黒のシャンタル 第二話 「新しい嵐の中へ」<完結>

小椋夏己

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第三章 第三部 ベルと神殿

 7 ベルの判断

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 神官はそうして頭を下げると部屋から出ていき、ベルは一人で待つことになった。

 間もなく、見たことのあるヤギひげの細い男が部屋へ入ってきた。扉を閉め、ベルの前の席に座る。

「話は神官から伺いました」

 そう言われて黙ってベルが頭を下げる。

「ご主人に知られず、ご主人が神殿にお参りに来られるようにならないか、そういうことでよろしいのですよね」
「はい」
「なかなかに難しいとは思いますが」

 ヤギ神官長はそう言って一度言葉を切る。

「ですが、手を尽くしてみたいとは思います」
「本当ですか!」

 ベルは椅子から腰を浮かしながら声を高めてそう言い、

「ありがとうございます! 神殿にご相談させていただいて本当によかったです!」

 斜め下を向くと涙を拭く素振そぶりをする。

「頭を上げてください」

 神官長にそう言われ、ゆっくりと頭を上げ、うるうるとした瞳で見上げる。
 泣く振りをして軽くあくびをしておいた。

「神殿から直接どうのということは難しいと思います。それで、宮のある方をご紹介しようと思います。その方から神殿へお参りに行ってはどうか、そう言ってもらえたら、うまくこちらに通えるようになるかも知れません」
「そうなのですか」

 ベルは、なんとなくあの人かなとある人の名前を浮かべる。まだ会ったことはないので顔は分からない。

「ええ。取次役のセルマ殿、ご存知ですか?」

 やっぱりか。

「いえ、お名前ぐらいしか」
「そうですか。立派な侍女の方です。侍女頭のキリエ殿と力を合わせて宮を運営なさっています」

 ほう、そんな話初めて聞いた、邪魔にしてんじゃなかったっけ。

「キリエ殿が病床に臥しておられる今、セルマ殿のお力を借りるのが、ご主人としてもご安心ではないかと、お話をさせていただきました」

 仕事が早いな。

 ベルは心の中で色々と返事をしながら、黙って神官長の顔を見つめ続ける。

「それで、色々とセルマ殿と相談をしたのですが、これからセルマ殿と共にエリス様をお尋ねしようか」
「え」

 さすがに声が出る。

「少しお話をさせていただきたいと思います」
「あの……」

 どういうつもりなんだこのおっさん。

「大丈夫です。あなたからのお話とは一切申し上げませんから」
「ですが……」

 なんの話するつもりなんだよ、だから。

「神殿の方からエリス様に来ていただきたい、そういうお話をさせていただきたいと思います」
「え、それはどうして」
「そこをセルマ殿にお願いいたします」

 そんでおれらをそっちに取り込もうってことか。

 ベルは少し考える振りをする。



『いいか、判断はおまえに任せる』


 
 今度の話を決める時、トーヤにそう言われてベルは驚いた。
 今までベルは、そんな大きな判断を任せられたことがないからだ。



「そんな、そんなこと言われても……」



 戸惑うベルにトーヤが続けて言った。



『俺はおまえを、おまえの人を見る目、鋭い勘を信用してる。俺たちと一緒におまえはそれなりに地獄を見てきてる。その覚悟を決めて一緒にいたんだろうが。だから自分をもっと信用しろ』



 トーヤはそう言ってくれた。



『それにな、もしもそれで失敗しても、その時はおまえに任せると判断した俺の失敗だ。だから気楽に判断しろ』


 
 そしてそうも言って笑った。



 なにくそ、とベルは思った。


 
(おれだって、おれだってな、だてにトーヤやシャンタル、兄貴と一緒に戦場暮らししてきたんじゃねえんだよ、地獄見てきたわけじゃねえんだよ)



 よく考えて、そして判断するんだ。
 間違えた方向にいかないように。

 

「いかがです?」

 ベルが考え込んでいると神官長がまたそう聞いてきた。

「はい……」
「もしも、それでもご主人に知られるのではないかと不安だ、なかったことにしてほしいとおっしゃるのなら、それはそれでそのお考えを尊重いたしますよ」

 押してだめなら引いてきた、か。

 人間というのは、そのように言われると不安になるものだ。
 そのあたりの心情もよく知っているようだとベルは思った。

「はい、あの、はい……」

 もうちょっと迷う振りしてみるか。

「ご主人にはなんとおっしゃってこちらにいらっしゃいました?」
「え?」
「いえ、お時間は大丈夫かと思いまして」
「あ、あの、はい、食後に少し散歩をと」
「そうですか。お時間が大丈夫なら、もう少しお考えになってもよろしいですよ。私もまだ少し時間がありますので、お付き合いいたしますし」
「あ、あの、はい、ありがとうございます」

 さりげに時間のこと持ち出して焦らせてきたな。



(ってことはだ、どうやってもセルマをエリス様と接触させたいってことだな)



 何をどう目論んでいるのかは分からないが、それしか手がないようにベルは思った。



(このままじっと部屋で待ってても一緒だしな。だったら動きを見るためにも話にのるしかねえか)



 少し目を伏せるようにして考える振りをしてから、やっとのようにベルは顔を上げた。

「あの」
「はい」
「あの、絶対に、絶対に私からお話をさせていただいたことは秘密にしていただけますか?」
「それはもちろん」
「もしも、私がそのようなことを申し上げたとお知りになったら、奥様はどうお考えになるか……」
「もちろんです。絶対に申しません」

 神官長は、話にのってきたベルに優しい笑顔でそう約束した。
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