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紫堂 涼

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獣人の町

第十話

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 森を抜けると草原が広がる。
 だが、はじまりの町の周辺とはその光景を一変させていた。
 草が一面を覆うだけではなく、大小の木々がまばらに生え、所々はその地面を剥き出しにしているのだ。
 甘く瑞々みずみずしかった空気は幾分いくぶん乾燥したものに変わり、頬を撫でる風は時折強く吹く。

(変わるもんだな……)
 場所を変えれば、雰囲気も変わる。
 細かな変化に、佐久弥は楽しそうに目を細めた。

 まずは情報収集、とばかりに佐久弥はまっすぐに町を目指す。
 こちらの町は壁では無く柵で囲まれていた。そして、出入りをする門には、屈強くっきょうそうな人物が鎧を着込み立っている。
 全身を覆うような甲冑ではなく、身軽さを重視した作りになっている。皮製で動きを妨げないように重要な部分だけを覆う鎧が、確かに彼には似合いだろう。

(獣人の町といったところかな?)
 佐久弥が首を巡らせると、門番だけでは無く、出入りしている人々もまた、特徴のある姿をしているのだから。
(他の町では……といってたのはこういう事か)
 はじまりの町の老婆は、己の町の住人は町から出る事は無いと言っていたが、他の町はともかく、と付け加えていた。
 NPCの表示がされているものたちが、門をくぐっては何処いずこかへ向けて旅立っている。……これで、あの不気味な感覚は味合わなくてすむのかもしれない。

 少し安心した佐久弥が足を進めると、何故だか門の入り口で何人ものプレイヤーが頭を抱えて座り込んでいた。
「……?」
 何かあったのかと周りを見ても、何も無い。
 不思議に思った佐久弥が聞き耳を立ててみると……意味がわからない。

「俺の、俺の夢を返せ……」
「ケモミミの、ケモミミへの浪漫をどうしてくれる!!」
「獣人ってのは、こう……こう……可愛い子に、耳と、尻尾だろぉおおおお!!」

(うん、意味がわからない)
 獣人と言うならば、今こうして目の前にいる門番のような姿だろう。
「こんにちは~今お忙しいですか?」
「なんだ、兄ちゃん。忙しいってほどじゃねえが……何か用か?」
 がっしりとした骨格をしていながらも、やや細身の筋肉質な体型。佐久弥が見上げるほどの身長、低めの腹に響く声、太くふさふさの尻尾、鋭い目、――日差しにきらめく牙、全身を覆う毛皮、首の上にどっかりと乗った、狼そのものの顔。
(見事な獣人じゃないか)
 いったいどんな夢を見ていたのか、佐久弥には想像も付かない。だがその横に立っている女性プレイヤー達からは妙な熱気を感じる。

「もふもふ……」
「全身もふもふ……」
「やだ格好良い。ぎゅーってされたい」
「私はあえて、ぎゅーってしたい」

 ――楽しそうで何よりだ。
 この女性陣の邪魔はしてはいけないと悟った佐久弥は、いつものように狼の獣人である門番と軽い会話を交わすと、女性の視線を遮らないように注意しながら門を潜り抜ける。

 佐久弥がこの町に辿りつくのは、他の連中より大幅に遅かったようだ。
 久々に見る大量のプレイヤーの姿に、わずかに眉をしかめる。このところあまり他の連中を見かけていなかったので、初日を彷彿ほうふつとするこの光景には溜め息をつきたくなる。

(……こういうのがいるから、嫌なんだ)

「な~んか、良い武器持ってんね、あんた」
「それ、前の町じゃ見た事ないけど、何?レア?」
 門を抜けて大通りを進んでいた佐久弥の前に、二人の男が立ちふさがる。
 プレイヤーの表示があるその二人に、佐久弥はただ胡乱うろんな目を向ける。
「なーに、つまんねぇ顔してんだてめぇ……その目付きムカつくんだよ」
「……この顔は生まれつきだ」
 やたらとつまらなさそうな顔をしていると昔から言われる傾向にある。
 佐久弥当人としては、十分喜怒哀楽を映し出しているように見えるのだが、他人に言わせると何をしていてもつまらなそうに見えるらしい。
(妹にも良く言われてたんだよなぁ……)
 もっと楽しそうな顔しようよ!とか言われても、無理なものは無理なわけで。
 まあ、顔はともかくちゃんと楽しんでいるのは伝わるようなので自分としては問題はないのだ。

