1000人の特盛召喚記 mobに憧れた876番目の転移者

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交通の都ヘパイドン

3.過去の勇者

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 緑朗太が目を覚ました場所は彼のよく知る場所、彼の転移前の自室のベッドの上であった。手を伸ばしきれないほどに目前に迫った白い天井は彼が見慣れた光景であり、今の今まで見ていた異世界の景色は全てが幻だったのか――夢と呼ぶにはあまりにも生々しい内容であった。そのリアルすぎる光景と痛みを思い出すと体の節々に痛みが走るのだが、起きたくないという弱気を噛み殺してでも起きなければならない。
 それに、昨夜折角用意しておいた今日のプレゼン用の資料だって無駄になってしまう。そういえば、後輩に電話をかけるように行ったがまだ電話がかかってきていないではないか…一体何をしているんだあいつは…。
 緑朗太にとって携帯電話を置く定位置となっているのは頭の上なのだが、彼がいつものように手を伸ばしてもそこには何もない。おかしい。確かに昨夜は寝る前に目覚ましの確認をして置いておいたはずなのに――何度弄ろうともそこには何もなく、仕方がないか、と起き上がって頭の上に視線を向けると――緑朗太が今まで寝ていたベッドだと思っていた場所は、ベッドなんかではなく見たこともないような生物の体の上であり、頭上を見上げた緑朗太の視線と目と思しき2つの赤い光が交差する。混乱した緑朗太が叫び声を上げる間もなく、その何かは大きな口を開けて緑朗太へとゆっくり迫っていき―――



 「うわぁぁぁっ!?」

 身体に掛けられていたタオルを蹴り飛ばしながら大声を発し、今度こそ本当に目を覚ました緑朗太に注がれる人々の煩い、騒々しい、邪魔くさいと言った視線の数々。異世界に召喚され、見知らぬ部屋で寝ていたというのが現実だということに、起きたばかりで覚醒しきっていない頭では理解が及ばない。段々と靄が掛かっていたような思考が晴れていき、自身がここ数日お世話になっている拓郎の部屋でもなく、ましてや元の世界の部屋でもない知らない部屋で寝ていたという事に気が付いた。
 周囲にはギルドメンバーらしき人達が緑朗太と同じようにベッドで横になっており、緑朗太自身は3段ベッドの1番上段で寝ていたのだ。

 なぜこんなところに…直前の記憶を思い出そうとすると、そこにはギルド会館の裏で訓練をしていてマーヴィスにコテンパンにやられた記憶が蘇る。散々走らされ、持ったこともない武器を持たされて何かを教わるでもなく攻撃を繰り返しては反撃され…それが一番必要なのだろうと思えばこそ、何も文句を言わずにやり続けた。そうしてマーヴィスにボコボコにされ続けた結果、気絶をしたのでここに運ばれたのだろう、誰に教わるでもなく正解へと辿り着く。
 窓などがない閉鎖的な空間ではあるのだが、その入口には扉が設置されていない開放的な造りになっており、緑朗太の悲鳴を聞いて見覚えのあるギルド職員が何事かと部屋の中を覗き込んでいた。

 「あ、緑朗太さんお目覚めですか?」
 「リヴィさん…ここは…」
 「ここはギルド会館の中にある仮眠室です。こちらで話をすると周りに迷惑がかかりますので、こちらへどうぞ。」

 緑朗太の予想通り、緑朗太が寝かされたのはギルド会館の2階にある【仮眠室】と呼ばれる金に困ったギルドメンバーが借りれるカプセルホテルの様な部屋である。ちゃんとした宿に泊まる金もないギルドメンバーが挙って借りる場所なのだが、いざと言う時には怪我人用の医療ベッドの役割もある。
 その話を道すがらリヴィから聞かされながら、緑朗太が連れられたのはギルドカウンターと併設された酒場であった。カウンターには訓練をしてくれたマーヴィスの姿があり、既に買取り人としての役目は終えて、バーのマスターとしての顔を見せていた。

