黒のシャンタル 第二話 「新しい嵐の中へ」<完結>

小椋夏己

文字の大きさ
253 / 354
第三章 第三部 ベルと神殿

 5 死神と呼ばれる男

しおりを挟む
「あの、なんとかならないでしょうか。今はもう、こちらにお参りすることだけが、奥様のお慰めになる、私はそのような気がしています」
「そうなのですか」

 神官が少し考え込む。

「私の一存ではなんともお答えしかねますが、神官長に相談の上、何か良い方法がないか考えてみます。少しお時間をいただけますか」
「はい、はい、もちろんです」

 ベルは座ったまま、できる限り深く頭を下げる。

「ご主人に、奥様に知られたくはないのですね」
「はい、できましたら」
「ううむ」

 連絡方法も考えなければならないようだ。

「分かりました、ではお昼過ぎにもう一度ここにお越しください。その時までになんとか何か神官長のお話はさせていただけると思います。その時刻までに無理だった時には、そうですね、また明日の朝、申し訳ありませんがこの時刻にここにお越しになれますか?」
「はい、はい、もちろんです」

 そう答えながら、ベルは心の中で盛大に舌打ちをしていた。

(冗談じゃねえ、毎朝毎朝この寒いのに暗い中、こんなとこまで来いってのかよ、今日中に頼むぜ、今日中にな!)

 およそ侍女とはこの世の果てまでかけ離れた感想を持ちながら、顔だけはうるうると感激した侍女を演じる。

 そうして、まだ暗い中を何度も礼を言いながら自室へと戻っていった。



「帰ったぜ」

 フンッとふんぞり返るようにソファに腰を下ろし、ベルがはあっと息を吐く。

「まったく、遠いし寒いし眠いし、まったくよお!」

 ベルがエリス様に与えられた部屋に戻ったのは、まだ1つ目の鐘が鳴る前であった。

「思ったより早かったな、おつかれさん」

 まだ「緋色の戦士」の扮装をしていないトーヤがそう言ってねぎらう。

「あー疲れた疲れた、ほれ、足もんで、足。冷えた」

 ベルがここぞとばかり、偉そうにそう言って、侍女のスカートから膝下までをひょいっとトーヤに差し出す。

「おま、女の子がはしたない!」

 急いでアランがスカートを引っ張り、頭を思いっきりはたいた。

「いで! なにすんだよ兄貴!」
「はしたないだろうが!」
「なんだよ! 一仕事終えたんだからそんぐらい言わせろよな!」
「言うだけにしろ!」

 朝っぱらから兄妹きょうだいげんかが始まりそうになる。

 そんな2人を見て奥様ことシャンタルがクスクス笑い、

「トーヤもベルの足ぐらいもんでもいいと思うけど、アランが言うことももっともだね。とても侍女のふるまいではありませんことよ?」
 
 と、からかった。

「ちぇっ、しゃあねえな、奥様がそう言うならやめとくよ」

 それでアランも気持ちを収め、3人がベルの報告を聞く。

「ってことは、昼にまた来いってのか」
「そうだよ。そんで間に合わなかったらまた明日だとさ、めんどくせー」
「まあ、そう言ってんなら行くしかないな。それより、そろそろ部屋へ引っ込むとかしとかないと、今朝の当番はアーダだろ、2番目の鐘が鳴る頃に来るぞ」
「ほんとだ、整えとかないと」

 侍女たちは自分たちは1番目の鐘で目を覚ますらしいが、2番目の鐘からそれぞれの受け持ちの部署で仕事を開始できるように支度をする。

「朝早いよなあ、一番目の鐘ってさ」
「そうだな」
「えらいよなあ、アーダもミーヤさんも。そんな早くから起きて働いてさあ」
「そうだな」

 ベルの独り言になんとなくトーヤが答えている。



 傭兵暮らし、戦場暮らしをしていると、それこそ時間なんぞあってもないようなものだ。
 一応古くからの慣例として、戦闘は夜明けから日の入りまでと決まってはいるものの、夜討ち朝駆けなど当然のことだ。どこも自分が勝つことに必死なのだから無理もない。

 それでも一応はその決まりはなんとなく守られてはいる。
 ある日の日の入りの時、これでもう明日からの戦いは続けられない、そう判断した片一方が戦場からとっとと逃げ出してその戦は終わり、そういうことが結構ある。
 そうなると残された方が勝ちだ。戦場に残った戦利品などがあれば拾ってそれも持って帰って実入りの一つにする。そのさらに残りを「戦場稼ぎ」をやっている子どもたちなどが拾って生きる糧にする。
 中には戦が完全に終わっていない戦場で、夜のうちにそんなものを拾って回る者もいるが、敵の夜討ちと間違えてやられることもある。命がけだ。

 そしてとことんまでやるならば、どちらかが全滅するまでが戦の終わりだ。
 その戦いの一番の親玉、どこぞの王族だの首長だの貴族だの、なんだかそういう者と、それに付きしがたう臣下たち、そういった者たちは、最後の最後まで命をかけ、もしくは捕虜になって戦えなくなるまで戦い続けることを望む者も多い。
 だが、トーヤたちのような傭兵はあくまで金で雇われているだけ、できる限りのことはするが、そういう親玉に当たってしまったら、できるだけ「引け時」を見極めて、その場から逃げるに限る。

 ただそれも、あまりに早くに逃げ出すと「あいつは信用できない」と次からは仕事をもらえなくなる。見極め時が大切だ。
  
 その点でトーヤは、何度も全滅する部隊にいながら一人だけ生き残ったり、負け確定の部隊が勝つようにひっくり返すまで残っているもので、「死神に見放された男」や「死神」などという不吉な二つ名をいただきながらも、信用が高かったのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~

さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。 全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。 ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。 これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

廃城の泣き虫アデリー

今野綾
ファンタジー
領主の娘だったアデリーはある日家族を殺され育った領地から命からがら逃げ出した。辿り着いた先は廃城。ひとり、ふたりと住人が増える中、問題が次々とおこって… 表紙はフリー素材です

処理中です...