1000人の特盛召喚記 mobに憧れた876番目の転移者

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交通の都ヘパイドン

12.尋問

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 今から行われれる作業を始めるにあたり、緑朗太は誘拐犯のクラヂオとラーミンの資料に目を通していた。この2人はヘパイドンのギルドメンバーではなく、へパイドンから馬車で丸2日進んだ場所にある【アルゴリスタ】に所属をするギルドメンバーであった。アルゴリスタのギルドはこのモーリッツ国内でも戦闘能力が高い戦士が集まるとされており、近くに聳える【アルガ山脈】に生息をする獰猛な高レベルモンスター達と日夜戦いを強いられている。
 ギルドクエストは主に狩猟系で埋め尽くされており、モンスターを狩るための武具の研鑽には山を挟んだ反対側にある鉄火場の街【ヘブライ】と勝るとも劣らない勢いがある

 そんな彼らが今回どうしてこのような暴挙に出たのか。それをマーヴィスが聞き出そうとする際、緑朗太が自身にやらせてくれと名乗り出たのだ。薄暗く窓もない部屋には、手を後ろに縛られて椅子に座らされているラーミンとその前に座る頭に包帯を巻いた緑朗太、両者の間で暴力沙汰が起きないかという名目上の元監視に着いているギルド職員のマーヴィスの3名である。

 クラヂオが脱走後、カティが呼んだ事で厩舎に駆けつけた騎士に保護された緑朗太は頭の怪我と腕の怪我、MP切れという3つが重なったことで意識を取り戻すのに相応の時間が掛かってしまった。
 ギルド側からはリヴィがクラヂオの追跡に回っているとのことだが、どうやらクラヂオは彼らの所属であるアルゴリスタに向かっているのではなく、全く逆方向へと進行をしていると伝令鳥で連絡が着ている。マーヴィス達は当初、彼らの身元が分かるや【挑戦者の街】とも称されるアルゴリスタの貴族による依頼であろうと予想した。だが、乗車した馬車の行先はモーリッツの中でも珍しい宗教に彩られた街【エルケンバルト】であった。
 エルケンバルト…そこにはこの国最大の宗教である【レーゼル教】の他に【ファーガス教】【ガリカ大教会】果ては【埜藤宗】という明らかに転移者が作ったであろう宗教まで、多種多様な宗教が名を連ねている、街という名の宗教国家だ。ここでは例え王の威光であろうとも通じることがないと言われ、既に治外法権扱いされている節もある。
 ところが、ここでおかしなことが存在する。この街には貴族というのはほとんど意味を成さない。この街では貴族よりも各々の神が絶対とされており、寧ろ貴族でさえも神の名の下に裁かれんとする為、その地位を捨てさせられると言われている。
 提示された書簡ではあくまでもクラヂオの目的地はエルケンバルト。そこからの乗り継ぎ目的も捨てきれないが、そうなると行き先は2つに絞られる。そのうちの1つは国外も視野に入れた逃亡先となるので、クラヂオを捕まえるとなると是が非でもエルケンバルトで捕まえたいところだ。

 ただでさえ扱いが難しいエルケンバルトだというのに、誘拐犯は男爵だと言う。エルケンバルトで何かが変わろうとしているのか?それを知るために、こうして尋問を始めようというわけだ。
 
 「しかし…緑朗太よ、本当に良いのか?」
 「ええ、構いませんとも。彼の手のロープを外してください。」
 
 ラーミンが意識を取り戻す前、わざわざ彼を後ろ手で縛り付けていたロープを外させ、マーヴィスに頼んで彼に活を入れて無理やり起こさせる。
 この尋問は当初こそ予定にはなかったが、残ったのが彼1人ならば幾らでもやりようはある。そう確信をしていたからこそ緑朗太はこうしてわざわざ彼を自由にさせたのだ。

 「ん……んん…ここは…どこだ…」
 「起きたな。それではこれより、緑朗太及びカティへの誘拐容疑でお前に尋問を始める。尋問中に理不尽な暴行等が発生しないよう、ギルドからはマーヴィスが立会人として同席させてもらう。」