 「先程はありがとうございました。」
 「おう、気にすんな!お前さんが強くなってくれればこの辺りのモンスター被害も減るかもしんないしな。だからさっさと強くなってくれよ!けど、無茶はすんなよ!!」

 椅子に座るように促され、何も注文していないのに木製のジョッキに注がれたエールが出て来た。「俺の奢りだ!今日は頑張ったな!」と、見た目からもっと接客が苦手な無骨かと思われがちだが、マーヴィスはこういった気遣いが出来る上に、レベルとランクもそれなりに高かったことからこの町のギルドメンバーからは頼りになる存在として親しまれていた。

 感謝をしながらエールを受け取った緑朗太に、マーヴィスが自身も同じように木のジョッキに注いだビールを手にし、ジョッキとジョッキを音を出すように打ち付け、一気に飲み干す。緑朗太の横に居た先に飲んでいた中年の男が「おいおいマスター、昼間っから酒かよー」と茶化すと、飲み終えたマーヴィスは「こんなのは飲んだうちにも入らん!」と、男らしく言い捨てて業務へと戻っていった。

 マーヴィスが離れると、緑朗太へと何人かの男がジョッキを持って近寄ってくる。皆口々に「よくやった!」「倒れるまでやるか普通!?」「根性あるな!!」と賞賛してきたり、「才能ないからって気にすんなよ!」「田舎にはいつ帰るんだ?」「最後のはマグレだマグレ!!」と貶しているのかよくわからない言葉を投げかけてくる。その中でも緑朗太は最後のはマグレという言葉を不可解に思った。
 記憶の中ではただボコられただけなのだが、最後に一矢報いたということだろうか?マーヴィスの様子を見てみると特に怪我を負った様子はない。最後の最後の記憶をなんとか思い出そうとするも、半ば無意識であった為、崩れ落ちそうな体で剣を振るったという所までしかない。そもそも[スラッシュ]の発動は完全に無意識の状態で放ったものであった。
 「ありがとう、ありがとうございます」と褒められ慣れてない緑朗太は賞賛の声をかけてくれた人には感謝の言葉を返し、自分を詰って来た人には「もっと頑張ります」と意気込みを返すことで対応をし続けた。

 そうして一杯目のエールが飲み終わる頃、ギルド会館の入口から見慣れた顔がやってくる。普段は騎士の兜で隠れているので目立たないが、黄色い髪を全方向に逆立てたパンクと見間違えそうなトゲトゲ頭、黄馬拓郎である。

 「お、ロクさんが1人で飲んでるなんて珍しいな。誰かの奢りか?」
 「俺だよ。こいつの訓練を俺が担当したんで記念に奢ってやったんだよ。」
 「珍しいな。マーヴィスさんが気に入るってことはかなり有望か?」
 「おうよ、訓練を始めてすぐに音を上げたどっかの誰かとは大違いだ!!」

 ガッハッハッハと山賊か海賊と誤解されんばかりに豪快に笑うマーヴィスと罰が悪そうな顔で視線を逸らす拓郎に、緑朗太が「そうなのか?」と興味本位から聴いてみた。

 「おう、こいつときたら最初の走り込みの段階で「こんなことしても俺には最強のスキルがある」って言いやがって直ぐに諦めたんだよ。その後は緑朗太と同じで、俺と模擬戦してボコボコさ。」
 「いやはや、お恥ずかしい…。」

 異世界に転移してきた当初に聞かされた拓郎のレベルはマーヴィスよりも20ぐらい離れていたはずである。緑朗太が体感したマーヴィスの尋常ならざる強さというのは引退をして尚、この強さを維持し続けているのかと感服するほどであった。だが、目の前の自身と同じ転移者はその更に上を行く猛者であり、更にそんな猛者が束になっても敵わないのが【魔王】という存在であるのだ。緑朗太は果てしなく長い、どれだけ自身が仮定しようとも決してそれ以下ということでは無いであろう道程の果てしなさに、1人肩を落とすのであった。



