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第三章 第四部 逆風
8 罠
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「私がお見舞いに伺った折には、何か良い香りがしたと思うのですが、あれは香ではなかったのですか?」
この言葉に全員が驚いた。
ルギが、この無骨な警護隊隊長が、まさか侍女頭の見舞いに行っていたなど、想像した者がなかったからだ。
「あれは、花の香りだと思います」
「そういえば見舞いの花がありましたな。白い花とピンクの花」
「はい、白い花はエリス様からのお見舞いで、ピンクの花は、私はどなたからの物かは存じません」
「エリス様とはあの中の国から来られた方ですな」
「はい。最初は侍女の方がお一人で、その後二度ほどエリス様とお二人でお見舞いに来られました」
「そうだったのですか」
「はい。白い花と、他に護衛の若い方が王都でお求めになったらしく、体に良さそうな物をいくつかお届けくださいました」
「体に良さそうな物?」
「はい。干し果実や木の実など、精がつくつまみ物と、体の毒を出すお茶です」
「毒を出す?」
「はい。中の国のお見舞いなのでしょうかね、体調を良くするには、体の毒素を出すのが良いとお考えのようでした」
「なるほど」
ルギが少し考えるようにして、
「では、その白い花の香りだったのでしょうか」
「いえ、違うと思います。その前に誰かからいただいたピンクの花がよく香っていましたから、その香りかと」
「なるほど。しかし気になりますな、誰がその花を届けたのかが」
「私も気になってキリエ様に伺ったのですが、目が覚めたら部屋にあったので、誰が届けてくれたのかはご存知ないとのことでした」
ルギが少し考えるようにする。
「気になりますな、その花。誰が持ってきたか分からぬ花に、誰が持っていけと言ったのかが分からぬ香炉。その花も調べた方がいいかも知れん」
そう言って、さっきお茶とお菓子を頼みに行って戻っていた衛士に、
「すまぬがキリエ様の部屋からそのピンクの花を持ってきてくれ」
と命じて取りに行かせた。
「ところで」
と、ルギはフウを振り向き、
「さきほどのお話では、フウ殿はそのような物に詳しいようにお見受けしたが」
「ええ、私はそもそもが老舗の薬問屋の生まれですので」
「ほう」
「今も宮の薬草園の仕事もいたしております」
「そうなのですか」
セルマはルギの一連の行動を、落ち着かぬ気持ちで見ていた。
せっかく新米侍女に茶色い衣装を印象づけたというのに、あれではふいにしてしまうかも知れない。
だが、フウは今「いいこと」を言ってくれた。
そう、薬に詳しい、そう言っていた。
「フウ殿」
セルマが驚いた顔でフウを見る。
「まさかとは思いますが、おかしな花と知りながら、わざとキリエ殿の部屋にその花を」
フウが目を丸くしてセルマを見る。
「意味が分かりかねますが」
「そうではないですか」
セルマが顔を上げ、自分より背が高いフウの顔を見下ろすかのような視線で続ける。
「薬に詳しいというのなら、その花がおかしいと知っていたのではないですか?」
「はあ?」
フウが心底意味が分からないという風に首を傾げる。
「その花に毒があると知っていて、私がそれを放置していた、そう言いたいのですか?」
「実はあなたが持って来たのではないか、そう聞いています」
「馬鹿馬鹿しい」
フウが肩を竦め、呆れ返ったという顔で頭を細かく振った。
「なぜ私がキリエ様を傷つけるような真似をしなくてはならないのです」
「理由までは分かりません。ですが、状況を見て、あなたはひどく疑わしい、そう思いますが」
「馬鹿馬鹿しい」
フウはもう一度そう言う。
「私はキリエ様を心より尊敬申し上げております。他の方ならともかく、何があろうとキリエ様のためにならないことをするわけがないでしょう」
「口ではなんとでも言えますからね」
セルマが続ける。
「それに、もしもその言葉が本当だとしても、キリエ殿よりもっと尊敬する方に命じられたら?」
「馬鹿馬鹿しい」
フウが三度そう口にする。
「この宮の中でキリエ様より尊敬する方など」
そこまで言ってフウが口を閉じる。
「どうしました?」
セルマが聞くが、フウは口を開かない。
そうだ、この宮には尊いお方がいらっしゃる。その方たちより侍女頭の方を尊敬するなど、言えるはずがない。
「もちろん、人の中では、です。神とは別です」
フウは当然のようにそう言う。
「もう少しであなたの罠に引っかかるところでしたね」
「人聞きの悪いことを言いますね」
セルマがゆるく笑いながら言う。
「それに何の罠だと言うのです? 何かやましいことがあるから、それでそのようなことを言うのではないですか?」
「失礼な!」
「その尊敬してやまぬキリエ殿よりも、もっと上の方からの命令があったとしたら、あなたはどうします? その命に従いますか?」
フウが言葉に詰まる。
「従いますか?」
「もちろんです。キリエ様の命と神の命、私にとってはどちらも命に変えても変えられぬものですから」
「そうですか」
セルマが気味悪く笑った。
「では、あなたが、キリエ殿に、毒を、盛ったとしたら」
