ。
「いっそ、ネイやタリア、その他に誰か邪魔になるような、思い浮かぶ侍女がいるなら、まとめて引き離す手を考えるということもあるかと思います。誰かいますか?」
「あ、はい」
とっさに頭に浮かんだ侍女がいる。
『私は目の前に見えること、自分が大事だと思うこと、そう思うことのために生きていますからね。そんなあるかないか分からないようなことのために、自分の信念を曲げ、何度も何度も頭に血を上らせ、そうして自分自身を追い詰め、周囲を傷つけて回るようなことをしている時間などないのですよ』
『眼前のことをうまく片付けられぬ者が、世界の行く末をどうこうできるように私には思えないのですけどねえ』
フウだ。
セルマの天敵と呼んでもいいほど考えの、動きの読めない侍女が一人いる。
思い出すだけでカッと血が逆流するのを感じる。
「はい、おります。フウと申しまして、わたくしよりやや年長で、キリエ殿を崇拝するようにしております」
「ほう」
神官長がヤギひげを撫でながら考える。
「では、その者に責任をかぶってもらいましょう」
「は?」
「キリエ殿の体調不良、その犯人がその侍女ということにして、同じくその共犯の疑いをラーラ様、ネイ、タリアに向けましょう」
「え!」
セルマには思ってもみないことであった。
「あの、そのようなことを」
「できませんか?」
「いえ、あの……」
セルマは返答に詰まる。
確かにフウは邪魔だ、そう思った。
だが、何もやっていない人間にない罪をかぶせ、しかも関係のない者まで巻き込んで、悪人に仕立て上げようとする。そんな、そんなことを……
(そんな恐ろしいことをやらねばならないのだろうか)
セルマの良心がそう訴えかけてくる。
「どうしました、できませんか?」
「いえ……」
セルマは困り、それだけ言うと黙って俯いてしまった。
「中の国の方たち」
言われてセルマが伏せた顔を上げる。
「憲兵や衛士に疑いの目を向けさせよう、そうしてましたよね」
「はい……」
「どこが違うのですか?」
「どこが……」
「違いがありますか?」
「違いが……」
「同じでしょう?」
「同じ……」
言われるたび、セルマの心には神官長の言う通りだという声が大きく広がっていく。
そうだ、すでに自分は同じことをしている。
相手が中の国の方であるか、それとも同じ侍女であるかの違いだけだ。
「同じです、同じことをすでにわたくしはやっております」
神官長が満足したような笑顔をセルマに向ける。
「ならば、あなたのやることは、やるべきことは何か、分かりますね?」
「はい」
セルマが決意を決めた目を神官長に向けた。
「はい、この国のため、世界のため、そのためにわたくしはなんでもやる、そう決めたのですから」
「よく言いましたね」
神官長が心底感心をした声音で言う。
「何か助けることがあればまた声をかけなさい」
「はい」
つまりセルマに丸投げということか。
「私はあなたを信じていますからね」
ダメ押しだった。
「はい、おまかせください。そしてまたお力をお借りするかも知れません」
セルマはそれだけ言うと神官長の執務室を後にした。
良心には封印をする。
その覚悟を自分はとっくに決めたのだ。
それが、どれだけ非道なことだとしても、この国のため、この世界のため、正義のためなのだ。
そう自分に言い聞かせながら自室へと戻る。
頭の中ではすでにどうすればいいかをまとめ始めていた。
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