 「ところでよ、ロクさんは自分のスキル見たんだろ?どうだった?」

 拓郎が自分のエールと緑朗太のエールを一緒に注文しながら緑朗太に質問を投げかけた。その言葉を聞いたマーヴィスの眉尻がピクリと跳ね上がり、細められた視線が緑朗太を見つめる。

 「レベルは低レベルで、職業は戦闘職じゃなかったよ。」

 マーヴィスに教わった言葉で返す緑朗太にうんうんと頷くマーヴィスと、公共の場でこの世界の言葉で訪ねたことを失言だと気づく拓郎。直ぐに日本語に直して同じ質問をし、今度はマーヴィスも何を話しているのかわからないのか反応らしい反応はしなかった。
 緑朗太が自身のステータスとレベルを口にすると、拓郎もそんなもんだろうなと納得した様子である。レベルを上げるには基本的にモンスターを倒すか、余程の訓練を積まなければならない。拓郎は聞かされていないが、緑朗太が行った新人訓練はその余程の訓練に該当するものであったのだが、当の緑朗太も知らないことであったので、レベルが上がっていようとは露程も思っていない。

 スキルの話になると緑朗太の[最適化]は拓郎も知らないスキルらしく、ただ名前からなんとなく「チートなんじゃないか?」と予想をしていた。だが、緑朗太の話を聞いてもそれらしい気配はなく、思い過ごしかと首を傾げた。
 拓郎の固有スキルは[刃化]という属性魔法を刃に付与させる一見地味な能力であった。[刃化]スキルを使用せずとも属性魔法にも武器に属性を付与させるという魔法は存在する。が、拓郎の[刃化]と異なって使用すればするだけ武器が傷んで使い物にならなくなるらしい。更に、その魔力の消費量も通常の魔法を使うよりも遥かに燃費が悪く、僅かな魔力で魔法剣を生み出すことの出来る拓郎は、レベルの高さと【魔槍士】と言う職業も相俟って、この街でも随一の強さであるとのことだった。

 「そういえば、職業っていうのを聞き忘れたな。どうやって就くんだ?」
 「緑朗太はまだ低レベルだからな。職業はレベルが10にならないと就けないんだ。」

 内緒話も終わったことなのでこちらの言語に切り替えた緑朗太と拓郎に、マーヴィスがエールを運びがてら説明を挟み込んでくる。エールを運び終えるとまた次の注文の為の酒を注ぎに引っ込んでしまったマーヴィスに代わって拓郎が説明を引き継ぐ。

 「職業はレベルが10になるまでの間に蓄積した経験でなれる職種が変わるんだ。剣しかやってこなかった奴が魔術師になれないように、魔術しかやってこなかった奴は剣士にはなれない。職業が決まったらそれ以降のレベルアップにおいてステータスの上昇率に変動が起きる。戦士系はフィジカルが上昇しやすいけど、メンタル値は伸び難い。全部が全部伸びやすい職業なんてそれこそ【勇者】とかぐらいしかないんじゃないか。」
 「勇者があるのか?」
 「さぁな。少なくとも俺は見たことがないし、ギルドに登録もされていない。スキルと違って職業っていうのは自動的にギルドに登録をされるもんだから、これまでの魔王との戦いでは少なくとも就けた奴はいない激レア中の激レアだな。案外、勇者がいないから魔王が倒せないのかもな。」

