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お兄ちゃんのお嫁さん?
しおりを挟む「ねえ、浅倉って料理、得意なの?」
放課後の帰り道、隣を歩いていた一ノ瀬くんがふいにそう聞いてきた。
今日も帰りがけに少しだけ話すようになってきた私たち。
距離が縮まったわけじゃないけれど、彼の不器用な優しさには、もう少しだけ触れてみたいと思えるようになっていた。
「得意ってほどじゃないけど……この前、図書館で本借りて、それ見ながら色々作ってみてるの。楽しいよ」
「……そっか。じゃあ、もし良ければ――うちに夕飯、作りに来てくれない?」
「えっ……?」
突然の申し出に、思わず足を止めた。
「ほら、妹の誕生日で。母さんいないし、父さんも遅くて。……俺が作るより、絶対妹、喜ぶと思う」
彼は目を逸らしながらも、ちゃんと理由を話してくれていた。
その真剣さに、私の胸がふわりとあたたかくなる。
「いいよ。……私でよければ、喜んで作るね」
「……ありがとう」
彼の横顔が、いつもより少しだけ柔らかく見えた。
⸻
土曜日の夕方、一ノ瀬家にお邪魔することになった私は、エコバッグに材料を詰めて訪ねた。
「いらっしゃい」
玄関に出てきたのは、一ノ瀬くん……ではなく、小さな女の子だった。
小学校低学年くらいだろうか、ぱっちりした瞳にストレートの黒髪。ちょっとむすっとした顔で、じっと私を見ている。
「こんにちは。浅倉未来です。一ノ瀬くんに呼ばれて……」
「ふーん、お兄ちゃんの“おともだち”?」
「う、うん……そんなところかな」
彼女はじろじろと私を見たあと、「まぁいいや」と小さくつぶやいて、私を中に通してくれた。
キッチンを借りて、私は手際よく下ごしらえを始めた。メニューはハンバーグに、ポテトサラダ、コンソメスープ。それに、妹さんの好きだというフルーツたっぷりのゼリー。
一ノ瀬くんはというと、「俺は邪魔になるから」と言って居間でゲームをしていた。
料理に集中していたら、さっきの妹ちゃんが、キッチンの入口からじっと見ていた。
「……すごい、ちゃんと作ってる」
「うん、がんばってるよ。結菜ちゃんも、料理とか興味ある?」
「ちょっとだけ。ママがいたときは一緒にホットケーキとか作った」
「あ、それなら今度一緒に作ろっか。ホットケーキミックス、持ってくるね」
そう言った瞬間、彼女の表情がぱっと明るくなった。
「ほんとに? ……じゃあ、来週も来ていいよ!」
「うん、呼んでくれたらいつでも」
その時、ダイニングの向こうから聞こえてきたのは、晴翔くんの小さなため息だった。
「……あいつ、現金だな……」
思わずくすっと笑ってしまう。
夕食の時間。食卓を囲んで「いただきます」と言ったあと、妹ちゃんはハンバーグを一口食べて、目を丸くした。
「おいしい! ねぇお兄ちゃん、未来お姉ちゃん、すっごく料理上手だよ!」
「だろ」
「ねぇ、お兄ちゃんの“おともだち”じゃなくて、“お嫁さん”になれば? そしたら毎日ごはん作ってくれるよね?」
「えっ……!」
「ば、ばか言うな!」
あわてて止める一ノ瀬くんの顔は、今まで見たことないくらい真っ赤だった。
私も頬がぽっと熱くなって、笑いながらごまかしたけれど、どこか胸の奥がくすぐったかった。
(お嫁さん、か……)
まさか、そんな言葉をこんな風に言われるなんて。でも――
料理を通して、人と心を通わせるこの時間が、こんなにもあたたかいものだなんて、あの頃の私は知らなかった。
今なら少し、分かる気がする。
この人生、悪くないかもしれないって。
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