 意識を取り戻し、はっきりとしていないラーミンの耳に次々に情報が流し込まれ、寝ぼけていた頭を更に混乱させる。だが、次第にはっきりしてくると、ここがギルド会館の尋問室であり、目の前に以前誘拐を邪魔し、今回誘拐、怪我まで負わせたはずの男が腰掛けているのだ。当然、彼はどういうことかと説明を求め、再度マーヴィスがラーミンの罪状等を口頭説明させる。

 「冤罪だ。俺は何もやっていない。何もしてないのにこの仕打ちは不当すぎる。」

 一貫してこの主張を曲げるつもりがないと言い続けるラーミンであったが、緑朗太は会話にもならぬ言葉のキャッチボールに予想通りの人物であると、鼻を鳴らしてうすら笑いを浮かべる。

 「なんだ?何がおかしい!?お前が勝手に怪我したのを人のせいにしてそんなに楽しいか!?」

 挙句の果ての主張がこれである。横で聞いていたマーヴィスもあまりの傍若無人な態度を続けるラーミンに言葉も無い様子である。

 「そうだよな。やってないのにやってるなんて言われたらそりゃ怒るよな…わかるよ。」
 「あ?な、なに言ってんだ…?」

 緑朗太のいきなりの同情にてっきり反論してくると思っていたラーミンと、事前に聞かされていた内容と全く異なる展開であることにマーヴィスは共に驚いている。

 「盗んでもいないのに盗んだって言われ、ぶつかっただけで殴ったと騒ぎ立てられ…」
 「同情を誘おうったってそうはいかねぇぞ…さっさとここから釈放しやがれ。」
 「そうしたいのは山々なんだがな……いやね、俺が殴られた時に俺の血が犯人の右頬と右手首に付着してたって話したら丁度一致する奴がいたんだよ…」
 「なっ…」

 緑朗太の突然のカミングアウトに、慌てて右手で右の頬を掻き、左の手で右手首を隠そうとする。その様子を伺っていた緑朗太はおや?と大袈裟なほどに相手の顔を覗き見て――

 「どうした?まるで自分の顔についてるみたいじゃないか…安心しろよ、お前の顔にも腕にも何も着いてないから。」
 「な……てめ…」
 「話を続けるぞ、アルゴリスタのラーミン。」
 「!!?」

 ハッタリをかけられ、自分が勝手にそれに引っかかったと気付かされ、顔を赤くさせるラーミンだったが、続く緑朗太の口にした名前に顔を今度は青くさせた。

 「なんでその名前を…」
 「なんで?そんなの、クラヂオに聞いたからに決まってるだろ?」
 「嘘を吐くな!あの人が俺の名前を口にするはずないだろ!」
 「嗚呼、嘘だ。だが、あいつはとっくにこの街を出た。今頃はエルケンバルトで雇い主の男爵の仲間と合流していることだろうよ。」

 緑朗太から次々に出てくる名前に最初の冤罪だと叫んでいた姿は見る影もなく、今度はずっと黙ったままである。肩を落とし、俯いたまま一切語ろうとせず、遂には右足を左右に貧乏ゆすりさせて落ち着きをなくし始める。

 「さて、ラーミンが黙ってしまうと尋問の意味がない。となると、やはり俺の力不足ということになるな…」
 「……なにが言いたい…」
 「大したことじゃないさ…もう一度気絶するような怖い目にあってみたいか?って聞いてるだけさ。」

 緑朗太が親指を立てて背後の扉を指差す。それだけでラーミンは思い出したのだろう。あのドワーフの恐怖を。

 「ぼぼぼ暴力じゃないのか!?」
 「違う。何故ならあのドワーフはお前に指1本触れていない。」
 「きょ恐喝だろ!?」
 「それも違う。何故ならお前には一言しか話しかけていない。だが、お前には刻み込まれた。あの恐怖が。次はどれぐらい意識が保つ?目を覚ました時に俺じゃなくてそいつだったらどうする?一生追いかけられるような悪夢を見たいか?」
 「嘘だ!また嘘なんだろ!?」
 「かもな。だが、本当だったとき…想像したくないだろ?」