 拓郎が自嘲気味に言い捨てた言葉に緑朗太は疑問を抱いた。彼が言うことが事実だとすると、1つわからないことがあるのだ。

 「拓郎は勇者として送り込まれたんじゃないのか?それに他の転移者だってそうだ。皆が勇者になるべくして送り込まれている…にも関わらず、勇者になれないっていうのか?」
 「嗚呼それなんだが…わかんないんだよ。確かに俺はバロウズに「勇者になって世界を救え」と言われた。けど、レベル10になって出て来た俺の就ける職業一覧には勇者の文字はなかった。そうして俺は【槍術士】になったってわけさ。」
 「【槍術士】?【魔槍士】じゃなくて?」
 「嗚呼、想像付いてると思うけど職業っていうのは成長するんだ。俺の場合はレベルが30越えた辺りで今の職業に変わったけど、それ以降は全く変わらなくなった。倍の60になったら次の職業になるかとも思ったけどな…そう上手い話じゃなかったよ。」

 乾杯をして互いにエールを呷る拓郎と緑朗太。周囲はかきいれ時ということもあり、彼の会話は喧騒にかき消されて誰も聞いていなかった。マーヴィスも今はフロアを回って注文を聞いて回っている。

 「あと、これはさっきリヴィさんに聞かされて知ったんだけどな…俺と拓郎は実は同郷じゃなかったぞ。」
 「なに?どういうことだ?」

 拓郎の表情がこの話を聞かされた時の緑朗太と同じく驚きで目を丸くさせている。緑朗太は自分の出身を「第八世界【ガイア】である」と告げると、聞いたこともない言葉であったのか拓郎は困惑の表情を浮かべていた。

 「バロウズが言うには俺の出身は第七世界の【グリピオ】らしい。でもそうか…ここが第四でロクさんが第八なんだからまだまだ世界はあるんだよな。」
 「だけど、俺の世界と拓郎の世界は基本的に同じ歴史を歩んでると思わないか?」
 「お隣さんだから似たような歴史を歩んだのかもな…同じゲームのファンだからてっきり同じ世界からきたと思ってが、発売されたゲームも同じとはな。並行世界っていうのがあるとしたらきっとそういうことなんだろうな。」

 拓郎の話を緑朗太なりに纏めてみることにした。すると、緑朗太を含めた1000人は第八世界のガイアからの転移であり、拓郎達10人は第七世界のグリピオ。それ以外にも拓郎が知るだけで最低でも1回、別の転移が行われているとのことであった。また、拓郎も緑朗太と同じく転移前は黒髪黒目の普通の日本人であったのだが、この世界に転移をした時の影響なのか、髪の毛は気付いたら黄色になっていたらしい。自分以外の転移者と会ったことがないので確証を持って言えるわけではないのだが、少なくとも転移前は全員黒髪黒目であり、風の噂で聞かされた転移者の特徴はどれもが髪や目が変色をしているというものであった。
 黒髪はこの世界でもかなり珍しいのかを緑朗太が尋ねると、拓郎は何か言いにくいことがあるのか言葉を詰まらせた。エールを口に含んで唇と喉を潤わせると、頭を乱暴に掻き毟り「いずればれるか」とこれまで以上に神妙な表情で緑朗太に向き直る。

 「いいか、ロクさん。黒髪っていうのはこの世界では割と忌避される対象になってんだ。黒髪と黒目が揃うと、忌み子として殺されることも珍しくない。」

 予想外の言葉に緑朗太は即座にその言葉の意味を問いただした。いくらなんでも生まれたばかりの子どもを殺すような真似――だが、そんな緑朗太の言葉を遮り拓郎はその理由を口にする。なんでも、この世界では持って生まれた魔力の色が髪色に影響を受けやすいと謂われており、緑朗太や拓郎の様な髪色になるのは普通の事であるとのことだった。だが、黒髪黒眼で生まれてきた子供には他の者にはない特徴が兼ね揃わっているという。それは[闇魔法]と呼ばれるスキルの発現である。この魔法は魔王が習得しているスキルであり、このスキルを保有している者はスキルを磨く事に魔王へと傾倒していってしまい、最終的に人類の敵となるというのであった。