「気に入らねぇ……痛い目にあいたくなきゃ、その豪華な剣、置いてきな」
(いつの間にか話が進んでいる)
 過去を思い返しているうちに、どうやら目の前の男二人は何がしかの結論を出したらしい。剣を欲しがっているようだ。
(……いいんじゃないか?)
 自分が持っていても、戦いに使うわけでもないし、何といってもこれまでにやったことといえば、竜の爪切りだ。
 こいつも剣として生まれたのなら、剣として使ってくれる者のところへ行った方が幸せだろう。
 納得した佐久弥は、素直に腰の剣に手をかけ、男達に向けて差し出す。

「お、何だ何だ。……物分りが良いじゃね……」
「賢い奴だな、素直でい……」

 ガタガタガタガタ。
 差し出す佐久弥の手の中で、いやいやと左右に大きく揺れる剣がそこにはあった。
「どうぞ」
 気圧けおされたまま、無意識に手を伸ばした方の男に剣を握らせると、さらに大きく震えながら……泣き出した。
 ぼとぼとと涙を零しながら、震える剣。
 その剣を手にした男の手が涙でぐっしょりと濡れる。地面にはもう水溜りができそうなほどだ。
 ひくっひくっと痙攣けいれんしはじめた剣に、男たちは一瞬呆然として、その後気を取り直すと佐久弥を睨みつける。

「お、お前!こいつが可哀想じゃねえか!」
「こんなに離れたくないって泣いてる奴を、何で簡単に手放すんだよ!」
「えー……」
 何て理不尽。くれっていったからやったのに、なんで怒られなきゃいけない。
「ほ、ほらほら。ちゃんと返してやっからな。泣き止め」
「大丈夫だ、大丈夫だから、落ち着きな」
 目の前では、ひたすら剣をあやす大の男が二人。
「……ほら、でも俺は剣使わないし、こいつらの方が大事にしてくれんじゃないのか?」
 その光景に、佐久弥がつい思ったことを告げると、ギン!と音がしそうなほど鋭い目付きで睨みつけられる。
「くっ……なんてひでぇ男だ!」
「可哀想になぁ……こんな男にだまされて……」
「俺たちで、俺たちでお前の変わりになるなら、なってらあ!」
「でもこの子は、お前が良いんだろうが!そんくらいわかってやれよ!」
 ――さらに糾弾きゅうだんされた。納得がいかない。そしていつ俺がこの剣を騙したのか教えて欲しい。
「ほら、ちゃんと大事にしてやれよ」
「可愛がってやれ。もう手放すなよ」
 温かい目でそんな事を言われ、佐久弥の手に再び剣が戻ってくる。
 その途端、ふわふわと花を飛ばす姿に、連中の目尻が下がる。
「よかったなあ……幸せになれよ」
「うっ……ま、またな」
(……またって次の機会なんてあるのか?)
 勝手に進んで行く物語に、佐久弥はただ沈黙を守る。
 少し目を潤ませて去った二人組みに、佐久弥は何とも言えない気分を味わいながら、諦めて剣を元の位置に戻した。


「何の騒ぎだ?」
 低めの落ち着いた声が近付いてくる。
「何ぃ~?何かあったのぉ?」
 高めのゆるい声も続く。
 何気なく佐久弥が振り返ると、それを見た二人が目を見開き、叫ぶ。

「サクヤぁ!?」
「さっくん!?」

 そこには、佐久弥より背が高く、巨大な剣を背中に背負った黒髪の男と、小柄なレースいっぱいのドレスを着た金髪の少女が、いた。

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