 畳み掛けるようにガウディが目の前にいるというシチュエーションを投げかけられ、次第にラーミンの心を萎縮させていく。思い出しただけで震えるとは――一体どれだけ威圧したのかと、この後謝りに行かなければならないことを考え、緑朗太は気を重くさせた。

 「まだ俺の段階で終わらせられるように尋問を続けようか。依頼をしてきた貴族の名前は?」
 「……。」
 「マーヴィスさん、ここまでですね。」
 「わかった…言う……今回依頼をしてきたのは…フェ、フェイゼルだ…」
 「ちょっと待て……フェイゼルで男爵が付くってことは【フェイゼル=マーク=シャルマー】卿か?」
 「あ…ああ……そうだ。そのシャルマー家の当主が依頼主だと聞かされている…」

 再三の忠告と、もしかしたら呼ぶかも知れないという恐怖から口にする名前を聞き、緑朗太は誰?と疑問に思うが、マーヴィスの曇った顔色から状況は悪化をしているのだと悟った。

 「マーヴィスさん、シャルマー家っていうのは?」
 「すまねぇ、緑朗太……今回こいつらに依頼を持ちかけた相手だが、アルゴリスタやエルケンバルトの貴族なんかじゃない…首都モルガニアに居を構える中央の貴族だ。」

 爵位というのを理解しているが、この世界の貴族というのを理解しきれていない緑朗太だが、マーヴィスは今回の事件の発端になったであろう出来事がやはり4年前の出来事であると確信を抱いた。
 フェイゼル=マーク=シャルマー、彼は勇者のパーティメンバーであった賢者を名乗る女の子ヴィヴィアン=マーク=シャルマーの血の繋がった父親だったからだ。

 「おい…どうしてフェイゼル卿が勇者の武器なんて欲しがる?」
 「し、知らねぇ…俺たちはただ『ヘパイドンに潜んでいるドワーフを連れてこい』って言われただけで…」
 「嘘を吐くな!それならどうしてお前の相棒はお前を捨ててエルケンバルトに向かう必要がある。全く別の方角な上、乗り継ぎ馬車すら出ていないじゃないか!!」

 捲し立てるマーヴィスが席を倒しながら立ち上がり、テーブルを殴りつける。
 突然の怒鳴り声にビクつく緑朗太とラーミンだが、マーヴィスは収まりを知らずに遂にはラーミンの胸倉を掴んで無理やり立たせてしまう。
 ラーミンの口から悲鳴が発せられ、緑朗太がマーヴィスの腕と肩にそれぞれ手を置いて抑えるように宥め、席に座るように促させる。

 「……チッ…すまねぇ、緑朗太。」

 渋々ラーミンを離し、椅子に座らせると、マーヴィス自身も転がった椅子を直して着席し直す。緑朗太はマーヴィスが落ち着いてくれたことに安堵し、ラーミンに向き直ると、両肘をテーブルに着いて指と指が交互になるように手を組んで口元を隠す。

 「ラーミン、今から俺が話すことに俺の顔を見て答えろ。もしも顔を背けようとしたらマーヴィスさんに押さえて無理やり固定させる。無理矢理が嫌なら正直に答えるんだ。」

 尋問が再開されると、緑朗太の言葉にラーミンは何度も頷くことで了解を示し、言われるがまま緑朗太の目を見ながら質疑応答が始められた。
 とは言うものの、彼が知っている情報というのは非常に少ない。クラヂオの逃亡先がどうしてエルケンバルトなのかや本当に依頼主がフェイゼルだとわかったのか、そもそもどうしてガウディを狙ったのか。そのどれもが「よくわからない」や「知らない」と言ったものだ。
 これには再びマーヴィスもブチギレそうになったのだが、緑朗太は手で制ることで抑え、最後の質問を終えるとラーミンの手を縛り直させて、マーヴィスを伴って部屋を出るのであった。