セルマはゆっくりと、一つ一つの単語を強調して言う。
「それは、その尊い方からの命と思っても構いませんね?」
この言葉に全員が驚いた。
ルギが、この無骨な警護隊隊長が、まさか侍女頭の見舞いに行っていたなど、想像した者がなかったからだ。
「あれは、花の香りだと思います」
「そういえば見舞いの花がありましたな。白い花とピンクの花」
「はい、白い花はエリス様からのお見舞いで、ピンクの花は、私はどなたからの物かは存じません」
「エリス様とはあの中の国から来られた方ですな」
「はい。最初は侍女の方がお一人で、その後二度ほどエリス様とお二人でお見舞いに来られました」
「そうだったのですか」
「はい。白い花と、他に護衛の若い方が王都でお求めになったらしく、体に良さそうな物をいくつかお届けくださいました」
「体に良さそうな物?」
「はい。干し果実や木の実など、精がつくつまみ物と、体の毒を出すお茶です」
「毒を出す?」
「はい。中の国のお見舞いなのでしょうかね、体調を良くするには、体の毒素を出すのが良いとお考えのようでした」
「なるほど」
ルギが少し考えるようにして、
「では、その白い花の香りだったのでしょうか」
「いえ、違うと思います。その前に誰かからいただいたピンクの花がよく香っていましたから、その香りかと」
「なるほど。しかし気になりますな、誰がその花を届けたのかが」
「私も気になってキリエ様に伺ったのですが、目が覚めたら部屋にあったので、誰が届けてくれたのかはご存知ないとのことでした」
ルギが少し考えるようにする。
「気になりますな、その花。誰が持ってきたか分からぬ花に、誰が持っていけと言ったのかが分からぬ香炉。その花も調べた方がいいかも知れん」
そう言って、さっきお茶とお菓子を頼みに行って戻っていた衛士に、
「すまぬがキリエ様の部屋からそのピンクの花を持ってきてくれ」
と命じて取りに行かせた。
「ところで」
と、ルギはフウを振り向き、
「さきほどのお話では、フウ殿はそのような物に詳しいようにお見受けしたが」
「ええ、私はそもそもが老舗の薬問屋の生まれですので」
「ほう」
「今も宮の薬草園の仕事もいたしております」
「そうなのですか」
セルマはルギの一連の行動を、落ち着かぬ気持ちで見ていた。
せっかく新米侍女に茶色い衣装を印象づけたというのに、あれではふいにしてしまうかも知れない。
だが、フウは今「いいこと」を言ってくれた。
そう、薬に詳しい、そう言っていた。
「フウ殿」
セルマが驚いた顔でフウを見る。
「まさかとは思いますが、おかしな花と知りながら、わざとキリエ殿の部屋にその花を」
フウが目を丸くしてセルマを見る。
「意味が分かりかねますが」
「そうではないですか」
セルマが顔を上げ、自分より背が高いフウの顔を見下ろすかのような視線で続ける。
「薬に詳しいというのなら、その花がおかしいと知っていたのではないですか?」
「はあ?」
フウが心底意味が分からないという風に首を傾げる。
「その花に毒があると知っていて、私がそれを放置していた、そう言いたいのですか?」
「実はあなたが持って来たのではないか、そう聞いています」
「馬鹿馬鹿しい」
フウが肩を竦め、呆れ返ったという顔で頭を細かく振った。
「なぜ私がキリエ様を傷つけるような真似をしなくてはならないのです」
「理由までは分かりません。ですが、状況を見て、あなたはひどく疑わしい、そう思いますが」
「馬鹿馬鹿しい」
フウはもう一度そう言う。
「私はキリエ様を心より尊敬申し上げております。他の方ならともかく、何があろうとキリエ様のためにならないことをするわけがないでしょう」
「口ではなんとでも言えますからね」
セルマが続ける。
「それに、もしもその言葉が本当だとしても、キリエ殿よりもっと尊敬する方に命じられたら?」
「馬鹿馬鹿しい」
フウが三度そう口にする。
「この宮の中でキリエ様より尊敬する方など」
そこまで言ってフウが口を閉じる。
「どうしました?」
セルマが聞くが、フウは口を開かない。
そうだ、この宮には尊いお方がいらっしゃる。その方たちより侍女頭の方を尊敬するなど、言えるはずがない。
「もちろん、人の中では、です。神とは別です」
フウは当然のようにそう言う。
「もう少しであなたの罠に引っかかるところでしたね」
「人聞きの悪いことを言いますね」
セルマがゆるく笑いながら言う。
「それに何の罠だと言うのです? 何かやましいことがあるから、それでそのようなことを言うのではないですか?」
「失礼な!」
「その尊敬してやまぬキリエ殿よりも、もっと上の方からの命令があったとしたら、あなたはどうします? その命に従いますか?」
フウが言葉に詰まる。
「従いますか?」
「もちろんです。キリエ様の命と神の命、私にとってはどちらも命に変えても変えられぬものですから」
「そうですか」
セルマが気味悪く笑った。
「では、あなたが、キリエ殿に、毒を、盛ったとしたら」
セルマはゆっくりと、一つ一つの単語を強調して言う。
「それは、その尊い方からの命と思っても構いませんね?」
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