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はじまりの地
第六話
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ゴリゴリゴリゴリ。
薄暗い部屋の中で佐久弥は黙々と製薬を続ける。
洞窟で手に入れた苔や、草の根、購入した種を念入りにすり潰し、新たな薬に挑戦する。
魔力を回復するという魔法薬。それが今回の課題だ。
店売りレベルの魔法薬を作り上げたら、一応一人前らしい。……まあ、老婆いわくその程度は尻に殻が付いている状態らしいが。ひよっこですね、わかります。
調薬に必要な器具は、難易度が上がるにつれ、数を増す。
こうして設備を借りられるだけでも有難いのに、コツを教えてもらえるので、さくさくと作業が進む。
「うわ~」
透き通った青紫の液体の中に、ちらちらと光が踊っている。
目にしているだけで楽しくて、ついつい飽きず眺めてしまう。
「そんなに見たからって、効果は上がらないよ」
そんな事を言いながらも、感動している佐久弥を老婆は微笑ましげに見ている。
「今日の目標はそれだったんだろう?これからどうするんだい」
珍しく客が来ないので、老婆と共に作業台の隅で茶を啜る。
「うま……。ああ、町の中はもう見るだけ見たので、そろそろ外に出てみようかと」
洞窟以外にも、壁際をぐるっと調べてみたり、怪しげな場所には何か埋まってないかとか、地味で面倒な作業を終えていた佐久弥は、ようやく外へと目を向け始めた。
フィールドはまだ、釣りと昼寝をした程度で、何も見て回っていないのだ。というか、スライムとラビー以外を見てもいない。
(ああ、あと魚か……)
つい、宙をうつろな目で見つめてしまう。
「そういえば、地図ってあるんですか?」
道具屋では扱ってなくて。そう告げる佐久弥に、さもありなん、と老婆は頷く。
「ああ、地図か。そりゃないだろうよ。他の町の住人は別として、この町の住人は町から出ないからね」
「……ええ、そうですね。皆さん役割をお持ちですもんね」
それが、ただ酒場でたむろするだけだろうと、外を掃除するだけだろうと、こうして薬の製造販売・そして材料の買取をするだけだろうと。
仕入れと消費がつりあってないとか、買取ばかりをしていて、支払うための金銭はどうしてるんだとか、そういった部分が成り立っていないことに、NPCらしさが際立つ。怖い。
酒場だけが、夜しか開いてない理由なんて……酒場ってのは、夕方から明け方まで開くもんだろう?と言い切ったマスターだ。しかも閉店後もマスターは店内から外には出ないらしい。こわいこわいこわい。
「ああ、そういえば――この間、無理やり手書きの地図を置いていった子がいたねぇ」
ラビー乱獲してごめんなさい!とか言ってたから、侘びのつもりだったのかね。そう苦笑する老婆から、一枚の紙を差し出される。
「へえ……あの川越えてもその先は海なんだ」
「あたしゃ見たことはないけど、話によると……この町の北側には川があるだけで、その先は海と険しい山とに囲まれて行き止まりらしい。先へ進むにゃ、門からまっすぐ南側へ向かうと森が広がってて、そこを抜けると、次の町があるらしい。どんな場所かは知らないけどねぇ」
地図は森で切れているため、そこから先は自分で探るしかなさそうだ。
佐久弥は茶と話の礼をすると、まずは北へと向かう事にした。行き止まりだと知っていても、見たいのだから仕方がない。
「…………この世界、凄すぎだろう」
切り立った崖に、大きな波が打ち寄せる。
深さによって色を変える海は、透明な浅瀬から、深海を思わせる紺碧へと、青にも色々あるのだと、一目で教えてくれる。
この世界もまた球体なのだとわかる、丸みを帯びた水平線の先には、そのまま海が続いているかのような空。
潮の香りも、海沿い独特の風の強さも、波の立てる音も、生々しかった。
ぼんやりとこうして海を見ているだけでもいいな~と、またもやゲーマー失格な事を考えつつ、今度は山側に視線を向け……固まる。
「あんたも登ってみっか?楽しいぜ」
爽やかな声を出すそれは、切り立った崖でロッククライミングをしている。
「――遠慮しなくていいぜ、何だったら俺が教えてやるよ!」
彼はすごく楽しそうだ。そして、教えたそうだ。彼の手?がうずうずしている。
「……お願いするよ」
あまりに嬉しそうなので、誘いを断りにくい。まあ、ちゃんと理由もあるのだが。