 「くそっ…本当に知らないのかよ…。」
 「えぇ、おそらく彼が話している内容はほぼ本当のことです。」
 「ほぼってことは…話してない内容もあるのか?」
 「恐らく、エルケンバルトに何かがあるんでしょうね。エルケンバルトと言うのはどういった街なんです?」

 緑朗太がラーミンに目を見て話すように共用した理由は、彼の視線の動きを見ていたからである。彼は右利きの人間であり、右利きの人間が嘘をつく時は、相手から見て右上を見上げるような視線になる。人の左脳は言語を司っており、嘘を考えている時には左脳が支配している、右上に視線がいきやすくなるのだ。
その中で、最も多く嘘をついたと予想できるのはエルケンバルトに関する質問であった。

 「どういった…そうだな、宗教の街だ。緑朗太はもう知ってるかもしれないが、この国には星の流れ者が多数確認されていて、それによって神の存在というのが確立されている。だが、これにはたった1柱の神が送ってきているという唯一神の考え方と、別々の神が個別で送ってきたんじゃないか?という単一神の考え方がある。エルケンバルトは主に後者の宗教団体がいくつも集まって出来ている、と言ったところでどうだ。」
 「……んー…?んー…」
 「どうした、なにか引っかかってるのか?」
 「ちなみに、フェイゼル卿っていうのは何を信仰してるかわかります?」

 もしもエルケンバルトとフェイゼルを繋げる何かがあるとするならば、そこにあるのは【宗教】ということになるはずだが、どうにも繋がる気配がない。

 「それなんだがな…フェイゼル卿は真面目で厳粛な方であり特にこれといった宗教にのめり込んでいるとは聞かされていない。とてもではないがエルケンバルトとの繋がりがあるようには…」

 マーヴィスも緑朗太と同意見であり、何がなんやらわからないといった状況である。となると、与えられた命令が【ドワーフに剣を打たせろ】ではなく【ドワーフを連れてこい】というところに隠された謎があるのか…。そう考えると思いつくのは4年前という単語であろう。

 「4年前…ドワーフのガウディが打った剣を持った勇者がこの街に来て、魔槍士を残して全員が死亡した。それは間違いないんですよね?」
 「あぁ、間違いない。あの時、1人以外は全滅だった…葬儀も執り行われているし、確実だ。」
 「…戦った魔王軍っていうのはどこから来たんですか?」
 「わからない。…だが、方角で言うならエルケンバルトだ。当時、最も被害が出たのがエルケンバルトの基になった街である【エラード】だった。エラード復興をするという名目でそこに様々な宗教が集まって今の状態にまでなったと言われている。」
 「武装をする宗教はあります?」
 「いや、確実にないとは言えないが最も大きな宗教でさえ非暴力を訴えている。あそこは武器の販売も禁止しているし、製造も出来ないはずだ。」

 ガウディを連れてそこで武器を打たせるのが目的ではないということがこれで確定した。そこから大回りさせればアルガ山脈の向こう側にまで行けないことはないが、そんな遠回りをするぐらいならアルゴリスタからアルガ山脈にあけられた洞窟を抜けたほうがずっと早く着く。そもそも、乗合馬車に乗って誘拐なんてしようものならすぐにバレるのに、どうして馬車であったのか…。

 「こうして足りない情報で論議をしても埒が明かなそうですね。もう1度ラーミンに話を聞いたほうが良いですね。」
 
 再度の尋問を開始しようと扉を開けた緑朗太が、マーヴィスの返事も待たずして室内に駆け込む。突然走り出した彼に嫌な予感がしたマーヴィスも慌てて中に駆け込むと、その予感は的中をしていた。2度目の尋問を待たずして、ラーミンは白目をむいて口から泡を噴き、椅子に座ったまま完全に息絶えていた。



