黒のシャンタル 第二話 「新しい嵐の中へ」<完結>

小椋夏己

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第三章 第三部 ベルと神殿

 4 持たざる者

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「大変お恥ずかしい話です……」

 そう言って恥ずかしそうに頭を下げるベルに、神官が少し気の毒そうに声をかける。

「いえ、恥ずかしいことなどございませんよ。神殿は、神は、持てる者にだけその手を差し伸べるものではありません」
 
 ベルは神官の言葉を聞き、少し上目遣い、ちょっとうるっとした目に見えるといいなと思いながら、そんな目つきで神官を見上げる。

「ありがとうございます、そう言っていただくと心が楽になります」
「いえ」
「ではあの、寄進がなくともお参りに越させていただいていいということでしょうか?」
「もちろんです」
「ああ、よかった……」

 もう一度俯き、胸の前で両手を組み、いかにも神に感謝! という風を装って見せる。

「では、またお参りに伺ってもよろしいでしょうか」
「はい、もちろん。ご主人や護衛の方もぜひともご一緒に」
「それが、奥様なのですが、あの……」

 もう一度恥ずかしそうに下を向き、言葉があまり外に出ないように、そんな感じでほそぼそと話をする。

「お参りをして大変お心が軽くなられたそうです。ありがたかったと」
「それはよかった。ではぜひとも」
「それが……」

 もっともっと恥ずかしそうに俯く。

「奥様が、これ以上の寄進はできぬので、もうお参りには来られない、と……」
「そんな」

 神官が憐れむような目で中の国の侍女を見つめた。

「そんなことはお気になさらず。あのように多額の寄進をすでにいただいているのです、お気になさらずいつでもお参りにお越しください。ご主人にもそうお伝えください」
「ありがとうございます!」

 ベルはぱあっと明るい顔になってそう言う。

「きっと、奥様もお喜びに……」

 言いかけて、また消え入るよに黙り込んだ。

「どうなさいました?」
「あ、はい……大変ありがたいお申し出、とてもうれしく思いますが、ただ、奥様が……」
「ご主人が?」
「あ、はい。それを良しとはなさらないのではないかと」
「なぜです?」
「それは、奥様が旦那様の恥になるようなこと、寄進もなくお参りするなど厚かましいこととお考えになるだろうと思うからです」
「そんなことは」
「いえ、お国では大変高いお立場の旦那様です。その妻たる者が、そのようなこととてもできない、奥様はきっとそうお思いです……あの!」
「はい!」

 神官がベルの勢いに気圧されるように返事をする。

「あの、あの、奥様に、なんとかそのあたりを折れて、お気持ちが楽になるようにこちらにお参りしていただける方法、ございませんでしょうか。それをご相談いたしたく、このような時刻に失礼を承知の上で参りました!」
 
 神官は感心した目でベルを見る。

 この侍女は、それを相談したくてこんな早朝、まだ誰もが眠っている時間を見計らってここまでやってきたのだろう。その主人思いな気持ちを哀れとも、そして素晴らしいとも思っていた。

「正直に申し上げます」

 ベルの言葉を黙って神官が聞き入る。

「奥様は、それはたくさんの財産をお持ちでいらっしゃいました。ご事情がご事情なだけに、その全部を持ち出すことはとてもできず、持てるだけの物を持ってこちらにいらっしゃったのですが、ご存知の通り、こちらで正体の分からぬ者の襲撃を受け、宮に保護を求め、こちらでお世話になっております。その折、侍女頭のキリエ様に、今持っている全部の財産を差し出す、そうおっしゃいました」
「そうなのですか」

 神官はその話は知らなかったようだ。

「はい。シャンタルの託宣をいただきたい、そう申し出た時にそう決意なさいました」
「それはまた、なぜなのです」
「はい。託宣についてよくご存知なかったのです、奥様は。それで、託宣をいただいた結果によって、もしも旦那様のお迎えが来られる日が分かったなら、その日までを期限として宮の庇護を願い、もしも、もしも、旦那さまのお迎えがない、そのような結果をいただきましたら」

 ベルが言葉を止め、一つ息を吸ってから続ける。

「その後、もうご自分の命はここで終わらせてしまう、そのご覚悟だったのです」
「なんと……」

 神官がベルの話に言葉を失った。

「ですので、持っている物を全て宮に、シャンタルに差し出すと、そうお決めになられました」
「いやいや、それは間違いです」
「はい、それをキリエ様に伺いました。そうして諭してくださって、シャンタルの託宣とはそのような占いのようなものではない、そうも伺いました」
「そうですか。よかった」
「はい、ありがとうございます」

 またベルは頭を下げる。

「そして、お気持ちだけで結構とお聞きして、それでも大部分を寄進なさいました。今回、神殿にお参りに伺うのに、その残りのまた大部分を奥様は寄進なさったのです」
「なんと……」
「ですので、大変心は安らいだが、これ以上神殿に甘えることはできない。そうおっしゃって、ため息をついていらっしゃるのを見て、私が勝手に、こんな恥ずかしいお願いに上がったのでございます……」

 ベルがそう言って深く俯き、小さく肩を震わせる。

 神官はその様子を見て、なんと気の毒な一途な侍女なのだとベルの姿に感じ入っていた。
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