 「なんで魔王に傾倒してしまうのかは未だに解明されていないが、今まで例外はなかった。実際、魔王の側近とも言える連中は全員が黒髪黒眼で上位闇魔法の使い手でもある。」
 「魔王に味方をしてる人間がいるのか!?」
 「声が大きいぜロクさん。これもまだ言うべきじゃなかったか…まぁ、喋っちまったから言うけど、これは確実だ。戦った本人が言うんだから間違いはないさ。」

 信じられないといった顔で何も言えなくなる緑朗太に、拓郎は「そうだよな」と理解を示す。魔王に味方をする人間というのは、人伝いの伝聞ではなく彼自身がはっきりと目撃をした光景であるのだ。それまでは他の情報と同じくいくつか盛られた程度だろうとも思っていた。だが、実際に槍を向けて相対した敵は、魔物ではなく紛れもない人間であった。

 「魔物なんかよりもハッキリとビビったぜ。こうしてエールを飲んでるのが嘘みたいだ。もしかしたらこれは俺が見てる夢で目が覚めたらあの瞬間になるんじゃないかってまだビビってやがる。」
 「拓郎…お前…。」
 「マーヴィスさんに教わったか?そうだ。一度心が折れちまうと駄目なんだよ…未練がましくギルドメンバーになり続けているけど、いつあいつが目の前にやってくるかと思っちまうと世界を股にかけての大冒険なんて俺には無理なんだよ…。ましてや勇者として魔王を退治しに行くなんて真っ平御免さ。」

 緑朗太に見せる拓郎の弱い姿に、昼間マーヴィスが見せた姿を重ねる。彼もまた心に深い傷を負ってしまったのだと。マーヴィスは自らの傷が他者を傷つけるのではないかと怯えていたが、拓郎はいつ訪れるかもわからない死の恐怖と戦い続けていたのだ。

 「お前さんがこの町を今もなお護り続けているのは紛れもない事実だ、拓郎。もっと胸を張って誇りに思えよ。お前のことを臆病者なんていうやつがいたら俺がぶっとばしてやるさ。」
 「へへ…すまねぇなロクさん。けど安心してくれ。ロクさんよりも俺にぶっ飛ばされた方がそいつも痛いだろうからよ。」

 緑朗太の励ましがきいたのか、エールを呷りながら減らず口を叩く拓郎の腕を緑朗太が軽く叩く。「痛ぇ」と涙目になりながら大袈裟に腕を摩る拓郎の表情は、その言葉とは裏腹に嬉しそうな笑みを浮かべているのであった。



 夜もすっかりと更けてしまい、酒場の営業時間はとっくに過ぎているのだが、片付けを終えた酒場に3つの影があった。マーヴィスと緑朗太は同じ円形テーブルに対面になるように座り、互いにジョッキに注がれたエールを飲んでいる。

 「すみません、もう終わっているのに…。」
 「なに、構わねえさ。あいつがあんなになっちまってるんじゃあしゃあねぇよ。お前さんも今日は上の仮眠室に泊まっていけ。」
 「マーヴィスさんの家はこの近くなんですか?」
 「おうよ。目の前の通りを行った先に職員用の寮があんだよ。」

 マーヴィスと緑朗太の視線の先にはカウンターに突っ伏して寝ている拓郎の姿があった。見た通り、飲みすぎて酔い潰れてしまったのである。

 「ありがとな。」

 マーヴィスの突然の感謝の言葉に「はい?」と緑朗太は思わず聞き返してしまった。聞き返した緑朗太にマーヴィスが親指を立てて拓郎を指し示す。

 「あいつがあんなふうに寝てるのなんて初めて見たからさ…皆も驚いてたろ?」
 「そういえばそうですね…」

 余りにも珍しい光景に飲み屋の常連客はその光景をよく眼に焼き付けながら帰っていった。中には微笑ましそうに、安堵したように微笑む姿もあった。明日からは暫くからかわれるんだろうな、と緑朗太は心の中で拓郎に合掌をしている。