「そうそう、そこで右上に手を伸ばして……ああ、もっと伸ばせないのか?ん?それが限界?――ならしょうがないか。だったらそこに、左手をはり付けるんだ」
――無茶を言う。
「ほら、こう……ぺたっと、ぺたっと。え?はりつけない?……不便なんだな。手も伸びないし吸盤も無いって」
「……そうだね」
「ん~だったら、右手一度下げて、そうそう、そこ。しっかり掴んで少し体ごと移動して……上手い上手い、筋がいいよ!あんた!」
褒められ、宥められながら、気付けば崖の上まで登りきっていた。
彼はすぐ横をうねうねと真っ直ぐに登りつつ、たまに落ちそうになった佐久弥を助けたりもしていた。
「こっからの眺め、最高なんだぜ~俺らで二人占め!ほら、こっからだとすんげー先に砂漠あるのも見えるだろ!」
「お~、見える見える。行ってみたいけど、難しそうだな」
「ぐるーっと回って回って、砂漠の反対側くらいからなら入れそうなんだけどな」
「――見えるんだ」
砂漠がある事くらいは、ぼんやり見えるがそれ以上は砂嵐で真っ白だ。
「おう!俺は遠いところばっか見てるせいで、目には自信があるんだ!」
「――そうなんだ」
佐久弥は見事に棒読みだ。視力の問題じゃないとは決して言わない。
「どうする?すぐ下りるなら一緒に下りるし、もうちょいゆっくりしたいってんなら、すぐ先に崖下まで続く道があるから歩いて下りられるぞ」
「ゆっくりここ見て回ってから歩いて下りるよ。有難うな」
もう崖は十分だ。おなか一杯だ。
「こっちこそ楽しかったぜ!」
少し照れくさいのか、さらに赤くなった彼と別れの握手をする。
……ぬらぬらとした多くの手と。
「じゃ、お先に!!」
しゅるしゅると手を伸ばし進む彼は、崖でも酷く目立っていた。よく鳥につつかれないものだ。
(タコって……ロッククライミングが好きなんだよな)
佐久弥が崖を見下ろすと、先ほど一緒にいた彼以外にも、うじゃうじゃと崖にタコがはりついている。
『クリフオクトープス』
門番曰く、ひたすら崖に固執するタコ。
照れ屋で気の良い奴らばかりだが、崖登りの誘いを断ると豹変し、集団で獲物を担ぎ上げ難易度MAXな崖登りを強制する――らしい。
無害なのか有害なのか良く分からない生物だ。
(せっかく、タコらしい見た目だったのに、たこ焼きは食べられないのか……)
しゃべるタコを刻むなんて、佐久弥には出来そうになかった。というか、気にするのはそこで良いのだろうか。
どうもこの世界に順応してしまっている気がする。
しばらく高みから景色を眺めていた佐久弥は、満足すると教えてもらった道をゆっくりと下り始める。
(しくじった……っ!!)
――タコ目線で、道だったらしい。これは、崖という。
ほぼ垂直の斜面は道とは言わない。
だがさきほどの垂直通り越して反り返った崖を下りるよりは楽そうで、落ちる恐怖で手の平に汗を滲ませながら、佐久弥はとにかく慎重に崖を下りはじめる。
「何だ、これ……」
崖下りも後半に差し掛かった頃、次の窪みに手をかけた佐久弥が、そこだけ風が通り抜けている事に気付く。
丁度足元もしっかりしてたので、ゆっくりと這うように横移動し、その窪みを覗き込むと、そこには意外な光景があった。
「剣……?」
崖の内部は洞窟になっていた。天井から陽の光が射しこみ、台座の上の剣を煌かせ、神聖な雰囲気を作り上げていた。
(目 が あ っ た)
そう感じた瞬間、剣が一直線に向かってくる。
ガンガンと崖を破壊し、佐久弥が身体を逃すよりも早く、それは岩を突き破る。
「ぐっ!!」
見事に鳩尾にヒットした剣に、息が詰まる。
その勢いのまま跳ね飛ばされ、佐久弥は大きな飛沫を上げ、海に落ちる。
ごぼごぼと、吐き出す息が泡になって上へ上へと昇ってゆく。意識を必死に保ちながら何とか海面に上がると、大きく息を吸って咳き込む。
一緒に落ちたスライムが、一生懸命にそんな佐久弥をふよふよと岸まで運んでゆく。
「な、何だったんだ今の」
ぜーはー言いながら呟く佐久弥の目の前に、その元凶がいた。
「…………なぜ俺は被害者なのに、罪悪感を感じなきゃいけないんだ」
剣だ。単なる無機物だ。
なのにどうしてこう、感情豊かなんだ。
「……」
じっと黙ったまま剣を見ていると、どんよりとした空気を漂わせていた剣が、カタカタと音を立てて震え始める。それでも佐久弥が黙っていると、どこからともなくぽたぽたと涙を零し始める。
――剣が。