 「散々な目に遭わせて済まないな。」

 ラーミンの唐突な死亡は、毒によるものであるということが判明した。事前に身体検査は行われており、不審なものは何一つ所有している様子はなかったし、後ろ手に縛られた状態で毒を飲むなんてことができるはずもない。となると、歯に仕込まれていたか事前に飲まされていたのかのどちらかである可能性が高いとのことだった。
 マーヴィスは緑朗太に怪我を負うようなことをさせてしまったということと、こんな形で人の死に触れさせてしまったことに対して謝罪をし、ギルドマスターに今度の事件の首謀者がわかったということと、犯人が死亡したという旨を伝えに行くと告げて緑朗太から離れていった。

 ガウディの下へと向かわねばならない緑朗太がギルド会館を出ようとすると、ギルド側にいる人々の視線が、マーヴィスがいないので営業をしていない筈の酒場に向けられている。釣られて緑朗太もそちらに視線を向けると、そこには2つの見覚えのある顔がならんでいた。茶色い巻き毛の女の子と、中央部分が禿げているものの、左右に茶色いカールした髪を生やした明らかに人よりも背の低い老人――ドワーフがそこには座っている。

 緑朗太に気付いたトーリが彼の下に駆け寄り、突然のドワーフの来訪をやや興奮気味に報告してくる。

 「すごいっすよね、僕初めてドワーフ見ました!」
 「驚いたな…」

 「やっぱり驚きますよね!!」と、緑朗太も自分と同じように驚いていると勘違いをしたトーリを置き去りにし、ドワーフの…ガウディの下へと歩み寄る緑朗太。周囲の人間もそれまで敬遠していた存在にいきなり近寄る奴がいるとは思わなかったらしく、ザワつき始める。

 「あ…お客さん…。」
 「お前さんか…。」

 今すぐにでも泣き出しそうな顔のカティと、拳を強く握り締めるガウディ。誰もが息を呑んで見守る中、彼らの目の前に移動をした緑朗太は、第一声を発する前に彼らの目前で地面に膝をついて正座し、手のひらを地に付け、額が地に付くまで伏せた。土下座である。

 「この度は、カティちゃんを危ない目に合わせてしまい申し訳ございません。」
 「ふんっ…謝って済む問題ではないお前さんはない。この娘が無傷で帰ってきたのは偶偶じゃ。いや、無傷なんかではない。この子の心は深い傷を負ってしもうた。」

 体を震わせ、必死に泣くのを我慢しようとするカティだが、その目尻から一度でもポロっと涙が溢れると、後は止めどなく涙が流れ続ける。それを横目にしたガウディは立ち上がり、土下座をし続けている緑朗太の胸倉を掴み、強制的に引き起こさせる。

 「誰が助けてくれなどと頼んだ…言うてみい…」
 「俺の独断です…。」

 今回の一連の流れは全て緑朗太の案であった。
 第一に、カティを外に連れ出してその現場をクラヂオ等にしっかりと見せつけた。

 第二に、ジョスクでクラヂオとラーミンが揃うのをジョスク通りのタカシム工房所属の職人らに見張らせ、確認が取れ次第緑朗太に声をかけさせ、露天を見学させた。そして緑朗太の冷やかしの発言に腹を立てるふりをし、突き飛ばす仕草をしながら彼にナイフを渡す。

 第三に人気のないウォッカにカティと行くことで誘拐されやすい雰囲気を出す。誘拐されそうになったらカティを抱き寄せて受け取ったナイフをカティの服の中に隠す。

 第四に誘拐を成功させたことで敵の狙いを明確にさせる。ここがガウディの威圧によって失敗をしてしまったのは痛手であった。
 同時に、敵の狙いが武器であると思い込んでいた緑朗太達はタベスの工房ではなく別の街の工房を使うと踏んでいた。朝一から拓郎がギルドの依頼を受けるという情報が流れれば、一刻も早くにこの町を出ようとするだろう、とも。
 