 「今から話すのは全部独り言だ。昔…といっても4年前か。俺もまだ現役だった頃だ。魔王軍の大規模な侵攻作戦があった。そん時、たまたまここに来ていた【勇者パーティ】が矢面に立って侵攻してくる魔物を倒して町を守ってくれたんだ。」

 突然始まった昔話だが、緑朗太は今度は何も言わず黙って聞き耽ることにした。マーヴィスも緑朗太がジョッキをテーブルに置いて話を聴く体勢になったのを確認すると独り言を続けた。

 「あの時は【勇者】って言われてた剣士、【賢者】を名乗ってたちっこい女の子、【大魔道士】だと偉そうな態度だった気の強そうな男、それと糞生意気な【魔槍士】の餓鬼の4人PTだった。【魔槍士】の餓鬼はそれ以前にうちに流れ着いた星の流れ者だった。俺が訓練をしてやると生意気にもあれは嫌だ、これは嫌だってすぐに逃げ出そうとしやがる。」

 マーヴィスはエールを一口飲むと、ジョッキをテーブルに置いてジョッキの中身に視線を落とす。衝撃を与えられたエールが入れ物の中で波紋を発生させ、それを眺めながらまるでそこに当時の光景が映り出されているかのようにマーヴィスの独り言は紡ぎ出されていた。

 「魔王を退治しに行くんだって勇んでこの街を飛び出していった時にはよ、もう俺よりも強くて立派なギルドメンバーだった。だが、帰ってきた姿を見たときは驚いたぜ。出て行った時なんか比べ物にならないぐらいに強くなってやがった。もう俺なんか逆立ちしても勝てやしない…後続に追い抜かされて悔しかったっていうのに、あそこまで差を開かされたら逆に清々しい気持ちになっちまったんだろうさ。」

 一言一言、誰に言うでもない独り言は、誰でもなくマーヴィスがマーヴィスに聞かせたかった物語だったのか。マーヴィスは自らのジョッキを両手で包むように掴み、わざと波立たせることで波紋を生み出していた。

 「その時も本当にたまたまだったんだ。近くを通りがかった勇者パーティは、その魔槍士の餓鬼が世話になったからって理由でここに立ち寄ったのさ。街も勇者が来たとなったら盛大に盛り上がった。だがよ、その次の日に奴らがやってきた。あのクソったれな魔王軍が……。」

 木造りのジョッキに篭められた力が強まったのか、器から聞こえた悲鳴にマーヴィスは慌てて中身を飲み干した。逆さにしたジョッキから一滴もエールが垂れてこなくなると「喋りすぎたか」と呟いて席を立ってしまった。

 「ある魔槍士は……俺に言いました。「勇者という職業に就けた者はいない」、「他の星の流れ者には会った事がない」とも。その勇者は本当に勇者だったんですか?」
 「さぁな…今となってはもうどっちも確認する術はねえよ。ただ、はっきりと言えることは今こうして俺らが生きていられるのは勇者パーティが命を賭してこの街を守り抜いたからだ。だから、もしもその勇者パーティの生き残りがいたら誰かに言って欲しかったんだよ。お前は頑張ったんだってな。」

 そう言い残して去っていくマーヴィスを見送りながら緑朗太はカウンターで眠る【彼】の背中に視線を移した。彼は他の転移者には会わなかったといっていたが、実際には会わなかったのではなく、会ったことを無かったことにしたかったのだ。この地で散った勇者を名乗る者も又、彼と同郷の者であったのだろう。

 緑朗太は拓郎の幸せそうな顔で眠る様を見学しに来た酒場の常連客が、誰しもが彼を罵ることをせずに、皆がその顔を見てどこか安堵した雰囲気であった理由がわかった気がした。マスターの感謝の意味も。

 「魔王退治か……。」

 緑朗太は眠る彼の背中に伸し掛ったであろう重責と挫けてから苛まれ続けた4年間の苦悩を思い、彼の背中に手を置き、改めて「お疲れ様」と零すのであった。
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