ためしにそっと手を伸ばしてみると、ぱぁああああ~っと周囲に花を飛ばす。
さっと手を引っ込めて見ると、絶望したようにどんよりと暗雲を漂わせる。
(面白い)
ついつい、手を伸ばしては引っ込めていると、限界になったのかガタガタと先ほどより大きく震えながらぼろぼろと泣き始める。
(だからその涙はどっから出てる)
最後には、しゃくりあげるように、びくっ、びくっと時折跳ねるのに……根負けした。
諦めて剣を掴むと、一気に剣の感情が流れ込む。
『寂しかったの、寂しかったの。寂しくてつい抱きついちゃったの』
剣に性別は無いが、言葉にするとそんな感じだ。
(そうか、あの強烈な突きは、抱擁だったのか)
何て迷惑な。
佐久弥がそう思った瞬間、またもやぼろぼろと泣き出す。
「あー……悪かった」
どうやら佐久弥の感情も伝わってしまうようだ。
完全に落ち込んでいる剣を撫でてやると、ちょっとずつ花が舞いはじめる。落ち着いたようで良かった良かった。
だが、そんな懐いてくる剣に、佐久弥はある一言を言わねばならない。
「そして、すまないな……俺は、剣、使わないんだ」
『……っっっ!!』
すごくショックを受けている。
何やら絶望している。
とうとう世を儚んでいる。
だが、事実だ。
「え?それでもいいから付いてくる?……って、それ、お前存在意義あんの?」
とうとう無言になった。
「……って、うわ、こら、何をする、やめろ」
ぐいぐいと無理やり佐久弥の剣帯に己の身をねじ込んでくる。数時間の格闘の末、とうとう剣は佐久弥の腰元に落ち着く事となった。
「いいよ、連れてくよ……」
ぐったりと岸辺に倒れた佐久弥が観念する。
そして疲れた身体に鞭打ち、帰ろうとしてふと気付く。
(また崖登りかよ!!)
数人分のスペースしかない岸はどこにも繋がってなくて、波が打ち寄せていた。帰るためには目の前の切り立った崖を登るしか他に道は無い。
「もう嫌だぁああああ!!」
他のプレイヤーが今後幾度となく叫ぶこの台詞を佐久弥が口にしたのは、これがはじめての事であった。
薄暗い部屋の中で佐久弥は黙々と製薬を続ける。
洞窟で手に入れた苔や、草の根、購入した種を念入りにすり潰し、新たな薬に挑戦する。
魔力を回復するという魔法薬。それが今回の課題だ。
店売りレベルの魔法薬を作り上げたら、一応一人前らしい。……まあ、老婆いわくその程度は尻に殻が付いている状態らしいが。ひよっこですね、わかります。
調薬に必要な器具は、難易度が上がるにつれ、数を増す。
こうして設備を借りられるだけでも有難いのに、コツを教えてもらえるので、さくさくと作業が進む。
「うわ~」
透き通った青紫の液体の中に、ちらちらと光が踊っている。
目にしているだけで楽しくて、ついつい飽きず眺めてしまう。
「そんなに見たからって、効果は上がらないよ」
そんな事を言いながらも、感動している佐久弥を老婆は微笑ましげに見ている。
「今日の目標はそれだったんだろう?これからどうするんだい」
珍しく客が来ないので、老婆と共に作業台の隅で茶を啜る。
「うま……。ああ、町の中はもう見るだけ見たので、そろそろ外に出てみようかと」
洞窟以外にも、壁際をぐるっと調べてみたり、怪しげな場所には何か埋まってないかとか、地味で面倒な作業を終えていた佐久弥は、ようやく外へと目を向け始めた。
フィールドはまだ、釣りと昼寝をした程度で、何も見て回っていないのだ。というか、スライムとラビー以外を見てもいない。
(ああ、あと魚か……)
つい、宙をうつろな目で見つめてしまう。
「そういえば、地図ってあるんですか?」
道具屋では扱ってなくて。そう告げる佐久弥に、さもありなん、と老婆は頷く。
「ああ、地図か。そりゃないだろうよ。他の町の住人は別として、この町の住人は町から出ないからね」
「……ええ、そうですね。皆さん役割をお持ちですもんね」
それが、ただ酒場でたむろするだけだろうと、外を掃除するだけだろうと、こうして薬の製造販売・そして材料の買取をするだけだろうと。
仕入れと消費がつりあってないとか、買取ばかりをしていて、支払うための金銭はどうしてるんだとか、そういった部分が成り立っていないことに、NPCらしさが際立つ。怖い。
酒場だけが、夜しか開いてない理由なんて……酒場ってのは、夕方から明け方まで開くもんだろう?と言い切ったマスターだ。しかも閉店後もマスターは店内から外には出ないらしい。こわいこわいこわい。