 安否については今回の犯行で恐らくカティは生かすであろうと緑朗太は確信していた。別に相手が優しいと思ってのことではない。ジョスクで初めて遭遇した時と酒場で話を盗み聞きした時の2回しか声を聞いていないが、緑朗太は青髪の男が冷静な判断を下せる男だと信頼した。その信頼に応えるように、彼は殺人という突発的な犯罪は犯そうとはしなかった。
  ガウディにとってカティは大事な人質であり、彼女の生存が確認されなかった場合は協力が見込めないのは目に見えている。後は彼女を逃がす役目を、一緒に連れ去られた緑朗太がきちんとこなせるかどうかが鍵であったが、ギリギリの所でなんとか成功をした。

 カティを逃がしたら今度は敵が逃げる番だ。そうなると、敵は急遽逃亡せざるを得ない状況に追い込まれる。彼らに依頼をした者も、犯罪を犯させようというのだ、恐らくいざという時相応の逃亡手段が彼らには残っているだろうと想像がつく。

 考えうる逃亡手段は1つ。蜥蜴馬車だ。実の所、ギルド側では昨日の相談の段階で緑朗太から相手の人相を聞き出し、朝から何人かのギルド職員が蜥蜴馬車のターミナルを見張り、リヴィに知らせて彼女に追跡をして貰う。
  2人を不仲にさせると、道中の発言にボロが出易くなるのでは?という意図もあったのだが、結果はどうなったか今では確かめようがない。

 怒気を孕んだ眼光が緑朗太を射抜く。だが、緑朗太もまたガウディの視線を真正面から見つめ返す。2人の背後からはトーリやクラッドが飛び出そうとしているのか、ムーザやヤングに止められている声が聞こえてくる。

 「俺が考え、俺が頼んで、俺が実行させました。如何なる罰も俺1人で受けるつもりです。」
 「――――良い度胸じゃ…歯を食いしばれ!!」
 「ッ!!」


 拳を振りかざした瞬間、周囲が息を呑み、誰しもが動けない状況下の中、ガウディの腕を掴む者がいた。来る衝撃に備えて奥歯を噛み締め、それでもガウディの眼光から視線を逸らそうとはしなかった緑朗太は、ガウディの背後から彼の手を掴んだ者に目を丸くさせて驚いていた。

 ガウディは、掴まれたことに怒りはしなかった。掴まれた瞬間、彼や彼女のそれまでの行為が、彼自身が望む望まないに限らず彼の為を思っていたと知っていたから――それでも、大事な家族を危険に合わせたからには、それ相応の罰を与えようとした。それを遮るのは、そんな彼が守りたかった家族であったからだ。

 緑朗太が彼女を身を呈して守った様に、彼女も己の身を呈してでも彼を守ろうとしたのだ。

 振りかざした拳はゆっくりと降ろされ、ガウディから離れたカティが緑朗太の首にしがみつく。

 「あ゛りがとう゛…助げでくれで…あ゛りがどう゛……」

 その刹那、緑朗太は違うと叫びたい衝動にかられた。彼はカティを利用をしただけだ。カティの祖父を思いやる気持ちを、カティの為だと理由をつけて利用しただけだった。



 「ちが…れ…は……ち…が……」



 緑朗太は巻き込まれ体質が嫌いだ。力のない正義が嫌いだ。鈍感で、気にならない男になろうともした。けれど、目の前でいざ子供の命が危ういとなった時、彼は勝手に動いてしまった。相手が貴族とわかっていても尚だ。自分が出来ることをやり、出来ないことを人に押し付け―――自覚をすると、自分の為に泣いてくる涙の暖かさに触れ、彼の目からも涙が溢れた。カティへの申し訳なさと、緊張の糸が切れたことで安堵したこととが合わさって、思考がグチャグチャにかき混ぜられる。



 止めどなく泣き喚くカティと子供のように泣きじゃくる緑朗太。



 騒ぎを駆けつけたマーヴィスは野次馬となっている職員らとギルドメンバーを散らせ、ガウディは泣き止ませようともせずに見守りつづけているのであった。

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