黒のシャンタル 第一話 「過去への旅」<完結>

小椋夏己

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第一章 第二節 カースへ

 9 アランとベル

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 アランはトーヤの弟子のようなものだ。

 あの日、ベルがトーヤとシャンタルに助けを求めにきたあの時、死の淵にいたアランを助けてから2人をそばに置き、すでに傭兵となっていたアランにトーヤは色々なことを教えてきた。

 トーヤ自身は人から何かを習うなどということはほとんどなく、どれもこれも盗んで覚えたと言っていい。
 その自分が身につけてきたことを、もしかしたらいつかは離れてしまうかも知れないこの兄妹きょうだいに、いや、おそらくはそう遠くない未来に手を放して離れなくてはいけないだろう二人に、少しでも生き残る確率を高くしてやりたいと教えてきたのだ。

 ベルにはその手を汚してやりたくないと、生き残るに必要なだけの知識と最低限の技術を、そしてアランにはできるだけありったけのことを惜しみなく教えてきた。
 そしてアランはとても優秀な生徒であったので、乾いた大地が降ってくる雨を1滴残らず飲み込むように、トーヤが舌を巻くほどの飲み込みのよさで覚えていった。

 なので「弟子」としてのアランの評価はトーヤの中でも星をいくつつけても足りないぐらいの高評価である。あくまで「弟子」として、ではあるが。

 そしてそれだけではなく、トーヤの心情、心の奥で口に出さずに考えていることまで理解する能力の高さも認めている。
 それはベルに対してでもあるが、とにかく身近な人間の心情を自分のもののように受け入れながら、それを持ち前の冷静さで分析してくれるので、時に本人の方が自分の心情をあらためて理解する、ということすらある。

 そんなことから、今ではなにかあると口にする、「さすがアラン」はすでにトーヤの口癖に近くなっている。



 対してベル、こちらは最初のうちはトーヤにとって理解不能な「イキモノ」であった。

 何を教えても、何を言っても、

「なんでだ、おっさん?」

 そう言って教えたことのその向こう側を知りたがったり、何か空言そらごとを考えていたり、いっかな覚えようとする気があるように見えない。

 張り倒しながらなんとか最低限のことを教えても、その翌日に聞いてみると、

「え、なんだっけ、それ」

 という具合だ。

 なのでバカ呼ばわりして張り倒す、それにまたベルが反抗して言い返して逃げるを繰り返す。

 それを根気強く、優しく色々と教えてきたのがシャンタルだ。

「そうだよ、うん、そう、ベルはすごいなあ、うん、そう、そうそう、そこをね、こう、ぐるっと……うん、きれいに書けてる」
「そうか、うまいか?」
「うん、すっごくきれいに書けるようになったね。じゃあ、次はこれ、読んでみよう。今書いたのと同じ字だよ、読めるよね?」
「うん、分かった……えっと、お、は、よ、う、ご、ざ、い、ま、す……あっ! おはようございます、だ!」
「そうそう、うん、読めたし書けたじゃない」
「やった、おれえらい!」
「うん、えらいえらい、よくできてる」

 トーヤがこちらも思いもしなかったぐらい、シャンタルがじっくりと手取り足取り色々教えて、なんだか2人一緒に成長しているような、そんな具合で読み書き、その他を覚えていった。

「おまえ、なんでシャンタルの言うことだったら聞いて覚えてできんだよ」
「そりゃおっさんの教え方がへた、いでっ!」
「誰がおっさんだ! 俺はお兄さんだ!」
「いくつだよ」
「22だ」
「やっぱりおっさ、いで!」

 今のベルとの関係も、この頃に構築されたと言ってもいい。

 そしてベルの一番の能力、と言っていいものならそれは、勘が鋭いことだ。

 言語で、理論で理解できないことを、するっと飲み込んで理解してしまう。
 時にこれから起こるだろうことを、予言レベルで言ってみせたりもする。

 それをどうしてか聞いてみても、

「なんでって言われてもなあ……なーんか、そんな気がするだけだし」

 と、説明できないもので、やっぱりトーヤに馬鹿者扱いはされるのだが、実際はトーヤも認めている。
 何か判断する時に、ベルがあまりいい顔をしていないと、少し考え直してみたりもする。

 トーヤ自身も長年の経験からの「トーヤの勘」で判断することがしばしばある。

 だがそれは全くの当てずっぽうではない。
 今までの経験の蓄積、知り得た情報、頭だけではなく全身の感覚で学んできたこと、そのことを積み上げた上で物事がどっちに転ぶのかを判断するのだ。
 その最後の決定、そこを間違えると全員の命に関わる。

 ベルにはそんな経験はないと言ってもいい。
 だが幼い時から何度も命の危険にさらされ、大事な人たちを失い、すべてを失ってなんとか生き延びてきた。それがどこかの回線を開いたかのように、ふいっと何かひっかかることを見つけ出してみせたりする。

「これ、なーんかやばくない?」
 
 ベルがそう言うのでもう一度しっかりと調べ直してみると、後から重要インシデントが見つかった、などということもある。

 もちろん、ベルの言葉だけを信じてではない。それにトーヤ自身の勘をかぶせると「確かに」と思う心当たりが出てきたりすることもある、ということだ。

 そうして今の4人の関係ができあがっている。

 これは、トーヤにとっても人生で初めてのことであった。
 こんな形で一から仲間を作っていったことは。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

このエピソードと関連しているのが拙作「銀色の魔法使い」になります。
トーヤとベルが同じようなやり取りを繰り返し、段々と関係がかたまっていっている次期です。
よろしければご一読ください。
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