「ああ、そういえば――この間、無理やり手書きの地図を置いていった子がいたねぇ」
ラビー乱獲してごめんなさい!とか言ってたから、侘びのつもりだったのかね。そう苦笑する老婆から、一枚の紙を差し出される。
「へえ……あの川越えてもその先は海なんだ」
「あたしゃ見たことはないけど、話によると……この町の北側には川があるだけで、その先は海と険しい山とに囲まれて行き止まりらしい。先へ進むにゃ、門からまっすぐ南側へ向かうと森が広がってて、そこを抜けると、次の町があるらしい。どんな場所かは知らないけどねぇ」
地図は森で切れているため、そこから先は自分で探るしかなさそうだ。
佐久弥は茶と話の礼をすると、まずは北へと向かう事にした。行き止まりだと知っていても、見たいのだから仕方がない。
「…………この世界、凄すぎだろう」
切り立った崖に、大きな波が打ち寄せる。
深さによって色を変える海は、透明な浅瀬から、深海を思わせる紺碧へと、青にも色々あるのだと、一目で教えてくれる。
この世界もまた球体なのだとわかる、丸みを帯びた水平線の先には、そのまま海が続いているかのような空。
潮の香りも、海沿い独特の風の強さも、波の立てる音も、生々しかった。
ぼんやりとこうして海を見ているだけでもいいな~と、またもやゲーマー失格な事を考えつつ、今度は山側に視線を向け……固まる。
「あんたも登ってみっか?楽しいぜ」
爽やかな声を出すそれは、切り立った崖でロッククライミングをしている。
「――遠慮しなくていいぜ、何だったら俺が教えてやるよ!」
彼はすごく楽しそうだ。そして、教えたそうだ。彼の手?がうずうずしている。
「……お願いするよ」
あまりに嬉しそうなので、誘いを断りにくい。まあ、ちゃんと理由もあるのだが。
「そうそう、そこで右上に手を伸ばして……ああ、もっと伸ばせないのか?ん?それが限界?――ならしょうがないか。だったらそこに、左手をはり付けるんだ」
――無茶を言う。
「ほら、こう……ぺたっと、ぺたっと。え?はりつけない?……不便なんだな。手も伸びないし吸盤も無いって」
「……そうだね」
「ん~だったら、右手一度下げて、そうそう、そこ。しっかり掴んで少し体ごと移動して……上手い上手い、筋がいいよ!あんた!」
褒められ、宥められながら、気付けば崖の上まで登りきっていた。
彼はすぐ横をうねうねと真っ直ぐに登りつつ、たまに落ちそうになった佐久弥を助けたりもしていた。
「こっからの眺め、最高なんだぜ~俺らで二人占め!ほら、こっからだとすんげー先に砂漠あるのも見えるだろ!」
「お~、見える見える。行ってみたいけど、難しそうだな」
「ぐるーっと回って回って、砂漠の反対側くらいからなら入れそうなんだけどな」
「――見えるんだ」
砂漠がある事くらいは、ぼんやり見えるがそれ以上は砂嵐で真っ白だ。
「おう!俺は遠いところばっか見てるせいで、目には自信があるんだ!」
「――そうなんだ」
佐久弥は見事に棒読みだ。視力の問題じゃないとは決して言わない。
「どうする?すぐ下りるなら一緒に下りるし、もうちょいゆっくりしたいってんなら、すぐ先に崖下まで続く道があるから歩いて下りられるぞ」
「ゆっくりここ見て回ってから歩いて下りるよ。有難うな」
もう崖は十分だ。おなか一杯だ。
「こっちこそ楽しかったぜ!」
少し照れくさいのか、さらに赤くなった彼と別れの握手をする。
……ぬらぬらとした多くの手と。
「じゃ、お先に!!」
しゅるしゅると手を伸ばし進む彼は、崖でも酷く目立っていた。よく鳥につつかれないものだ。
(タコって……ロッククライミングが好きなんだよな)
佐久弥が崖を見下ろすと、先ほど一緒にいた彼以外にも、うじゃうじゃと崖にタコがはりついている。
『クリフオクトープス』
門番曰く、ひたすら崖に固執するタコ。
照れ屋で気の良い奴らばかりだが、崖登りの誘いを断ると豹変し、集団で獲物を担ぎ上げ難易度MAXな崖登りを強制する――らしい。
無害なのか有害なのか良く分からない生物だ。
(せっかく、タコらしい見た目だったのに、たこ焼きは食べられないのか……)
しゃべるタコを刻むなんて、佐久弥には出来そうになかった。というか、気にするのはそこで良いのだろうか。
どうもこの世界に順応してしまっている気がする。
しばらく高みから景色を眺めていた佐久弥は、満足すると教えてもらった道をゆっくりと下り始める。
(しくじった……っ!!)
