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私の味、君の笑顔
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「お兄ちゃんのお嫁さんは、未来お姉ちゃんしか認めない!」
その宣言のあと、一ノ瀬結菜ちゃんはにこにこしながら私の手を握ってきた。
子どもの手って、こんなに温かくて、まっすぐなんだな。
あまりに可愛くて、ついぎゅっと握り返してしまう。
「結菜ちゃん、ありがとう。でもね、私はまだ“お嫁さん”にはちょっと早いかも」
「なんでー? お兄ちゃん、赤くなってたし、本当はうれしいんでしょ?」
「お前な……っ!」
一ノ瀬くんが咳払いをして、そっぽを向いた。
その耳まで真っ赤になってるのを見て、私は思わず笑ってしまう。
⸻
それから数日後の放課後。
私は結菜ちゃんと約束していた通り、今度はホットケーキの材料を持って一ノ瀬家を訪ねた。
「未来お姉ちゃん、来てくれたー!」
玄関の扉が開くと同時に、結菜ちゃんが駆け寄ってきて抱きついてきた。
あのツンとした第一印象がうそのような甘えぶりに、私はほほえましい気持ちで頭をなでる。
「今日は一緒に作るんだよね?」
「うん、一緒に混ぜたり、焼いたりしようね」
エプロン姿に着替えた私たちは、並んでキッチンに立った。
卵を割ったり、牛乳を量ったり、粉をふるったり。
手元は少しだけ危なっかしいけれど、結菜ちゃんの一生懸命な様子が本当にかわいらしい。
「お兄ちゃん、焼けたよー!」
結菜ちゃんがそう呼ぶと、居間から一ノ瀬くんが顔をのぞかせた。
「いい匂い……」
「未来お姉ちゃんと作ったんだよ! ふわふわで、バターものせてあるの!」
「そっか。……じゃあ、いただきます」
彼が一口食べた瞬間、その表情がふっとやわらいだ。
「……うまい。お前、初めて作ったんだよな?」
「うんっ! 未来お姉ちゃんがぜーんぶ教えてくれたの」
「未来が?」
そう呼ばれたのは、たぶん初めてだった。
普段は「浅倉」って苗字で呼ばれてばかりだったから、不意打ちみたいでどきっとする。
「……なんか、呼び方変わったね」
「……あ、悪い。いや、別に……変じゃなかったら、そっちの方が……」
「ううん、いいよ。……呼んでくれて、うれしい」
思わず、笑みがこぼれる。
私の焼いたホットケーキを食べて、笑ってくれる人がいて。
それを「おいしい」と言ってくれて。
また一緒に作りたいって思ってくれる小さな子がいて――
(ああ、料理って、こんな風に人の心をあたためるんだ)
そう思ったら、心の奥がぽかぽかと満たされていくのを感じた。
⸻
その夜、一ノ瀬家をあとにして家へ帰る道すがら。
スマホの通知が震えた。
《未来お姉ちゃん、ありがとう! また来てね! 次はおにぎり作ってみたいなぁ! ――結菜》
ほほえましいメッセージに、思わず返信を打つ。
《こちらこそ、ありがとう。また一緒に作ろうね》
しばらくして、もうひとつ通知が来た。
《……ありがとな。また、お願いしてもいいか? ――晴翔》
短くて、そっけない言葉だけど。
そこに彼なりの優しさと信頼が込められているのが、今ならちゃんとわかる。
《うん、私でよければ、いつでも》
送信ボタンを押したあと、画面を見つめていたら。
気づけば、頬がゆるんでいた。
(少しずつだけど、いい関係を築けてる。きっとこれは――やり直せたからこそ、なんだ)
私は、今のこの人生を、大事にしていきたい。
もっと、自分を好きになれるように。
その宣言のあと、一ノ瀬結菜ちゃんはにこにこしながら私の手を握ってきた。
子どもの手って、こんなに温かくて、まっすぐなんだな。
あまりに可愛くて、ついぎゅっと握り返してしまう。
「結菜ちゃん、ありがとう。でもね、私はまだ“お嫁さん”にはちょっと早いかも」
「なんでー? お兄ちゃん、赤くなってたし、本当はうれしいんでしょ?」
「お前な……っ!」
一ノ瀬くんが咳払いをして、そっぽを向いた。
その耳まで真っ赤になってるのを見て、私は思わず笑ってしまう。
⸻
それから数日後の放課後。
私は結菜ちゃんと約束していた通り、今度はホットケーキの材料を持って一ノ瀬家を訪ねた。
「未来お姉ちゃん、来てくれたー!」
玄関の扉が開くと同時に、結菜ちゃんが駆け寄ってきて抱きついてきた。
あのツンとした第一印象がうそのような甘えぶりに、私はほほえましい気持ちで頭をなでる。
「今日は一緒に作るんだよね?」
「うん、一緒に混ぜたり、焼いたりしようね」
エプロン姿に着替えた私たちは、並んでキッチンに立った。
卵を割ったり、牛乳を量ったり、粉をふるったり。
手元は少しだけ危なっかしいけれど、結菜ちゃんの一生懸命な様子が本当にかわいらしい。
「お兄ちゃん、焼けたよー!」
結菜ちゃんがそう呼ぶと、居間から一ノ瀬くんが顔をのぞかせた。
「いい匂い……」
「未来お姉ちゃんと作ったんだよ! ふわふわで、バターものせてあるの!」
「そっか。……じゃあ、いただきます」
彼が一口食べた瞬間、その表情がふっとやわらいだ。
「……うまい。お前、初めて作ったんだよな?」
「うんっ! 未来お姉ちゃんがぜーんぶ教えてくれたの」
「未来が?」
そう呼ばれたのは、たぶん初めてだった。
普段は「浅倉」って苗字で呼ばれてばかりだったから、不意打ちみたいでどきっとする。
「……なんか、呼び方変わったね」
「……あ、悪い。いや、別に……変じゃなかったら、そっちの方が……」
「ううん、いいよ。……呼んでくれて、うれしい」
思わず、笑みがこぼれる。
私の焼いたホットケーキを食べて、笑ってくれる人がいて。
それを「おいしい」と言ってくれて。
また一緒に作りたいって思ってくれる小さな子がいて――
(ああ、料理って、こんな風に人の心をあたためるんだ)
そう思ったら、心の奥がぽかぽかと満たされていくのを感じた。
⸻
その夜、一ノ瀬家をあとにして家へ帰る道すがら。
スマホの通知が震えた。
《未来お姉ちゃん、ありがとう! また来てね! 次はおにぎり作ってみたいなぁ! ――結菜》
ほほえましいメッセージに、思わず返信を打つ。
《こちらこそ、ありがとう。また一緒に作ろうね》
しばらくして、もうひとつ通知が来た。
《……ありがとな。また、お願いしてもいいか? ――晴翔》
短くて、そっけない言葉だけど。
そこに彼なりの優しさと信頼が込められているのが、今ならちゃんとわかる。
《うん、私でよければ、いつでも》
送信ボタンを押したあと、画面を見つめていたら。
気づけば、頬がゆるんでいた。
(少しずつだけど、いい関係を築けてる。きっとこれは――やり直せたからこそ、なんだ)
私は、今のこの人生を、大事にしていきたい。
もっと、自分を好きになれるように。
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