――タコ目線で、道だったらしい。これは、崖という。
ほぼ垂直の斜面は道とは言わない。
だがさきほどの垂直通り越して反り返った崖を下りるよりは楽そうで、落ちる恐怖で手の平に汗を滲ませながら、佐久弥はとにかく慎重に崖を下りはじめる。
「何だ、これ……」
崖下りも後半に差し掛かった頃、次の窪みに手をかけた佐久弥が、そこだけ風が通り抜けている事に気付く。
丁度足元もしっかりしてたので、ゆっくりと這うように横移動し、その窪みを覗き込むと、そこには意外な光景があった。
「剣……?」
崖の内部は洞窟になっていた。天井から陽の光が射しこみ、台座の上の剣を煌かせ、神聖な雰囲気を作り上げていた。
(目 が あ っ た)
そう感じた瞬間、剣が一直線に向かってくる。
ガンガンと崖を破壊し、佐久弥が身体を逃すよりも早く、それは岩を突き破る。
「ぐっ!!」
見事に鳩尾にヒットした剣に、息が詰まる。
その勢いのまま跳ね飛ばされ、佐久弥は大きな飛沫を上げ、海に落ちる。
ごぼごぼと、吐き出す息が泡になって上へ上へと昇ってゆく。意識を必死に保ちながら何とか海面に上がると、大きく息を吸って咳き込む。
一緒に落ちたスライムが、一生懸命にそんな佐久弥をふよふよと岸まで運んでゆく。
「な、何だったんだ今の」
ぜーはー言いながら呟く佐久弥の目の前に、その元凶がいた。
「…………なぜ俺は被害者なのに、罪悪感を感じなきゃいけないんだ」
剣だ。単なる無機物だ。
なのにどうしてこう、感情豊かなんだ。
「……」
じっと黙ったまま剣を見ていると、どんよりとした空気を漂わせていた剣が、カタカタと音を立てて震え始める。それでも佐久弥が黙っていると、どこからともなくぽたぽたと涙を零し始める。
――剣が。
ためしにそっと手を伸ばしてみると、ぱぁああああ~っと周囲に花を飛ばす。
さっと手を引っ込めて見ると、絶望したようにどんよりと暗雲を漂わせる。
(面白い)
ついつい、手を伸ばしては引っ込めていると、限界になったのかガタガタと先ほどより大きく震えながらぼろぼろと泣き始める。
(だからその涙はどっから出てる)
最後には、しゃくりあげるように、びくっ、びくっと時折跳ねるのに……根負けした。
諦めて剣を掴むと、一気に剣の感情が流れ込む。
『寂しかったの、寂しかったの。寂しくてつい抱きついちゃったの』
剣に性別は無いが、言葉にするとそんな感じだ。
(そうか、あの強烈な突きは、抱擁だったのか)
何て迷惑な。
佐久弥がそう思った瞬間、またもやぼろぼろと泣き出す。
「あー……悪かった」
どうやら佐久弥の感情も伝わってしまうようだ。
完全に落ち込んでいる剣を撫でてやると、ちょっとずつ花が舞いはじめる。落ち着いたようで良かった良かった。
だが、そんな懐いてくる剣に、佐久弥はある一言を言わねばならない。
「そして、すまないな……俺は、剣、使わないんだ」
『……っっっ!!』
すごくショックを受けている。
何やら絶望している。
とうとう世を儚んでいる。
だが、事実だ。
「え?それでもいいから付いてくる?……って、それ、お前存在意義あんの?」
とうとう無言になった。
「……って、うわ、こら、何をする、やめろ」
ぐいぐいと無理やり佐久弥の剣帯に己の身をねじ込んでくる。数時間の格闘の末、とうとう剣は佐久弥の腰元に落ち着く事となった。
「いいよ、連れてくよ……」
ぐったりと岸辺に倒れた佐久弥が観念する。
そして疲れた身体に鞭打ち、帰ろうとしてふと気付く。
(また崖登りかよ!!)
数人分のスペースしかない岸はどこにも繋がってなくて、波が打ち寄せていた。帰るためには目の前の切り立った崖を登るしか他に道は無い。
「もう嫌だぁああああ!!」
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シマセイ
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実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
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